Ep.7 色素検査
「おや、いらっしゃいませ」
カツ、カツと石畳を歩く音に、意識が呼び戻される。
音を辿ると、巫女服を来た女性が箒片手にこちらへと来ている。
淡い紫色の髪を腰まで流し、瞳は金色。
優しそうな顔をした彼女はイメージ通りの微笑みを見せた。
「ようこそ、神亡き社へ。どういったご用向きでしょうか?」
「掃除ご苦労様。何か異常は無かった?」
「いえ、いつも通りですわ」
「それは何よりね」
ダリアは二言三言会話を交わすと、
両手で私の肩を掴んで巫女さんの前に出した。
「さて、今日は新人ちゃんの【色】の検査に来たの。頼めるかしら?」
「成程……ではそちらが……?」
「初めまして、メリア、です。よろしくお願いす……します」
いまだに初対面の相手に敬語を崩すのは難しい。
「これは、ご丁寧に。ですが、固くなる必要はありませんよ?」
彼女は笑いながら、綺麗にお辞儀をすると、挨拶を返してくれた。
「菫です、メリア様。よろしくお願いしますね?」
「は、はい! こちらこそ!」
「ふふっ、良い子ですね。では、こちらへ」
菫さんはそう言うと、私達を社の中へ案内する。
連れられるままに彼女に付いていき、社に入ると、
爽やかな香りが鼻をくすぐった。
(いい匂い。柑橘かな? 雰囲気も明るいし、凄く綺麗。
静かだけど、風が揺らす葉の音が心地いい)
つい目を閉じて、堪能してしまいたくなるほどに心が安らいでいく。
「良い所ですね……凄く、落ち着きます」
「わかるわ。意味もなく入り浸りたくなるもの」
「お褒めに預かり光栄です。勿論、いつでも歓迎いたしますよ?
それか、ここで働いてみますか? 人ではいつでも募集しておりますので」
「あら、良いわねぇ……巫女服着てみる?」
「着なっ……いえ、一旦保留で、お願いします」
巫女さんの前で断るのもなんだか気が引ける。
というか、巫女服を着たいからという理由で働くのは流石に失礼じゃないだろうか。
「あら、残念です。気が代わったらいつでもおいでください」
(もし、私がここで働くことになったら……いや、想像が出来ないわ)
「はは……考えてみます」
とりあえず曖昧に返事をして、場をごまかす事にした。
それからいくつか雑談をこなすと、菫さんがある場所で止まる。
でも……。
「……着きました。この先で、鈴蘭様がお待ちです」
私は耳を疑った。彼女が指した先は、
どうみても雰囲気に不釣り合いな、鉄製の扉だったからだ。
良く観察すれば扉の周りも木造ではなく、鈍色の建材で出来ている。
「えっと……ここ、は?」
何かの間違いかと思い、尋ねてみると、
菫さんは優しい雰囲気のまま答えてくれた。
「ここは防音室です。色々と、重宝しております」
「防音室をよく使って……?」
「そうですね……主に、尋問。とかでしょうか」
「え……は!?」
「あとは……まぁ鈴蘭様の【色】が……」
「待って待って……いきなり爆弾をぶち込まないで欲しいのだけど!?」
「プッ……あはは!」
私の突っ込みにダリアが噴き出す。
何がおかしいのだろうかこの支部長は。
「何がおかしいんです? また冗談ですか!?」
「いえ、彼女の言ってることは全部本当よ」
「冗談で、あって、欲しかった!!」
「まぁまぁ。詳しくはまた今度、ね?」
未だ落ち着かない私を置いて、ダリアが菫の方に目をやる。
すると、彼女は申し訳なさそうにこちらに謝って来た。
「申し訳ありません。いきなりで驚かせてしまいましたね。
軽く説明をいたしますと、鈴蘭様は声の色をお持ちなのです」
「声の、【色】?」
「あぁ、種類についてはまだ教えてなかったわね。
一応は論文……資料に書いてあるのだけど……また今度教えるわ」
ダリアは何か考え込むような仕草を見せ、一つ呟く。
「そうね……言霊って知ってるかしら?」
「物語程度なら少しは……」
言霊。
言葉にした物を現実に出現させたり、
相手の動きを制御したり。
どれも、強力で、防げない力だった。
「鈴蘭の力は、【声色】。彼女の言葉は、意思に関係なく力を持つわ。
眠れと言われれば眠ってしまうし、止まれと言われれば動けなくなる。
そして、その力は自分以外の全てに作用する」
「全て……?」
「例えば、今ここで、”壊れろ”なんて聞いてしまった瞬間、
例外を除く声が届く範囲の全て破壊されるわ。
建物も、物も……人もね」
「それは……凄いですね……」
月並みだが、そうとしか言えないきもする。
鈴蘭という人の言葉一つで全てが変わってしまうのだから。
「まぁ……その力にも色々と制限はあるけど……、
そういう力があるからこそ、防音室は彼女にとって大切な場所なのよね」
ダリアは私の背中をポンと叩き、菫の方を見る。
「まぁ、話は置いといて、検査を始めましょう? 鈴蘭の準備は出来てるかしら?」
彼女はそれに言葉を返すことなくニコリと微笑むとただ扉の先に手の平を向けた。
「バッチリみたいね? 入ったら、彼女に従ってくれればいいわ。
私はここで待ってるから、行ってらっしゃい」
「……はい。行ってきます」
私は緊張しながらそう彼女に告げ、扉に手を掛ける。
扉を開き、先に進むと、一人の少女が椅子に座っていた。
肩まで伸ばされた銀髪に蒼い瞳。
背は低く、少しだけ幼さを感じる彼女は、こちらを見て微笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします」
私が少女にそう言うと、身振り手振りで、彼女の向かい側。
テーブルを挟んで鎮座している椅子へと誘導する。
テーブルには白い紙が沢山積まれており、
彼女の手にはペンが握られていた。
(紙とペン。成程……)
私が誘導されるまま椅子に座ると、
彼女は素早くペンで文字を書き、こちらに見せてくる。
『初めまして、私は鈴蘭です。
筆談形式での対話をお許しください。
あぁ、そちらは普通に喋っていて構いません。
もし、読めなければ、いつでも言ってくださいね』
「あ、はい。初めまして、メリアです。
えっと、筆談は問題ありません。
文字も凄く綺麗で、読みやすいです」
私の言葉に照れているのか、少しだけ顔が赤い。
だが、少女の手は動きを止めておらず、
また何かを書き上げては顔を隠すように見せてきた。
(この子、今見ないで書いてなかった……!?)
『メリアさんも、聞き取りやすい良い声だと思います。
それと、ありがとうございます。
褒めていただけると、嬉しいです』
「あ、ありがとう、それと……どういたしまして……?」
返事をする頃には、もうすでに次の紙が準備されている。
もはや普通に会話するテンポと大差ない。
『今から、貴方の中にいる【色】の素質。
【色素】を検査します。
輝石の楽園に所属する人達は皆、
その検査結果をもとに、やりたいことを決める事になります。
が、素質はあくまで一つの道に過ぎないので、
既にやりたいことがある場合は、結果を気にせずにやることをお勧めします』
「でも、【色】は願望から生まれるモノですよね?
自分の意思と相違する事なんてあるんですか?」
『そうですね。絶対に無い、とは言い切れません。
心は変わるものです。願望も一つとは限りません。
全ては、あなたの、ひいては心の”解釈”次第です』
例えば、願いが”誰かを守りたい”だとして、
手段によって変わるだろう。
戦い一つとっても、様々な方法がある。
成程……解釈か。
【色】が示す手段と、自分が求める手段。
互いの落とし所を模索し、制御するのもきっと、
この場所の役目なのだろうか。
『では、始めましょうか。
貴女はこれから数十分程度眠ることになります。
検査はその間にやりますので、特に何かする必要はありません』
鈴蘭はそう言うと、私のすぐ横に立った。
少し緊張しながらも頷くと、
彼女は耳元で囁くように言葉を紡いだ。
「【眠りなさい】」
その言葉が聞こえたと同時、私の意識が消えていくのをうっすらと感じた。
ーー???Sideーー
「早くっ、早く走って!!」
気が付いたら私は、駆けていた。
手には温かい感触。
後ろを見れば、妹が苦しそうに走っている。
でも……どうして……?
「おねぇちゃ……無理、これ以上は……!」
足を止めたくても、走らなければいけないと脳が告げている。
「頑張って■■■! 追いつかれたらおしまいよ!」
「……!!」
背後から誰かの足音が向かってきている。
叫び声が聞こえる。
私は咄嗟に横道に入り、迷路の様な道を進んでいく。
(見つかってはいけない。逃げ続けなければ)
あれは……化物だ。
息が上がり、意識が朦朧とする中ただひたすら走り続けていると、
目の前が何かに塞がれてしまった。
「壁!? どうして!!」
いきなり出てきたそれを、勢い任せに殴りつけるも、壊せるはずなく、
逃げ場が無くなった事で、心が冷たくなっていく。
「追手、は……っ!?」
急ぎ振り返り、妹を後ろに庇う。
だが……背後には何もなかった。
先ほどの風景は?
走っていた場所は?
追手は……?
その問いに答えが返ってくることは無く、
ただただ黒いそれが広がっているのみ。
「どういう事……?」
目の前の光景に理解が追い付かず、一つ後退りした瞬間、
足元が抜けて、私の体が落ち始めた。
「お姉ちゃん!!」
妹の声に、私は掴んでいた手を放す。
落下に巻き込むわけには、いかない。
妹と離れ、一人落ちていくと、何処からか声が聞こえる。
上手く聞き取れないそれを、手繰り寄せるように手を伸ばすと、
指先に翡翠の星が見えた。
星が指に触れた瞬間、パッと光って弾け飛び、
破片が私の体に吸い込まれていく。
強い異物感を感じたが、不思議と悪い気分ではない。
不思議に思っていると、どこかから声が聞こえてきた。
『今は、まだ。あなたとは共に行けません』
『あなたには、決意が足りていない』
『お待ちしております。その時が来るまで』
その声に導かれるように、私の意思は空高くへと連れていかれる。
その時、執事服を着た誰かが見えた気がした。
ーーーー
「【目を覚まして】」
「…………ぅん?」
(あれ、私何してたんだっけ……?
……あ、そうか。検査してもらったんだ)
大きく伸びをしていると、鈴蘭がクスッとしながら、紙を見せる。
『30分位でしたが、よく眠れたみたいですね。
検査は終わりましたので、楽にしていてください。
もう少しで、写し出しが完了します』
相変わらず、筆談速度が速い。
少女の方を見ると、青い紙に、文字が浮かび上がっているのが見える。
恐らく、それが、私の検査結果なのだろう。
そこまで掛からずに写し出しが完了したようで、彼女はそれを確認すると……
「っ……!?」
「えっと、鈴蘭?」
眼を見開き、紙を見つめて止まってしまった。
……そんなに私の【色】はおかしいのだろうか?
声をかけてみても反応が無いので、私は彼女が手に持つ紙を覗く。
ーーーーーー
名:アルストロメリア
色:不明
名前:不明
形態:不明
状態:具現化済。
ーーーーーー
「……え?」
果たしてそれは、検査結果として正しい物なのだろうか。
全て不明。普通の結果なら、それを見てこれからの事を決める事になる指標になったはず。
だが、何も分からない状態なら、私はどうすれば良いのだろうか?
そして、活性済。つまり、知らないうちに具現化させている事になる。
でも、体の何処にも、それらしいものは無いはずだ。
暴走、色骸化。嫌な言葉が脳を過る。
頭が、真っ白になるのを感じると、腕を掴まれる感覚があった。
「【落ち着いて】」
耳元でその言葉が聞こえ、急速に思考がクリアになる。
声の主を見ると、鈴蘭が紙をこちらに見せていた。
『突然の事で、戸惑ってしまい申し訳ありません。
ですが、これは別に珍しい事ではないのです』
「えっと……でも、何も分からないんじゃ……」
私の困惑がわかるのか、一つ頷くと、
すらすらと返事を書き始める。
『私が聞けるのは、心の中に居る【色】の情報です。
ですが、既に活性化している場合、
この様に不明と出る可能性があります』
異常なことではないという言葉に、少しだけ安心する。
だけど、全てが不明なんてことはあり得るのだろうか?
『ある程度【色】と交流していた場合、
本人の意思と繋がりが出来たりはするのですが』
「で、でも。私には何も感じられないわ」
少女は安心させるように微笑みを浮かべる。
『繋がりが分からないというのも、
まだ、互いの事を感じ取れていないだけでしょう。
彼らが語り掛けてくるのは、活性化した後。
その前では知覚すらできません』
そう言えば、資料に書いてあった。
不活性状態では目に見えず、活性化してからやっと知覚できると。
『恐らく、あなたの【色】は、活性化した後、
何らかの原因であなたから離れました。
それはきっとあなたの願い。自我を尊重する物のはずです。
でなければ、貴方は心を失い、”無色”になっていたでしょう』
「……じゃあ、呼びかければ来たりするのかしら?」
『どうでしょうか。試してみる価値はあるかもしれません』
私は目を瞑り、呼びかけてみる事にする。
(私の……【色】)
だが、名前も、形も分からないそれをイメージするのは難しい。
「……ダメ、みたい。反応しないわ。
そもそも相手の事が何も分からないし……」
『何かしらの強い切っ掛け、トラウマから、
【色】が活性化した場合、こういうことがありますね。
心当たりはありますか?』
トラウマ。それは、きっと……
思い出そうとすると、頭が痛み、靄が掛かる。
すると、鈴蘭が慌てて紙を見せた。
『無理に思い出す必要はありません。
むしろ悪影響があるかもなのでやめましょう』
「でも……このままで大丈夫なの?」
『大丈夫です、安心してください』
彼女は『報告書を渡してきます』と書いて外に出ていった。
背もたれに体を預けて、顔を上げて目を瞑る。
(私の、意思。心。やりたい事。)
考えれば考えるほど、モヤモヤが私を蝕んでいく。
(そして、トラウマ……思い出さない方が良い。だけど……)
考えないようにすることは難しい。
カチッ、カチッと一つずつ、一つずつピースをハメていった。
頭がパチパチと弾けるように痛む。
でも、何かが欠けてしまっているような……
「メリア。お疲れ様」
声が聞こえると同時に、何か暖かい感触が、頬を包み込んだ。
目を開けると、ダリアさんが私の顔を上からのぞいている。
「あ……」
「どうしたの? 面白い顔しちゃって」
「う、ひゃめ……」
うりうりと頬を手でこねくり回されていると、頭痛が収まっていく。
「報告書は読んだわ。色々気になるでしょうけど、
今日はもうおしまい。良い子は寝る時間よ」
「でも……ぬぐ」
頬をぎゅっと挟まれる。
痛くは無い、痛くは無いけど、すごく恥ずかしい。
両手で手を剥がそうとしてみたが、全然動かない。
(え、力強っ……)
「悪い子はこのままサンドイッチよ?
大丈夫、私が何とかするから」
「わひゃったはらひゃなひて!(わかったからはなして!)」
「んー聞こえないわねぇ……?」
それから暫く、菫さんが来るまで弄ばれ続けた。