Ep.18 暗闇と寂しさ
ピチャ……ピチャ……。
雫が落ちる音と、冷たい感触に意識が覚めていく。
目を覚ました先、眼前に広がるのは黒一色。
(ここ、は……? 凄く暗いですね……)
視界による情報を得られないので、
私は記憶を手繰り寄せる事にした。
その結果、最後に思い出したのは落下の記憶。
「そうだ……! 私は落ちて……落ちて?」
そう。私はあの時、一人で落ちたのだ。
それは間違いない、はず……なのだが。
何か違和感を感じる。
それに、確かに上から落ちて来た筈なのに、
痛みも無ければ、上を見上げても何も見えない。
まぁ、この暗闇だ。見えないのは当たり前かもしれないが。
「真っ暗……」
辛うじてわかるのは、
地面の冷たさと、デコボコした感触だけで、
この暗闇では歩く事さえままならなかった。
恐る恐ると歩みを進めてはみるものの、
壁にも辿り着けず途方に暮れるのも無理は無いと思う。
それに……。
(黒雷、白炎……?)
何故か彼らからの反応も無い。
どこかではぐれてしまったのだろうか。
今の私では、彼らの繋がりを辿る事は出来なかった。
「白炎、黒雷……」
いつもならこういう時、
真っ先に話しかけてくれる彼らを想像して、
少し心細くなり彼らの名前を呟く。
(これから、どうしましょうか……)
最悪、頑張って壁まで歩いて、
それを辿りながらどこかへ辿り着く事を願う方法もある。
だが、もしここが円状で中心に出口があったとしたら……。
(詰み……いや、そうだ。端末がありました)
私は名案とばかりに携帯端末を取り出すと、
電源を入れる。
すると、ほのかな明かりと共に画面が表示された。
(良かった。壊れてない……)
いくつか操作をしてみれば無事ライトが点灯する。
暗闇に照らされたそれに少しだけ眩しく感じたが、
それでも、明かりという物は、心を落ち着かせてくれた。
「次は……救援要請。
”遭難時は、下手に動きまわるより助けを待った方が良い”」
それは調査マニュアルに書いてあった基礎。
前提として危機に瀕していない状況に限りという言葉がつくが、
現状は含まれないだろう。
しかし、残念ながらその案は失敗に終わる。
理由は分からないが、何故か通信機能が使えないのだ。
機械が壊れているわけではない。
正確には、接続を試みようとした瞬間に、プツリと途絶えてしまう。
まるで、妨害されているかの様に。
それからも、色々と試してみたが、通信機能だけは使えない。
救助が見込めない以上このまま留まるのは悪手だろう。
これで、もはや探索するしか方法はなくなってしまったらしい。
(仕方ない……動きましょう)
一つため息をついて、私は立ち上がる。
そして、動こうとした瞬間。
物音と共に、前方に薄明かりが見えた。
私は、咄嗟にライトを消して息を潜めた。
暗闇を見通せるなら明かりは要らない筈だと断定し、
先に対象を視認して有利な状況を作る為に。
もしそれが敵だった場合、苦戦を強いられるのは確実。
ひりつくような緊張感の中、そこに現れたのは……。
「我が主! ようやく辿り着きました!」
淡く光るメイド。白炎の姿だった。
私は咄嗟に彼に近づくと、思わず抱きしめる。
「白炎……! 無事でしたか!」
「っとと……主様も無事で何よりです」
すると、白炎は私に対して抱きしめ返すと一歩離れて辺りを見渡した。
「黒は……まだ来ていない……?
距離的に先に着いていてもおかしくなかったんですけど……」
「どうしたんですか……?」
私を守るように体制を変えた彼は、
何かぼそりと呟いていたが、何でもないと私を見つめる。
「それよりも、まずは情報の整理と行きましょうか」
こうして私達は、情報の共有を行う事にした。
「成程……」
白炎は、淡く光る蝶を生み出しながら私の話を聞く。
全てを聞いた彼はそう言うと、
何か分かったかの様に頷いた。
ただ、少し時間が欲しいのか考え込んでしまっている。
私は、何かを考えている白炎を置いて、
辺りを見渡してみた。
すっかり明かりが灯ったこの空間は、
その全貌を明かしていて、
私が居た場所は、少し湿った洞窟だという事が分かる。
次に頭上を見てみたが、
そこに広がるのは明かりが灯っていても見通せない程の暗闇。
天井が見えない程の高さだ。
きっと、私はそこから落ちてきてここに来たのだろう。
しかし……もしそれほどまで高い所から落ちたとしたら……、
「なぜ、私は生きているのでしょうか……」
どう見ても、助からない高さ。
ともすれば、ここは死後の世界なのだろうか?
少しだけ血の気が引いていると、
ずっと黙っていた白炎が口を開く。
「もしかするとここは、色災……いや、
【世界】かもしれません」
「それは……」
有り得ない。と言いたい。
でも、あの時……穴に落ちたのではなく【世界】に”取り込まれた”とすれば。
落下で死ななかった事も理解できる。
「でも、どうして【世界】なんですか?」
「主の聞きたい事も分かります。
元々、【色災】と【世界】の境界は曖昧。
なのに断定できる理由は何故か。ですよね?」
私は頷いて続きを促す。
実際、この二つは殆ど変わらないのだ。
以前、ダリアに教えてもらった時の、”制御のしやすさ”を除けば、
どちらも現実世界に影響を与え、事象を書き換える程の力を持っている。
如雨露街に雨が降り続けるのも、書き換えられた後遺症が残っているからだ。
そんな私の心を読んで、白炎は指を頬に当てて上を向くと言葉を続けた。
「ここは綺麗すぎるんですよ。
現実を侵食して作られる【色災】と違って、
作ったモノをそのまま張り付けている様な?
まぁ、実際見た事無いので、あくまで私の勘ですが……」
つまりはこういう事だろうか?
【色災】はペンで少しずつ書き換えていくので、
元の下地が残っているが、
【世界】は出来た物をそのままコピーして同期させていると。
分かるような、分からないような感覚だが、
遠くも無いのだろう。
白炎は勘と言っていたが、その瞳は既に断定に近い意思が宿っていた。
となれば、一つ重大な問題が浮上する。
「……もしそうだとしたら、
相手は【色堕】以上の存在ですね……」
ふと、【深淵色】と呼ばれる存在が頭によぎった。
今対峙することになった場合、私は生きて帰れるのだろうか……。
「なんにせよ……まずは、黒を探しましょう。
私一人では力不足です」
「それに、リンドウさんとも合流しないと。
来てる……と良いのですが」
つい悪い風に考えてしまう頭を振って私は立ち上がる。
目指すは黒雷との合流。次はリンドウだ。
幸い、黒雷の居場所は、白炎が分かるらしい。
対として存在する彼らは互いの繋がりが強く、
一本の線の様に居場所が見えるのだとか。
黒雷も同じようにこちらに向かってきているので、
合流は直ぐにできるだろうと言っていた。
因みに……白炎いわく、
【色】は宿主の居場所を感知する事も出来るので、
私が一人で動かないのを”視て”、私との合流を優先したのだとか。
繋がり……。
私にも出来たら良いのだが、黒雷は愚か、白炎すら……、
未だ触れられる距離にいないと感知できない。
(成長すれば……遠くに居ても分かる様になるでしょうか……)
人型のままの彼に従い、私は歩みを進めて行く。
一方的な繋がりに少しだけ虚しさを感じて。




