STORIES 056: うしろから2番目
中学校の前の通りを自転車で抜け、交差点を左折する。
長い坂道を登っていくと、更に急な坂道が見える。
乗ったままでは上がりきれない。
坂の上では…
左手にはグラウンド、そして街並みが遠くまで見下ろせる。
右手の校門を通って駐輪場へ。
.
高1の春。
4階の教室、少し緊張した空気。
窓際の、後ろから2番目の席に座っていた。
同じ中学からは、男女合わせても10人くらいしかこの高校に入らなかった、と思う。
だから周りは知らない人ばかり。
中学までと違って、出席番号は生年月日じゃなく、名前の五十音順になった。
まぁ、どちらにしても後ろの方なんだけど。
定位置はだいたい後ろから2番目。
授業中にいきなり指されることもないし、端っこだから気楽。
それに、窓から見下ろした街のずっと向こう、遠くで光る海が見える。
そこから眺める景色が好きだった。
.
学年が上がると、逆に階数は下がる。
だんだん景色が悪くなるのは、勉強に集中しろってことなのかな。
いや、階段を昇る手間を減らしてるのか。
まぁ、どっちでもいいや。
それでも校舎自体が丘の上にあるおかげで…
3年になっても、窓から見える景色はそれなりに僕を癒してくれていた。
年に何度か席替えもしたけれど、テストだとか学年の初めだとか、そういうときにはあの定位置。
一学期の期末試験のときなんか、残り時間は窓の外をずっと眺めていられた。
もうすぐ夏休み、テストもそろそろ終わり。
早く帰って海にでも行きたいな、なんてね。
.
僕のいた高校は、屋上には自由に出られなかったから…
よくある学園ものみたいな、物語が展開してゆくような場面には出逢えない。
憧れたけどね、告白とか。
そう、ベランダもなかった。
窓際の席でガラス窓を開けて涼むくらいしか、風景を楽しむ場所なんてなかったかな、校舎の中では。
だから、あの席は特別、特等席。
.
卒業して故郷を離れた。
何年も経ってから、いろんな縁があり…
母校のある街に住むことになる。
あの頃は、そんな未来なんて思いもしなかったのにね。
今は街のほうから校舎を見上げることはあっても、あの場所へ気軽に訪れることはできない。
息子も別の街の高校に進んだ。
文化祭の一般開放日くらいしか、訪れる機会はない。
残念だけれど。
.
海辺に佇み、あの教室の席を想う。
今はどんな子が座っているのだろう。
可愛い女の子か、あまりやる気のない男の子か。
3年間で1番、記憶に残っている場所。
最初に座ったあの席。
もう一度、あの場所から…
後ろから2番目の席に座り、遠い海を眺めてみたい。