Ep.25 汚泥の大槌 -4-
一本、二本。
少し相手の攻撃の対応が遅れて大きく回避してしまったが両腕は落とした。
残念ながら、上半身の穴は殆ど塞がっている。
だが、腕を落とした事による価値は計り知れないだろう。
これで【汚泥の大槌】は少しの間、武器を振るう事は出来ないからだ。
しかし、先程の回避の所為か、
気付けば私は、【汚泥の大槌】とリンドウに挟まれる位置取りになっていた。
このままでは、リンドウは射撃をする事が出来ない。
いや、合間を縫って攻撃する事は可能だろうが、
狙った位置……つまり核を撃ち抜く事は難しいだろう。
(……早く移動しなければ……)
そう思い、自分の位置を変えようとした瞬間……。
私の手は強い衝撃を受ける。
「なに……!?」
その正体は、地面から生えたトゲ。
そしてそれは……私の手から銃をはたき落としてしまった。
私は察した。敵の賢さを。
あの疑似餌から、何も学んでいなかった。
土人形は、わざと私にそう思い込ませていたのだと。
使えなかったのではない。使わなかったのだと。
落ちていく銃を咄嗟に拾い上げる事には成功したが……
それの所為で一瞬だけ硬直した。
戦闘において、一瞬の価値は計り知れない。
体勢を整える時間よりも先に、
土人形の両腕は修復していて、大槌は私を攻撃圏内に収めている。
「っ……!」
この姿勢では回避は難しい。そして、彼からの支援も難しそうだ。
『『主様!! 私達を盾に!!』』
彼らの叫びが聞こえる中、私はやむを得ず銃をクロスさせて防ぐ方法を取る。
だが、膂力の差はバカにならなかった。
体が浮き上がり、背中に強い衝撃を受ける。
何が起こったのか……いや、明白だろう。
一瞬のうちに吹き飛ばされて壁に激突したのだ。
「ぐっ……ゴホッ……」
加えて、地面に落ちた時の落下の衝撃。
受け身など取れるはずもなく、叩きつけられた事で口から息が漏れる。
呼吸が苦しくて、どうしようもなくて、うずくまる事しか出来ない。
(でも……このままでは……ただの足手纏い……)
それでも、諦めるわけにはいかない。
私は、地面に手を付いてゆっくりと立ち上がる。
(頭はぶつけてない。大丈夫、吹き飛ばされただけ……)
前を向けばリンドウが土人形と肉薄しているのが見える。
気を引き付けてくれている様だ。
時折伸びて来るトゲを壊し、礫を避けて、大槌をいなして。
回避や防御だけじゃなくて、攻撃までこなしている。
(見とれている場合じゃない、私も……)
急いで加勢に向かおうと足を進めると、ズキリと体が痛んだ。
(っ……傷がっ……!)
つい顔をしかめながら体を見れば、痛みの発生源は腹部の傷。
少しだけ傷口が開いたのか、血が出てしまっている。
これでは激しく動く事は難しい。
(それでも……)
動けないなら、と私は銃を構えた。
こんな所で、死ぬわけにはいかない。
急速に冷える思考の中、私は私達が出来る事を模索した。
今までの黒雷達の行動から、記録から、何かが掴めた気がする。
(【色】を扱う上で大切なのは……イメージと連想。
夢と幻、葬り弔う。蝶……)
私は覚悟を決めて息を吸い込んだ。
イメージを確立するには、口に出した方が良い。
だから、私は……言葉にしてそれを呟く。
「……【幻視の蝶】」
白い銃から現れたのは淡い光を伴う蝶の群れ。
それは白炎から放たれる優しい幻、触れられぬ夢。
決して殺傷能力はないが、その存在ははっきりと感じられる。
私はその幻を土人形にけしかけた。
【汚泥の大槌】に感覚器官があるかは分からない。
だが、それの動きから、私達を視て認識しているのは確かだろう。
ゆえに、目くらましは有効だ。
幻の蝶達は土人形に絶えず纏わりついて注意を逸らし、
その場に縛り付けている。
いくら振り払おうともがいた所で、
少なくとも、私が意識を保っているうちは、消える事が無いだろう。
また、より鮮明なイメージが出来たのか、
【幻視の蝶】は如雨露頭に対して使った時より、
正確に操作できるようになっていた。
(とはいえ、ただの時間稼ぎ……。
もし気付かれたら、きっと突っ込んでくる……)
だから、これだけでは足りない。
あの時と違って、この土人形は倒せない。
倒す為には、土人形の体内の何処かで動き続ける核を、
強力な一撃で壊す必要がある。
(でも、今の私じゃ威力が足りない……もっと強い一撃が……
いや、常に攻撃し続ける事が出来れば……!)
それならば、と私は黒銃を構え、土人形に向かって引き金を引く。
「【蝶葬】」
それは、黒雷から放たれる弾丸。
痛みを伴わず静かに対象を弔う弾丸だ。
弾丸は当たる直前に炸裂して小さな蝶へと変わり、
群れを成し、土人形を啄み始める。
(我ながら……惨い戦法……)
黒雷曰く、本来は苦痛から解放する為の慈悲の弾丸だという。
静かに命を奪う事で、安らかな眠りを与えて弔う……。
私の姉を、喰らった時と同じモノ。
だが……幻に紛れ込んだ実体。
痛みが無いからこそ、気付かれず、
物量で相手の体を喰らい……静かに風穴を開ける。
そんな弾丸が、慈悲深いだろうか。
(……他に手は無かった……いや、考えるのは辞めよう)
私は首を振って集中する。
目的はただ一つ。核を見つける事だ。
相手の修復スピードよりも速く体を削っていけば、
そう経たない内に、土人形の体から丸い球体が露出した。
「見えたっ!!」
「……上出来だ」
自分が声を掛けるよりも早く、彼の銃声が響き渡る。
ずっと、その時を待っていたのだろう。
彼から放たれる弾丸は、凄まじい威力で土人形を貫いた。
そして……パキリ、と何かが割れる様な音が、
【汚泥の大槌】の方から聞こえる。
恐らくそれは、核が割れた音。
土人形は形を保てずに崩れていき、
やがて何も残す事無く消え去ると、
いつの間にか私達は地上に……あの時、
落ちる直前に居た場所に帰って来ていた。
「……勝った……?」
「ああ。任務完了だ。
医療班を呼んでくるから、お前はゆっくりしていろ」
「はい……」
(終わった……)
『お疲れ様です、我が主』
『警戒はリンドウ様に任せて今は休みましょう』
余りの疲れから、膝から崩れ落ちてしまったが、そのまま仰向けになる。
今の私には、言われた通りにこうやって休む事しか出来ない。
いっそそのまま寝てしまおうか。
なんて思いながら、まぶたを閉じていると、
私のすぐ傍で声が聞こえた。
『おめでとう 素敵な素敵な お姫様
一つ 強く なったわね』
「……!?」
囁くように聞こえたその音は、
聞き覚えの無い少女の物。
急いで起き上がり、周囲を見渡してみたが、姿は何処にもなかった。
(今のは……一体……?)
目的は分からないが、その声は私を労っている様で、
言葉の節々に嬉しさが滲んでいた。
「黒雷、白炎……今の、聞こえましたか?」
『聞こえた、とは?』
『……何かありました?』
どうやら、彼らには聞こえていなかったらしい。
「えっと……あれ……すみません……何言おうとしてたんでしたっけ……?」
疲れの所為で意識が朦朧とする。
何か共有しようと思ったはずだが……ダメだ。
眠気が強すぎてふらふらしてしまう。
すると、心配そうな従者達の声が聞こえた。
『主様……大丈夫ですか? やはり疲労が……』
『今は休息しましょう?』
「そう、ですね……」
任務一つでここまで疲弊してしまうとなると、
まだ私には力が足りてないのだろう。
優しさを捨ててはならないが、優しいだけでは守れない。
今回の任務で得た教訓。リンドウの説教が心に残っている。
「もっと……もっと強くならないとですね……」
仰向けになりながら、心地の良い眠気に身を委ねて呟いた。
強くなろう。せめて、自分の身くらいは守れるように。
ー???Sideー
ここは何処かの空間の一つ。
人形たちが沢山いる部屋の中で、
道化師の明るい歌声が響いている。
だが、その歌声は部屋を繋いだ扉の音によって消えてしまった。
「お帰り、女王様。彼女はどうだった?」
少年が振り返る事無く扉の方へと声を掛けると、
詩を詠む様な少女の声が部屋に広がった。
「凄く 賢い 素敵な子
慈悲も 知恵も 及第点
でもね 惜しい 惜しいのよ
まだまだ あの子は 弱すぎる」
「フフッ……厳しいというべきか、優しいというべきか。
でも、まだまだこれからだろう?
今は彼女の成長を喜ぼうじゃないか」
少年が指を鳴らせば、グラスが二つ彼らの目の前に現れた。
それには、赤黒い色をした液体が少しだけ注がれている。
少女は臆面もなくそれを受け取ると、少し傾けて口に含む。
そして、口元に付いた赤をなめとって少年に声を掛けた。
「騎士は これから どうするの?
蝶々を 試しに 行ってくる?
それとも 他の トコかしら?」
「女王って呼んだ意趣返しかい?
騎士なんてガラじゃないし、僕は道化師だよ?」
騎士と呼ばれた少年は、不満そうに言葉を零したが、
直ぐに表情を変えて考え込む。
「でも……そうだね、暫く傍観者に努めるかな。
向こうの役者は揃ってるのに、こっちが足りてないんじゃ興ざめだろう?
いつかの日を楽しみに、こっちはこっちでやる事をやらなきゃ」
「成程 そうね 確かにね
それなら 私も もう行くわ
ゆらり ゆらゆら ふらりふら
美味しい 赤を ありがとう
役が出来たら 教えてね
脚本出来たら 教えてね」
その言葉を最後に、空間に気配が一つ消えた。
残っているのは、少しだけ液体が残ったグラスのみ。
彼はそれを見ると、いぶかしげに呟いた。
「……少し強かったかな? まぁ、いっか」
道化師は自分の分を飲み干して立ち上がると。
女王様のグラスをまっさらなカードに閉じ込めた。
「さて……もうここの物語は終わりだ。
旧市街の”支配”は解いて良いよ。”最高”の結果は得られたかい?」
少年はまるで演劇をするかの様に大仰にポーズを決めると、
誰も居なくなった空間でトランプ片手に呟く。
すると、手元から一枚だけカードが浮いて消えて行った。
「それは何よりだ。
あぁ、そうだ。誰か、”王”を迎えに行って欲しいのだけども……。
そう、繋がらないんだ。きっとどこかで”力量”を測ってるんだろうね」
続いてもう一枚。彼が呟くたびに消えて行く。
まるで誰かと会話してる様にしているが、
周りには誰も居ない。ただトランプが一枚ずつ消えていくだけだ。
「あ、そうそう”女王”様に言い忘れた事が……分かった分かった。
次からはちゃんと呼ぶって。
”慈悲”深い君でも怒る事あるんだ……ごめんって」
少年は慌てた様子で謝罪すると、
コホンと咳払いしてまたカードをめくっていく。
「今、彼女に僕達の事を広められるのは良くない。
幸い、まだ誰にも話してないみたいだし……え? 終わってる?
ハハハッ、流石だね!」
笑いながら少年がパラパラとトランプを飛ばせば、
それらは意思を持つように動いて空間から出て行ってしまった。
「あぁ、勿論さ。まだまだ彼らにはやってもらいたい事が沢山ある。
そうだろう? ”ジョーカー”……」
そして、最後の一枚。”切り札”が消えた後、
道化の姿は跡形もなく闇へと溶けて行った。
ーエピローグー
私達は、救援が到着した後、怪我の処置をして楽園へと帰還した。
怪我の事をダリア伝手に聞いたらしく、エリカやカレンにかなり心配されてしまったが、
私の元気な姿を見て安心してくれた様だ。
彼らもそれぞれ初任務をこなしてきたらしい。
無事で何よりだと心から思う。
次に会ったのは、ダリア支部長とサルビア副支部長。
彼女達からは労いの言葉を頂いた。
サルビアは「よくやったね」と頭を撫でて褒めてくれたが、
ダリアは【汚泥の大槌】との戦闘が予期していない物だったからか、
私の怪我も相まって少しだけ元気が無い。
あれは一人で突っ走った結果なので、彼女の所為ではない。
私は彼女にそう言ったが、ダリアは私の姉と重ねてしまっていた様だ。
「無事でよかった」と強く抱きしめられて少しだけ恥ずかしかったけど、
大人しく受け入れる事にする。
それから私は、医療施設に連れていかれて怪我を治療することになった。
何だかんだと馴染み深い病室のベッドに寝転びながら、
静かな病室で一息つく。そして、腹部の傷に手を当ててみた。
致命傷ではないが、傷口が開いてしまった事でかなり痛い。
けれど、それでも私は生きている。
怪我はしたが、初任務に生還したのだ。
帰ってこれた嬉しさ。そして達成感。
安心したのか、純粋に緊張が解けたのか……。
体がどっと疲れてしまった。
と成れば、次に来るのは眠気。
だが、まだ眠るわけにはいかなかった。
なぜなら、後数分で医者が来て、
私の体の状態について説明してくれるからだ。
疲労から来る欲に負けそうになりながら、
待ち望んでいた医者の言葉を聞くと、
完治までには数日かかるが、傷も残さず綺麗に治るとの事。
結構な傷だと思ったが……相変わらずここの技術力はおかしいと思う。
……勿論、治るに越したことは無いし、
傷も残らないならその方が良いのは確かだけれど……。
それから、私がいくつかの質問に答えると、
医者は治療の準備の為に去っていった。
後は全て任せるだけだ。
私が出来る事はもうない。
少し前までは、色々と端末に戦術等を記そうと思っていたけれど……。
余りの眠さにもう何も考えたくないし思考が纏まらない。
私はベッドの柔らかさに身を委ね、意識を放棄して眠りについた。
それから暫く。
怪我はすっかり治ったが、任務は割り当てられていない。
と言うのも、調査任務が終わった後は暫く休暇が与えられるのだ。
勿論その間でも許可さえ得られれば、
自身の力量に見合った仕事をする事も出来るのだが……、
今の所、新しく入って来た”噂”や”伝承”は無いらしい。
なので、ここ数日間はエリカ達と商業区で遊んだり、
訓練で手合わせをしたりとのんびり過ごしていた。
因みに今日は、資料室の整理をしている。
いや、正確には資料を読みふけっている。
ここには、様々な【色】の情報があるので、
知識として入れておくべきだと思ったのだ。
一応、整理が終わったら自由にして良いという事だったので、
かつて【家族】達が相対してきた【色】の情報、
街に居る【深淵色】達。
そして、私達”楽園”の他に、【色】の事を知っている組織。
資料棚の端の方から読んでは戻し、読んでは戻しを繰り返していた。
だが、漁れば漁るほど分からない事が増えていって、
時間がどんどんと浪費されていく。
『我が主、そろそろ休憩なさっては……?』
「……おや、もうこんな時間でしたか……」
そんな中、黒雷の心配そうな声が頭に届いた。
気がつけば時刻は17時。既に外は黄色く染まっている。
本好きの性格も相まって本の虫と成り果てていたようだ。
「ありがとう、今日はもう終わりにします」
流石にこのまま夜まで過ごすと色んな人から怒られるだろう。
そう思って資料を片付けていると、見覚えのない古びた本が目に留まった。
(こんな本、あったっけ……?)
それは資料棚の端。私が読んでいた棚の中段にある。
気付かない筈は無いのだが……。
不思議に思いながら、手に取ってみるとずっしりとした重さを感じた。
表紙には何も書いて無く、ボロボロに傷が付いている。
(ここの資料室は最近できたと聞いたのですが……
見るからにかなり昔の本ですね?)
とりあえず適当に本を開いてみれば、そこには一言だけ。
【親愛なるアルストロメリア様、我が城のパーティへご招待いたします。】
「……っ!?」
私は本を落として距離をとる。
偶然と言うには出来過ぎだろう。
恐る恐る近づいて本を拾い調べてみたが、
あの一文以外には何も書かれておらず、他のページも真っ白だ。
(悪戯……? ダリアさんならやりかねないですが)
思えばここの整理は彼女から頼まれたものだ。
もし仕込んでいたとしても驚かない。
本を閉じ、それを元の場所へと戻そうとした時、
パサリ、と何かが落ちた音が聞こえる。
音に視線を向けると、一枚の手紙の様な物があり、
それは綺麗に封蝋されていて、開けられた様子は無い。
手紙を拾い確認してみれば、私宛に招待状と書かれている。
どうやら、この本は本当にパーティへと招待しているらしい。
(……ここまでお膳立てされていたら流石に気になりますね……)
興味を隠せず封を開けようとすると、
『開ける前に、一度ダリア様へ聞いてみてはいかがでしょうか?』
『一人で開けるのは得策じゃないかもしれませんよ?』
黒雷達に止められた。
それもそうだ。いくら楽園内だとしても、
何も考えずに開けるなどどうかしていた。
でも、それを忠告するなら、本を開く段階でして欲しかったというのは、
間違いだろうか……。いや、自分の責を押し付けるのは良くない。
(……確かにそうですね、聞いてみるのが一番良いでしょう。楽園内の物ですし……)
私は手紙と本を持つと、ダリアの元へと向かう。
名指しの本、招待状。
物語で読んだことのある幻想的な状況に、
少しだけワクワクしながら。
とりあえずこの辺りで2章終了です。
この物語が気に入った人は是非、
いいねやブックマーク、感想をお願いいたします。
今後の活動の励みにもなりますので……。
物語に関してだと、
【如雨露頭】
【汚泥の大槌】
とまさに異形! という敵が出てきましたがいかがですか?
私としては大好きですね。異形……実に好みです。
本当はもっと技名を叫んだり、リンドウの【色】の紹介もしたかったのですが……、
一番異能バトルっぽい事してたのはエリカくらいでした。
3章はもっと異能感を出したい所です。
が、暫く楽園はお休みして、別の物を書いていきたいと思います。
令嬢ものとか転生ものとか書いてみたいんです。
因みに、輝石の楽園のTRPGを随時制作中です。
今回のシナリオである如雨露街を自分のキャラで追体験できる感じなので、
興味があったら是非……と言いたいですが、まだ製作段階なので遊べません!
ですが、いつか遊べるようにしたい!!!




