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ガロワのソラの下で  作者: 友枝 哲
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〜エピローグ〜 & あとがき

まえがきは割愛させていただきます。


〜エピローグ〜


「うん。分かっている。これが最後の関与だよ。」


 誰かがリターンキーを押した。





 発表会が終わったあと、職員数名とアンドロイドが片付けを行っていた。


 そこに自ずと4人が集まった。


「何故だろう?なんか分からないけど、旧研究棟にいかないといけないような気がする。」


「うん。私も何か感じました。」


「あたしもよ。なんだろう。何かが呼んでる。」


「僕もです。これって。。。」


 レイは三人を見て、お互い感じているものが同じだという感覚を持った。


「うん。行こう。」


 4人は車に乗り、旧研究棟の前に来た。


 そして、今となっては必要のない周囲の確認を行いながら、ドアの前で暗証番号を入力した。


 暗証はそのままであった。


 ドアが開く。


 4人は中に入っていき、ゆっくり階段を上がった。


 そして、4人は旧端末室に入った。


 そこにはすでに4人が端末の前に立っていた。


(完)




============================

(あとがき)


 題名である『ガロワのソラの下で』の意味であるが、『ガロワ』というのは、ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、1800年代のフランスの数学者であり、革命家の名前である。


 ガロワは数学の群論、体論の研究者で数学を使い、集合=空間を示した人物であった。


 その内容が本小説にある数学(数式)を以て宇宙を創るという内容に合致しているため、この名前を使わせてもらった。


 また、『ソラ』はよく使われてる空、宇宙をソラと呼ぶことからつけており、また虚もソラと読むことができる。


 本小説で示した宇宙11次元の中に虚界が入っていることも意味している。


『下で』は最後に明らかになる階層世界を意味している。


 つまり、この題名は『数学を以て創られた宇宙階層世界で』を意味している。


 今回、宇宙を仮想空間で表現することを考えた際に、とある計算を行ってみた。


 現在、認識可能な宇宙は範囲が約1000億光年であり、これを物理学の距離に関する最小単位と言われているプランク長で表現した場合、2の196乗で表せることが分かった。


 つまり、我々の認識可能な宇宙の範囲は、これ以上小さくできない距離を以てしても、たかだか196ビットで表現できるのである。


 そして、質量にしても同様で、現在の質量の最小単位と思われるエレクトロンボルト(相対性理論ではエネルギー=質量であるため)で計算すると、2の291乗で宇宙全体の原子個数の質量を表すことができるのである。


 現状の世界でも浮動小数演算では多くが64ビットを使い、整数の計算では通常32ビットを使っている。


 だが、一部のユーザーではlonglongという64ビットの整数型式を活用して128ビット整数を計算させている者もいる。


 それを考えると、もう196ビット整数はそう遠くない未来で使うのではないか、やはりこの世界は仮想空間なのではないかと思わずにはいられない。


 そして、この内容を小説の中に書いたのは、そのことを読者の方々に知っていただきたいという想いと、仮想現実の世界に宇宙を創るというこの物語が全くの夢物語ではなく、かなり現実に近い話=ハードSFであることを示したかったからである。




 主人公柊レイたちが最後に自分たちの研究所にある端末室に着いて以降のシーンについて、私はわざと多くを書かなかった。


 読んでいただいた方それぞれが、4人がどんな処理をしたのか、そして、最後の最後で出会った者達と何を話したのか、私の中に考えたストーリーはあるものの、それぞれの方が思った答えが答えだと思ったからだ。


 現在、続編である『タキオンの矢(仮)』を書いている。


 そこはこの世界の200年後であり、今回の主人公である4人も登場する。


 そこで、少し柊レイたちがどのような処置をしたのかを書いている。


 読んでいただいた方々が考えた処置内容が同じものかを確認してもらえたなら嬉しい限りである。




 中学の頃からずっと『何のために人は生きているのだろう?』と思い続けていた。


 それは高校、大学の間、そして、働きだしてからもずっと思い続けている。


 ただ少し変化があった。


『人はなぜ?』ではなく、『この宇宙はなぜ?』になった。


 今存在する我々人類という単位にあまり意味を感じなくなったからだった。


 なぜなら、ご存じの通り、我々人類の前にはいろんな種が存在していて、宇宙にはこの小説にも書いているように、きっと多種多様な『考える葦』が存在していると思う。


 そう思うと『人はなぜ?』はおこがましいと思ったからだ。


 そして、その『この宇宙はなぜ?』の謎は未だに謎のままである。


 きっと死ぬまで謎のままだろう。


 だが、考えたことを示すことで、少しはこの後に生まれ、生きていく人の助けになればと思い、書かなくてはと考えた。


 この小説の中にはその思いを主人公たちの答えとして書いたつもりである。


 私は小学生の頃、手塚治虫先生の『火の鳥』に出会い、実はその時はその深さを全く理解してなかった。ただ、他の漫画とは違う何かを感じてはいた。


 そして、大人になって働き始めた時に、当時の先輩と『世界がある理由とは?』といった話をしている時に手塚先生の『火の鳥』の話が出た。


 その後、読み返して衝撃が走った。


 特に未来編。


 主人公が不死の命を持ち、肉体が朽ちてもなお答えを探す、その物語に他の作品にはない深い哲学を感じた。


 私に大きな影響を与えている作品の一つだ。


 さらには『ブラックジャック』、『鉄腕アトム』、『アドルフに告ぐ』、『ブッダ』など、名作を本当にたくさん残して下さっている。


 私の心の師は手塚治虫先生だとはっきり断言できる。


 そして、富野由悠季先生。


 ガンダムにも深い感銘を受けている。


 その中でも『ニュータイプ理論』、これは全世界の人が知るべきだと、大袈裟ではなく、心の底から思っている。


 主義、思想の違い、人種、貧富の差。これらはお互いを知り、理解することでのみ解決ができる。


 世の中でも一般的に言われていることだ。


 だが、実際にはどうか。我々の身体機能、ならびに社会システムはそのようにはできていない。


 このままだといつかコロニーが落とされるのだろう。(これも大袈裟ではなく。)


 そういう意味では富野先生は予言者だとも思う。


 ただあの物語通りに、コロニーのサイズの物体が落下したら、もう地球上の人間は絶滅する。


 詳細は省くが10kmのサイズを超える物体が落ちた場合、爆風で数千kmが破壊され、その後、飛び散った岩が大気全体を数時間以内に数100度まで加熱する。


 そうなったら植物も動物も絶滅し、やがて人間もそうなるのだ。


 その点はさておき、この憂慮をどうにかしたいと考えてくださっているのではないかと思う。


『ニュータイプ理論』はそれをクリアする方法論なのだと考えている。


 他にも日本にはたくさんの素晴らしい漫画、アニメが存在する。


 私は面白おかしく読んでいただくため、畏れ多くも、今回の小説にそれらの漫画の台詞を一部使わせていただいている。


 これは本当に尊敬の念を表したものである。


 もしこれによって作者の方々が不快な思いを抱いたのであれば、すぐにその部分を削除、修正する所存である。(読んでくれるところまで行けば、訴えられたとしてもそれだけで本望です。)


 また、この小説の中には、畏れ多くも、谷川俊太郎先生の『二十億光年の孤独』という詩の一部を引用している。


 私は小学校の時、教科書でこの詩を初めて読んだ。


 その時には何のことだか分かってなかったが、大学で読み直し、本当に感銘を受けた。


 ちょうどSETI(地球外知的生命体探索)が流行りだし、地球外知的生命との関わりを描いた映画『Contact』が上映されたくらいの頃だった。


 我々は孤独な存在なのか、そしてくしゃみ。


 何と的確な表現なのだろうか。


 書店で読み、本当に心が震えたのを今でも覚えている。


 実は最初のプロットの段階で、私はまえがきに『二十億光年の孤独』を全て書いていた。


 だが、これはさすがに著作権の問題が発生すると思い、一部引用のみにした。


 が、もしこの小説を読んでいただいた方で、この詩をご存じない方には是非谷川俊太郎先生のこの詩を読んでいただきたいと思う。


 そして、実は本小説の最後の方でミライが心の中にある孤独のヒモがほどける感覚を「くすぐったい」と表現している。


 これは私の中での谷川先生へのアンサーだと勝手に思っている。


 きっと我々がいつか孤独ではないことを感じることができたなら、こんな風に思うのではないだろうか。


 もちろんこの詩だけでなく、谷川先生の他の詩も素晴らしく、(小説内で題名だけ出てくるが)『ひも また』や『芝生』、『ふくらはぎ』など、数え上げればきりがない。


 特に個人的に『ひも また』に関して、実は物理界で話題の超弦理論(SuperStrings理論)の弦と結びつけて考えたことがあった。


 その時、とても心に刺さったことを覚えている。


 実はこの部分が今回の小説にも深く関係している。


 きっと読んでいただけると共感していただけると思う。


 さらには小説においては、アイザック・アシモフ先生の「われはロボット」にも多大な影響を受けている。


 ロボットはロボット三原則を破ることができない。


 だが、人間の心に近い、もしくはそれと同等の想いは存在する。


 これは本作内でも書いている金形が感じている点、そのものである。


 私のこの物語ではAIとアンドロイドは人間に忠実に動いている。


 途中の台詞でもあるが、教師データを植え付けている人間には逆らえないのだ。


 しかし、そこにはきっと独自の判断があるはず。


 それを少しだけ描いているつもりである。(実は次回作にはそのあたりを描く予定である。)


 また、大学時代だったかに読んだブライアン・オールディス先生の「スーパートイズ」。


 映画「A.I.」の原作であるが、このアンドロイドの描き方も悲しくも素晴らしい。


 また、この作品には寄生虫ロボットが出てくるのだが、富裕層がこのロボットのおかげでいくら食べても太らないようになっているなど、生活にロボットが完全に入り込んでいる様が素晴らしいと感じた。


 もう一つはダニエル・キイス先生の「アルジャーノンに花束を」だ。


 本当に数々の素晴らしいSF小説もたくさんある。


 ただ、私はこれらの素晴らしい作品たちを読んで、それで止まっていてはいけないと思うのだ。


 我々はこれらの作品を読むことができる、見ることができる、


 さらに多くの情報に触れることができる。


 誤解を恐れずに言うのならば、我々がそこから導き出せる思想は、その先生方を越えていけるはずだと思っている。


 越えてかなければならないと思っている。


 まだまだ足元にも及ばないところではあるが。。。(笑)


 また、これを読んだ方がご自身の思考を進ませる上で、もしもこの小説が少しでも役にたったとしたら、これほど嬉しいことはない。


 そして、いつの日か、この小説にも書かれていることが実現されたらと心から願っている。


 あと、勝手ながら、この小説の主題歌はUruさんの『フリージア』だと思っている。


 これもUruさんご本人、作詞(Uruさんご本人)、作曲などを手掛けた方が不快に感じたなら申し訳ないと思う。


 だが、歌の持っている世界観があまりにピッタリで最初に聴いた時、衝撃が走った。


 レイやミライ、小林や浜辺、波多野が動いているシーン。


 そして、ジュネーブや二子山でのシーンが歌と一緒に頭の中で映像化されたのだ。


 もし、ありがたくもこの小説を読んでくださって、『フリージア』を聴いたことがない方がいれば、是非聴いていただきたい。


 そして、ここまでこの作品を読んでくださった方がいたとしたら、本当に感謝しかありません。


 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


 作者 友枝 哲 より


読んでいただき、本当にありがとうございました。

感謝、感謝です!!(泣)

次回作「タキオンの矢」を ’25年のお正月過ぎあたりから開始したいと思っています。

もし良ければ、そちらもお楽しみください。


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― 新着の感想 ―
再投稿版完結おめでとうございます。  何処をどう修正したのか正確には追えていませんが、初回投稿時の内容維持しつつ読みやすくなったように思います。  時系列的に続きの次回作楽しみにしています。  こ…
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