アズモちゃん1
なんでも許せる人向けです。
「受けた覚えの無い所からの採用通知が届いてんな……」
差出人は見ても知らない名前だった。
封筒の中身の内容についても身に覚えが無かった。
どうやら俺はいつの間にかジャカランダ保育園という保育園の採用試験に受かっていたらしい。
「ええ、俺、保育士の資格とか持ってねーぞ……? なんかの間違いだよな?」
詐欺を疑ったが、文書があまりにもしっかりしている。
念の為、母さんにも確認通知書を見せたが首を傾げていた。
調べてみると、実在する保育園である事が分かったので、電話をしてみる事にした。
「あの、すみません。沢畑耕司という者です。あ、はい、こんにちは。……それであの本題なのですが、そちらから身に覚えの無い採用通知が届きまして――」
話した結果、確認の為に一度来てくれと言われたので、行く事にした。
―――
「うわ、なんか火を吹いている子居るし、空飛んでいる子が居るな……。え、俺普通の人間なんだが」
ジャカランダ保育園は魔物用の保育園だった。
ウェブサイトで確認した時から、「え、なんでここから採用通知が?」という気持ちが強かったが、ここに来て更にその思いが強くなった。
普通の人間な俺はここで一番弱い。
一歳児の戯れにも殺される自身がある。
こんな場所で働ける訳が無い。
決めた。
どうであろうが、絶対断ろう。
そう意気込んで教員室に向かうと、途中でハチャメチャに泣いている子が居るのに気付いた。
「子供って感じだなあ。親と離れるのをめちゃくちゃ嫌がっているんだ。……俺も昔はああだったな」
泣いている子には悪いが、しみじみとした気持ちで眺めた。
「いや、あの泣いている子の親父さんの顔怖すぎだろ。絶対カタギじゃないな」
俺が子供だったら、あの親父さんの顔を見ただけで漏らしただろう。
成人して、就職活動している今の俺はもう泣かないが。
「やだああああ! 父上えええ!! 家に帰る!!」
泣いている子の泣き方が迫真過ぎる。
厳つい顔をした親父さんと、親父さんから引き離そうとしている先生がめちゃくちゃ困っているぞ。
教員室へ行こうと思っていたが、少しあそこに行ってみるか……?
何か出来るとは思っていないが、見ているだけっていうのはいたたまれない。
「やだ! やだああ!!」
「あ、あのー。教員室ってどこに……」
「やっ……、……」
お、おお……。
道に迷ったふりをして混ざってみたら途端に泣いていた子が泣き止んだ。
知らない人が急に静かになる。
まるで人見知りをしているみたいだな。
「あ、ああ。教員室ならあそこだけど、君は?」
「俺は沢畑耕司って言います。間違いで採用通知が来ていたのでその件で」
「ああー、君が例の! 案内するからちょっと待ってね」
先生がそう言い、泣いていた子を引き離そうと頑張る。
「全然引き離せない!? なんでこの子はこんなに力が強いんだ!」
「すまん。我の子が強すぎて」
この厳つい顔の人の一人称って我なんだ。
イメージ通りだけど、一人称が我の奴って本当にいるんだな。
「……コウジ」
「ん?」
泣いていた子が、引き離そうとする先生に抗いながら俺の名を呼んだ気がした。
「コウジ……」
気のせいでは無かった。
この子は俺の名前を呟いている。
「どうした?」
少し近づいて、目線を合わせてみた。
すると、その子は先生の手を振り払い、厳つい顔をした親父さんの伸びきった服を放し、俺の元へ飛んだ。
「……」
何故か無言でひっついて来た。
「では、我は帰る」
「え、あっ」
一瞬の隙を見計らい、厳つい顔をした親父さんはフッと消えた。
「逃げた……? よく分からないが、お前の親父帰っちゃったぞ?」
「……」
「……?」
泣いていた子は俺にしがみつき、うんともすんとも言わない。
胸に耳をくっつけ、ジッとしている。
「私と同じだ……」
「……? 先生、この子はどうすれば?」
離れない子の対応に困り先生の方を向くと、何故か先生がわなわな震えていた事に気付いた。
「君、採用。アズモちゃん係って事で頼むよ」
採用された。