Ep.4 殺意と真意
「……お母さんみたいですね」
暖かく優しい抱擁につい言葉が漏れると、くぐもった声が聞こえた。
疑問に思い彼女を見上げるが、ダリアさんは腕を離して、空気を換えるように手を叩く。
心なしか、顔が赤いような気もする。
「さて! そろそろ元に戻った頃だろうし、あの子達に会いに行きましょ?」
彼女が私の返事を待たず端末を動かすと、私は闘技場の中央へと飛ばされる。
その慣れない感覚に、眩暈が起こり、私はバランスを崩して前に倒れ込んだ。
地面が目の前に迫り、咄嗟に目を瞑ったが、いつまでも衝撃が来ない。
目を開けば眼前には十字架のロザリオが見え、
顔を上げると、鋭い目をした修道女と視界が重なる。
その身体はまだ冷気が漂っている様で少し冷たく、
初対面の人にぶつかってしまったからか、体気温の所為か。
私の肝が急激に冷えていった。
「あ……ありがとうございます!」
急いで離れてお礼を言うと、スノードロップさんは顔をそらし、
そっけなく、「……気にするな」と答えてくれた。
何とも言えない居心地の悪さから、救いを求めてあたりを見回す。
だが、なぜかダリアさんの姿が見えない。
恐る恐るスノードロップさんの方を見ると、彼女は自身の端末を睨みつけていた。
「『用事があるから席を外す』だそうだ。
我等が支部長の悪い癖だな……。
あいつは気まぐれなんだ」
溜息を付きながら私に見せたそれは、ダリアさんかららしい。
(……気まぐれ過ぎじゃない!?)
つまり、今、二人きり。
何を話せばいいのか分からず、とりあえず自己紹介をする。
「あ、あの……アルストロメリア、と申します。
メリアと呼んでいただければ……」
緊張で言葉が変になってしまった。
「……スノードロップ。スノーで良い。
固くなる必要もない」
「えっと……スノーさん、は」
「呼び捨てで構わない。ここでは敬称の方が稀だ」
「あっすみません。じゃ、じゃあ。
スノー……は、修道女何ですか?」
「ここにある施設の一つ、『陽月の礼拝堂』に属している点ではそう呼べなくもないが……
神を信奉しているわけではない」
「えっと……?」
「気にするな。……いや、他のやつに聞いてくれ」
少ないながらも何だかんだと会話は続き、緊張が解れてくる。
改めて、スノーさん……スノーの事を見る。
長い銀髪に汚れ一つない修道服。
眼光は鋭く、口調も冷たい。
等身よりも少し大きい大鎌を携えた彼女は、
『氷の死神』と例えたくなる程に……
「格好良い……」
つい漏れてしまった言葉に、彼女は視線をこちらに移した。
「……怖がられていると思っていたが」
「え、っと……はい……」
正直言えば怖い。
もし夜中に出会ってしまったら粗相してしまいそうな位には。
「無理もない。私はこの見た目で、『死神』なんてあだ名もあるくらいだ。
『非情なる銀月』なんて二つ名も付けられていた」
「非情……?」
「先の戦いを見ていただろう? 訓練だというのに、殺す気で戦っていた。
感情が無く、任務の為なら容赦なく斬り捨てる非情な死神。
それが私だ」
そう言う彼女は、どこか諦観している様な気がした。
「私は……」
彼女はゆっくりと鎌を私の首筋に添える。
「たとえ『家族』だとしても、必要に駆られれば手をかけてしまえる。
ここでは、裏切りはご法度だ。訓練以外で家族を手に掛ける事は許されない。
しかし……常識的な感情を持ち合わせていれば、
そもそも家族を斬り捨てようなどと、考える事すら有り得ない」
冷や汗が出る。私の命は、彼女の手に握られている。
だが、それ以上に私は確信していた。
「だが私は出来てしまう。その術も、力も持っている。
今私が手を動かせば、お前の首は体と別れを告げ、地に倒れ伏すだろう。
恐ろしいか? この力が。向けられる刃が」
「……そう、ですね。確かに怖いです」
これはおそらく、忠告なのだろう。
この場所の危険性を、殺意を向けられる感覚を教えてくれている。
だからこそ。彼女は非情ではない。
「ですが、その矛先はきっと、誰かを守る為にあるものだと思います」
だからこそ彼女はきっと、矛先を家族に向ける事は無い気がする。
驚く彼女に、震えながら精一杯の笑顔を見せる。
「家族の為に戦う貴女を、私は怖がりたくは無い、です。
な、慣れるまでは、時間掛かると思いますけど」
尻すぼみになりながら、それでも私は彼女の目をしっかりと見る。
すると、彼女は目を瞑り、「守る為……か」とつぶやいた。
彼女から殺気が消え、首筋にあった鎌は消える。
死の感覚が消えさり、つい息が漏れると、
「……すまない」と声が聞こえた。
「新人には酷だっただろう。
だが、私にはこの位しか教えられる事がなかった」
それにしても……とは思うが、
彼女なりの気遣いだったのかもしれない。
でも……
「死ぬかと思いました……」
やっぱり怖かった。凄く。
未だに鳴りやまない動悸を落ち着かせようと、
深呼吸を始めた瞬間。
「か~て~な~い~!!! どうして!?」
「ひゃあ!?」
いきなり背後から聞こえた声にビックリして変な声が出る。
腰が抜け、膝から崩れ落ち、両手を地面に付けた。
すこし涙腺が緩んだ瞳で後ろを見れば、鬼灯さんが仰向けに倒れて手をバタバタさせている。
どうやら先の戦いから蘇生? され、ここで復活した様だが……
(だからと言って、間が悪すぎるわよ!!!)
「おろ? どしたん二人とも?」
何も知らない彼女はきょとんとしているが、
それどころではない私はその場で座り込み、
「少し……待ってください」
とだけ言い残して精神を落ち着かせることだけに努めた。