第7話『現れたライバル!“銀色”の暗影』(前編)
夕暮れの田舎道に、鳥の鳴き声と風の音が優しく重なる。
「今日も一日、お疲れさまでしたぁ〜……!」
ルミナが腕を伸ばしながら、くたびれた顔で笑う。
黒田、クレア、サムもそれぞれの業務を終えて、並んで事務所の道を歩いている。
「なんだか最近、忙しいですねぇ…」
ルミナがぽつりと呟くと、クレアがふっと微笑んだ。
「それだけ、商会が回り始めたってことよ。誇らしいじゃない」
そのやりとりに、黒田はふっと笑った。
サムが立ち止まり、事務所の扉の鍵を確かめる。
「……施錠よし。念のため、もう一度チェックしておくか」
古びた扉に、カチリと錠がかかる音が響く。
今日も、何事もなく終わった――はずだった。
*
夜。
月が中天に登り、静寂が村を包んでいた。
黒田商会の事務所。その窓辺に、黒い影がぬるりと現れる。
フードを深くかぶった小柄な人物が、音もなく窓をこじ開け、するりと中へ忍び込んだ。
「フン……鍵の締め方が甘いな。素人め」
目を細め、室内を見回す。棚に積まれた帳簿、手書きの掲示、そして――
「……あった。これか」
ルミナの机の上に置かれていた、小さな革のノート。
表紙には、かわいらしい装飾とともに『えいぎょうのきほん!』と書かれていた。
「クックック……こいつが、黒田商会の“武器”ってわけか。ありがたく、いただいていくぜ……!」
そのまま、影は月の光に溶けるようにして消えていった。
*
「な、無い……!? 無いんですぅ〜〜〜!!」
朝の事務所に、ルミナの悲鳴が響き渡った。
彼女は机の引き出しを片っ端から開け、書類をかき回している。
「ルミナ? どうしたの、朝っぱらから」
クレアが眉をひそめて近づく。
「営業ノートが……あたしが、ずっと書いてた、大事なメモ帳が、どこにも……!」
「昨日までは確かにあったはずだぞ」
サムが冷静に辺りを見回しながら、帳簿の隙間や棚の裏まで確認する。
黒田も事務所に入ってきて、すぐに様子を察した。
「……盗まれた可能性もありますね」
「盗難……だと?」
黒田は、ゆっくりと窓辺に近づき、鍵のあたりを確認する。
小さく抉れた痕跡に指を触れ、静かに頷いた。
「間違いない。ここから侵入されてます」
ルミナは唇を噛んで、しゅんとうなだれた。
「私のせいだ……机の上に出しっぱなしにしてたから……」
そのとき、事務所の外から耳障りな大声が響いた。
「タダであげるって言ってるでしょ〜! 今だけ〜! 損はさせませんよ〜〜!あれだったら、“まとめて割”しちゃうよ!」
「……なんだ、あいつらは」
クレアが顔をしかめ、黒田たちは外に出た。
広場では、どこかで見たようなセリフを並べる男たちが、道行く村人たちに品を押し売りしていた。
その話し方、言い回し、テンポ、笑顔の作り方――黒田商会の営業と似通っているが、かなり強引な物言いだった。
「まさか……あれは」
サムが眉をひそめ、看板を指差す。
【グレーカンパニー】
新興の地方商業集団で、近ごろ勢力を拡大しているという噂だった。
「セールストーク……盗まれたか」
黒田が静かに呟いた。
ルミナは、目に涙を浮かべて立ち尽くしていた。
「私の、せいで……あたしのノートが、こんな風に……」
クレアがそっと肩に手を置く。
「落ち込んでも、意味ないわよ。大事なのは、これからよ」
サムは苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「質の低い営業は、“市場全体の信用を損なう”あいつらがのさばれば、真面目にやってる商人まで被害を受けるぞ」
そんな中、黒田は一歩前に出て、ふっと笑った。
「……でも、面白くなってきましたね」
「面白い、ですって……!? 営業トークを盗まれたんだぞ!」
サムが怒鳴るが、黒田は冷静なままだ。
「これまで、俺たちしか“営業”ってものをやってなかった。だから村人たちも、どこまで信じていいのか分からなかった。でもこれからは違う。“ライバル”ができたからこそ、俺たちの“本気”が試されるんです」
クレアが目を見開いた。
「盗まれたのに、チャンス……?」
「ええ。競争があるからこそ、質も信頼も育つ。だから今こそ――“営業の正しさ”を、広めましょう」
そう言うと、黒田は事務所に戻り、クレアに声をかけた。
「クレア。広報担当の募集チラシ、作ってくれないか?」
「……広報担当? 今、このタイミングで?」
「ええ。“営業”ってものを、ちゃんと伝える人材が必要です。俺たちの言葉が“本物”だって、証明するために」
クレアは少し呆れながらも、微笑した。
「ほんと、あんたって人は……前しか見てないのね」
(後編に続く…)




