Ep.6 役職と常識……?
スノー、鬼灯と最後に軽く挨拶し、闘技場から出る。
ここに来るまでとは違い、なんだか成長した気がする私は、
全ての光景が新鮮に見えた。
(……いや、違う。本当に知らない風景だわ。
あれ……? 確かここから来たはず、なんだけど……)
何故来た時の記憶が無いんだっけ……?
脳内で理由を探すと、無数の文字列が頭に浮かぶ。
次第にくらくらとしてきたので、すぐさま奥底へと仕舞う事にして、
改めて辺りを観察した。
優しく照らす蛍光灯と、ガラス張りの壁。
ガラスの内部には色鮮やかな植物達が育っている。
(竜胆、百合……これは……ストレリチア?
ガラスの下に花の情報も載ってるし、まるで植物の美術館に居るみたいね。
ずっと見ていたくなるわ)
気になる花が出てくるたびに、
つい見とれて足を止めているとダリアさんは笑みを浮かべた。
「凄いでしょう? ここの花達は。
『園環』が管理している施設の一つ、
『四季満ちる楽園』から運んできているの。
その場所で咲いた色々な花は枯れること無く強く育つわ。
季節関係無く、ね」
言われてみれば、春の花も秋の花も、
同じ場所に植えられている。
成程。まさしく『四季満ちる楽園』だ。
「『園環』……施設全般の管理している人達でしたっけ?」
「そうそう。三つある部門のうちの一つね。
簡単に説明すると、
暴走した【色】の鎮圧、色災の収束をする【罪討】。
中立・友好的な【色】の保護・管理、色災に遭ってしまった人の救助、ケアしたりする【弔葬】。
楽園内の施設を管理、調査員達を無線やポーター等でサポートするのが【園環】。
とはいえ、この役職は固定されているわけではないから、
合わなかったら変えても構わないのよ?」
因みに資料によると、この様な役職や施設は、
花園に限らず、【輝石の楽園】全ての支部がどこも同じらしい。
だから、派遣などで別の支部に行くときも
違和感を感じる事なく業務が出来るのが利点だと彼女は言う。
この組織を作った人は一体、どれ程掛けて、統一させたのだろうか。
途方もない時間がかかったはずだ。そうなると、【色】はいつから存在していたのか。
そもそも、あの日。
私達が失った日よりも前に、【色】という化物が居るなんて聞いたことが無かった。
情報統制されているとはいえ、噂一つすら無いなんてあり得るのだろうか。
……違う。噂はある。怪奇現象、妖怪やお化け。呪い。
そういった非科学的な現象が、【色】と結びついている事を知らないだけなのか。
「メリア、大丈夫?」
つい考え込んでいると、ダリアさんに声を掛けられた。
考えすぎるのが私の悪い癖だ。
命を救ってくれたことは間違いないのだから、今は気にしないようにしよう。
それよりも、園環の事だ。
この組織は、この施設はとんでもなく広い。
管理するには相当な労力が必要なはずだ。
気になって聞いてみると、彼女は「どうかしらねぇ……」と呟く。
「彼らはやれなかった事、やっていた事。
やってみたい事を楽しんでやっているわ。
失ったものを取り戻したい、昔からの夢を実現させたい。
園環の子達はそういう意思で色々と施設を創り、管理している。
勿論、大変なのは当たり前。でも彼らにとっては大切な生き甲斐なの。
だから活気があるし、見て回るだけでも楽しいのよね。
メリアも気になったら今度、商業区画に行ってみると良いわ。
ちょっとしたアミューズメントパークになってるから」
「それは……凄く楽しみです」
「ちなみに、今から会いに行くのも『園環』の子ね。『神亡き社』の可愛い巫女をやっているわ」
「巫女……?」
巫女というと……東洋の神に仕える役職のはずだ。
(そういえば……スノーは修道女だっけ……?)
修道女、巫女。本当に彼女達がやりたいことなのだろうか。
どうにも役職に偏りがある気がするが……。
(いや、もしかして……ダリアさんの趣味だったり……?)
ちらりと顔色を伺ってみると、ダリアさんはニヤリと笑みを浮かべる。
「私の趣味かと聞かれればそうとも言えるわねぇ……。
可愛い子に色んな服を着せたくなるのは常識でしょ?」
「えぇ……何処の常識なんですか?」
心を読まれた事より、肯定されてしまった事に驚く。
彼女は、支部長としての立場から色んな人に好きな服を着せているのだろうか?
そもそも常識とは……?
そんな問いに、彼女は自信満々に胸を張る。
「そりゃあ『輝石の楽園』の常識よ」
「職権濫用じゃない!」
「そうね。乱用ついでに貴女の制服も好きにしちゃおうかしら? セーラーとかどう?」
「お断りよ!!」
つい言葉が砕けてしまうが仕方ないと思う。
ほんの気まぐれでセーラー服とか着させられても困る。
「じゃあ着たい服はある? 意向に沿って検討させて貰うけど」
「普通で! 普通でお願いします!!」
「そう。楽園基準の普通ならピンクのフリフリエプロンになるけど……」
「そんっなわけあるかぁ!!!」
多分今日一番の声が出た。
ピンクのフリフリエプロンが基本服の職場なんて何処を探せばあるんだろうか。
いや、あるかもしれないが……少なくともここではない筈だ。
「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」
「誰のせいだと思ってるの?
あんたが変なことばかり言うからでしょ!」
「あらあら……すっかり口調が砕けちゃってまぁ」
「……はっ!?」
被っていた猫が全て逃げだし、素になった所で口を手で覆うと、ダリアさんはクスッと笑う。
「ごめ……すみません」
「遠慮すること無いのよ?
『家族』なのだし、ずっとここにいるのだから素の方が楽でしょ?
ここでは敬称も敬語も要らないのよ。
家族に対しては基本的に呼び捨てで良いし、
言葉も素のままで良い。
まぁ一部の子達はそれが素だったりするけれど……。
取り敢えず、貴女には自然体で居て欲しいわ」
「……っ! それで私を揶揄ってたんですか?」
私を敢えて怒らせることで、
ここでは気を遣う必要が無いと教えてくれたのか。
言葉通りに、『家族』の一員として迎え入れてくれている彼女を私は……
「いや、それは私の生き甲斐よ」
「な ん な の よ!!」
……より注意深く接しようと思った。
ガクリと項垂れる私をよそに彼女は平然としている。
「さて、冗談はこれくらいにして……
巫女やシスター……社や礼拝堂にもちゃんと意味はあるのよ。
色災で大切な人を失った人達は、ここに保護される事が多い。
その時、何か縋る物があった方が精神衛生上最適でしょう?
例え仮初の崇拝だとしても」
「ちょっ……と温度差に付いていけないんだけど」
「慣れて頂戴? それが私だから」
「自分で言うことじゃない……」
「拠り所というのは生きる為には必要なものよ?
色災にあった人達に、拠り所と心のケアをする。
『園環』にはそういった面もあるの。
だから……巫女やシスター、アイドル、オーケストラ。それらの娯楽を充実させることは、
私達にとって最優先にするべき事項なのよね」
「成る程……ん、アイドル? オーケストラ??」
「そのあたりはまた今度にしましょ。目的地に付いたから」
辺りを軽く見渡すと、先程までの通路とは違い、和風の装いに変わっている。
正面には木で出来た門があり、恐らくこの先が【神亡き社】なのだろう。
(話に夢中で気が付かなかった……)
私が誘導されるままに門に近づくと、荘厳な音を立てて開いていく。
まず見えたのは巨大な木。ピンク色の花が咲き誇っている。
確か……そう、サクラだ。
次に目に入るのが、木の奥にある、大きい社。
まるで何か大いなる者が住んでいるかのような
厳格な雰囲気とは裏腹に不思議と温かい気持ちになる。
そして、石畳、池、鳥居。そのどれもが一切の汚れ無く完璧に整備されている。
絵画だと言われても違和感がない位に美しい光景に目を奪われた。