∫ 2-8.宇宙創成 dt
まえがきは割愛させていただきます。
可能な限り、毎日0~1時の間に次話投稿いたします。
ミライがワークステーションセンターに入ってきた。
ミライが奥の方に歩いていく。
するとこの前と同じように小林と浜辺の姿が見えた。
浜辺は首を横にフラフラ揺らしながら、舟を漕いでいた。
舟を漕ぐ度に背中に描かれているアイマスクとヘルメットが一体化された白いヘッドギアを着け、赤い服を着た細身の男が敬礼をしていた。
ミライはレイの(あまり人のいないところで)という言葉が気になって、引き返そうとしたが、小林がミライに気がついて、言葉をかけた。
「もしかして夏目さんも呼ばれたんです?」
「えっ?あんたもなの?なんだ期待して損した。」
「期待?何を?」
「なっ、なんでもないわよ。」
その会話に浜辺も目を覚ました。
「あれ?あー、この前の数学会の…」
小林が慌てて浜辺の口を塞いだ。
「むぐっむむぐっっ」
浜辺が小林の手を両手で何とかほどいた。
「息、できないですよ。死んじゃうじゃないですかぁ!」
「あっ、ごめんごめん。」
そんな茶番劇を繰り広げているところにレイが入ってきた。
息を切らせた状態で、いかにもそこまで走ってきた感じであった。
「あっ、皆さんもう来られてたんですね。」
小林がその声の方を見た。そして、柊レイを見つけて挨拶した。
「おはようございます。というか、お久しぶりです。
ところで、柊先生、さっきのメッセンジャー、どんな用件なんですか?
なんか急ぎっぽい感じでしたが。」
レイは息を整えながら、少し笑いながらも興奮した様子で答えた。
「ぼく、宇宙を創りたいんです!」
三人は全く話が読めなかった。小林が首を傾げながら言った。
「???ちょっと待って。あの、宇宙を作るってどう言うことでしょう?」
その言葉にレイはことを急ぎすぎたことに気がつき、内容を説明した。
「すみません。ちょっと興奮してしまって。えーとですね。
デジタル空間に宇宙を創るんです。この世界と全て同じ法則で動く宇宙を。」
小林が言葉を反復する。
「同じ法則で動く宇宙。。。」
言葉の内容を理解したミライは、その自分なりの解釈をみんなに説明した。
「あんたの素粒子物理とこの人の化学物理を融合、一般体系化して、その法則で動く世界をデジタル空間に創るってこと?」
レイがミライの言葉に答えた。
「そう。夏目さんとぼくで素粒子物理の一般式化を担当、小林さんと夏目さんで化学物理の一般式化を担当、その一般式化したものを浜辺さんがソフトに落として動かす。」
その言葉にミライが反論した。
「それってさ、そんな簡単な話じゃないんだけど。
物理の空間定義だけでも大変なのに、化学の内容まで内包しないといけないなんて。
それにまだ未知の六次元だってあるじゃない。」
「未知の六次元は今のところダークマターとダークエネルギーでカバーする。
一部はぼくの理論でもカバーできてるけど、できてない部分は現行物理のままで行こうと思う。
大変なのは重々承知の上だよ。でも夏目さんなら出来ると信じてる。」
その言葉を聞いてミライは満更でもない顔をした。
「まあ、何ともならない訳じゃないかもしれないけど。」
その考えに小林が反論した。
「面白いですね。でも、それってよく大学でやられてますよね?
小さい空間で宇宙を再現するとかって。」
「はい。アメリカや中国、その他の国でもよくあります。
だけど、計算量が膨大になるから、限られた小さい空間で行ってますし、物理のみで計算しているので、たどり着く世界がこの世界とは異なっているように思います。」
「なるほど。だからすべての理論を詰め込んだ世界に。」
小林は自分が肯定されているようで少し嬉しかった。
そこで小林の理解した内容を話した。
「ということは、小さい空間で物理、化学の全ての理論を…」
「いえ。やるのは本当の宇宙全体の規模です。」
その言葉に全員が驚いた。
「ええーーーー!宇宙全体を!!??」
そのことに対して、浜辺が意見した。
「計算量が膨大すぎじゃないですかぁ?
この大学のワークステーション使ってもたぶん動きが遅いとかじゃなくて、全く動かないような気がしますお。」
「そうですね。
まともに全原子を素粒子で計算したりすると、とても計算速度が追い付かないでしょう。
でも浜辺さんの単純化計算により計算量の省略を行えば、飛躍的に計算量を落とせると思うんです。」
近くにあるテーブルにレイが近づいた。
テーブルには小林が書きなぐった式や図などが書かれていた。
「小林さん、すみません。これ、消してもいいですか?」
「ああ、保存はしてるから、大丈夫だよ。」
「あっ、ありがとうございます。」
そういって、テーブル上の記述を消去した。そして、レイが新たに書き出した。
「ここに来る間に頭の中でちょっと計算してみたんです。
宇宙全体の原子数は約10の80乗個。(※10の80乗=10を80回かけた数字。ちなみに1兆は10を12回かけた数字。1兆に1兆をかけてもまだ10の24乗にしかならない。とんでもなく大きい数字。)
地球全体の原子数で言うとざっと10の50乗個。
浜辺さんの計算省略化がどの程度までできるかは分からないですが、ビッグバンから宇宙の黎明期までは少し大きい塊、例えば数万トン単位で計算してもたぶん問題ないでしょう。
もちろんその中で起こる事象も計算しないといけないのはいけないんですけどね。
ある程度原子生成が安定してからは例えば、液体に対して1フェムトリットル(1フェムトリットル=0.000,000,000,000,001リットル。つまりはとてつもなく小さい値。)を基準にしたとしても、その中には原子が10の10乗個もあるから、それをひとまとめで計算できる。
個体に至ってはもっと大きな塊で計算できるものが多いと思うんです。
1グラムの塊で計算できれば、アボガドロ数=6×10の23乗個を一つとして計算できることになる。」
レイは三人を見ながら説明を続けた。
「この個数は水素の場合ですが。地球のコアの部分はもっと大きな塊として計算できるでしょう。
これらを加味すれば、実際の星一つに必要な計算量は10の27乗個くらいだと思うんです。
だから、複数回の計算で一つの塊の状態計算ができると考えれば、およそ10の33乗くらいの計算量があれば、きっと計算できる。」
テーブルに1フェムトリットル、アボガドロ定数などの数式を書きながら説明していた。
「なるほど。」
小林が少し理解したようだった。レイがさらに続ける。
「だけど、計算量が10の33乗くらいだと一億年の計算を一億年かけて行ってしまうことになります。
ぼくたちはそこまで長生きじゃない。
この大学のワークステーション全体の計算能力が二百チコ(2×10の41乗)フロップス。(※フロップスは一秒あたり、CPUなどが実数を計算できる回数、能力のこと。)
世界中の大学にはこのくらいのコンピュータが五十台ほどあるから、約一万チコフロップス。
たしか、チコの上はバルスだから約十バルス。
つまり10の43乗回計算できることになる。
だから一年で百億年分の計算ができることになる。」
ミライが百億年に反応した。
「なるほど。約百四十億年のこの宇宙を一年半くらいで創ろうと言うわけね。
あんた、とんでもないこと考えたわね。
でもさ、全世界の大学のワークステーションすべて借りるなんてこと、できないでしょ?
だって、それやったら、他のことが一切できなくなるじゃない?」
浜辺がピンときた。
「はっ、もしかしてこの前みたいに能力を借りるんですか?」
レイが静かに頷く。
「確かに、夏目さんの言う通り、ワークステーションの余剰分の力を借りても一年半で今の宇宙の年齢までは難しいかもしれない。
でも余剰分を常に使えれば数年で何とかなるんじゃないかと。
使用の件に関しては、一度、教授には掛け合ってみるけど、まず難しいと思う。
その時は浜辺さんの技術でいろんなところから力を借りてやってみたいと思ってる。」
浜辺がそれを聞いて、はっとのけぞりながら台詞を吐いた。
「なんて大胆な。これが若さか!」
背中に描かれた白い仮面の男もそれに合わせて敬礼していた。
夏目と小林がその言葉を聞いて、ちょっと首をかしげた。
そして、小林が少し不安になり、反対した。
「でも、ワークステーションを使うならいざしらず、浜辺さんのってハッキングですよね。
まずくないですか?何か問題が起きたらどうするつもりです?」
「でも、小林さんもやってたじゃないですか。いまさらですよ。」
浜辺の言葉に小林が慌てて反論する。
「あれは、浜辺さんが勝手に…」
「じゃあ、データ、全部消しますねぇ。」
浜辺が何かを打ち込み始めたのを見て、小林が慌てて止めに入った。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。分かった。分かったから。」
浜辺が舌をペロッと出して、手を止めた。
ホッとした小林が付け加える。
「分かりました。その代わり、もし仮に浜辺さんのを使う場合、本当に世の中に少しでも異変が起きたら即座に停止する約束はしてほしい。」
「分かりました。そうしましょう。まあ、その前にダメ元で教授には聞いてみます。」
レイが答えた。
小林が他の要素も挙げた。
「それはそうと、少し質問いいですか?
こういう計算をするとなると、物理的な位置だけじゃなくて、分子が持つ情報が意味を持ち始めることになると思うんです。
つまり、化学的な繋がりによってある個体が行動プログラムを持ち始めた場合、それを保持、計算することも必要ですよね?それはどうします?」
「それに関しては、単純な行動プログラムの組み合わせで成り立ってると思っています。
その単純な行動原理、行動プログラムを保存する場所は現状でも莫大に存在するメモリでそれを補えると思ってます。
そして、きっとこの行動プログラムの鎖が物質をどんどん複雑にしていく。」
その「複雑にしていく」という言葉を聞いて小林がいつも以上に真剣な眼差しになった。
そしてレイに問う。
「複雑化。。。柊先生はそれで何を見ようとしてるんです?
宇宙の行方?それとも生物の進化の果て?それとも。。。」
小林は言葉を放つかどうか少し迷った後、続けた。
「神にでもなりたいんですか?」
その言葉に他の三人がドキッとした。レイが答える。
「実はぼくにも良く分からないんです。なぜこれがやりたいのか?
でもぼくの直感は間違いなく、これがやりたいと言ってるんです。
うまく説明できなくて、すみません。」
すみませんと言ったレイの言葉に夏目が反応した。
「なんで謝るのよ。あんたのやりたいことが見つかったんなら、それは良いことだし。。。
それにあたしだって、どうせ空間定義するなら完全内包空間、誰もやったことがない、誰もなし得ない空間定義に挑戦したいし。
面白そうじゃない。乗って上げるわよ。」
「まあ、私も小林さんの創薬開発が一段落して少し暇をもて余してますし。それになかなかどうして。。。」
浜辺が少しニヤリとしながら続けた。
「私の開発したステルス処理と散逸状態計算省略化技術の真価が問われる面白そうなネタですしね。私ももちろんやらせていただきます。」
ミライの言葉に続き、浜辺小春も賛同した。
小林が参加表明した二人を交互に見た。
今まさに進めている創薬開発は問題なく、心配よりも好奇心が勝った。
「まあ、僕も、この前の一件で話してから、一度柊先生と一緒に何かやりたいと思っていましたし。
いいですよ。僕も乗りましょう。」
「本当ですか?ありがとうございます。
じゃあ、明日にでも教授には掛け合ってみます。週明けからよろしくお願いします。」
そういって、レイが拳を突き出した。
ふとミライがレイと波多野がやっていた拳を突き合わせる動作を思いだし、同じように拳を突き出し、レイの拳にぶつけた。
続いて浜辺も立ち上がって拳を突きだした。
それを見た小林が少し慌てて最後に拳を突きだした。
四人の拳が集まり、お互い少し目を合わせて笑みを浮かべた。
<次回予告>
とうとう出会った4つの才能。そして、動き始めた宇宙創成。
柊レイの心は高鳴り続けていた。
だが、宇宙はそう簡単なものではない。
4人に試練が待ち構えていることをまだ知る由もなかった。
次話より、3章 ~死の谷~ 突入!
サブタイトル「ノーベル賞か、浪費か」。
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
とうとう宇宙創成プロジェクトがスタートしました!
ですが、この計算量は本当にハンパないですね。ここだけの話ですが、量子コンピュータの計算量は原子数から逆算しました。(笑)もちろん現在の量子コンピュータが扱っているビット数からも計算しましたが。
私はですが、こういったところに矛盾が感じられると、何か萎えてしまう、物語に集中できなくなることがあるので、結構気を使っているつもりです。細かいところが苦手な方もいると思うので、その方は読み飛ばしてもらっても良いかなと思います。
あと、ハッキングは犯罪ですので、皆さんはこんなことは行わないようにしてください。まあ、浜辺ほどの能力者は世界中どこを探してもいないと思いますが。(笑)
さて、次回から3章に突入します。ここからどうなっていくのでしょうか。
次回、「ノーベル賞か、浪費か」。乞うご期待!!




