アズモちゃん2
「ほら、アズモちゃん自己紹介出来る? 新しい先生だよ?」
「ふん」
俺にしがみついたアズモちゃんと言う子がちらりと先生を向き、太々しい態度を取る。
「ごめんねえ、コウジ君。この子このように人見知り激しいけど良い子なのよ」
「いや、待ってください。なんで俺は先生って呼ばれたんですか? 一言もここで先生やるなんて言って無いですよ。あとこの子のこれは人見知りなんて可愛い物じゃないと思いますよ」
教員室に通され、お茶を出された。
お茶はなんか赤かったので一口も口を付けていない。
そして何故かアズモちゃんはずっと離れてくれない。
ずっと胸にしがみつかれている。
「まあまあまあ」
「なんて言われてもやりませんからね」
「まあまあ、ちなみにこれがこの保育園の給与とか福利厚生が書かれた紙よ」
「そんな物を見せられたって……え、高っ!?」
「その基本給には担当する子によって更に手当が付くから、ブラックリス――気難しいアズモちゃんの担当だとこのくらいに」
白髪の先生がペンを持ち、概算をする。
「そういう事で、今からよろしくね」
「……い」
「い?」
「嫌ですよ?」
正直心はめちゃくちゃ揺らいだが、なんとか嫌と言えた。
「どうしてなの?」
「いや、だって、ここに居たら俺は絶対死にますよ。見えますか? 俺さっきからこのアズモちゃんを引き剥がそうと頑張っているんですよ? でも見てください、離れないんです」
アズモちゃんは引っ張っても離れない。
それどころか、引っ張り過ぎて服が破れて来たからか、首に手を回してがっちりホールドしてきている。
就活用のワイシャツが破れるのも厭わずに引き離そうと頑張っていたのに、なんて事だろうか。
「先生としての心構えは十分なようね」
「え、俺の話聞いていました?」
「それじゃあアズモちゃん達が居る二歳児クラスを案内するわよ」
「あ、これは話が聞こえていないな?」
「じゃあ行くわよ」
「あ、止めろ、引っ張るな! マジでシャツが……あああ!!」
魔物は力が強い。
人間の俺が逆らえる訳が無かった。
考えてみたら、のこのここんな場所までやって来た時点で俺の運命は決まっていたのでは?
―――――
「もしもし、母さん?」
「あら、どうしたのコウジ? そう言えば、手違いの件はどうなったの?」
「あー、それなんだけどさ、俺、家に帰れなくなったわ」
「え、どういう事?」
「なんか園児の一人に気に入られちゃってさ、帰るって言ったらめちゃくちゃ泣かれちゃって……帰れなくなった」
「え、本当にどういう事?」
「まあいつか帰れると思うから心配しないで、じゃ」
「え、ちょっと、コウジ――」
母さんが何か言っていた気がするけど、電話を切りポケットにしまう。
まあ、どうせそんな大事な話では無いだろう。
「やだ! やだあ! コウジと一緒に居る! 私は帰らない!!」
保育園の裏から戻ると、アズモちゃんの叫び声が聞こえた。
見てみると、厳つい顔をした親父さんが再び困り果てた顔をしていた。
「うわあ、困っていても怖い人は怖いんだなー」
なんてのんきな事を口にしながら戻って来た。
「じゃあアズモちゃんまたね。しばらくお兄さんは居る事にしたから、また明日も会えるよ」
「やだ! 帰らない!」
あまりにもアズモちゃんが俺と離れる事を拒んだから暫く残る事にした。
アズモちゃんに大事な人、例えば親友が出来たら俺が居なくても癇癪は起こさないようになるだろう。
だからせめて、アズモちゃんにここで友達が出来るまでは居る事にした。
おまけにその間の給料もバイトとして出るみたいだし。
バイトでも教員用の社宅がタダ使えるらしいので、職場に近いそこに住む事にした。
「また明日会おうね、アズモちゃん」
軽い気持ちで近づくと、しがみつかれてしまうので遠い場所から声を掛けた。
「やだあああ!!!」
「む、いかん。これでは異形化してしまう。おい、貴様」
「え、俺ですか?」
「そうだ貴様だ」
厳つい顔をした親父さんが、俺に声を掛けて来た。
なんだろうか。
俺を殺すつもりだろうか。
「アズモを貴様の家に連れて帰るか、我の家でこの子と一緒に暮らすか選べ」
厳つい顔をした親父さんとの共同生活が始まった。