∫ 2-6.ジュネーブの星空 dt
まえがきは割愛させていただきます。
可能な限り、毎日0~1時の間に次話投稿いたします。
軌道旅客機が上昇し、大気圏を抜けた。
レイは初めて地球外から地球を見た。言葉では言い表せないほど美しい。
よくネットでVR映像を目にするが、実際に見る地球は映像で見る以上に暖かい青色で包まれている。
地球がこの星の生命を守っているという話を聞くが、まさに地球はこの星の全てを包んでいると感じた。
地上を眺め、その後、遥か地平線の先にある星々を見つめた。
宇宙の暗闇を見ていて、ふとレイは前々日の朝、大学に行く道でミライと出会い、話したことを思い出した。
「おはよう」
「あっ、夏目さん、おはよう。」
「何か最近楽しそうじゃない。うまくいってるの?」
「うん。みんなが良くしてくれるから。」
「研究テーマの方も順調?」
ミライに聞かれた質問でレイの表情が少し曇った。
「そっちはまだ問題ありか。」
ミライは察知していた。
「六次元探索は面白いテーマだと思うよ。でも気が進まないんだ。それに。」
「それに?」
レイはミライの方を見て答える。
「他にも何かやりたいことがあるような、そんな気もするんだ。」
レイは前に向き直して小さい声でつづけた。
「何かはまだ分からないんだけど。」
「まあ、いいんじゃない。」
ミライもレイと同じように前に向いて話し始めた。
「実は、あんたさ、少し前のあたしに似てんのよ。
あん時は、あたしもなにがやりたいのか全然思いつかなかった。
何となく人に言われた問題を解いて、解けるもんだから誉めてもらえて、でも正直うれしくなかった。
そこに希望をもたらしたのがあんたなのよ。
世界の法則の一部をあんたは解き明かした。
そして、それをあたしが空間にする。
これだ!って思ったわ。
生きている意味が少し分かった。そんな実感が湧いたのよ。」
ミライはレイの方を向いて、レイの肩をドンと叩いて続けた。
「いいんじゃない?あんたはすでに誰にも成し遂げられなかったことをやったのよ。
だからまた何か心のそこからやりたいと思うものが見えるまで、ゆっくり考えたってバチは当たらないんじゃない?」
軌道旅客機が傾きだす。
「あと十分で再び大気圏に突入します。座席を元の位置に戻し、シートベルトをお締めください。」
軌道旅客機が高度を下げ始めた。
ジュネーブのとある大講堂に素粒子物理の世界的権威を持つ人々が集まっていた。
舞台に糸魚川教授が立ち、式展開の説明を行っていた。
舞台の横には机があり、そこに座っている准教授の牧瀬がBCDを通して、表示内容を操作していた。
式展開のみではあったが、ウインドウが舞台全体で立体表示されており、ヒッグス軸やエネルギーギャップの説明の際には無駄にアニメーションが施されていた。
操作をしている准教授の牧瀬の横に柊レイが座っていた。
「As demonstrated by this formula, high-energy space holds the key.
That concludes my presentation.
(この式が示すように高エネルギーの空間こそが鍵となるわけです。
これにて発表を終わります。)」
拍手喝采が沸き起こった。
そして、質疑応答の時、聴講していた学会員が質問をした。
「Thank you for your valuable presentation. This is more of a confirmation than a question.
Based on Dr.Ray’s theory, I understood that collisions between two particles do not produce higher dimensional particles. Is that correct, Dr.Ray?
(貴重なご講演ありがとうございました。質問というよりは確認に近いですが。
レイ博士のその理論を元に考えると確かに今までの二粒子衝突では高次元素粒子が発現しないことを理解できます。合ってますよね? レイ博士。)」
糸魚川教授の後ろに座っているレイに答えを求めてきた。
「Yes. I believe that the energy provided, which is currently at its highest value of 40TeV, is sufficient.
However, we will use four cyclotrons to accelerate four sets of protons, which will be aimed towards the center from the vertices of a regular tetrahedron.
This will not only result in collisions but also create a space consisting of the four particles. Until now...
(はい。与えるエネルギー自体は現在の最高値である40TeVで問題ないと考えます。
ただし、サイクロトロン四台で加速した陽子四系統をそれぞれ正四面体の頂点から中心に向けて飛ばすようにして四つを衝突させます。
そうすると衝突だけでなく、四つの粒子による空間を作ることができるわけです。今までの…)」
そこで糸魚川教授が割って入ってきた。
「Until now, collisions between two particles only resulted in a one-dimensional line.
However we plan to use four points to create a three-dimensional ultra-high-energy space and capture the high-dimensional elementary particles that emerge from that space.
(今までの二粒子衝突では一次元の線のみでした。
しかし、四つの点を用いて、三次元の超高エネルギー空間を作り、その空間から生まれる高次元の素粒子を捉えようというわけです。)」
糸魚川教授はまるで自分の考えた案のように話をした。
周囲の学会員からも拍手が送られ、無事学会が終了した。
学会後、立食パーティーにレイも参加していた。
糸魚川教授のところに代わる代わる権威のある教授たちが来て、今日の報告に称賛の言葉をかけていた。
もちろんレイのところにも教授たちが来ては、これからの物理の発展に貢献してほしいと言葉をかけていた。
「彼は私の研究室で今一番力になってくれる仲間だよ。」
「こんな優秀なメンバーがいて、あなたはとてもラッキーだ。羨ましいよ。」
「我が研究室で未知の六次元を探しだしてみせますよ。」
「期待してますよ。」
そんな会話が繰り返されていた。
レイは途中でひどく疲れて、准教授の牧瀬に声をかけた。
「すみません。ちょっとトイレに行ってきます。」
牧瀬が疲れているレイを見て、心配した。
「大丈夫?顔色が悪いよ。ちょっと外の空気を吸ってくるといいよ。」
「はい。ありがとうございます。」
レイはトイレに行った後、会場に隣接しているホテルの中庭に出た。
十月のジュネーブはすでに少し寒かったが、疲れた頭を冷やすには丁度よい温度だった。
レイは外に置いている西洋風のリゾート感あるテーブルと椅子の近くに歩いていき、椅子に座った。
上を見上げたが、街の明かりが明るいため、あまり星が見えない。
「ふう。」
ため息を漏らした。その時、後ろから声がした。
「となり、いいかな?」
声のする方を見た。白髪で糸魚川教授よりも高齢、体型が丸く、口の上に髭を蓄えた人が立っていた。
「あっ、どうぞ。」
「ありがとう。」
ご年配がテーブルに飲み物を起き、椅子に腰かけた。
また、レイが星を見ようとした。が、再び白髪の年配がレイに声をかけた。
「どうだい?糸魚川先生の研究室は。」
レイは一度年配の方を見たが、少し下を向き答えた。
「楽しくやらせていただいています。」
「本心で言ってるかい?顔にはそうは書いてないがね。」
レイははっとした顔をした。
「これは失礼。私は東北工科大の加地というものだ。
一応、こう見えても教授でね。宇宙素粒子物理を少したしなんでる。
今日の講演も聞いていたし、一応糸魚川先生の衝突実験装置の創設メンバーの一人でもあるんだよ。」
「あっ、そうなんですね。」
「それはそうと、君が今回の説明資料を作ったのかな?」
少しの時間、返答ができなかったが、再び少し下を向き一言だけ答えた。
「はい。」
「前とは全然資料の構成が違っていたからね。ピンと来たよ。
前の准教授も苦労してたみたいだったな。もうやめちゃったみたいだけどね。
彼は、あー、糸魚川先生のことね。
もしかしたら君を何か特別な、便利な魔法の杖のように思っているのかもしれないね。
もちろん特別なことには違いないんだけど、人は道具よりは繊細にできている。
君は特にそうかもしれない。
その点を彼はあまり理解していないようだね。」
レイはうつむいたままだった。
「それに実は六次元の探索にはあまり興味が湧いてない感じかな?」
再びレイが加地教授を見た。加地教授は少し笑みを浮かべていた。
「君の理論発表の時の目の輝きは本当に眩しかった。そこまでのめり込める才能が羨ましいほどに輝いていたよ。」
加地教授は思い出しながら話を続けた。
「あの、何だったかな。GR理論のグレイ君だったね。
彼に重力エネルギーギャップについて、計算が合わないと突っこまれたのに対して、真っ向から彼の間違いを指摘して打ち砕いたあの姿。
本当に堂々としていて、同じ日本人として誇らしくもあったよ。」
加地教授は一息つき、テーブルの飲み物を少し口に含ませ、再び話し始めた。
「でも、今日の君は何かこう、どこか虚ろな感じだった。
私の見間違えかもしれんがね。最近老眼がまたひどくなってきているし、照明もあの時よりは派手じゃないから、なのかもしれんがね。フォフォフォ。」
レイは下を向いたままで答えた。
「いえ。おっしゃる通りです。魅力的な内容だとは思います。
だけど、頭が拒絶しているのを感じるんです。
何か他のことが、、、やりたいことがあるわけでもないんですが。」
少し無言の時間が過ぎた。数秒だっただろうか、それとも数分だっただろうか。
レイにはとても長く感じる時間だった。
加地教授の声が無言の時間を途切れさせた。
「こんな老人が言ってもあまりに無責任かもしれんがね。
君はまだ若い。嫌ならやらないのも手段の一つだよ。
若いうちは好きなことをとことんやるのも大事だと私は思う。
面白いと思ったこと、感じたことを必死にやる。
それでいいのかもしれんな。」
加地教授がポンポンとレイの肩を叩いた。
「私が宇宙物理の世界に身をおいたのは、君の年の倍以上になってからだったよ。
若い頃からずっとやりたいと思ってたんだがね。
才能と合ってなかった。
だから言い訳をした。
それに気づいたのが、四十を越えてだったよ。
君はまだ若い。なにも焦ることはない。しっかり探すといいよ。」
話の途中からレイが加地教授の方を見ていた。
加地教授は最後に付け加えた。
「いかんな。年寄りは小言が多くて。フォフォフォ。」
加地教授が笑いながら椅子から腰を持ち上げた。
「じゃあ、お暇するよ。ゆっくり休んでいきなさい。」
レイは立ち上がって深くお辞儀をしてお礼を言った。
「ありがとうございました。」
手荷物を持ったレイが空港の到着ゲートから出てきた。
二泊三日だったので、レイは少し大きめのバックパックとスーツだけだった。
だが、糸魚川教授と牧瀬准教授は大きいスーツケースを一つずつ持っていた。
二人はたくさんお土産を買ってきていたからだ。
レイもバックパックにはお菓子を詰め込んでいた。次の勉強会でみんなに配る用と波多野、ミライには別に買っていた。
「じゃあ、私はかみさんの実家に寄って帰るから、ここで解散しよう。
そうだ。柊くん。君がパーティー会場からいなくなってから講演の質疑が何個か来てね。
週明けからその資料作りを手伝ってくれるかな。あと次の講演用もね。
また月曜日に研究室に来てくれたまえ。
牧瀬くんもご苦労様だったね。じゃあ、これで。」
糸魚川教授がそう言ってタクシーに乗って走っていった。
レイはその話を聞いて、心にモヤがかかり、少し心拍数が上がるのを感じていた。
頭だけじゃなく身体まで拒否反応を示し始めていた。
その様子を見ていた牧瀬がレイに声をかけた。
「柊くん、ご苦労様でした。
まだ伝えてなかったけど、本当にすごくいい資料だったと思うよ。さすがだね。」
「ありがとうございます。」
労を労ってみたが、牧瀬はあまり効果があるようには見えてなかった。
「僕、車で来てるんだけど、大学の寄宿舎だよね?乗って行く?」
「いんですか?」
「もちろんだよ。じゃあ、ここに車回してくるから、ちょっと待っててね。」
一度牧瀬がその場を離れようとしたが、戻ってきて言った。
「ごめんけど、この荷物。ここ置いとくから見といてくれない?」
「あっ、はい。分かりました。」
「よろしく」
牧瀬がその場から離れ、駐車場に車を取りに行った。
頭に糸魚川教授の言葉が鳴り響く。
(週明けからその資料作りを手伝ってくれるかな。あと次の講演用もね。)
言葉がリピートされる。心のモヤが深くなっていくのを感じた。
その時、BCDに着信が入る。
波多野だった。レイはすぐに電話を取った。
「もしもし、柊です。」
「あっ、レイ?今、話しても大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。」
「急にごめんな。ところで今、時間ある?こっち戻ってきてんだよな?」
「あっ、うん。電話するくらいなら大丈夫だよ。」
「いや、そうじゃなくて、今からこっちに出てこられるかってことなんだけど。」
「えっ?今から?まあ、今、空港着いたところだし、大学の近くならあと二時間後くらいには着くと思うけど。」
「そっか、ちょうど良かった。ちょっとピンチなんだ。助けてくれないか?」
「えっ、ピンチ?どしたの?」
波多野の言葉から何かいつもとは違う感じを受けた。
「ちょっと訳はあとで話すから、6時にここに来てくれないか?場所は今送る。。。」
場所の情報が送られてきた。
「分かったよ。6時まであと2時間半あるし、今から行けば間に合うと思うよ。」
「さんきゅー。本当に助かるよ。じゃあまたあとでな。」
会話が終わった時にちょうど牧瀬の車がレイの前に止まった。
牧瀬が荷物を積むため、車から降りてきた。
レイが牧瀬に言った。
「すみません。友達が急用があると言うので、少しだけ急いでもらえますか?」
「ああ、分かったよ。」
<次回予告>
ジュネーブで出会った加治という教授。
少し救われたレイの心。
そして、戻ってくるやピンチだという波多野。
レイは波多野を助けるべく指定された場所へと向かうのであった。
そこで彼は新しい何かを見つける。
次話サブタイトル「それだ!!!」。
次回もサービス、サービスぅ!!
<あとがき>
柊レイが学会で出会った加地教授。実はこの人の外見、あの有名なバスケット漫画の主人公が所属する学校の監督さんです。
イメージは同じような感じだったでしょうか?(笑)
さて、本編ですが、波多野がピンチだということ。それを聞いた柊レイは慌てて波多野の元に向かいます。
ここから話が急展開します。
次回、「それだ!!!」。乞うご期待!!




