〜第7章 目指すべき場所〜 ∫ 7-1.憂いの拡散 dt
まえがきは割愛させていただきます。
毎日0~1時の間に次話投稿いたします。
世界中で計算を初めてから、日本の首都圏だけであった『アンドロイドの憂鬱』がアメリカにヨーロッパに、中国に、インドに全世界に伝染していった。
ただし、ただアンドロイドが何かを考えているように見えるだけで問題は起こっていなかった。
むしろ問題を起こしたのは人間の方であった。
ゴシップ誌が面白おかしく囃し立てて書いたアンドロイドの人類滅亡計画を信じた人間たちが反アンドロイドを掲げ、アンドロイドを襲撃する事件が発生していた。
グレイ・フィッツジェラルド(F)・ロズウェルが金形警部補とオンライン会議を始めていた。
「グレイさん、どうもおひさしぶりです。今回はどうしました?」
「ああ、どうも。金形さん、お元気ですか。」
「ええ、まあ。ところで。」
「ああ、今回連絡を差し上げたのは、この前の件で伺いたいことがありまして。」
「。。。」
以前、金形はこのグレイという男に連絡を入れていた。
Kinet-dyne社のティーウォーター部長から聞いていた、現在発生しているこの気味の悪い現象を誰にも感づかれずに実行できると思われる人物二人のうちの一人であったからだった。
ところが、その時、金形は相手にもされなかった。
であるにも関わらず、今回突然グレイの方から連絡が来たのだった。
金形は内容について察していた。それと同時に金形の直感が言っていた。
(こいつは犯人ではない)と。
金形は少し睨むような目でグレイを見ていた。
グレイのBCDにも金形と同じように相手の心拍数、体温、表情や仕草から感情を読み取る機能が備わっており、怒りの度合いが上がっていることは数字としても明らかであった。
グレイにはその数字を見るまでもなく、表情からその状態は読み取れていた。
だが、グレイはそんなことはお構いなしに話し始めた。
「単刀直入に聞きます。もしかしてこの前の件について、何か目星は付いたのでしょうか。」
金形はBCDによって空間に映しだされたグレイから視線を逸らし、少し嫌みたらしく言った。
「この前の件というのはなんのことでしょう?」
「ああ、先日あなたが私に問い合わせてきた件です。
今世界中で問題となっている『アンドロイドの憂鬱』の件。。。」
「あー、その件ですか。」
金形は自分の直感が正しいことを悟った。そして、再びグレイを見た。
「いえ。まだ何とも分かりませんな。」
グレイはBCDの表示に注目した。が、変化は示されなかった。
長年の刑事としてのキャリアが金形にそういうスキルをもたらしていた。
「。。。」
グレイはじっと金形を見ていた。
「お宅の国なら私が知り得るくらいの情報は、いくらでも手に入るのではないんですか。特にうちの国のことなんかは。」
金形の言葉に対して、グレイはしばらく沈黙の後に口を開いた。
「浜辺小春をご存じですか。彼女は今、第二新東京工科大にいると思うのですが。
研究テーマは人体内散逸構造化を用いた高速シミュレーション。
小林という人物と一緒に研究していると。」
『浜辺』という名前が出てきた時も金形は微塵の反応も示さなかった。
「いいえ。存じあげませんな。」
「本当ですか?嘘はいけませんよ。
私を知っていて、浜辺を知らないということは…」
「あなたの画面に出ている私の数字を見れば、私が嘘をついているかどうかなんて、分かるんではないんですか?」
「まあ、いいです。私は彼女を怪しんでいる。それと。。。」
何かを話し出そうとしたグレイが若干躊躇した様子を見せた。
金形はそれを見逃さなかった。
「それと?なんです?」
グレイが一息吐いて、決心した顔で続けた。
「どうやら浜辺は人体内散逸構造化の高速シミュレーションではなく、柊レイ、そして夏目ミライと何かをやっている。そんな気がするのです。」
確証を持ったような言い方をしたグレイの態度を見て、金形は少し前のめりになった。
「何か証拠があるんですか?」
「いえ。証拠はありません。」
金形はグレイの声のトーンが僅かに変化したのを感じ取った。
「まあ、私には及びませんが、柊レイ、夏目ミライ、そして浜辺小春。
やつらはそれなりの能力者です。
もしあなたがやつらを調べていないというのならば、あなたは今すぐにでもやつらを調べるべきだ。」
金形はグレイが何かを掴んでいると感じたが、それ以上の詮索はやめておいた。
「分かりました。調べてみましょう。」
グレイが会議を終わらせようとした時、僅かに本性を垣間見せた。
「何か証拠をつかんだらすぐに私に知らせるのが身のためですよ。
お宅とは友好関係にあるとはいえ、重大な事件がそちら発で起こり、各国が知る状態になれば、我々は容赦なく正義の鉄槌を下すでしょう。
第3次での痛みはまだ世界が覚えていますからね。
だからこそ、鉄槌の前になかったことにした方が良いでしょう。
お互いのためにもね。」
グレイはそう言いながらカメラにグイと近づいて金形に圧を掛けた。
金形はそれでも微塵の変化も出さなかった。
「それでは、また。」
そう言うとグレイは金形の前から姿を消した。
グレイは金形との通話していたカメラの奥にあるディスプレイに、あるメッセージのやりとりを写し出していた。
それは柊レイが夏目ミライに送ったメッセージであった。
(二つともやるとか言えば良かったんじゃないの?)
(それが、この内容はいろんな国がすでにやってて成果の出ない研究だって。)
(そりゃ計算省略をめちゃくちゃしてたり、条件が全然違う状態でやってるからじゃない。)
(その辺りはまだちゃんと話せてないんだ。)
(ちゃんと話せばできそうなの?)
(うーん、どうかな?)
(一度作戦でも練る?)
(そうだね。)
ただ、小林秋雄と浜辺小春も含めたメッセージは1つも残っていなかった。
それどころが、浜辺小春の作ったプログラムは人体内散逸構造化の高速シミュレーション以外のものが一欠片も見つけられていなかった。
それが返ってグレイには不気味に写っていた。
グレイは数学では夏目の前にフィールズ賞を獲得し、物理では柊レイの前に新理論を築き上げ、さらにプログラムにも秀でた超天才であった。
アメリカは彼を次代の星だと持て囃した。
だが、ある時、グレイは国防総省からの依頼でデジタル犯罪の捜査を手伝い、FBIもCIAも難儀していた犯人をあっさり割り出し、衝撃の逮捕劇の立役者となった。
その時の国を守ったという今までにない経験が、彼をアメリカ国防総省デジタル防疫庁に入省させた。
デジタル防疫庁は国防総省内でも一番の花形であった。
世界がデジタル化し始めた二十一世紀初頭からその重要性はどんどん増していき、その後、AIの登場、AIによる決定(交通や医療、一部裁判など)によって防疫の重要性はますます上がった。
極めつけは第三次世界大戦、別名AI戦争であった。
超大国となった自称発展途上国が、ある島の統治権を巡り、攻撃を仕掛けた。
それまでの戦争と一線を画していたのはAIや無人機による戦闘であった。
そして、その勝敗を分けたのはハッカー(ホワイトハットハッカー)とクラッカー(ブラックハットハッカー)の能力差であった。
相手のシステムに入り込み、システムを破壊し、いかにAIを無力化するか、無人機を無力化するか、もしくはそれを乗っ取るかであった。
もちろん戦闘機、軍艦、潜水艦、空母など多数発進していたが、それ以上に相手国のシステム破壊は多数の死者をもたらした。
多くの国で、通信網の無力化、医療の麻痺、交通運搬の麻痺、ライフラインの麻痺が発生した。
物資の不足、加えて情報の欠乏が人々を混乱の渦に叩き込んだ。
人々は何が起こっているのか認識できない状況になったのだ。
その混乱は戦争による兵隊の死ではなく、疑心暗鬼となった国民同士の争いを生み、その争いによる死を産んだ。
これがAI戦争の恐るべき姿だった。
結果、死者数は第二次世界大戦のそれをはるかに大きく上回った。
それにより、防疫の重要性は極まり、ハッキングは殺人や放火と同等、時にはそれ以上に重罪となった。
グレイは『国を守るため』にデジタル防疫庁に入った。
だが、実際には絶え間のない苦難の連続である研究の道から無意識に遠ざかろうとした結果でもあった。
グレイは金形との会談を終え、あまり直接連絡はとりたくなかったが、柊レイ、夏目ミライ、小林秋雄との関係性を探るため、浜辺にメッセージを送ることにした。
(久しぶりだな。元気にしてるか。)
グレイと浜辺は知り合いだった。
浜辺が中学一年の時、初めてアルゴリズムオリンピックに出る前、世界では次期精鋭を集めて、プログラマの強化プロジェクトが開催されていた。
グレイは、それまでプログラムにおいて、自分と肩を並べる者を見たことがなかった。
並べるどころか、圧倒的な差をもって、他者に勝利してきていた。
ところが、この強化プロジェクトで初めて敗北を喫することとなった。
相手は自分よりも幼そうに見える少女。
暇を見つけてはアニメを見ていて、端から見てもプログラムが書けるなんて想像もつかないただのヲタクな女の子だった。
しかし、このヲタク少女は、課題が出された途端に、丸メガネをキラリと光らせ、別人となった。
とてつもないスピードでプログラムを書き上げ(この頃は、まだちゃんとした一般的な言語であったが)、処理速度においてもグレイのそれとは比べ物にならないほどであった。
グレイは強化プロジェクト一日目にしてすでに敗北を悟った。
頑張って何とかなるレベルではない。
グレイであるからこそ、それを強く感じ取った。
その敗北感がメッセージの送信ボタンを押すことを躊躇させていた。
だが、しばらくの沈黙の後、送信ボタンを押した。
朝十時、浜辺はまだ寝ていた。
布団を抱き枕のように抱え、ムニャムニャ言いながら、ときおりお尻を掻いたりしていた。
その時、ベッドの横に無造作に置いているBCDが光って、メッセージの着信を知らせた。
以前なら全く見向きもしなかったメッセージ着信だったが、最近では宇宙創成プロジェクトのこともあり、メッセージが来ると一度目を通すようにしていた。
ベッド横の背の低いテーブルの上に丸メガネが置かれていた。
その隣にあったBCDを寝ぼけながら耳の下に貼り、寝癖のついた髪をボリボリ掻きながら、薄目を開けて掌を自分に向けた。
目の前にメッセンジャーのウインドウが表示された。
そのウインドウには見慣れない名前が書かれていた。
眼鏡をかけていないので、周囲はぼやけていたが、直接視覚に情報が送られるため、ウインドウだけははっきり見えた。
(グレイ・F・ロズウェル)
「はあ!?」
誰だろうと思ったが、すぐにグレイが意気揚々と話していたのを思い出した。
「僕はね、他人の書いたコードを信用してないんだ。
だから、変数、関数の頭に自分の名前の頭文字であるgfrを付けるんだ。
僕が書いたことが分かるようにね。
もし君がその文字を見つけたなら、その部分はデバッグしなくてもいい。
全部信用していいってことだよ。」
浜辺は当時から、(この人、ナルちゃんだな。)と思い、できるだけ相手にしないようにしていた。
浜辺からすれば、勘違い甚だしいヤツであった。
いつも偉そうな口を叩く割りに、表彰式の時はいつも自分より低い位置に立っていたからだった。
浜辺の中で、このメッセージの重要度は即座に下げられた。
そして、そんなことで自分の睡眠が邪魔されたことにかなり腹を立てていた。
浜辺はすぐにBCDをはがして、再び睡眠の態勢に入った。
14時間の時間差をもつワシントンでは、夜の八時だった。
わざわざ浜辺のいる地域の時間に合わせてメッセージを送ったにも関わらず、既読無視されたことにグレイは腹を立てていた。
(何様だ、あいつ。おれを無視するとは!)
続けてメッセージを送ろうとした時、グレイのオフィスに一人の男が入ってきた。
国防防諜・安全保障局の局長ホワイト・R・マーセナス。グレイの上司であった。
局長は国防防諜・安全保障担当国防次官でもあるため、多くのSPも一緒に入ってきた。
グレイとそのオフィスにいた十名程度のヒューマンチームが一斉に立ち上がり、敬礼する。
局長も軽く手を上げ、グレイに近づきながら言った。
「グレイ君、何か分かったのかね?」
グレイは周りのメンバーを見た後、再び局長の方を向き答えた。
「はっ、申し訳ありません。まだ何とも。」
進捗がないことが気に食わなかったのか、局長は少し皮肉めいた口調で話した。
「君たちの能力を信じているよ。だが、残された時間はあと一ヶ月だ。
君たちとは別に特別対策チームが出来ているのは知っているな?
そこの分析チームが我々の国で大きな暴動に発展するまであと一ヶ月と言っている。
分かっているな。それまでに何としても原因を突き止めるんだ。
それができなければ、君たちのこれまでの功績が無になる。
その意味が分かるな?」
「はっ。必ずや突き止めてみせます。」
その回答を聞くかどうかのタイミングで、その男はすでに踵を返し、部屋を出ていっていた。
深々を礼をしながらグレイは心の中で愚痴をこぼしていた。
(クソッ!なんでおれがあんな無能なやつに指示されないといけないんだ!)
局長がいなくなるやいなや、グレイは姿勢をさっと戻し、全員に吠えた。
「何をぼけっとしている。早く席に戻って作業を続けろ!」
グレイは全員を席に戻らせ、自分も席に座った。
グレイの苛立ちがキータッチの音に反映されていた。
<次回予告>
「アンドロイドの憂鬱」について調査をする金形警部補とロズウェル。
発生するアンドロイド破壊行為。
しかし、その中では宇宙が新たな一面を見せ始めていた。
生命の誕生。それは繰り返される痛みの始まりでもあった。
次話サブタイトル「誠実さと残酷さ」。
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
グレイの気持ちが分からなくもないです。(笑)
私もどこかもっと認めてほしいという承認欲求が強い方な気がします。
知ってる人が読むと、誰のことだよ?と怒られるかもしれませんが、無能な上司も何人かいました。なんでこいつがこんなに偉そうなんだ!?と。まさに今話のグレイのような感じ。(笑)
さて、本編ですが、何か不穏な空気が漂ってきています。金形警部補もアメリカ国防総省までも本件を調査しだしています。
さて、どうなっていくのでしょうか。
次話サブタイトル「誠実さと残酷さ」。乞うご期待!!




