Ep.15 如雨露街に咲く花 -3-
リンドウと名乗る男は、煙草に手を掛けようとして動きを止めた。
「さて、色々聞きてぇ事があると思うが……先に謝罪する必要がある」
「謝罪……とは?」
「まぁ諸々だな……とりあえず最初から話そう」
こうして、旧市街の廃墟の一室で答え合わせが始まった。
「……まずは、そうだな。
合流できなかった理由について何か聞いたか?」
「えっと……支部長から」
ノースから聞いた話を彼に伝える。
連絡を欠かしたり忘れたりするから今回の調査もそうだと言っていた事を。
彼は私の話を最後まで聞くと、ガクリと項垂れて呟くように声を出した。
「っ、言いたい放題だな……ダリアの野郎……」
「……?」
「あぁ、気にすんな。アイツの意地悪さは置いといて、
残念だが……いや、残念か? その件は間違った情報だ」
そう言いながら、彼は指を一本立てる。
「まず一つ。ここで起こっている事は全て支部長に報告済みだ。
化物の”噂”も、旧市街の現状も、少年の事もだ」
そして二本目。
「次に二つ。こう見えて俺は報告はマメにするタイプだ。
定時連絡を欠かしたことはねぇぞ。副支部長が規律を乱してどうするよ」
言われればごもっともだ……。
でも、だとしたら何故隠していたのだろうか?
そんな私の胸中の問いは直ぐに明かされる。
「そして三つ目だ。如雨露街の調査による危険度を加味した結果、
この件を新人教育に使う事にした。
いわば最終試験。実戦に足る素質があるかどうかを確認したかった訳だ」
どうやら、如雨露街への派遣から、調査、ここまでの合流全てが、
リンドウさんが課した試練の様なモノだったらしい。
ノースの様子が途中からおかしかったのは、
途中で支部長から本当の事を聞いたのだろう。
「つまり、私がここまで自力で来れるかを試したという事ですか?」
如雨露街に付いた時から合流に至るまでの全ては、
彼の手の平の上だったと考えると、中々に恐ろしい。
(旧市街での戦闘も私がここに逃げる事すらも想定済……。
これが、花園の副支部長……)
流石に驚きを隠せない。
そんな私の表情を見て、彼は罰が悪そうに頭を掻いた。
「不測の事態に対応するのもまた必要な事。と言えば聞こえはいいが、
【家族】に対して嘘を付いたのは悪いと思っている。すまねぇな……」
「えっと……」
私はどう返すべきだろうか。
実際の所謝罪を受け取る理由はあまりない。
怒ってもいなければ落胆もしていない。
一つあるとすれば……納得と感謝に近いだろうか。
別に副支部長は意地悪の為にやったわけでは無く、
全てのお膳立てをして貰った上で、実戦に近い調査が出来たのだ。
だからこそ、私は彼の謝罪に感謝で応える。
「全く……心が広い新人で感謝だな。
なら切り替えて仕事の話をするか」
リンドウは一息ついて煙草を取り出すと窓に近づき、おもむろに手を投げ出す。
すると、地面から”青鷺”が出現し始めた。
「まず、”噂”の件だが……」
「正午、霧雨の後の豪雨に化物が出る。ですね?」
「そうだな。その正体はこいつらだ」
彼は近づいてくるそれをマスケット銃で殴り消失させて腕を引っ込める。
「こいつらは雨に当たった生物に反応して活動する。
言ってしまえば感知式の機雷みたいなもんだな」
ここでは雨は常に降り続けるので、外に出ただけで発動する悪質なトラップ。
救いがあるとすれば、雨に当たらなければ出てこない事だろうか。
「雨に”当たる”事が条件だとすれば、傘があれば防げるのでしょうか?」
「残念だがそれはアウトだ。
手に持っている物、或いは装備していると判定された場合活動するらしい。
防ぐなら建物の中に入るのが一番確実だ」
なんとも曖昧でいて細かく設定されている。
とはいえ、その性質は厄介ではあるが、確実に防げる方法があるのは有難い。
「次は範囲だな。旧市街限定で、一定の境界から一歩でも離れると消える」
「随分とプログラム的ですね……旧市街はそこまで広くないとはいえ、
一歩でも入れば一般人では太刀打ち出来ないですよね……」
旧市街から逃れれば生き延びられる。
だが、それは”分かっている”からに過ぎない。
化物が周りに現れたら正常な判断等出来ないだろう。
「それも踏まえて新人に問題だ。
こいつらが”噂”になった理由はなんだ?」
「”噂”になった理由……住民が旧市街に近づいたからでは?」
【色】の事を何も知らない市民が危険性を甘く見て
崩壊した旧市街に立ち入った。
そこで化物に出会って”噂”になったのだ。
だが……私の答えはリンドウが首を振った事によって覆される。
「外れだ、街の人達はここを忌み地として近付かない。
絶対とは言わないが、そもそも”噂”は全て新市街で起こっている物だ」
そして親指で外を指しながら続けた。
「ついでに、外を見りゃわかると思うが、
もうその噂の時間はとっくに切れている」
外の雨は少し落ち着いている。
それなのに先ほど”青鷺”は出現した。
そもそも噂は”正午、霧雨の後に降る豪雨の最中に化物が出て来る”、だ。
私の考えだと時間も場所も一定ではない。
(でも湧く範囲は旧市街のみで、それが新市街に迷い込む可能性は低い。
いや……そもそも彼は……)
”機雷”と言っていた。それに”湧く”ではなく”活動する”とも。
(旧市街の条件は、生産ではなく稼働する為? なら生産の条件は……)
『数日置き』『正午に』『霧雨後の豪雨で』……。
答えが分かった気がする。
その条件によって旧市街に変化が起こった事で、
新市街に【色】が出てくることになった理由。
それは、減っていた機雷の補充。
「”機雷”の飽和。満タンかそれに近い状態で”噂”の時刻を迎えた時、
それは溢れて新市街に流れる」
「そうだな。そう考えるのが一番”らしい”答えだ」
”噂”の正体は、旧市街から溢れて出て来た【色】を見た人が居るから。
時間が正確な理由は、そのタイミング以外では現れないからだ。
そして、溢れ零れたそれは稼働条件から除外されるのだろう。
私の答えに満足したのか、彼は口角を片方だけ上げる。
「次の問題。前提として、噂が噂となっているのは死傷者が居ないからでもある。
聞き込みから、化物を見たやつは居ても襲われた奴は居ない事も判明している。
それは何故だと思う?」
「範囲から逸れると弱体化……いえ、時間で消失するからですか?」
「良い答えだ」
これは合っていたらしい。
「溢れるという事象は、バグに近いもんなんだろう。
自重で体が壊れるレベルで弱い。まぁ俺達にとっては願っても無いな」
「何とかするならば今の内、ですね。被害が出る前に」
私の言葉に彼は深く頷く。
「じゃあ次の話だ。お前も分かってると思うが、
外に出ると奴らがうじゃうじゃ湧いて出てきやがる」
「そうですね……性能はそこまで高くないようですが……」
「あまりにも数が多い。それに復活する可能性もある。だろ?」
頑張って殲滅しても正午に復活するなら意味が無い。
「なら、私達はどうすれば?
定期的に派遣し続けて間引くしかないのでしょうか?」
「それは勘弁願いてぇな……一個で十分だろ……」
「既にあるんですね……」
「”特殊”なやつがな。まぁその件については気にすんな。
今回とは関係ねぇ」
彼は咳払いして仕切り直す。
「で、今回の件だが、一つ仮説を立てさせてもらった。
あの青鷺共はただの護衛で、リーダーがどこかに居る」
「護衛……? 可能なんですか?」
「さあな。可能性なんて無限に転がってんだ。
楽園内にも分身を生み出す奴は居る」
【色骸】を支配する【色】は前代未聞らしいが、
そもそも同じ事象など殆ど存在しない。
「全く……飽きさせない職場だこった。
さて、じゃあ全部仮定した上で、
飽和する程の護衛を生み出した理由は?」
「……身を守る為。リーダーが居るならですが」
「そういう事だな。
この近辺の何処かに居るソイツさえやれれば、
個々の問題は解決する……と良いが」
リンドウは溜息をつきながら頭を掻いた。
「ま、他に案は無いだろ? その線で行こうや」
彼はヘラッっと笑い煙草に火を付けて一息つく。
そして、こちらを見て片目を瞑った。
「最後の問題だ。なら、俺達がやる行動は?」




