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国の子

作者: 雉白書屋

『国の子』それは数十年前、少子高齢化の波を食い止めるべく施行された制度。

 かつて、定期的に耳にした親の子殺しのニュース報道。虐待。トイレに出産。コインロッカーベイビー。ニュースになっていないものも含めて、そのような小さな屍は人々の足下に敷き詰められていた。

『国の子』この歪な社会を救うその内容とは、産まれた赤ん坊をその育てる気のない母親から買取るという単純なものだった。しかし、シンプルゆえにこれが功を奏した。いくら馬鹿でも金をドブに捨てるような真似はしない。産んでは売り、産んでは売り、国のお墨付きだからと胸を張る。元々、白い目で見られても気にはしないだろうが。

 引き取られた子は『国の子』として専用の寮で暮らし、また専用の教育機関で学び、ゆくゆくは公務員として国のために働くのである。

 施行から数年も経てば、親の子殺しのニュースは聞かなくなり、子育てに悩み、無理心中する話もなくなった。人は自由。子供を売ったっていい。我が子を育てる義務を手放してもいいのだ。その意識が徐々に浸透し、結婚、出産を足踏みする者たちの心までも軽くし結果、結婚・出産率は上がり国に均衡を齎したのだった。



「……って言うがなぁ」


「なんだよタイチ。ため息なんかついて」


 国の子学校。その教室にて自習中のタイチは天井を見上げ、ため息をついた。

 その指は正確にパソコンのキーボードを叩き続けている。話しかけた隣の席の友人も同様である。


「いや、さ……気にならね?」


「なにがだよ」

 

 気になることというのなら、この私語が他の奴らから咎められないかということだ。と、タイチの友人は思った。

 他の生徒たちは黙々とカタカタカタというキーボードの音を奏で続けている。その音の渓流にタイチは邪魔されぬよう、また邪魔しないよう友人に顔を近づけて言った。


「……おれらの親のこと」


「ぷっ!」


 と、噴き出した友人からタイチは身を逸らした。何人かのクラスメイトが二人を数秒間、怪訝な顔で見つめ、またパソコンの画面に向き直した。「な、なんだよ」とタイチは戸惑いながら訊く。


「でたぁ」


「だからなんだよ」


「産地追想症候群」


 そう言われる前からタイチは顔を赤らめていた。彼も知っていたのだ。自分の親がどんな人なのか気になる心理のことをそのように揶揄することは。

 魚が跳ねた音のようにキーボードを叩く音の中にクスクスという笑い声が起き、また消えていった。


「そっか、お前もかぁ、ふふふっ。そーだよなぁー、誰でも一度は発症するもんなぁ。ま、おれは小学生の頃に済ませたけどね。それも低学年。それが中学二年生でなぁー」


「しっ、お、大きな声で言わなくていいだろう……」


 タイチの指に力が入り、キーボードがダンダンッ! と音を上げた。


「はいはい、もーいい、いい。その手の話はもーう、いいっ! 母を訪ねて何千里? 今じゃ日帰り。住所を調べて飛行機にバスに電車にタクシーでほいっと」


「う、うるさいなぁ……でも実際、会いに行った奴はいないんだろ?」


「そりゃそうさ。個人情報が守られてて居場所が分からないからな。ま、それでも管理しているのはおれらの先輩たちだ。融通利かせてくれるかもしれないが……いや、やっぱ無理かな。ま、どちらにせよ、会ったところでってな話だよ。相手も困んじゃね?」


「淡白だなぁ……」


「んなことにかまけている暇はないって話さ。お前だって将来の配属先は選択肢が多いほうがいいだろ? 市役所なんか最悪だぜ。頭のおかしい市民の相手をしなきゃならなくなる」


「課によるだろうが、まあ同意。でも成績に準じて選べるって言っても、そのランクに応じていくつか選択肢があるだけで全ての中から選べるわけじゃないんだろう」


「そりゃそうさ。適材適所ってやつだ。優秀なやつはその能力を必要とされる中から選ばなきゃ宝の持ち腐れになっちまう。ま、こっちが手を抜けばいいんだけどな」


「はっ、お前らは本気でやってもそこそこだろうに」

「主人公症候群の発症者だな」


「うるせえな!」


 前の席の二人が揶揄し、タイチと友人はそう声を上げた。


「うるさいのはお前らだぞ」


 と、タイミング悪く先生が教室に入ってきて、教室はまた前と同じ穏やかな川のせせらぎのようなキーボードを叩く音だけの整然とした空間に戻った。

 教師の男は目を閉じ耳を澄ます。心地良さに身を委ねるように。


「……なあ、なあ」


「ん?」


「あの先生。お前に似てね?」


「はぁ? どこがだよ」


 と、囁く友人にタイチはそう答えたが、ちらっと目を向けなくとも彼が教室に入ったからそう感じていた。


「……いや、やっぱ似てないよ。多分。鼻とかさ」


「あー、そうだな」


 元々、からかう意味で言ったのだろう、友人はもう興味無さそうにそう答えた。それで会話の終わりだとタイチは判断し、自分もまた黙った。

 その後、授業が終わるまでの間、一度だけ見たが


 ――やっぱり似てないよな。


 タイチはそう思った。


 年々、人口増加の傾向にある今も国の子、その教育施設は増え続けている。確かな教育を施された国の子が社会に出て、モラルが上昇。結果、子を捨てる親が減っても。

 その陰にクローン技術の発展があるが、あの教師に施された整形手術のように、それはカモフラージュされている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦時中言われた「子供は国の宝」って言葉を思い起こされました。 考えさせられる作品を読ませて頂きありがとうございます。 [一言] クローンでの人口増しより子供を作っては国に売る事を繰…
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