∫ 3-6.魔の川、死の谷、ダーウィンの海 dt
まえがきは割愛させていただきます。
毎日0~1時の間に次話投稿いたします。
レイは、左の拳を口の前に持ってきて、真剣に元素組成割合のグラフを見ていた。
その様子をミライは見逃さなかった。
「どうしたの?なんかまずいの?」
レイがさっとミライの方を見て答えた。
「炭素、酸素、マンガン、鉄や亜鉛、そういった質量の重い元素の量が少ない。
水素やヘリウムの4〜5乗程度なら正常なんだけど、7〜8乗も差が出るのはちょっと今の宇宙と違いすぎる。
この世界と何かが違う。全然違う世界になってしまう。」
そういうと再びレイはグラフを見つめた。
そして何が足りない?と思考を繰り返していた。
「でも何が違うの?全部の式、詰め込んだよね?」
「うん。入れたはず。あるとすると。」
みんながレイの言葉に期待した。
「やっぱりダークエネルギー、ダークマターの部分が異なるんだと思う。」
「それって残りの六次元ってこと。」
ミライが尋ねた。
「うん。」
「でも、そこって現状の最新情報の通り入力してますよね?」
浜辺がレイに確認した。
「網目状模様だよね。」
ミライもレイに尋ねた。
「うん。それを入力したのは間違いない。
ただその情報が正しくないのかもしれない。」
「じゃあ、その条件を変えて試してみますか?」
「そうですね。今はそれしかないですね。」
「どうします?」
「とりあえず一度条件を大きく変えてみましょう。網目状の広さを十倍でお願いします。」
「じゃあ、今の計算を止めますね。いいですか。」
みんながレイを見た。
レイは少し宙を見て考えた後、言った。
「はい。止めましょう。止めて新しい条件で再スタートしましょう。」
網目状構造条件を変化させ再びスタートした。
そしてまた実世界で10日が過ぎた頃、この宇宙においても超新星爆発が起きた。
ただ、この時にはすでにレイにはうまくいっていないことが何となく分かっていた。
網目が広いために引っ張られる力が弱く、宇宙がゆっくりと拡散していた。
それゆえに宇宙の晴れ上がりも遅く、広がった空間内の粒子は近いところにある網に引き寄せされるため、以前よりも宇宙内での疎密の差が激しく、粒子が集まるところは以前にも増して、原子の密度が濃い状態となっていた。
結果として以前以上に超巨大な恒星ができ、重い元素が出来はしたが、恒星が重すぎて爆発時に原子の多くが事象の地平面に飲み込まれてしまった。
外に放出された原子は比較的軽い元素が多く、結局、以前同様に重い元素が少ない宇宙となった。
元素分布を見てレイは再び落胆した。
どうすれば良いのか見当がつかなかったが、ひとまずいろんな条件でやるしかないと自分に言い聞かせた。
「もう一度やろう。次は狭い条件で。」
再再度実施したが、元素分布は思ったものにはなってくれなかった。
次々に間の条件を行っていたが、すべてうまくいかなかった。
試行を重ねる度にレイは不安でいっぱいになっていった。
この数日は午前中に研究室に行っても、何かをする余裕はなかった。
ただ自分の式を反復して計算して、何か間違いがないか探していた。
「何故なんだ。」
牧瀬准教授もレイがいつもと違う様子であることを何となく感じ取っていた。
二か月後に迫っている学会の資料が全然手付かずだったこともその気づきの一因となっていた。
牧瀬准教授は糸魚川教授に気づかれないように、席に座っているレイのもとに行き、レイの肩を叩いた。
レイはあまりに集中していたため、突然牧瀬が現れたように感じ、驚いた。
小さい声で牧瀬准教授は言った。
「ちょっとコーヒーでもどうかな?」
「あっ、はい。」
レイは疲れた様子で休憩室の長椅子に座っていた。
牧瀬は缶ジュースを二つ買ってレイのところに来た。
「どっち飲む?」
カフェオレとブラックコーヒーだった。
「ありがとうございます。じゃあ、ブラック、いただきます。」
レイはお礼を言い、ブラックコーヒーを受け取った。
牧瀬はレイの横に座ってレイに声をかけた。
「最近なんか少し疲れてないかい?大丈夫?」
「ええ、はい。大丈夫です。」
大丈夫ではないことは牧瀬も分かっていたが、それ以上追求はしなかった。
「そっか、なら良かった。
そうそう。教授がさ、次の学会の講演資料について聞いてくるんだよね。
まだなのか、まだなのかって。」
少しレイの様子を見て続けた。
「アジェンダまでは僕の方で書いたんだけど。
さすがに詳細はごめん。書けてないんだ。」
牧瀬は再びレイを少し見た。そしてまた続けた。
「で、書きたいんだけど、恥ずかしながら君の論文をまだ全部理解できてなくてさ。その…」
「書けば良いんですよね?」
「ごめん。僕が書ければいいんだけど。。。」
「いつまでですか。」
「今週中に作らないといけないんだけど。」
「分かりました。」
レイがそう言ってくれることは牧瀬も分かっていた。
それだけにお願いするのが心苦しかった。
少し沈黙したあと、牧瀬が言った。
「君のように頭がいい人には分からないかもしれないけど、凡人はね、その領域に達するのに時間がかかる場合があるんだよ。
いくら頑張っても達し得ない場合だってある。というか、その場合がほとんどだ。」
牧瀬はレイを見ながら話していたが、レイが牧瀬の方を向いたタイミングで牧瀬が前を向いて続けた。
「一応、僕もね、天下の第二新東京工科大の准教授になってさ、自分では頭が良い方だと思ってたんだけどね。
君がここに来てからというもの、打ちのめされてばかりだよ。
なんで神様はこんな不平等に世界を作ったんだろうね。」
レイは牧瀬の最後の言葉に聞き、牧瀬と同じように前を向いて言った。
「ぼくもこの世界をどうやって作ったのか教えてほしいです。」
(あれ?僕の話の趣旨はそこじゃなかったんだけど。)
牧瀬はレイの返答に少し食い違いを感じつつも、再びレイを見て言った。
「いつも君にはお願いばかりで本当にすまないと思ってる。
僕も、あまり力にはなれないかもしれないけど、できるだけ手伝うから。
なんでも言ってほしい。」
「分かりました。」
レイは牧瀬が悪い人ではないことを知ってるだけに、レイにとってそのお願いが重くのし掛かる結果となった。
レイは研究室に戻って、資料作りを始めた。
ただ、その資料を作る姿にはいつも以上に苛立ちが見えた。
宙に浮かぶBCDの画面を睨み付け、足を絶えず揺らし、時折深いため息をついた。
キーを打つ力もいつもより強かった。
その姿を牧瀬も感じ取ってはいたが、どうすることもできなかった。
レイのストレスは日々高まるばかりだった。
季節が変わり、暖かくなり桜が咲き、そして散り、鮮やかな新緑がまばゆい季節になっていた。
そんな季節とは裏腹にレイの心は深く暗い中にいた。
失敗する度に心がどんどん追い込まれていく。
レイは必死に答えを探そうとしていた。でも、見つからない。
何か全てを否定されている、そんな気さえもしていた。
波多野もレイに起こっている異変に気がついていた。
授業中は何かぶつぶつと独り言を言っているし、食事もあまり取らなくなっていくレイを見て、波多野ははっきりと何かがおかしいと感じていた。
話しかけてもどこか上の空で、顔色もそれほど良くなかった。
たまに一緒に食事をする時もふと箸を止めてレイが何かを考え出していた。
そこに波多野が話しかける。
「この間さ、中間テストで満点とったんだよ。それもこれも全部レイのおかげだよ。
さんきゅーな。このままいけばさ、おれも好きな研究室選べそうだよ。
そうしたらさ、同じ。。。」
レイが宙を見て、止まっていた。波多野の話に全然反応してなかった。
「レイ、聞いてる?おい、レイ?」
波多野がレイの箸を持った手をトントンと叩いた。
するとレイが我に返った。
「ああ、ごめん。なんだっけ?」
「研究室好きなとこ、行けそうだって話。」
「ああ、良かったね。さすが、りょーじだよ。」
「っていうか、レイ、大丈夫か?なんかあったのか?
最近おかしいぞ。顔色も悪いし。」
レイは話そうか少し迷ったが、ハッキングで進めていることもあり、話すべきではないと心が言っていた。
それ以上に心が一人で解かなくてどうする?と言っていた。
レイは出かけた言葉を圧し殺した。
「いや。何もないよ。」
波多野はレイを見て、このまま放っておくわけにはいかないと思い、少し追求した。
「レイ。なんもないってことはないだろ?
最近のお前見てると、どんどん何か状況が良くない方向にいってるようなそんな感じがするんだよ。
話したくないのかもだけど、ホントになんでも良いからさ。話せることがあるなら話してくれよな。」
少し沈黙が続いた後、レイが答えた。
「うん。ありがと。でも、今回のは何とか自分で答えを見つけないとなんだよね。
だから、、、ごめん。」
波多野は少し残念だった。
「お前が謝る必要ないし、本当に少しでもおれが力になれることがあったら言ってくれよな。」
「うん。ありがと。」
レイは波多野の顔を見ながら答えた。
レイは全く意識してなかったが、目から涙が流れていた。
波多野はそれを見て、それ以上なにも言えなかった。
ミライもレイの様子が気になっていた。
旧研究棟でも失敗する度に謝るレイを見て、ミライは謝る必要なんかないとなだめていた。
小林も浜辺も全然気にすることはないと話していた。
だが、レイにとって、この失敗一回一回がまるで自分の存在価値が否定されている、そんな気がして、いたたまれなかった。
元素分布表を見て、ため息を漏らし、レイが言った。
「ごめん。また失敗だ。」
「まあ、しようがないよ。また条件を変えてやればいいじゃない。」
「そうですよ。柊先生。僕なんか有機配列進化論作るのに、なん十回も失敗してるんですよ。まだ十回くらいじゃないですか。」
「そうそう。本当に小林さんは勘が全然なくて、いつんなったらできるんだかって感じでしたもんね。」
小林と浜辺がわざとらしく少し笑って、場を明るくしようとしていた。
だが、レイはBCDに映した式をじっと見つめていた。必死で式の間違いを探していた。
この数ヶ月でレイは疲れから少しやつれていた。
それでも必死で答えを探すレイの姿を見てミライは痛々しく感じていた。
レイにはそこまで苦しんでほしくないと思い始めていた。
四月末日、研究室ではレイの作った資料を牧瀬が何とかまとめ、春の学会会合での発表資料が完成した。
牧瀬がレイの横に座り、牧瀬が書いた資料を修正していた。
レイのBCD画面を共有して、レイが途中式を少し修正し、文言を少し修正した。
「これで良いと思います。」
レイは牧瀬の方を見て言った。牧瀬は心から感謝した。
「本当にありがとう。何とか間に合ったよ。本当に、ありがとう。」
牧瀬は他に感謝の言葉が思い付かなかった。
「じゃあ、教授に見せてくるよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
そう言うと牧瀬准教授の画面共有を外す処理をした。
だが、発表資料にも書いたヒッグス項の式がふと気になり、そこをじっと見つめた。
ヒッグス係数は物質の質量(重力)、エネルギー、そしてダークマター、ダークエネルギーによって影響を受ける場の数値だ。
網目状であるダークマターやダークエネルギーによって影響を受け、それにより物質を引き付ける。
何かは分からなかったが、ふとその式に違和感を感じた。
その時、糸魚川教授が教授室から研究室に入ってきた。教授の後ろには牧瀬准教授がいた。
入ってくるなり、糸魚川教授はレイに向かって文句を言った。
「やっと資料が出来たみたいだね。しかしね、柊君。分かってる?締め切りは今日なんだよ。
私が目を通さないといけないことは承知してるだろ?
精査もせずに出してみたまえ。
間違いがあったら大恥だ。
前回もだったが、もっと余裕をもって作ってくれないと困るよ。
次からはせめて一週間前には頼むよ。」
そう言って、次には牧瀬にも文句を言った。
「君がもっとちゃんと彼を指導しないとダメじゃないか。
君も次のポストのことを考えてやらないと。
こんな調子では上にあげられなくなる。分かってるね?」
その時、教授のあまりの態度にレイの身体が反応した。
意識せずだったが、レイがガタッと立ち上がった。
しかし、次の瞬間、レイの目の前が暗くなった。
教授が前に立っていた。その後ろには牧瀬准教授もいた。
レイは教授に向かって言い放った。
「精査なんてあなたにできないじゃないですか!
ぼくの理論をまともに理解もできてないのに何をどう精査するって言うんですか?」
レイは作成した資料を指差して続けた。
「話す文言までほぼ全部ぼくが書いて、あなたはこれを読み上げるだけじゃないですか。
この前だってそうだ。
しかも、この前なんかは一部飛ばして読むものだから途中で理解が追い付かなくなる人も多かったと思いますよ。」
そして、レイは画面に写し出されているヒッグス項の式を指差して続けた。
「じゃあ、聞きますけど、このヒッグス項の意味が。。。」
そう言った時、突然画面の式がどんどん消えていく。
「えっ、、えっ、なんで。。。」
次々に式が消えていく。
なにもしてないのに画面に表示されている他の項目もどんどん消えていった。
そして、画面の中だけでなく、画面自体も消え、机が消え、ついには足元の床まで崩れていった。
ふっと落下するような感覚がレイを襲った。
「わっ!」
叫びながらレイは大学の医務室のベッドから上半身を起こした。
横には牧瀬准教授が椅子に座っていた。
「気がついたかい?大丈夫?」
「あれ?ぼくは。。。」
「研究室で教授が話した後、君が立ち上がったかと思ったら、突然倒れたんだよ。」
「そうだったんですか。」
「うん。医務の先生の話だと疲労とストレスからの目眩だろうって。
しばらく休んだ方がいいって言ってたよ。」
「すみません。」
「いや、君が謝ることじゃないよ。
僕こそ悪かった。君に無理ばっかりさせて。」
牧瀬はレイの顔を見れず、入り口のドアの方を見ながら言った。
「学会まで二週間あるし、それまではさ、もう研究室には顔見せだけでもいいと思うよ。」
レイはさっきの教授に対しての言葉が夢の話なのか、実際の話なのか、聞こうと思ったが、怖くて聞けなかった。
「はい。すみませんが、そうさせてもらいます。」
ただ、その言葉だけ言って、その場を終わらせた。
波多野が校舎の壁に寄りかかり誰かを待っていた。
そこにミライと彼女の友達が歩いてきた。
波多野がそれを見つけて壁から身を起こして、ミライの方に歩いていった。
波多野がミライに話しかけた。
「夏目さん、ちょっといい?」
ミライは波多野の目を見て、何を言おうとしているか、何となく分かった。
込み入った話になりそうだと思い、ミライは友達の方に向かって言った。
「ごめんけど、ちょっと先行っといて。」
「分かった。遅れないようにね。あの先生、厳しいから。」
「うん。分かった。」
波多野もミライの友達に声をかけた。
「ごめんね。」
ミライが波多野の方を向いたのを見て、波多野が言った。
「レイのことなんだけど。」
「分かってる。最近ちょっと根詰めすぎなんだよね。背負いすぎというか。」
「何か知ってんの?」
「まあね。詳しくは話せないけど、一緒にやってる、あるプロジェクトがあってね。
でも、それがうまくいってなくて。
それを全部自分のせいみたいに感じてる。」
「やっぱりそういうことか。。。
最近、どんどん顔色も悪くなってきてるし、レイに聞いても自分で解決しないといけないってだけ言ってさ、何も教えてくれないし。
このままだとあいつ、壊れてしまうんじゃないかって、ちょっと嫌な想像しちまう。」
ミライはそう話している波多野を見ながら少しだけ感心した。
「まあ、確かにね。
あいつ、本当に自分で全部背負い込んでさ。
失敗も責任も何もかも。
一緒にプロジェクトやろうって言ってたのに、『一緒に』って意味、分かってんのかな。」
ミライは少し独り言のように話した。
波多野はずっと気になっていることをミライに問いかけた。
「レイも言わないし、夏目さんも言わないけど、そのプロジェクトって何なの?」
その言葉を聞いて、ミライが波多野の顔を見た。
確かに波多野は信頼に足る人物だと思い、話そうかと考えた。
だが、少しの沈黙の間考えたが、やっぱり話すのを止めた。
「言えない。」
波多野は言ってもらえるんじゃないかと思ってただけに、少しガッカリした。
それと同時にそれだけ大事なことなんだと再認識して、気を取り直した。
「まあ、いいや。肝心なのはレイを何とかしないとってことだしな。」
波多野が少し考えて続けた。
「あいつに今一番必要なのは一瞬でもそのことを忘れるってことだな。
それは間違いない。よーし!」
波多野が何か思い付いたのを察知して、ミライが聞いた。
「よーしって何を企んでんのよ?」
斜め上を向いていた波多野がその言葉を聞いて、さっとミライの方に向いて言った。
「夏目さん、絶叫系好き?」
ふふっと波多野が笑った。
<次回予告>
失敗に次ぐ失敗。
その失敗が柊レイを追い詰めていく。
果たして宇宙はできるのだろうか。
それでも時は残酷に流れていく。
柊レイは教授と共に学会に赴くのであった。
そこで何かが待ち受けていることも知らず。
次話サブタイトル「諦めたらそこで試合終了ですよ」。
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
なにかを研究開発する時には、ほぼ必ずといって良いほど、今の柊レイが体験しているような魔の谷に入り込むものです。
それはかの有名なアインシュタインや世界の発明家エジソンでさえもそうだったようです。
それでもと根気よく取り組むことが大事だと私も経験から感じています。私の持論ですが、開発者は寝ても覚めても取り組んでいる課題を考え続けるくらいのパワーが必要だと思っています。
さて、本編ですが、悩める柊レイに対して、波多野が何かを思い付いたようです。何を企んでいるのでしょうか。そして、次回は柊レイが学会に参加するお話です。そこで何が起こるのでしょうか。
次回、「諦めたらそこで試合終了ですよ」。乞うご期待!!




