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ガロワのソラの下で  作者: 友枝 哲
21/66

∫ 3-3.心を踊らせるチコの輝きと孤独を照らすグラナダの光 dt

まえがきは割愛させていただきます。

毎日0~1時の間で次話投稿いたします。


 

 レイが授業を終えて旧研究棟に移動していた。


 少し周囲を見回して誰もいないことを確認しながら暗証番号を入力し、旧研究棟に入った。


 旧研究棟に入り、はやる気持ちを抑えながら少しはや歩きで情報端末室に移動した。


「こんにちは。」


 すでに三人が入っていて、小林と夏目が化学物理の一般数式化に取り組んでいた。


 四つの机を残して、それ以外を横に移動させ、床にウォールディスプレイを敷いて、そこに数式を書いていた。


 浜辺は何やら一人机に向かってコーディングしているようだった。


 入ってきたレイを見て、ミライと小林が挨拶する。


「授業、お疲れ様。」


 レイは浜辺の方に歩いていき、話しかける。


「浜辺さん、今日まず浜辺さんの処理でどのくらい能力が出せるのか見てみたいんです。できますか?」


 キーボードを叩いている浜辺が答える。


「あー、もうちょっとだけ待ってもらえますか。あとちょっと。。。ちょっと。。。できた!」


 コーディングが終わり、さっとレイの方を見た。


 浜辺は打ち込んだコードをレイが見ているのに気づき、話した。


「これは散逸構造の、つまりひとかたまりで計算できる部分の計算省略化コードです。


 今少し強化中なんです。。。ぴょん。」


 レイは『ぴょん』には無反応だった。浜辺が小さい声でアピールする。


「『ぴょん』って言ってみたんですけど。。。沢北。。。」


『ぴょん』に反応がないレイだったが、浜辺が書いたコードには興味津々だった。


 浜辺はじっと見入っているレイの目の前を手で遮った。


「ダメですよ!企業秘密です。」


 浜辺がへへへと笑った。


 そのやり取りを少し気にしてミライがチラチラ見ていた。


 小林がそれに声をかける。


「夏目さん、この部分ですけど。。。」


「あっ、ごめん。」


 ミライが作業に戻った。


 レイは遮られた視界を浜辺に戻し、作業に入ろうとした。


「あっ、すいません。じゃあ、その強化版で空動作をさせて処理数値を見てみたいです。」


「分かりました。範囲ってどのくらいにします?」


「範囲って?どういう。。。」


「あー、えーとですね。この前の小林さんの処理だと、学校内だけでやりましたけど、例えば関東だけとか、日本だけとか。世界中とか。」


「あー、範囲ってそういう意味ですね。」


 レイは少しだけ考えて答えた。


「まずはこの国の首都圏だけでやってみましょう。そういう括りでもできますか?」


「はい。できますよ。首都圏だけ、、、で、、、す、、、ね。」


 と言いながら、パラメータを打ち込み、変更をかけた。


「じゃあ、行きますね?」


「うん。よろしく。」


「はい~。すたーとぉ!ポチっとな。」


 リターンキーを押した。


 浜辺が周囲を見回したが、旧研究棟には壁に埋め込まれたデバイスがなかったため、特に確認できるものがなかった。


「特にブレコン(※BCDの略)にも異常はないですよね?」


「あっ、そうか。もうアクセスしているんですね?」


「はい。」


「あれ?でも、ぼくの処理にエラーが出ない。」


「あ、この前の件ですよね。ちゃんと対策しましたよ。


 まあ世界中探しても柊先生みたいなメモリ変人はいないと思いますけど、一応そういう人がインタプリタ越しに書いたメモリアクセス領域も触らなくしてます。」


「えっ?そんなことができるんです?」


「もちろんです!」


「すごすぎる。。。」


 レイの驚きに浜辺が自信満々な顔をした。


「数値見ます?」


「あっ、はい。見たいです。」


「えーと、はい。これで!よっと!」


 コマンドを打ち込み、ウインドウを1つ展開した。


(893,487,395,735,436,453,452,825,322,356,836,557,394,622flops)


 数字は時々刻々と少しだけ変化しているが、上の桁は常に同じ数字を示していた。


「なんじゃこりゃ?」


 浜辺はあまりの数字の大きさに読むのを諦めたが、レイは区切られたコンマの個数を瞬時にカウントして驚いた。


「九百チコだ。」


 その言葉を聞いて、浜辺がレイに問いかける。


「チコってこの前言ってたやつですか?」


「すごい!九百チコも出てますよ!!」


 レイは興奮して大きな声を出していた。


 その声にミライと小林が驚いて、レイの方に寄ってきた。


「どうしたの?」


 ミライがレイに問いかける。


「九百チコも出てるんだよ。大体だけど10の42乗回も計算できてる。


 ということは少なくとも惑星の詳細計算してもきっと星一つを丸々計算できると思う。


 すごい。これ、すごいぞ!!」


 ミライは興奮するレイの様子を見て、レイの新たな一面を見たような気がしてちょっと嬉しくなった。


 小林もそのレイの様子をみて、次の目標を口にした。


「じゃあ、数式を早く完成させないとですね。」


 小躍りする気持ちを抑えながら、レイがその言葉に反応した。


「そうですね。ようやく出発点に立てた気がします!」





 レイが心を踊らせながら寄宿舎へ帰る道を歩いていた。


 レイは笑みを浮かべて空をあおいだ。


 星が少しだけ、そして新月が見えた。月の工場都市グラナダの光がきれいだった。


 レイの表情からゆっくりと笑みが消えた。


 レイには新月を見ると思い出すことがあった。両親が亡くなった日のことだ。


 あの日、まだグラナダの光が今ほどは光っていなかったが、今日と同じ新月の日だった。





 数日前から世界中で銀行、インターネット、電力、医療のシステムダウンが多発していた。


 空間が丸ごと消失するような現象まで発生し、今まで見たこともない嵐が発生したというニュースも出回っていた。


 世界が騒然としていた。


 そして、その原因を柊蓮博士、つまりレイの父親が発見した宇宙からの信号のせいだとする噂が流れた。


 また、災害発生と時を同じくして、柊蓮博士が発見した星からの信号が途絶えていた。


 連日レイの父親は研究所に泊まり込み、信号喪失の原因を探していた。


 その日はレイの両親の結婚記念日だった。


 旅行の計画を立てていたが、結局行けずじまいで、その日も両親二人とも観測所に籠っていた。


 その日、夕飯はレイと一緒にと両親が約束していた。


 幼いレイは両親がそろそろ帰ってくる頃かなと思い、外に出ていた。


 グラナダの光がきれいに光っている新月だった。


 だが、そこに来たのは両親が乗る車ではなく、研究所の職員からの一本の電話だった。


「柊レイ君だね。よく聞いて。お父さんとお母さんが亡くなった。」


「えっ?」


 その後に職員の人がなにか言っていたが、レイには全く聞こえてなかった。


 その電話では実感が全く沸かなかった。脳がそのことを拒否していた。


 だが、心では以前父親の言った孤独の意味を感じていた。


 父の言っていた孤独。寒気を感じるほどの孤独を。


 この世界のある意味、父や母が存在した意味はいったい何だったのか。何のために。。。


 きれいなグラナダの光がレイには歪んで見えた。





 あの頃よりもずっときれいにグラナダの光が見える。


 だが、そのきれいさが、かえってレイの心を締め付けた。


 仲間と呼べる存在ができた今でも孤独は消えていなかった。





 それから波多野と一緒に授業を受けたり、食事をしたりしながらも、放課後は旧研究棟に行き、ミライや小林と数式を作る作業が続いた。


 実際には授業中も数式を考えていた。


 組み立てては壊し、また組み立てては少し前進。そんな日々が二ヶ月ほど続いた。


 週末の柊勉強会も実施していたが、少し時間を短縮して土曜の午前中だけにしてもらった。


 波多野はレイが何かに夢中になっていることを感じていたので、ある時、レイに提案をした。


「もしレイの邪魔になるんだったら勉強会やめてもいいんだぜ?」


 しかし、レイにとってはみんなと繋がる大切な時間だと感じていたこともあり、続けることを決めていた。


「じゃあ、時間を少し短縮させてもらって午前中だけにしてもらってもいいかな?申し訳ないけど。。。」


「全然平気だよ。やってくれるだけでもありがたいよ。本当に無理すんなよ。」


「りょーじは本当にいい人だね。」


「よく言われる。」


 波多野は笑ってそう答えた。


 レイにとっての苦痛は勉強会なんかではなかった。


 一日に一回の研究室訪問。まさにこれこそがレイにとって苦痛以外の何者でもなかった。


 研究室に行く度に糸魚川教授の質疑応答対応や衝突実験の計画書作成の手伝いをさせられた。


 はやく数式が作りたい、その想いがレイを苛立たせたが、やりたいことをやっている充実から何とか耐えることができた。


 季節が変わり、紅葉から枯れ葉、そしてその枯れ葉が全て落ち、雪がちらつき始めた頃、とうとう数式が完成した。


 先に化学体系の数式完成を終えていた小林が後ろから覗き込んでいた。


 ミライが床に敷いていたウォールディスプレイに、小林には理解できない宇宙語(数式)で最後の記号を書き記した。


 数式を書いている横でレイが笑みを浮かべていた。


 ミライは下唇を噛み締めながらレイを見た。


「できたーーーーーー!!」


 あまりの喜びに二人は思わず抱き合った。


 その様子に小林が驚き、咳払いをした。


 二人は我に返り、瞬間で離れた。二人とも顔が赤くなっていた。


 レイは誤魔化すように小林に言った。


「とうとう出来ました。全ての数式が。」


 小林はレイの目を見て、とてつもない期待感を抱かざるにはいられなかった。


「完成おめでとうございます。」


「はい。でも、この式をプログラムに落とし込む必要があるので、それはこれからですね。」


 レイは浜辺を見た。浜辺は椅子に座ってふざけた目が描かれたアイマスクをしてぽかんと口を開けて爆睡していた。


 その様子を見て、小林が少し心配そうに言った。


「あの人、本当に大丈夫かな?」


「浜辺さんなら心配ないですよ。あの人の技術は本当にすごい。


 もしあの人がその気になったら文字通り指先だけで世界を破滅させることだってできます。そのくらいすごい。」


「あんなよだれ娘がねー。」


 ビクッと身体が動き、浜辺の口から垂れていたよだれが服に落ちた。


 おもむろにアイマスクをずらし、寝ぼけ眼で周囲を見回した。


「浜辺さん、とうとう出番ですよ。」


「え?」


 まだ浜辺は寝ぼけていた。ミライが浜辺に言った。


「とうとう数式が完成したの。次はあんたが数式をプログラム化する番よ。」


「あー、そうなんですね。分かりました。ちょっと顔を洗ってきますね。」


 ふらふら歩いていく浜辺を見て、小林がレイとミライの方に向きながらシュラグってみせた。(※Shrugシュラッグ=ダメだこりゃポーズ)


「そんなすごい人だとはまだ信じられないよ。」


<次話予告>

物理、化学全ての数式化がとうとう完成した。

残るはプログラム化となった。

進展するプロジェクト。

柊レイの中に新しい居場所、光が生まれ始めていた。

だが、光が強くなるにしたがって影は色を強くする。

いつかその影が消える日が来るのだろうか。

次話サブタイトル「孤独、くしゃみ、そして希望」。

次回もサービス、サービスぅ!!


<あとがき>

小説内に処理能力のチコという単位が出てきていますが、この単位は本当に存在します。

キロ(10^3)、メガ(10^6)、ギガ(10^9)、テラ(10^12)は今でも良く使用されると思いますが、その上からはペタ(10^15)、エクサ(10^18)、ゼタ(10^21)、ヨタ(10^24)、ハーポ(10^27)、グルーチョ(10^30)、ゼッポ(10^33)、ガンモ(10^36)、チコ(10^39)と続きます。

最近の最新CPUでも数GHzがやっと、スパコンの京は16乗なので、10ペタ程度です。チコがどのくらい恐ろしい数字なのか、少しだけ感じていただけるかと思います。ですが、量子コンピュータであれば最近でも128bitが試されていると聞きます。これは2^128級ということで、数学的には8^32です。ただし、量子コンピュータの場合、この8^32通りの場合分け計算全てを有効利用はできないため、このビット分が正しく計算できたとしても、実際に使える計算としては極めて小さくなります。この処理最適化も量子コンピュータ使用における1つのハードルと言われています。

また、作中でも浜辺のことをヨタヲタと読んだりしてますが、これもヨタ(10^24)から来ています。ヨタ級のヲタクという意味ですね。作中の2075年ではちょっとしたデバイスのメモリがヨタバイトくらいには成っているということですね。

本編に戻りますが、次回は完成した数式をプログラム化するところが描かれます。

次回、「孤独、くしゃみ、そして希望」。乞う、ご期待!!


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