なろう転移転生シアター第8回ノベル大賞受賞作記念公演『アース・スター闇語り』
暗黒の中世ナーロッパに近世の足音が聞こえてきた頃、その中心地アース・スター王国に大盗賊が現れた。王侯貴族や大商人といった富裕層のみを盗みの標的とした、その男――名前を石川五右衛門という。安土桃山時代の日本から転生してきた彼は、ナーロッパ最強の大国アース・スター王国においても、前世と同じく盗人家業に精を出していたのである。
その石川、今日も大金持ちの邸宅に忍び込こもうと考えた。盗みに入る屋敷を物色するため、アース・スターの都を霊的に守る聖女大寺院の屋根に上り、夕闇迫る町並みを眺める。まさに季節は春爛漫。町のあちらこちらで咲き乱れる花々に感嘆した彼は、長い煙管を吹かして花見と洒落込んだ。
「絶景かな、絶景かな。春の宵は値千両とは、小せえ、小せえ。この五右衛門の目からは、値万両、万々両……」
盗人風情が大口を叩きやがる! と侮るなかれ。この石川、前世においては天下を狙う大盗賊であった。力及ばず天下人の豊富秀吉郎に捕らえられ釜茹での刑に処せられたものの、その死後も世間では生存説が唱えられるなど、伝説の人物なのである。その力量をもってすれば値万両、万々両、万々々両……と桁が増えるのも当然な話だった。
すっかり良い気分で煙管を吸う石川五右衛門の隣に、何処からともなく飛んできた鷹がヒラリと舞い降りた。鷹の鋭い嘴は丸まった紙を銜えている。その紙を石川が取ると鷹は羽ばたき、何処かへと飛び去った。
手にした紙を広げると、そこに文章が書かれている。石川宛の手紙であった。
そこには驚くべきことが記されていた。前世で石川五右衛門を釜茹でにした豊富秀吉郎が、このナーロッパに転移してきたというのだ。
その事実に石川五右衛門は怒り狂った。恨み重なる仇敵が、同じ異世界へ現れたのだ。生かしておくわけにはいかない。
そんな石川を捕らえようと聖女大寺院の周囲に捕吏たちが集まりつつあった。その様子を見た石川が、逃げる算段に取り掛かった、そのときである。屋根の上に、何処からともなく、一人の虚無僧が現れた。怪しげな風体の虚無僧に気付いた石川が、大きな目玉をぎらつかせる。
「おい、そこの虚無僧! お前は一体、何者だ?」
石川はさりげなく懐に手を入れていた。そこに隠している手裏剣をつかんでいるのだ。返答によっては手裏剣を投げるつもりである。それを知ってか知らずか虚無僧は、朗々とした声で一首詠む。
「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」
それは石川五右衛門が前世で詠んだ辞世の歌だった。それを知る者が、この世界にいるとしたら、その人間は、ただ一人だけ……その名は!
「おのれ! 前世の恨み、思い知れ。覚悟!」
怒声を上げて石川五右衛門は手裏剣を投げた。虚無僧は手に持った尺八を振り回し、飛んできた手裏剣を弾き飛ばす。だが、一つの手裏剣が虚無僧が被っていた深編笠を斬り裂いて落とした。そこに現れた顔を見て、石川五右衛門は呻いた。
「やはり、お前は豊富秀吉郎……このナーロッパに転移してきたか!」
豊富秀吉郎はニヤリと笑った。
「久しぶりだな石川五右衛門! お前がナーロッパに転生していたとは驚きだ。この異世界で、また天下人を狙うつもりか?」
「だからどうした!」
「ふふふ、儂も再び、このナーロッパで天下人になろうと考えている」
「何だと!」
「お前に、そのことを伝えたかった。用は済んだ。さらばじゃ!」
豊富秀吉郎は来た時と同様、忽然と消えた。石川五右衛門は、前世の仇が消え屋根の上に薄暮が訪れた後も、しばらく虚空を睨みつけていた。眼下では捕吏たちが石川を捕らえようと屋根に梯子を掛け始めている。それを見て石川五右衛門も何処ともなく姿を消した。やがて太陽は没し聖女大寺院は暗闇に包まれた。捕吏たちの大声が聖女大寺院の大伽藍に木霊する。
「石川五右衛門、神妙にお縄につけ!」
屋根の上は既に無人である。その声を聴くのは夜の闇より他にいなかった。