第九話「境界線を越えられるキメラ」
とある次元にやってきた。”キメラ”が存在する次元だ。この次元のキメラとはニンゲンにそっくりな存在であるらしい。今回の調査は、キメラとの境界線について、である。
当該次元の天気は晴れ、時刻はそろそろ正午。やや中心地から離れたところに、次元遷移したようだ。あたりはひっそりとし、ヒトの気配もまばらだ。地図を取り出す。私は目的地に向かって歩き出した。歩行者用信号が、トマレを示す。横断歩道の脇で、ススメになるのを待つ。目の前を大型の配送車が通った。荷台の側面に”キメラ輸送中”とある。”キメラはニンゲンと同じ成分で構成されており、使用用途はーー"と続く。宣伝文を書き留めている間に、配送車は過ぎ去った。信号がススメに変わった。横断歩道を渡り、進む。街が賑わいを増す。目的地が見える。裁判所に到着した。
本日、ふたつの裁判に決着がつく。
一件目では、被害者の体の大部分が失われた。しかし、キメラのおかげで被害者は命を落とさずにすんだ。
二件目では、被害者の心の平穏が失われた。被害者はひどい中傷を受けた。
裁判所の外にひとの列があった。傍聴の手続きの列だ。私も並ぶ。列から少し離れたあたりに、集団がみえた。列の最後尾に立ち、その集団に視線を向ける。
「キメラは我々と同じなのだ!」
「差別をやめろ!」
「ニンゲンと完全に同等だと認めろ!」
集団は大声で主張する。列に並ぶほとんどが、彼らをちらりと見つめた。
道行くひとも足を止める。集団はおそろいのタスキをかけていた。タスキには“キメラの権利を!”、”ニンゲン≒キメラ”と印刷されている。
集団は規則正しく整列し、集まりの輪郭は長方形だった。その長方形を警官たちが囲う。
聴衆が増えるにつれ、集団の声が、身振りが大きくなる。ますます多くのひとが彼らの周りに集った。
「ちょっと、線を超えないでください」
警官が注意する。集団の足元に、白線がみえる。細長い取っ手がついた白線のための道具が警官のそばにあった。より多くの聴衆が集まり、辺りは騒然とする。白線が踏まれ、ぼんやりとする。警官が線を引き直した。
列が少し進む。裁判所の入り口付近に車が数台止まった。ひとびとの注目が車に移る。
「あ、ハンニンだ」
声が聞こえた。拘束されたニンゲンが車から現れた。ひとりは顔面蒼白、もうひとりは笑顔。対照的だ。
報道陣がふたりに近づく。
「今のお気持ちは?」
まずは笑顔の方に尋ねた。
「特になにも。ヒガイだってたいしたことないし。気楽なもんだよ」
次に、蒼白に聞いた。
「今のお気持ちは? 特にキメラに対して」
蒼白の視線は定まらず、左右に動く。報道陣が発言を何度か促し、蒼白は口を小さく開いた。
「キ、キメラは……わたしたちと……」
声が小さい。報道陣が録音機器を口元に当てた瞬間、
「キメラは我々と同じなのだ!」
「権利を! キメラに関する法を!」
「今すぐにだ! 我々はそれを求め続ける!」
集団の主張が激しさを増す。蒼白のひとは、両手を胸の前ですり合わせた。
報道陣と蒼白の間に、係員が割り込む。
「時間です」
蒼白は例の集団を一瞬だけ見つめ、係員とともに建物へ入った。
傍聴手続きの列が動く。私の番だ。指示通りに申請用紙に記入した。手続きは完了だ。
裁判が始まるまで、この次元について情報収集する。もっとも目に付くのは例の集団だ。あたりを走る車の動作音も超える騒がしさで、主張を繰り返す。
彼らの演説が一瞬止まる。集団が周囲を見渡す。一部が道路へ駆けだす。信号待ちの車列に近寄り、目当ての車を囲んだ。
さきほどとは別のキメラの配送車だ。運転手が鳴らす警告音も気にせず、集団は荷台をこじ開けた。彼らは内部に手を伸ばす。
「こっちに来て!」
キメラが引きずり出された。ニンゲンと変わらぬ造形だ。キメラは一枚の白い布に穴を開けただけの簡易な衣服をまとう。地面に素足をつけたキメラは、目を見開く。頭をゆっくりと左右に振り、周囲を眺めた。
集団はキメラを連れ、来た道を戻る。キメラを集団の中央に立たせた。群衆は様子を静観する。キメラは何も喋らない。ただ、直立するだけ。集団のひとりが、顔ほどの大きさの板状の電子機器を取り出した。
「みなさん。こちらをご覧ください」
群衆に画面を向けた。
ウツクシイ映像が流れた。次に、機器をキメラに向ける。キメラは幾度か瞬きしたのち、口角を上げた。群衆から「おお」と声があがる。
「続いては、こちらです」
機器をキメラの目前から離す。集団のひとりが機器を操作する。画面を群衆に向けた。悲鳴が聞こえる。先ほどとは全く逆の映像だ。凄惨な映像だった。キメラに機器がつきつけられた。
キメラはさきほどと同じように、瞬きをした。涙をこぼし、顔をそむけた。対照に、集団は笑みを浮かべた。
「ほら、どうですみなさん! キメラも、キメラの脳までも我々と一緒なのです」
* *
裁判がはじまった。建物内でふたつの裁判が同時に進行する。この次元では、裁判所に傍聴用の広間がいくつか用意されていた。ひとびとは目的の広間を探す。
私はまず、笑顔の方を選んだ。ひとはまばらだ。広間前方の幕に、裁判の様子が中継される。
中央に立つひとは、笑顔を浮かべる。あくびをしたり、天井を見つめたり、真剣な様子は全くない。広間の誰かがつられてあくびをした。
笑顔のひとが、発言を促される。
「はいはい。もうしません。ちゃんとハンセイしてます」
語尾をわずかに伸ばした調子で答えた。裁判と同期して、広間にも緩んだ空気が流れる。
「どんな判決が出るかなんてわかりきってるし、あっち行こうぜ」
「そうだな。ありふれてるし、たいした内容じゃないしな」
退屈さを感じたひとたちが、もう片方の広間へ移動する。私もそれに続いた。
”蒼白”の広間に入る。さきほどよりもニンゲンが密集していた。誰もが、前方の幕を凝視する。”蒼白”が口を開く。
「だ、だからキメラで元通りになるじゃ……、たしかに悪かったとは思っています! でも……」
声が極度に小さい。途切れ途切れに言葉を告げ、蒼白はときおり涙をぬぐう。そして沈黙のまま俯いた。裁判官が続きを促す。蒼白は唾を飲み込み、素早く顔をあげた。
「キメラで元に戻せるんです! だから、なにも問題なんてありません! な、なんのための発展なんですか!?」
ふと、広間の壁の向こうから声が聞こえた。はっきりと聞き取れないが、なにかが衝突したような音も届いた。
広間のひとびとは、幕から外に注意を向けた。幕に映るひとびとも壁の方を見つめる。裁判は一時中断された。私は広間から抜け、建物から飛び出した。騒ぎの源は例の集団だった。キメラを用いた”実演”はまだ続いていたようである。
あくまでも、キメラは同じ存在だと訴える。そのための法も必要だと。さまざまな手法で、キメラとニンゲンの等価性を実演する。
「いいですか皆さん! 今、裁判所のなかで仲間の権利が、行く末が決まろうとしているのです!」
群衆の数は、裁判前よりも増大していた。今も、四方八方から新たにひとが集まる。
「線をまたがないでください!」
警官の怒号がひっきりなしに響く。白線が乱される。警官が線を引き直す。事態の鎮静化は即時には不可能だと判断された。裁判が再開される。私は傍聴用の広間に戻った。ふたつの判決が下された。
笑顔は無罪。蒼白は無期懲役だった。
「どうして!キメラを使えば、十分に元に戻せるじゃないですか!」
蒼白は狂乱する。
「権利だのなんだの、全部一緒じゃないですか、なにが違うっていうんですか」
裁判官は口を開かない。蒼白は、判決が覆らないと悟った。しかし、あがいた。
「なんのためのキメラなんですか!」
* *
建物から外に出た。笑顔の姿があった。裁判から解放され、笑顔は両手を上に伸ばす。その後、またあくびをして、ふぅと短く息を吐いた。
一連の喧騒は止んでいた。集団は警官たちに誘導され、バスに向かう途中だ。”実演”のため付き合わされたキメラは、口を一文字に結び、体を震わせる。警官が、配送車まで護衛した。
キメラの配送車が発進する。笑顔と私の前を横切った。笑顔は片手を振り、
「おかげで助かったよ!ありがとう!」
と呼びかけた。
報道陣が裁判の結果を伝える。
「ただいま判決がーー、ーーーは無罪。ーーーは無期懲役。罪はーー”誹謗中傷”です。この裁判はキメラの権利。つまり我々がキメラをどう扱うか、どこまでが我々と同じだとみなす権利があるのかが焦点ーー」
裁判所から蒼白が現れる。入り口の近く、その場から動こうとしない。例の集団の最後尾が、蒼白の姿をとらえた。
集団が蒼白に頭を下げた。蒼白は首を振った。とうとう蒼白は、強制的に護送車へ押し込まれた。護送車は、罪のための施設へ向かう。
対応にあたった警官たちは、撤収作業を進める。白線を引く手押しの道具を片付ける。
「あいつらには困りましたね」
「ああ、主張ならこの線の中でやれ、って言ってるのに、何回言ったらわかるんだか」
「まぁまぁ最近はコトバを選んでるみたいですし? 野次馬に被害がなくてよかったですよ」
集団を囲んでいた白線に、警官が足をかけた。靴を力強く動かす。
「ああ、"どこにも"な」
白線は消えた。
例の集団のすべてが、バスに乗り込んだ。彼らの靴底は真っ白だった。
バスは、蒼白と同じ方向に消えていった。
不可思議定数x 第九話 「境界線を越えられるキメラ」 【終】




