アズモちゃん4
「お腹空いた」
「はいはい」
「食べさせて」
「はいはい」
「歯磨きしたい」
「はいよ」
「口ゆすいで」
「それは自分でやれ」
「お風呂入りたい」
「はいよ」
「目に泡が入った」
「あー、何してんだもう」
「髪乾かして」
「しょうがねえな」
「アニメ見たい」
「いい加減寝ろ」
結局、厳つい顔した親父さんに押し通されてアズモちゃんのお世話をする事になった。
俺は保育士として採用されたと思っていたのだが、なんなのだろうかこれは。
俺が知らないだけで保育士こんな事をやっているものなのだろうか。
俺の国では、獅子が子育ての一環として我が子を崖から突き落とすみたいな言い伝えがあるが、竜も同じような事をしているのだろうか。
我が子をよく分からない奴に預ける習わしとかがあるのだろうか。
「まだ眠くない。テレビを付けろ」
というか、なんだろうか。
アズモちゃんが太々しすぎる。
おかしいな。
泣き虫で人見知りが激しくて扱いが難しいみたいに聞いていたはずだ。
それがなんだろう。
図々しくて物怖じしなくて太々しいのだが。
なんだろうか、友達から「耕司って何されても怒らなさそうだよね~」とか言われる俺でも思う所がある。
「アズモちゃん……いや、アズモ」
「なんだコウジ」
よその子だったら職業柄気を遣う必要があった。
しかし、俺はこいつを親父さんから押し付けられたのだ。
じゃあもう俺は保護者なんだ。
俺がこいつを教育しなければならないんだ。
「あまり大人を舐めるなよ」
ソファでダラダラしていたアズモを抱き抱えて実力行使する事にした。
「む」
アズモは抵抗せずに俺の為すがままだ。
というか、今日一日一緒に居て分かったが、こいつは自分で動く事がほぼ無い。
全部人任せ……というか俺任せだ。
アズモは全ての行動を俺に任せている。
「卑怯だぞ」
「口ではそう言うが身体は怠惰だな」
「むっ。私が本気を出したら人間のコウジ如き簡単に倒せる」
「ほーん、ならやってみろ」
アズモを運びベッドにポイっと投げた。
「本当なのだぞ。一撃だぞ」
「おら、馬鹿な事言って無いで寝るんだよ」
灯りを常夜灯に変え、ベッドに潜り込む。
俺が横になると、アズモがスススと寄って来た。
「面白い話しろ」
「無茶言うな。俺はもうクタクタなんだよ」
「私はまだ元気だ」
「もう21時だ。寝る時間なんだよ、アズモ」
「やだ」
「夜ちゃんと寝なきゃ大きくなれないぞ」
「む」
「それは困るだろ?」
「困る……」
言い訳が良い子で助かった。
アズモは我儘だが、話し合いに応じてくれる賢さは持っているようだ。
ズズズ……、とアズモが動いているのが分かった。
どうやら眠る為のベストポジションを探しているようだ。
やがて、良い場所が見つかったのか動かなくなった。
「寝る」
「はいよ、おやすみ」
直ぐに寝息が聞こえ始めた。
なんだかんだ言ってアズモも疲れていたようだ。
「寝ていたら可愛いもんだ」
俺の襟元を掴んで眠るアズモの髪を少し撫でる。
アズモは珍しい色の髪色をしていた。
光が当たると紫色に輝き、こういう暗い場所では黒色に落ち着く。
ようは暗めの紫色だ。
厳つい顔した親父さんが黒髪で、ふわふわしていそうな母さんが金髪だった。
竜だと親の髪色関係なくランダムな髪色で生まれてくるのだろうか。
アズモの兄妹とかが居たら、その子達は何色の髪色をしているのだろうか。
「ま、いっか。俺も寝よっと」
ああ、そうだ。
いつか俺もこのバイトを辞めるだろうし、俺が居なくなった後も泣かずに済むような友達を見つけなきゃな……。
―――――
翌日、アズモを連れて保育園に向かったら知らない子に絡まれた。
「アズモをいじめたのはお前か! アズモが許してもあたしが許さないわ!」
水色髪の威勢の良い子が両手を腰に当て、胸を張ってそう言った。
俺はその光景に少し感動した。
「アズモって友達が居たんだな……」
「いや、そいつは友達じゃない」
「むえっ!?」