Ep.20 救済をあなたに
「これは……間に合いませんでしたか」
意識が朦朧とし、死への恐怖に支配されそうになったとき、
ふと、蝶の声が聞こえた。
もしかしたらただの幻聴かもしれない。
だって……足音がしたから。
死ぬ直前に思い出として記憶に残った、
最後に聞かせる優しい幻聴なのだろうか。
視線を向けると、そこには執事服を着た人物。
モノクルを付けていて、黒髪を長く腰まで伸ばしている。
白い手袋を外しながらこちらに来る”女性”に向けて思わず声を漏らしてしまった。
「あなた……女性だったのね……」
「私達【色】にとって、性別の概念はさほど重要ではありません」
彼女は私の言葉を軽く返し、手を肩へと触れる。
暖かい感覚が心地よい。
少しだけ、猶予を貰えた気がする。
「どう……して……」
どうしてここに居るのか。
声は掠れ、ごく小さな声量ではあったが、
耳にはしっかり届いたようだ。
「貴女様の決意のおかげで力が少しだけ戻りました。
微力ながら少しお手伝いをと……ですが」
悲哀の表情が大きくなる。どうやら悲しんでくれているらしい。
「私の力及ばず……不完全だったばかりに貴女を……。
これでは……合わせる顔が無い……」
彼女の小さな呟きが聞こえてくる。
私は返事ができなかった。
これから死んでしまうのというのに、
どう返事すればいいのだろうか。
「妹は……無事……?」
私は妹のことが心配だった。
あの後もし別の個体が来ていたら。
もし別の事故で被害があったら。
たとえ死にかけでも……私は妹が大切なのだ。
だから無事を確認したい気持ちでつぶやく。
「ええ、貴女は誓いの通り、妹を守り通せましたよ」
その言葉に私は安堵した。
妹さえ無事なら、私がしたことは無駄じゃないのかもしれない。
(だけど……これからは……)
私は、お願いすることにした。
「……執事さん。一つ、お願いがあるの。
大事な……大事な妹の事よ」
彼女は私の手を取ってくれている。
それだけで……安心する。
「あの子……寝坊助だから、まだ寝てるのよ。
とっくに、起きる時間だ……ってのにね……」
涙があふれ、視界を覆う度に、
彼女がハンカチで拭ってくれる。
「最後に、話したかったけど、ね。
……無理そうだからあの子が目覚めたら、きっと困惑するでしょ……?
泣くかも……ね?」
お願い、もう少しだけ……時間を頂戴。
少しでいいから……。
「でも、あの子の事だから、きっと、私と同じ……」
同じ道を行く。
でも、私みたいに、恩だけで働くわけじゃない。
「優しい、から」
優しい子だから、【色災】に遭った人達を助けるはず。
本当は、危ない事なんてさせたくないけど。
きっと止められない。
「だから……貴女が……助けて」
妹を。きっとこの執事さんなら……
「それが、貴女の”願い”ならば」
応えるように、彼女は私の手を強く握る。
「あり、がとう」
もう、全部言い切った。
未練はあるけど、ここが限界。
押し寄せる冷たい感覚。
呼吸が荒い、心臓が苦しい。
凄く……怖い。
このまま、冷たい恐怖に身を委ねると思うと、
もう体は動かないのに、震えてくる。
……ふと脳裏に初めて会った時の言葉を思い出した。
ーー
『この世界は、不条理です。小さな切っ掛けが大きな悪夢を生む。
死に怯え、苦しみ、この世を恨む人もいるでしょう。
ならば、悪夢に苦しむ前に、夢へと誘うのもまた選択の一つではないでしょうか』
「その夢は……本当に救いになると?」
「ええ、きっとそれはこの世界にいるよりもずっと」
ーー
無縁だと思っていたその言葉……
それが脳裏にこびりついて離れない。
「夢の……話」
唐突な言葉にも関わらず、彼女はゆっくりとうなずいた。
呼吸が荒い。心臓が苦しい。
凄く怖い。
「……お願い」
「しかと……承りました」
何処からともなく白黒の蝶達が現れ私を包み込んだ。
蝶は私の体を隠すように広がっていき
やがて全体を覆いつくし、顔へと至る。
私はその感覚に少しだけ恐怖を浮かべる。
(私は……食べられるの……?)
これから来るであろう痛みに私は目を瞑っていたが、
蝶は私の体を労るように優しく包み込み、花のような甘い香りを漂わせる。
冷たい感覚は温もりに代わり、気分が落ち着いていく。
ふと目を開くと、執事と目が合ったような気がした。
私は思わず微笑み、呟く。
ありがとう。
大好きな執事さん。
どうか妹をよろしくね。
それは届いたのかわからない。
それでもどうか、と。
妹を託して意識を落とした。
「それでは……いつか目覚めるその時まで、
安寧な夢の中で、お過ごしください」
ー黒雷Sideー
眠ってしまった。
私は、”守り”切れなかった。
まだ微かに残る彼女の熱は、次第に消えていくのだろう。
「どうすれば良かった……?」
あの時行かせなければ……
否。例え私が全力で拒否したとしても、彼女なら向かうだろう。
それに……妹様の救助間に合わなかった可能性が高い。
もっと力があれば。
肯。私は不完全な状態だった。
片翅であり、片割れ。
一体で出来る事には限界があった。
せめて……あと一日あれば。
思考に更けていると、背後から走ってくる音が聞こえる。
数は……1人。
かなり息が荒い事から、階段を走って来たに違いない。
振り返ると、丁度彼女と目が合った。
「ダリア支部長……でしたか?」
「あなたは……メリアの【色】ね」
疲れを見せる事無く私に尋ねる彼女は、
あの飄々した態度とは一変している。
支部長様は現場の状況と私を見て、
「そう……」と一言呟いた。
「一歩どころか数歩も遅れたのね……」
「相手は狡猾でした。的確に”弱点”を狙う程に」
私は【色】として、違和感があった。
本来、【色骸】は、目に見える物を襲う。
知性がある者もいるが、普通なら医療棟に辿り着くとしても
今くらいの時間。支部長様が来る時間には間に合っていた筈だ。
「医療棟には他に患者もいる。
それに、別の区画にはカレン達も。
なのに、彼らは的確に妹とメリアを狙ったわ。
まぁ……多少の”おまけ”は付いていたみたいだけどね」
あの派遣員達の事だろうか。
医療棟に向かう際中に巻き込まれた様だが……おまけとは。
彼女からすれば、あくまで守るべきは【家族】。
派遣員については眼中にないようだ。
だからと言って、それを指摘するつもりもない。
こちらとしても、興味はない。
「つまり、【色骸】を操れるものが居ると?」
「もしそうなら、【色持ち】と変わらない。
でも……【色】の観点からして、それはあり得る事かしら?」
「何とも言えませんね……同族だからと言って、
全てを知っていたらまず、”これ”は起こらなかったでしょう?」
「……そう……そうよね……」
少しの静寂が流れる。
「貴女は……」
「暴走の心配はありません。
私は彼女の願いを引き継いでいますので」
言いにくそうな気配を感じたので、先んじて言っておく。
主を失った色は暴走する。その危険性を考慮したのだろう。
でも、私に関してはそうはならない。
「やっぱり……貴女はそうなのね。
検査の結果にも納得が行ったわ」
どうやら、彼女は私の真相に気付いたらしい。
流石支部長様といった所だ。
溜息一つ吐いて、自身の手を見る。
……もうすっかり手のぬくもりは消えてしまった。
「では、私は部屋に戻ります。
話し合いはまた今度にしましょう。
今は……悼む時間が欲しい」
去ろうとする私を支部長様は引き留めた。
「……あの子の最後は……?」
「安らかに、眠りにつきました。
私の都合で、彼女の体は残せなかった。
その点は謝罪させてください」
「っ……分かった。謝罪を受け入れます。
また……後日話ましょう」
そして、私達は別れた。
ーー
ーダリアSideー
「この子が、メリアが護りたかった子よ。」
私は、今回の件に巻き込まれたカレン、エリカを連れて、
病室に入ると、寝ている彼女を紹介した。
といっても、私も面識があるわけではない。
話したことはないのだ。
寝ている彼女は、あの子と瓜二つ。
違うところと言えば……髪色かしら。
あの子は淡い桃色、この子は翡翠の様な緑。
髪色と【色】には諸説ある。
世間では隔世遺伝で浸透しているが……。
現実逃避はよそう。
目線をエリカ達の方へとずらすと、
彼女は泣き崩れ、彼は俯いている。
無理もないだろう。
事件が収束したと思ったら、
同僚が……友人が……【家族】が近くで死んだのだ。
でも……彼女達が私を責めることは無かった。
それが……酷く苦しい。
(ダメね……一番つらいのは彼女達で、妹ちゃんで……メリアなのに)
泣きそうな心を押さえつけて、事件について纏める。
事件の犯人は、例の男。
空調システムと、エレベーターの機能を壊し毒を蔓延させた。
その後【色骸】を何らかの手段で出現させ、医療棟へ続くシャッターを破壊。
逃げようとした所で、カレンによって捕らえられた。
……単独犯とは思えない。仲間について尋問予定。
カレンは、エリカにガスマスクを渡した後、
自身の【色】の所に向かい、宥める事に成功。
途中でフェロモンが消えたのは彼の功績だ。
エリカは、担当【色】の部屋内で待機。
カレンと共に行こうとしたが、自身の【色】に止められる。
彼女の【色】は特殊だから無理もないわね……。
そして……メリア。
彼女は顕現させたばかりの【作品】で、過半数の【色骸】を撃破して見せた。
戦闘訓練も無しにただ、守りたい一心で戦い抜いた。
更に言えば、メリアの【色】は……いや、後で二人にも話しましょう。
残った【色骸】は私が掃討した。
結果は家族の死傷者が”1名”……。
私がファイルを閉じると、その音に惹かれてエリカ達がこちらを見る。
そして彼女が私に尋ねて来た。
「それで、この子はどうするんですか?」
「彼女の意見を尊重する。
私は彼女の姉を死なせてしまった。
どんな誹りでも受けるし、ここに居たくないなら別の場所を用意する」
「……でも、悪いのは支部長じゃ……」
「ダメよ、エリカ。優しい言葉は毒なの。
それに、例の男を放置した。組織も含めて。
その所為で事件が起きたし、【色骸】の件もそう。
侵入を許したって事はセキュリティが甘かった。
全部私の所為。
これは私が背負わなければいけない罪よ」
許されるわけには行けない。私の意思は”贖う”事。
二人は何か言いたそうだが、口を噤む。
優しい子達だ。私には勿体ないくらいには。
私は思わず、二人を抱きしめると、
一人はガチガチに固まって、
一人は抱擁を返してくれた。
本当に良い子達だ。
暫くそうし続けると、二人とも恥ずかしそうにし始めたので、
「ありがとう」と告げて離れる。
妙な空気になってしまったが、丁度良いだろう。
「話を戻しましょう。
もし、この子がここに居たいと言った場合の話。
その時は、貴方達と過ごすことが多くなると思うわ。
もし、今回の件で辛かったりしたら……」
「大丈夫です! 一緒に頑張ります!」
「同じく。 それに……約束しましたから」
「……そう。ありがとう」
良い返事に少し口元が歪むが、直ぐに切り替えて話を続ける。
「……それで、メリアの【色】について話したいことがあるの」
「……? この子の、ではなく?」
「そう。いや……あながち間違いではないわね」
「どういうことですか?」
「あの蝶……”黒雷”は、メリアの【色】じゃ無かったの」
その言葉に、彼らは案の定驚いた。
「それはおかしいわ! だって……戦えてたんでしょ?
それに……繋がりもあるって」
「そう。私もそう思った。
だから、あの子と蝶を会わせたわ。
でも、違かったのよ」
そういって支部長は話を続ける。
「【色】は心、願望、意思から生まれる。
でも、生み出した親しか使えない訳じゃないのよ。
それはわかってるでしょう?」
二人は頷く。
後天的な【色持ち】の事を知っているなら当然の反応ね。
「後天的に【色】を得る手段として、
似たような意思を持っていたり、力で打ち負かしたり、色々あるけど……
それよりも楽で簡単に手に入る方法がある。
それは遺伝よ」
「遺伝……?」
「そう、遺伝。言わば血の繋がりね……
それは近しい物であればあるほど引き継ぎやすい」
彼らはそれと何の関係が……? みたいな顔をしてる。
血が繋がっていないのに、全く同じ反応をするのが少しだけ面白い。
「彼女たちは同時に目覚めたわ。
でも……互いが互いの事を想っていた。
妹は姉に、姉は妹に。互いを”守ろう”として、【色】を呼んだ」
「じゃあ……もしかして……」
「そう。黒雷は、妹さんの【色】。
そして……妹さんの中には、彼女本来の【色】があるわ」




