∫ 5-6.美しい数式=シン統一場理論 dt
まえがきは割愛させていただきます。
毎日0~1時の間に次話投稿いたします。
十月のある日の朝、学長と理事長にレイは呼ばれた。
レイが教授室の手前にある事務室に入ると、学長、理事長と一緒に新しい教授がいた。
白髪でずんぐりした身体、四角い眼鏡。
レイはその姿に見覚えがあった。
東北工科大の加治教授であった。
本当にそうなるかどうかは分からなかったが、レイは学長に加治教授のことを推薦していた。
「柊くん、来てくれたんだね。
こちら、新しくこの研究室の教授になっていただいた加治教授だ。
って、柊くんは知ってる人だね。」
「柊くん、よろしく。これからよろしくね。」
加治教授が手を前に差し出した。
「はい、よろしくお願いいたします。」
そう言うとレイは加治教授の手を握った。
ひとしきりの歓談の後、学長、理事長が退席し、加治教授とレイは教授室に入った。
「まさか、ここに来ることになるとは、正直驚いたよ。
君が推薦してくれたって聞いたんだが。」
「はい。以前、話をさせていただいて、とても信頼のおける方だと思ったので。」
「ははは。ありがとう。君の思ってるような人間ではないかもしれないが、最善を尽くさせてもらうよ。」
加地教授はレイを見て続けた。
「それはそうと、理事長と学長はあの事故のデータを君に解析させたいみたいだったよ。
なんせ、あの事故の原因がまだ分かっていないのが、今の施設建設プロジェクトの最大の懸念点になっているみたいだから、もう必死みたいだ。」
「そのデータ、お持ちなんですか?」
「あれ?と言うことは、君は持ってないんだね。
なんだ。あー、学長たちも君に気を遣ってたのかもしれないね。
すごく落ち込んでたっていってたから。」
その言葉にレイは少し下を向いた。
「あっ、こりゃすまんね。話は少し聞いたよ。友人が亡くなったと。」
「はい。」
レイは唇を少し噛み締めた。
数秒の沈黙の後、加治教授は再び話し始めた。
「辛いだろうけど、辛いことは忘れてはいけない。それはいつか君の力になる日が来る。」
ふと、レイが加治教授の顔を見上げた。
加治教授はレイの目を見て、少し悟った。
「君は強いね。以前会った時とは別人のようだ。
何も心配はいらないみたいだね。
老人は小言が多くてすまんね。フォフォフォ。」
笑った後、加治教授が続けた。
「データは送っておくよ。もし解析できたら報告してくれると助かるよ。
そうだな。まあ、年末くらいまでに一報だけくれれば、それで良い。
僕の方でも解析してみるから、年末に検討結果の照合をしよう。」
「分かりました。」
「あと、一応、君が生きているか確認のために、平日一日一回研究室には顔を出してほしい。」
「はい。必ず。」
「じゃあ、もう大丈夫だよ。」
「あっ、はい。では、失礼します。」
そう言ってレイが教授室を出ようとした時、加治教授が付け加えた。
「君は思うようにやれば良い。
この前も言ったけどね。若い頃は、思ったようにやればいい。」
その言葉を噛み締めてレイは返事をした。
「はい。ありがとうございます。」
「あっ、いかんね。また老人の小言だ。さあ、行きなさい。」
「はい。失礼します。」
そう言って、教授室を後にした。
加治教授にはレイが本当に眩しく見えた。
夏が終わり(2076年では10月まで夏のように暑い)、一瞬の秋が通りすぎ、冬になり、年末も近付いてきた頃、とうとう数式が完成した。
一つの式が4つの力、別の三次元を持つ負質量の物質影響を受け、負質量の物質は虚数質量の物質影響を受ける世界を示す式。
「できた。とうとうできたよ。」
レイは、そう言うミライを見て言った。
「何てきれいなんだ。」
ミライはその言葉に顔を赤くして、目を逸らした。
そして、小さい声で言った。
「なんで今そんなことを。」
「そう思わない?この式、何て美しいんだ!」
ミライはさらに顔を赤らめて言った。
「もう、ばかぁ!」
その言葉にレイは驚きの顔をした。と、同時にその言葉に小林と浜辺が寄ってきた。
「数式、できたんです?」
「はい。とうとうできました。」
「これぞまさにシン統一場理論ですね!ということは、次はあっしの出番ですね!!」
「そうですね。真統一場理論、この式をプログラムに落としましょう。」
それから浜辺とレイ、ミライは数式をプログラムに落とす作業を始めた。
レイは一日だけその作業から外れた。
加治教授との約束を守るため、レイは作った数式を使って、爆発事故が起こった条件を計算していた。
以前の計算通り、50プランク時間だけ実質量、負質量の世界を隔てる扉が開き、やはり負の物質が流れ込み、対消滅により爆発が起こるという結果であった。
そして、その対消滅時の発生するガンマ線が計算によって算出された。
しかし、その結果は実際の爆発事故データと若干食い違っていた。
負の世界から流れ込んできた物質の量が異なっていたためであった。
ただ、父の受け取ったデータから負の質量の素粒子が何であるかも分かっており、そのデータを使い、何の粒子がどれだけ入ってきていたかをフィッティングした。
ものの数分で事故データとシミュレーションデータがピタリと一致した。
今やレイには世界の全てが見えていた。
それなのに、波多野を取り戻すことができないことに落胆するばかりであった。
加治教授には、申し訳ないと思いつつ、発生が推定される素粒子のデータという題名でそれらのフィッティングデータのみを送り、それによる対消滅が原因とした。
これを防ぐためにはある程度の対消滅による爆発に耐えられる構造と負世界とのゲートを開く時間の制御が不可欠とした。
解析やデータ整理などが終わり、夜遅くにレイはその内容を加治教授に送付した。
その後、レイはシャワーをした。
シャワー、乾燥が終わった後、加治教授からできれば明日話がしたいとメッセージが入っていることに気がついた。
レイはすぐに加治教授に返事した。
(分かりました。明日朝、伺います。)
次の日の朝、レイは教授室を訪ねた。
加治教授は部屋の奥にある椅子に座って、自分のBCDで映されるデータを見ていた。
そこにレイのノック音が響いた。
「柊です。入ります。」
「ああ、どうぞ。」
そういうと、加地教授は机の奥にある椅子から立ち上がり、レイを迎えた。
教授は机の前にあるソファーにレイを案内して、座るように促した。
「まあ、掛けて。何か飲むかね。コーヒーでも?」
「はい、じゃあ、コーヒーで。」
そう言うと、BCDで秘書の一人に連絡を入れた。
「忙しいところすまないんだが、コーヒー二つ持ってきてくれるかな。よろしく。」
そう言うと、レイの向かいに加地教授が座った。
「早速なんだが、ちょっとこれを。」
そう言うと、加地教授はBCDのデータをソファーの中間にある応接テーブルに移した。
検出されたガンマ線などのデータに、いろんな素粒子との対消滅時の発生エネルギーを基にしたフィッティング結果が示されていた。
どれもうまく当てはまっていなかったが、現象を対消滅として捉えていることにレイは驚いた。
「これは。。。」
レイは加治教授の顔を見た。
「そう。君の送ってくれたデータとは異なるが、私も対消滅が起こったんだと考えた。
というか、そうでなければ、あのエネルギー量は生じえないからね。
ただ、我々が知り得る物質ではうまくフィッティングさせることができなかった。
いろんなパターンを試してみたが、どれも結果はミスマッチだった。
我々の知り得る物質では。」
加地教授の言葉が終わった時、教授室のドアがノックされ、秘書がコーヒーを持ってきた。
「ありがとう。助かるよ。」
秘書が表示の邪魔にならないように、テーブルの端にコーヒーを置き、ドアの前で一礼して、部屋を出た。
ドアの閉まる音と共に、加地教授は昨日レイが送ったデータをテーブルに表示させた。
加治教授はテーブルからレイの方に視線を移しながら話し始めた。
「あっ、コーヒーはご自由に。で、今、質問してもいいかね?」
レイは加治教授の方を見て答えた。
加治教授の目を見た時、確信を突かれることを悟った。
が、それを重々承知の上で答えた。
「はい。どうぞ。」
「質問は二点。
一点目、これらの物質、なぜこのような物性であることが分かったか。」
加治教授はレイからテーブルに再び視線を移した。
「二点目、これらの物質はどこから来たと考えているのか。」
レイは全てを打ち明けることを決意した。
「実は、全てを繋げる式を完成させました。」
「全てを繋げる式?」
「はい。隠れた6次元も、そこに存在するだろう物質も全て。」
加治教授はその言葉に対して何も応えることができなかった。
全く言葉が思い浮かばなかった。
レイはしばらくして続けた。
「ぼくの理論にあるヒッグス軸がカギなんです。
この値があるところを越えると、隠れた3次元の世界と繋がり、その世界の物質がこちらに流れ込むんです。
そして、示した物質はその世界のものです。」
加治教授はまだ思考が追い付いていなかったが、レイが真理に到達したのだということだけは感じとっていた。
その瞬間、加地教授の身体がブルッと震えた。
「つまり、完全な統一場理論が完成した、ということ、かね?」
「その通りです。」
その言葉のやりとりの間に加治教授の脳裏に受賞する自身の姿を思い浮かべた。
だが、次の瞬間、頭を軽く振り、その考えを振り払った。
「どうしましたか?」
少しおかしな加治教授の行動にレイが聞いた。
その言葉に加治教授は再びレイに焦点を合わせて、話した。
「いやね。糸魚川教授の野心に駆られる気持ちが少し理解できたよ。
君はまるで、あれだ。」
レイは伺うように加治教授を見た。
「力の指輪だ。知ってるかな?JRRトールキン。フォフォフォ。知らないかな。
その指輪に触れるものはその力に飲み込まれてしまう。
そして陶酔してしまう。
まるで我が力のように感じる。」
加治教授はそう言うと、少し上を向き、深く息を吐いた。
そして、レイを見て、続けた。
「その発見をどうするかは君自身が決めると良い。
発表するも良し、少し検証するために自身の手元においておくも良し。
他の者の検証が必要なら手を探そう。」
加治教授はソファーに深く腰かけて、両手を口の前で合掌するように合わせた。
「まさか私が生きている間に神の声に辿り着くものが現れるとは、何と幸運な。。。」
そう言いながら目に涙を浮かべた。
その様子を見て、レイが話した。
「すみませんが、もうしばらく検証をさせてください。
この式が宇宙を創り出せるのか、それが分かったら、全てを公表します。
半年後か、もっと、一年後になるかもしれませんが。
それでも良いでしょうか。」
心配そうな顔のレイを見て、加治教授が言った。
「君の発見だ。君が思うようにやれば良い。君にはその権利がある。」
加治教授はニッコリして言った。
「大丈夫。今回の実験の原因はまだ不明だと。私のシミュレーション結果を付けて、報告しておくよ。
なに、心配はいらないよ。それが君を除く、人類の最先端だ。」
「失礼します。」
レイが教授の部屋を後にした。
加治教授はレイを見送るため、部屋のドアまで移動してたが、再びソファーのところに戻った。
そして机のデータを消した。
加地教授はソファーに浅く座り、自身のBCDに映っているレイのメールを削除しようとした。
だが、手が止まった。
しばらくうつむき、深呼吸を数回した後、震えた手で削除ボタンを押した。
「これでいい。」
加治教授は再びうつむいて、深呼吸をした。
その日からレイは数式のプログラム化に没頭した。
そして、プログラム化を始め二ヶ月が過ぎた頃、プログラムがとうとう完成した。
旧端末の画面にコンパイル状況が表示されていた。
コンパイルが進むにしたがって、上部から点が画面を埋め尽していく。
画面上半分を点が埋め尽くした頃、小林がしびれを切らして、聞いた。
「まだです!?」
「もう少しですよ。いっつも小林さんは待てない人ですね。」
「君の遅刻ぐせのせいで、待つのには慣れてるんだけどね。」
「まだしんぼうが足りてませんねぇ。」
そのやりとりをレイもミライも少し笑って見ていた。
「そろそろですよ。」
点がさらに次の一行に差し掛かった。
(………………………………… Build Finished. SimUniverse.exe)
その文字を見て、浜辺がにっこりして言った。
「できましたぁ!!」
「やった!!」
それぞれが喜びの声をあげた。
しばらく喜んだ後、レイが言った。
「じゃあ、この負界のデータと虚界のデータを元にさっそく動かしてみよう。」
「じゃあ、条件入力部を作ります。」
「あっ、もうぼくの方で作っといたので、大丈夫です。」
「ジーザス、さすが柊先生!」
「ちょっと待ってください。」
レイが自分のBCDからデータを旧端末側に移した。
「これで良し。」
それを見て、浜辺が言った。
「準備は良いですか?じゃあ、やってみますよ。」
そう言うと、浜辺が、いつも以上に力を込めて、人差し指を空に掲げ、手を振り上げた。
「よろしくおねがいしまーーーーす!!!」
浜辺が呪文を唱えながら指を振り下ろして、画面の(START)ボタンを押した。
<次回予告>
ついに完成した宇宙創成プログラム。
果たして宇宙はどのような姿を見せるのか?そして、正しく動くのだろうか?
次回より6章「孤独な宇宙」突入。
次話サブタイトル「宇宙のはじまり」。
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
とうとうシン統一場理論が完成しました。
加地教授も糸魚川教授のように柊レイの力に飲み込まれてしまいそうになってしまいました。確かにとてつもない力の前ではこうなってしまうのも人間らしいと言えば人間らしいですね。
ですが、これからの世の中はこういった力に飲み込まれてしまわない人こそが上に立つようになってほしいものですね。人間はすでに自分達を滅ぼすだけの力を持ってしまってますので。
本編ですが、シン統一場理論を搭載した宇宙がとうとう動き出します。
果たして正しい宇宙ができたのでしょうか。
次回から6章「孤独な宇宙」に突入します。
次話サブタイトル「宇宙のはじまり」。乞うご期待!!




