Ep.8 蒼紅の麗人と怪しい配達人
その後、簡単に報告を済ませ、
私は彼女に言われた通りに休む事にした。
昨日の夜にダリアさんが用意してくれた部屋だ。
だが、ドアの前で私は立ち尽くしている。
(流石に、今日は居るはずよね……?)
部屋は二人部屋。
そう、もう一人の居住者。サルビアさんがいる。
本来なら、昨日顔合わせをしているはずだったのだが、
仕事の所為か顔を合わせることなく、今に至っている。
だから……実はまだ会ったことが無いのだ。
「緊張するなぁ……」
私は自室の前で呟いた。
ここで働く古参の先輩と聞いて、強そうなイメージしかできない、
筋骨隆々の人が出てきたら私は上手くやっていけるだろうか……。
(もし怖い人だったら……? ダリアさんは大丈夫って言ってたけど……)
ダリアさん曰く、「人柄は保証するわよ?」と言ってはいた。
だが、今までの彼女の言動で少しだけ、ほんの少しだけ猜疑心が生まれている。
でも、命を救ってくれた恩人である彼女の言葉をもう一度信じる事にして、強く深呼吸する。
意を決して私は扉を開けるのだった。
「失礼します……」
私は静かな部屋に向けて挨拶をした。
自室なのにこれはどうなのだろうか? と思わなくもないが、
二日前までは他人の部屋なのだ。それも仕方ないだろう。
玄関口まで入り、扉をそっと締める。
(返事がない……寝てるのかしら?)
側のポールにコートが掛かっていたのでいないわけではないはずだ。
私はそのまま寝室に向かってみることにして足を進めようとした。
が、ギリギリ踏みとどまる。
「っと……靴は脱ぐんだっけ」
楽園で働く人たちが宿泊する場所、
通称【花園寮】の部屋は玄関口で靴を脱いで入るのが基本になっている。
職員がしっかりと寛げるようにという配慮らしい。
私は昨日ダリアさんからもらったスリッパに履き替えると、
一応音をたてない様に部屋を見て回る。
キッチン、シャワー室、リビング。
どれも電気は付いていなく、人の気配もない。
やっぱり寝ているのだろうか。
(でも、まだ夕食時よね? 外は暗いけど……
疲れているのかしら……挨拶はまた今度になりそうね)
寝室にはベッドが二つ間隔を空けて並んでおり、その横に机と椅子。机の上にはPCが備え付けてある。
さらに奥には大きいバルコニーがあり、そこに大きな丸机といくつかの椅子があったはずだ。
私は寝室に入ると、小さい電灯をつける。このままでは何も見えない。
一応普通の光量で起こさないようにという苦肉の策である。
だが、その策は無駄に終わってしまった。
そこには誰もいないのだから。
「あれ……寝室にもいない?」
首を傾げていると、ふとバルコニー方面に明かりが漏れていることに気付いた。
おそらくそこにいるのだろう。
(挨拶……した方が良いわよね)
私はそう決心するとバルコニーの扉を開けて外へ出る。
そして、私は足を止めてしまった。
視線の先には、綺麗な青色の髪を管理人と同じように後ろで纏めている美しい女性が、
静かに本を読んでいたのだった。
「綺麗……」
私が思わず呟くとその麗人はこちらに気付いたようで、本から目線をずらしてこちらへと顔を向けた。
その目は優しく強い赤色をしており、まさしくサルビアというにピッタリの色をしている。
つい見惚れていると、彼女は私に向かって微笑みを見せ顔を上にあげて言葉を紡ぐ。
「あぁ、綺麗だろう? ここの星空が私は一番好きなんだ」
綺麗に見えたのは貴女です。と流石に言える勇気はないので、私は釣られるように顔を上げた。
そこで見えた景色は、まるで世の中は幸せで溢れている。とでも言いたげで、その上説得力がある。
それはそれは、とても綺麗な星空だった。
「凄い……綺麗です……」
その反応に満足したのか彼女は嬉しそうな声で音を返していく。
「そうだろう。この光景は『外』では中々見ている余裕はないからね」
「そうですね……私も、見るのは久しぶりでした」
それから二人で暫く空を眺めていると、彼女は机に備え付けてあった電気スタンドの明るさを一段階上げ、
本を閉じて机の上に置いた。
その音で私も顔を下げると彼女と目が合う。
そしてそのまま彼女は私に向かってこう声を掛けた。
「さて……初めまして、だね。私はサルビア。
一応ここの支部の副支部長を名乗らせてもらっているよ」
(ダリアさんから色々聞いていたけど……副支部長だったのね……
いや、支部のNo.2ならそりゃそうだわ……)
妙な納得を覚えながら私も自己紹介を返す。
「本日から正式にこの支部に所属することになりました。
アルストロメリアと言います。メリアとお呼びください」
また、固い挨拶になってしまったが、副支部長相手では仕方がないだろう。
そんな心情を知ってか知らずか。彼女はこちらに微笑むと
「それじゃあ、遠慮なくメリア。と呼ばせてもらうよ」
と返してきた。そして更に続けると
「すまなかった。本当なら昨日挨拶を済ませるべきだったんだけど……
ちょっと立て込んでて自室に帰れなかったんだ」
と謝り始める。私は慌てて返した。
「謝らないでください! 副支部長さんも色々と忙しいでしょうし、
仕方無い時だってありますよ!」
「そう言ってもらえるなら助かるけど……副支部長さん……かぁ。
別にシルヴィ。と呼んでくれてもいいんだよ?」
「えっ!? それは……その……恐れ多いです……」
「ダメかい? あまり堅苦しいのは好きじゃないんだ」
彼女がすごくしょんぼりしてしまっている。
鬼灯じゃあるまいし、いきなり愛称はハードルが高い。
……けど、そんなに愛称で呼ばれたいのだろうか……?
いや……ここで揺らぐわけにもいかない。
「サルビア先輩……で……お願いします」
「う~ん……まぁ初対面だし仕方ないね」
そういう先輩は副支部長から先輩に変わったので少しうれしそうだ。
自己紹介を済ませた私たちは、バルコニーが冷えてきたので中に戻ることにする。
それぞれのベッドに腰かけて、先輩は私に労いをかけてきた。
「そういえば今日は……検査してきたのかな? お疲れ様」
「はい、結果は……あまり分からなかったみたいですけど」
ダリアも鈴蘭も大丈夫だと言っていた。
でも、それでも。
検査結果に不安になるのは仕方ない。
私は私の願いの為に力が欲しかったのに。
応えは帰ってこなかったのだ。
私が落ち込んでいると、サルビアさんはいつの間にか隣に居て、
何を言わずに私の肩を抱き寄せる。
(……ここに来てからこういう事が増えている気がする……)
それから暫く。
冷静になった私がこの現状に対して、段々と顔が赤くなって来るのを感じ始めると、
先輩は急に頭を撫でてきた。
何を? と顔だけ先輩の方に向けると先輩ははっとした顔になり慌てて体を離す。
「す、すまない……嫌だっただろうか?」
そして先輩は心配そうな顔でこちらを見つめてきた。
「いえ、全然嫌ではなかったです」
これは世辞ではなく本心だった。
頭を撫でられたとき酷く懐かしく、心地良く思えたのだ。
理由はわからないが、嫌なはずなかった。
「そうか! いや、本当にすまない」
先輩は嬉しそうに謝ると、続けて行動の理由を話してくれた
「私はね、ここに入ってくる子達の事を家族のように大切に思っているんだ。
皆の事を愛していると言ってもいい。
だから家族が困ったり、気分を落としているのを見るのは非常につらいんだ。
それを見てると私は、つい、行動として表れてしまうんだよ」
まだ、拒否されたことはないのが救いかな。という最後の言葉を聞き、
それはそうだろう。と思ってしまった。
こんな綺麗でカッコいい先輩にそうされるのは悪くない。むしろ光栄にさえ思えてくる。
その話を聞き、私はふと、先の懐かしい気持ちに対する疑問が晴れた。
「なるほど、確かにお父さんらしい感じ……」
口に出してしまったのは失敗だったが。
「おと……!? ま、まぁいいだろう。
そのくらい大切にしてると思ってくれればいい」
案の定先輩は困惑したが、直ぐに気を取り直したのは流石というべきか。
もしくはすでに言われなれてしまっているのか。
そう考えるとここはダリアさんという母とサルビア先輩という父の子供たちなのかと考える。
まぁ、両方とも女性だが……性格面では間違ってはいなさそうだ。
……それから暫く、先輩に部屋の詳しい案内やPCの使い方などを教えてもらい
試しにと食糧を注文し、部屋で夕飯をいただくことにした。
先輩の言う通りに注文を進めていくと、無事決算が終わり荷物の配達時間が表示されている。
30分という速さに驚き、先輩に聞いたが微笑むばかりで何も教えてくれない。
待っている間先輩と二人、リビングで座って談笑しているとノックの音が聞こえてきた。
どうやら配達人が来たらしい。
私は先輩に言われるまま入室許可を出すと扉から現れたのは、
青い中折れ帽子を深く被り、顔を隠している人物だった。
「サルビアさん、約束の品持ってきましたよ~」
「ああ、いつもすまないな」
「気にしないでください、こちらも商売でやっておりますので」
サルビア先輩と話す配達人は中性的な声で性別はわからない。
だが……彼、又は彼女である配達人の目は細く、俗に言う糸目。
そして、話している時、八重歯の様な物が見えた。
二人が暫く話していると、ふと配達人がこちらに気付いた。
「あれ、この子新しいルームメイトですか?」
「ああ、最近来たばかりの新人でな」
とこちらを見てきたので、慌てて挨拶をする。
「あっ、私、アルストロメリアです! メリアと呼んでください!」
勢いが強くなってしまっている私に対し、配達人はただ笑っていた。
「おお、元気があっていいですね。私は業務上『商人』と呼ばれております。
どうかメリアさんもそうお呼びください」
商人さんはそう言いながらこちらをじっと見つめる。
「あの……何か?」
「ああ、いえ、不躾ですみませんね。ただ可愛らしいお方だなぁと。
どうです? 私どもの所で働いてみるというのは」
「は、はぁ……?」
思わず生返事をしてしまったが、この人かなり軟派気質なのだろうか?
「おいおい、仕事中になにナンパしてんだ……?」
「やだなぁ。可愛いものを可愛いって言って何がいけないんです?」
「……まぁ、一理、あるが……」
「それにしても……ここの人達は男女問わず皆相当に、可愛らしい。
勿論、ダリア支部長も含めてですよ?」
「おい、それあいつに言うなよ? 本人はカッコいい女性を目指してんだ」
「えぇ……カッコいいは貴女で十分じゃないですか」
「その件については後でしっかり聞かせてもらおうか」
「うげぇ……」
(結構気安い仲なのかしら……?)
私にはわからない話を延々と続けている二人を眺めていると、ふと気付く。
商人は配達しに来たと言ったが、手には小さなアタッシュケースだけ。
到底先ほど注文した品が入ってるとは思えないのだ。
どういうことだろうかと首を傾げていると、彼……でいいか。
彼は本題を切り出してきた。
「さて、このままずっと話しているわけにもいかないので、荷物を出しましょうか」
彼はアタッシュケースを開くと、そこから大きな段ボール箱を取り出した。
「ええ!?」
驚きを口にした私をみて、商人は先輩に呆れた声を向けた。
「サルビアさん彼女に教えてないんですか?」
「ああ、その方が面白いだろう?」
先輩はニヤリと返すと、彼は軽くため息をつき、こちらへと向く。
「メリアさん、私達はこのアタッシュケースを使って配達を行ってるんだよ。
これにはどんなものも取り出せるんだけど……まぁ、企業秘密な部分が多いから……
とりあえずそういうもの。と思ってくれていいよ」
そうあっさり説明されても……という心情は置いていかれ、彼は荷物を全て取り出した。
「さて、これで荷物は全部ですね。お代はまぁすでに貰っていますし
私はここらでお暇させていただきましょう」
「ああ、また何かあれば頼むよ」
商人は先輩と一言二言交わし、放心している私に対しても挨拶を交わした。
「では、メリアさんも何かあれば遠慮なく。
私は24時間仕事を受け付けてますからね」
といい帽子を少し上にあげて微笑む。
その微笑みを見せた顔は……悪徳商人の様でかなり胡散臭い。
それと……やはり性別はわからなかった。
扉の閉まる音に気付き、私は急いで外へ向かった。
そう言えば配達のお礼を言っていない。
私は閉まったばかりの扉を開けて彼の姿を探したが、
長い廊下にもかかわらず、どこにも居なかった。
「……!?!?」
「お礼なら次の機会に言えばいいさ。
準備しておくから先にお風呂入っておいで」
それから私はシャワーを済ませた後、先輩と夕飯を食べ、
他の色々な準備をして寝室へと戻った。
私達が向かい合う形でベッドに腰かけると、
先輩が時計の方を向き、一人呟いた。
「ふむ、まだ少し、寝るには早いかな」
時間は現在21時前。今日はそれなりに濃い時間を過ごしたはずだが、
実際はそこまで経過していない事に驚きつつ相槌を打った。
「そうですね。今寝たらむしろ起きるのが早すぎてまた寝ることになりそうです」
「はは。それも魅力的だが……折角だ。もう少し話をしていようか」
その提案に一も二もなく頷いたが、よく考えれば話題が無い。
どうしたものか悩んでいると助け船が来た。
「そうだな……業務に対しての質問とかあるか?
まだ色々とわからないこともあるだろう?」
先輩からそう尋ねられて、私は考えてみる。
ふと一つの疑問に思い当たった。
「そういえばなんですが、ここってかなりハイテクですよね?
維持費とかどうやって賄っているんですか?
あと、私達に払われる給料? は一般的なお金とは違うんですよね?」
私の聞いた質問に対し、先輩は良い質問だというように大きくうなずいて答えた。
「そうだな、ここ、輝石の楽園の地下には、【色】を保護している場所がある。
彼らは暴走する可能性を孕んでいる以上、地上に置く事はできないからね。
ここを知っている楽園以外の奴らは収容所と言っているが……
私達の中では【隣人】と言ったところかな。
で、ここからが本題だね。【隣人】は人との関わりを求めている。
彼らは人と関わる事で、暴走を一時的に抑えられるんだ。
それで、暴走を抑える事で、彼らはちょっとしたエネルギーを出すんだが……」
「それがここを維持する為の資源になると?」
「その通り。だから私達は彼らと共存する。
【家族】を守る為には【隣人】との付き合いが大事、という訳さ」
「成程……切っても切れない関係にあると」
先輩は頷くと、真面目な顔付きになる。
「でもね。油断してはいけないよ。
いくら友好的だとしても、暴走する可能性は0にならない。
たった一体の暴走でも、ここは簡単に戦場に変わってしまう。
それで命を落とす子も、少なくない」
命が簡単に散るという言葉を思い出す。
色災の鎮圧、怪現象の調査。【隣人】の管理。
内も外も決して安全ではない。
「怖くないんですか……?」
「そうだね。勿論怖いさ」
「……でも、私達は戦い続ける理由がある。
人助けなんて高尚なものではなく、自分の未来の為に。
君もそうだろう?」
そういうと、彼女は私の頭に手を置いて撫でる。
もはや癖なのだろう。そのまま話を続けていく。
「気負う事は無い。やりたいことの為に進めば良い。
その為に、私やダリアが居るし、全力でサポートすると約束しよう」
彼女の自信満々な笑みに、私は少しだけ安心した。
その後、私たちは様々な話を交わし、
良い時間になったので眠りについたのだった。