Ep.11 金紫と悪意
その後、夕飯に起きたり、雑談したりなどして時間を過ごし、色々あって翌日。
目を覚ました私はベッドから降りるとリビングへと向かう。
辿り着くと、机に書置きと食事が用意されていた。
食事はまだ温かく、作ったばかりだという事が簡単にわかる。
書置きにはこう書かれていた。
『折角だからご飯を用意してみたぞ。
味は保証しないが、まぁ良かったら食べてみてくれ。
一応冷めてもおいしいはずだが、温めて食べるのが良いだろう』
(ありがとうございます! 先輩!)
私は大いに感謝し、その手料理をいただくことにした。
美味しい食事に舌鼓を打ちながら無事完食すると、
『ごちそうさまでした。凄く美味しかったです』と書置きの裏に綴り机に置いておく。
食べ終わった食器類を洗い丁寧にしまうと、
私は交流に向かう為、支度をすることにした。
まだ大分時間はあるが、早いに越したことはないだろう。
ダリアに連絡を入れ、また蝶の元へ行く事への了承を得た後、
一通り準備を終えた私は、スリッパから外靴へと履き替える。
小声で「行ってきます」と呟き、エレベーターホールへと向かうのだった。
特段急ぐ訳でもないので、私はゆっくりとした足取りでエレベーターホールへと向かう。
すると、その先から話し声が聞こえてきた。
「あ~……クソ、エレベーター行ったばかりじゃねえか……」
「そうね、早く来たとはいえ上には上がいたかぁ」
(先客がいるみたいね。二人かしら?)
どうやら出遅れた事に不満をぶつけているようだ。
ホールに辿り着くと、人影が2つ。
他に人が居ないみたいなので、この人達が先ほどの声の主だろう。
どうしようか。と悩んでいるとこちらに気付いたのか向こうの方から声を掛けてきた。
「おう、お前も早めに来たクチか?」
輝くような金色の髪をオールバックにした体格の大きい男性がこちらに問いかける。
口調も武骨な感じで妙に威圧感があり、私は少し後ずさってしまった。
襲われた時の事を思い出す。あれは厳密には人ではなかったが、
まだ少し、男の人が怖いのだ。
(そういえば……あの時から出会う人達は女性しかいなかった。
……商人とあの蝶は……分からないけど、きっと、支部長が気を使ってくれたのね)
つい、彼らの性別が気になってしまって黙っていると、
それを見たもう一人が咄嗟に彼の背中を叩いた。
バシィッ!! と強い音が鳴り響き、彼はもう一人に向けて怒鳴り声をあげる。
「っ……痛えな!! いきなり何しやがる!」
「あんたが彼女に向けて威圧したからお仕置きしてやったのよ!」
「何がお仕置きだ! それに俺は威圧なんてしてねえ!」
ああ、口喧嘩を始めてしまった。
彼らを見て困惑するが、元はと言えば無意識に後ずさってしまったからであり、
私は彼らに向けて声を掛けた。
「あっ、あの! 別に私気にしてませんから! さっきのは……その……ごめんなさい!」
そう言って私は頭を下げると、その反応を見た二人は酷く申し訳なさそうな声で謝罪する。
「いや、すまねぇ。俺はどうもダメだな。……無意識に怖がらせちまうらしい」
「謝らなくていいわよ? 全部この人が悪いんだから」
「お前な……」
私は顔を上げると、また小さく言い合いをし始めた二人の内、
金髪の彼ではない、女性の方を見た。
彼女は紫色の短い髪をしていて、先の会話から男勝りな性格なのだろうか。
かなり……こう、明るい性格だ。
そして、散々殴られながらもやれやれと返す金髪の彼は、
見た目に反して優しい。口調は荒いけど。
……暫く眺めていると金髪の彼の方からこちらへ話しかけてくる。
「そういえば見ない顔だな、新人か?」
「はい、私は三日前にここへ来ました。アルストロメリアです。メリアと呼んでください。」
「おう、メリアか。俺はカレンデュラ。カレンでいいぞ。ここへは大体一週間前って所だな。」
「あたしは、エリカ。こいつと一緒に入ったから同じく一週間前ね。よろしく、メリア!」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い自己紹介を済ませると、丁度エレベーターが来たので乗り込むことにした。
エリカさんはエレベーターの階層ボタンを陣取り、ボタンを押すと私に尋ねる。
「メリアは何階で仕事してるの?」
「あ、8階です」
「へぇ、俺達と一緒だな」
どうやら奇遇な事に二人と一緒の階だったらしい。
私は興味本位で二人に聞いてみる。
「あの、お二人の担当する【色】ってどんな感じなんですか?」
「どんな感じ……って言われるとあれだけど……
あたし達は自分の【色】を一旦預かって貰ってる感じなんだよね」
「自分の、【色】……」
「そ。保護されたとき、色々あってね。制御できるようになるまでは交流しつつ、座学の時間。
ただ座ってるだけで退屈じゃない? そういえば、商業区画には行った? 今度一緒に……」
「おい、話変わってるぞ」
脱線しそうになった所に、すかさずカレンさんが声を掛けた。
やれやれと言った顔をしているので、いつもこんな感じなのだろう。
エリカさんはその言葉にハッとなると、私を見ながら手を合わせ謝罪する。
「っと、ごめんごめん。【色】の形だよね? あたしの所は”本”だよ」
「え? 本ですか?」
「うん、本。近づくと、本が開いて物語を読ませて来るんだ。
それに、開くたびに物語が代わるんだよね……」
聞かされるもののあまりイメージがわかない。
「喋ったりはするんですか?」
「うーん……本の文字が光ったりして、意思を伝えてくることはあるけど、声は聞いたことないなぁ……」
何とも幻想的だ。どこで拾ってきたのだろうか。
「危険性はないんですか?」
「危険?……ん~、今の所は何もされてないかな?
ただお話が長くて寝ちゃいそうなときもあるけど……
でも内容は結構面白いから、今度教えてあげるね」
「はい、本は好きなので、楽しみです」
最後に約束を交わし、エリカさんは話を終わらせて、カレンさんに目配せをする。
するとカレンさんは自身の担当を答え始めた。
「俺んとこは……簡単に言えば大きい蜂の巣だな……
中にはでけえ蜂が沢山いて、女王を守ってる感じだな」
「聞くからにかなり危険そうなんですが……」
大きい蜂と聞いて私は恐怖を浮かべたが、
カレンさんは大きく笑って私にこう言った。
「大丈夫だ、何もされちゃあいねえし、意思疎通もまぁできんことはなかった。
まぁ初の対面は多少警戒されたが……今はまぁまぁ許されてる気がするな。
それに……寧ろあれが俺の力だっつうなら、頼りになるに越したことはねぇだろ?
ただあの部屋の中はきついな。甘い匂いで充満して胸焼けしそうになるくらいだ」
「あんたが甘いもの好きでよかったわねぇ? 今度蜂蜜でも頼んでみたら?」
「おいおい……冗談でも笑えねぇわ。んな勇気はねぇって……まぁ仲良くなれりゃ……」
「え? 嘘、本気? それで死んだりしたら承知しないわよ!?」
「……お前が先に言ったんだろうが……」
また言い争いを始めそうになる二人に、少しだけ笑みが漏れる。
すると、二人は照れくさそうに頬を掻いた。
空気にいたたまれなくなったのか、今度はエリカさんがこちらに尋ねてくる。
「えっと、メリアの【色】はどうなの? どんな形?」
その言葉に少しだけ詰まった。
私の【色】は、まだ確定しているわけじゃない。
……あの蝶の執事を思い浮かべる度、心がモヤモヤしていくが、
表に出さない様に問いかけに応える。
「私の”所”は……凄い紳士的な執事の蝶でしたね。
周囲には蝶がいっぱいいる綺麗な所でした」
と思うままに答えたがエリカさんは疑問を浮かべている。
「蝶の……執事? ごめん、想像しづらいかも……」
「で、ですよね……」
正直口頭だけでは難しい気もする。
片羽を無くした蝶。飛ばずに倒木に止まっていて、
自らを執事と名乗り、紳士的な口調で、
残った方の羽を折りたたんでお辞儀をする様な仕草をする。
(……うん。このまま説明しても頭のハテナが増えそうね……)
「ま、まぁ? 紳士的なら危険はないんでしょ?」
「はい、凄く優しい方? でしたよ……?」
「そ、そう……?」
エリカさんが理解しようと視線を宙に彷徨わせて、
こめかみに指を当てている。彼女の癖なのだろうか……。
会話が一瞬止まったが、カレンさんが悩んでいる彼女を置いて声をかけてくる。
「まぁ同じ区画で仕事する者同士、何かあれば相談してくれよ。
まだ俺らも来たばかりだから、力になれるかは分からねぇけどな」
その言葉を皮切りにエリカさんはハッとなり、私の手を掴んでブンブンと上限に振るった。
「良い事言ったね! それに期間も近いしほぼ同期みたいなもんでしょ?
あたしも手伝うから! あと遊びにも一緒に行こ!」
私は歓迎してくれた彼らの言葉に頷き、感謝を告げる。
でも、少しだけ。少しだけ腕が痛かったのは内緒にしておこう。
それから、二人の争いを見たり、雑談したり、前回と比べて賑やかな時間を過ごしていると、
エレベーターのベルが鳴った。どうやら目的階へ着いたようだ。
皆でエレベーターを降りると、先客が数人談笑しているのが見える。
その時、ふと両端から険呑な雰囲気を感じた。
視線を向けると、カレンさんは皺を寄せながら舌打ちしていて、
エリカの方もいつもの明るい表情を暗く歪ませていた。
「ちっ……あいつらが何でこんな所に居やがる……」
「最悪ね……」
いきなりの悪感情に驚き、呟いた二人に対し首を傾げる。
疑問を浮かべている私に気付いた二人は言葉より先に、
先客から離れるように私を連れだした。
「あ、あの……?」
腕を引かれつい溢れた声に対し、二人は冷たさを残したまま答える。
「あいつらとはあまり関わらない方が良いわ、嫌な思いをするだけよ」
「同感だ。奴らに近づかない方が良い」
「どうしてそこまで? ここの職員ではないんですか?」
今まで出会った人達は優しかったし、ダリアさんも【家族】を大切にしている。
だけど、先ほどの彼らとこの二人には何か因縁があるらしい。
二人に引かれるまま、離れた場所へ辿り着くと、
私の問いに対してエリカさんは首を振った。
「あいつらはここの【家族】じゃない。別の組織からの派遣員なのよ」
そしてカレンさんが続ける。
「その組織はかなり排他的っつうか、選民思考? が激しい。
俺らに対して上から目線というか、まぁ、『エリート様』って感じのやつだ」
「『エリート様』……ですか? 組織というのは?」
その疑問の答えは背後から響いた。
「何故名乗らねばならん? 負け犬共には必要ないだろう?」
嘲笑めいた発言に振り向くと、さっきの先客の一人がこちらへと来ていた。
「てめぇ……わざわざ何しに来やがった」
カレンさんが私達を庇うように前にでる。
「いやなに、見慣れない犬がいる様でな、挨拶でもと思っただけの事」
その発言はただただ私達を馬鹿にしているようで非常に不快だ。
「っは、そいつはご苦労な事で。挨拶する様な礼儀正しさを持ってるとは思わなかったぜ」
「ふん。得体のしれん化物と仲良くやってるお前らには人間の言葉は難しかったか?」
「へぇ? ここでんな事言うとは命知らずもいい所だな?
【色狩り】の方にでも行ったらいいんじゃねぇか?」
「くははっ、面白い冗談だな? 貧乏な”宿無し”なんて願い下げだ」
棘のある言い合い。これは悪意だ。心臓が握られているかの様に苦しい。
胸を押さえ俯く私を後ろに下げてエリカさんが前に立つ。
「願い下げ? 断られたの間違いでしょ?
連携もできないようなお荷物は要らないって」
「っ……まぁ良い。お前の様な煩い犬に興味はないからどきたまえ、今用があるのはそこの雌だ」
エリカさんに言い返された男は少し顔を歪めた後、直ぐに顔を戻して私の方を向いた。
「っ……」
エリカさんは一瞬私の方を見るとすぐに戻し、庇うように手を広げる。
「この子に何の用かしら? どうせロクな理由じゃないでしょうけどね」
その問いに対し男は怪しい笑みを浮かべてこう言った。
「美しい犬を愛でるのは飼い主の特権だろう?」
その男の顔を見てゾワリとした。その笑みは私の大切な物を奪った”奴”に似ていたのだ。
瞬間、トラウマに塗りつぶされるように体が冷えていく。
呼吸が浅く震えが止まらなくなり、下を向いてしまった私を見てカレンさんは男の襟首をつかんだ。
「てめぇ!」
「おっと……別に殴ってもいいのだが。
私は向こうの方ではかなり上の立場にいるからな。
一言上に申せば君達の組織なんて簡単に潰せる事を忘れないでくれたまえ」
それは脅しだった。私を殴ればこの支部はなくなるぞ? と暗に言っているようで。
「っ……下種が……」
殴るに殴れず悪態をついたカレンさんに対して男はため息をつくと、
「全く、野蛮で困るね? だから底辺の人間は……」
とブツブツ言いながらカレンさんを退け、こちらへと手を伸ばした。
「ほら、こっちに来るんだ」
その時、プツリと私の中で何かが溢れ、それが意識を埋め尽くす。
「嫌……嫌ああああああああああああああああああ!!!」
気付いたら私は叫んでいた。それは自分の意思とは無関係で、
制御できない心からの号哭。
その場にしゃがみ込んで体を震わせただ叫んだ。
その後すぐ前方から鈍い音と壁に何かを打ち付けたような音が響き、
誰かに体を締め付けられる感覚を感じる。
私はその感覚から逃げるように、
離して。やめて。こないで。助けて。と言葉にならない声で否定の言葉を綴っていく。
拒絶しようと腕をばたつかせ、頭を振って、逃げる為に足を動かそうとする。
『……あなたはそれでいいのですか?』
声が、聞こえる。
『あなたの意思は……何を求めていますか?』
(求めている……? 意思……?)
頭が回らない。呼吸が出来ない。
あの声はもう、聞こえない。
喉も枯れ、体を動かす気力もない。
そのまま意識が途絶えそうになった時、耳元から優しい声が響いた。
「大丈夫、大丈夫だから」と。
その声の方に顔を向けるとエリカさんが優しい笑みを浮かべて抱きしめていたことに気付く。
私は咄嗟にエリカさんにしがみ付くと心を吐き出していくようにまた泣いたのだった。




