∫ 3-7.諦めたらそこで試合終了ですよ dt
まえがきは割愛させていただきます。
毎日0~1時の間に次話投稿いたします。
五月も半ばになり、東北工科大学で学会会合が開かれていた。
会合の焦点はレイの提案していた四粒子衝突実験のエネルギーについてだった。
糸魚川教授が自信満々に話していた。
さも自身がこの理論を提唱した本人であるかのように。
「このエネルギーを与えて衝突させることで、約5×10のマイナス41乗秒、つまり約1000プランク時間だけ四粒子が事象の地平面以上のヒッグス値となる空間を作り出すのです。
それによって折り畳まれたと言われている六軸を構成する何かが姿を表すと考えられます。
結果は、与えたエネルギーや質量以上のヒッグス値が検出されることによって示されるでしょう。
それは重力波検知によっても捉えることができます。
つまり今の設備でも検知可能ということです。」
委員会の全員が満場の拍手を送った。
糸魚川教授は満足して発表を終わらせた。
しかし、その拍手は糸魚川教授の横の横に座っていたレイに対するものであったことは間違いない事実だった。
EUの研究機関であるCERNの所長が話をした。
「約四か月後の九月中旬には改造工事が終わり、とうとうEUにおいて四粒子衝突実験が、仮設ではありますが、可能となります。
そこで、柊先生、ならびに糸魚川教授の提案する内容を可能な限り同じ条件で実施したいのですが、いかがでしょうか。」
レイの名前が自分の名前よりも先に付けられたことに少しムッとしながらも糸魚川教授が答えた。
「はい。願ってもない話です。
付加可能なエネルギー値から計算するに50プランク時間程度ですが、事象の地平面以上のヒッグス値となることが予想されますね。
それを実施する際には是非とも私どもも立ち会いたいものです。」
糸魚川教授は、あらかじめレイが計算していた内容をそのまま回答した。
「さすがです。すでに計算されておられたのですね。
もちろんご招待いたします。我々とともに確認いたしましょう。」
「完全な実験設備としては我々も第二新東京工科大近隣である箱根外輪山に建設予定ですので、その参考にさせていただきたいと思います。」
また、委員たちの満場の拍手が起こり、会合は成功裡に終わった。
会合の間、レイは席に座っていたものの以前にも増して、心ここにあらずの状態だった。
その様子を全員が見ていたが、緊張してのことと思っていた。
ただ一人を除いては。
東北工科大学から少し離れた結婚式場で会合の打ち上げが開催されていた。
レイは糸魚川教授のところに来る学会の委員たちの相手をしなければならなかったが、この前の失神騒動もあり、牧瀬准教授が糸魚川教授にレイを休ませたいと言ってくれ、渋々ではあったが、糸魚川教授もそれに同意した。
レイは席を外して前回の学会同様に外に出ていた。
星の光がきれいな夜だった。もうすでに夏の星座が見えていた。
上を見上げていたレイに一人の老人が近づいて来た。
レイはそのことに全然気がついていなかった。
「ようこそ、東北工科大学へ。」
レイはふっと声のする方に向いた。
その老人は手に持っていたシャンパングラスをレイのとなりの机に置いた。
「あっ、加地教授。この前はありがとうございました。」
「いやいや、老人は小言が多くていかんな。」
「いえ、あの時はすごく気持ちが楽になりました。ありがとうございました。」
「そうだったんだね。いや、老人の小言が役に立ったならこれ幸いだよ。」
そういうと視線をレイから星空へ移して、話を続けた。
「しかし、今の君は前にも増して重荷を背負っているようにも見えたんだが。」
そういうと加地教授は再びレイの方を向いた。
レイは加地教授の言葉に全くの悪意を感じなかった。
レイは素直に答えた。
「はい。やりたいことが見つかったんです。でも失敗続きで。。。」
レイは首を少しもたげた。
「期待してくれている仲間にも申し訳なくて。。。」
その言葉を聞いて、加地教授は急に笑いだした。
「そうかい。とうとう見つけたんだね。やりたいことを。
それは良かったじゃないか。
私は今日の姿を見ていててっきりまだ。。。
いや、本当に素晴らしいことだ。
しかし、では何故に。」
「やってはいるんですが、その。。。失敗続きで、仲間にも。」
レイがそういうと、加地教授はレイの肩をドンと叩いた。
「失敗、大いに結構じゃないか。
新しいことをやってるんだ。失敗して当然だよ。
君の歩んできた道はそんなんじゃなかったのかもしれんがね。
私の道なんてもう失敗だらけだよ。
むしろ成功したことを探す方が難しいくらいだ。
肝心なのは諦めないこと。」
レイははっとした。
改めてその大事なことに気づかされた気がした。
「失敗すると誰しもそれに少し嫌気がさすこともある。
何度も失敗が重なればなおさらだ。
それは至極当然。
だけどね、そこからだよ、勝負は。」
加地教授が何かを思い出したかのように相づちのポーズをしながら続けた。
「あー、昔ね。私が好きだった漫画にこういう台詞があったな。
『諦めたらそこで試合終了ですよ。』とね。」
白髪の老人がとある漫画の監督のものまねをした。
どこか丸っこいその姿がその監督にも似ていた。
「知らんかな?フォフォフォ。」
少しだけ間をあけてレイが答えた。
「すみません。。。」
「いや、いいんだよ。
それに君の心は何て言ってる?
辛いから『諦めたい』かな、それとも心のどこかでまだ『それでも』と思ってるかね。
その言葉は君のものだ。
誰にも邪魔することなどできない、君の言葉だ。
その言葉を信じなさい。」
加治教授はふと思い立ってさらに続けた。
「仲間のことを気にしているみたいだが、仲間は君を責めてるのかい?」
「いえ。そんなことは。」
「じゃろ。もし仮にそんなことをしてくるようなら、それは仲間と呼べるものではないな。
君は一人で背負い込みすぎてるんじゃないのかね。
仲間を頼ってもいいのかもしれんよ。」
レイの目に少し力が戻った。
その様子を確かめて、再び加地教授が言った。
「すまないね。また老人の小言に付き合わせてしまったね。」
そういうと持ってきたグラスを再び手に取り、その場を去ろうとした。
「今は、思う存分もがいてみなさい。」
加地教授がはっとした。
「すまんね。また小言だ。いかんね、老人は。」
少し笑うと一言言って、その場を去っていった。
「じゃあ、またどこかで。」
レイはこの前と同じように深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました。」
<次回予告>
加地教授の言葉に力をもらった柊レイ。
彼は力を取り戻すのだろうか。
そして、この宇宙創成に関連してか、
ある現象が見られるようになっていた。
想いに耽るような仕草を取るアンドロイド。
不安に駆られる人々。そして、警察も動き出す。
次回4章「仲間」に突入!
次話サブタイトル「アンドロイドの憂鬱」。
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
加地教授の台詞。以前も書きましたが、加地教授のイメージは例のバスケット漫画、主人公が通う高校のバスケ部監督です。
柊レイは、波多野にも、加地教授にも出会えて、大学入ってからは本当に人の縁に恵まれていると思います。それまでの運のなさで相殺されているのかもですが。人生なんてそんなものなのかもしれません。
さて、本編ですが、加地教授に勇気づけられた柊レイがどうなっていくのでしょうか。
次回から4章に突入します。
次回、「アンドロイドの憂鬱」。乞うご期待!!




