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第八話 「原材料完全表示法」

 とある不思議を調査するため、とある次元の、とあるスーパーマーケットを訪れた。入口のカート置き場からカートを一台拝借し、両手で押しながら店内を物色する。広い店内は空調が利き、快適だ。お昼を少しすぎた頃で、私の他にも多数の客が訪れる。みな商品を手に取り、裏面をじっと見つめる。


 店内の端から端まで、商品棚が並ぶ。商品は法則に基づいて分類され、棚に配置される。私は最寄りの棚に近づく。棚のすぐ上の天井から、一枚の看板が垂れる。上等そうな木材に白い塗料が塗られ、電灯に照らされて表面が輝く。看板に、簡略化されたヒトの顔が描いてあった。にこりと満面の笑みを見せる。


 私は商品を適当に手に取った。袋に入ったお菓子だ。正面に内容物の写真と、商品名が躍る。くるりと手を動かし、裏面を確認する。原材料が小さな文字でびっしりと印刷されていた。



 物理的原材料一覧: 小麦粉 x%、砂糖 x%、卵 x%、……(略)……、


 


 文字はまだ続く。



 精神的原材料一覧: xxさんの調理 x%、xxさんの設計 x%、xxさんの包装 x%、xxさんの調整 x%、xxさんの運転 x%、xxさんの営業 x%、xxさんの広報 x%、……(略)……、


 xxさんの努力 x%、xxさんの応援 x%、xxさんの意見 x%、xxさんの笑顔 x%、xxさんの喜び x%、……(略)……。



 この次元では、あらゆるモノの原材料を完全に表示する義務がある。客は商品を購入する前に、裏面の原材料表示をよく確認し、買うかどうか決断する。目前の棚は、ちらほら空の箇所がある。数種の商品が品切れであった。私は原材料を手帳に記し、棚に戻した。同じ棚の別の商品をいくつか確かめ、記録した。同様の原材料であった。



 隣の棚に向かう。天井の看板にはヒトの顔が描かれ、喜怒哀楽の無いフツーの表情であった。商品を数点手に取る。袋入りの菓子。物理的な原材料はさっきとほとんど変わらない、が、相違は精神的原材料だ。xxさんのxx、の健全度がやや下がる。



 その隣の棚に移動した。天井の看板の顔は、口をへの字に少し曲げ、不満を示す。いくつか商品を確認する。先ほどより、xxさんのxx、の部分が不穏さを増す。



 調査のため、次々に棚を見て回る。隣の棚に移動するたび、天井の看板に描かれた顔は正の感情を失う。眉は下がり、瞳に涙を溜める、口を一文字に結ぶ。棚の商品を手に取る。ひっくり返して裏面の原材料に目を通す。原材料の後半は、危ない雰囲気を濃くする。



 一番端の棚に到着した。看板の様子がガラリと変わる。ボロボロの板に、濁ったペンキでヒトの顔らしき絵を描いてある。歪んだ口を大きく開け、何かを叫んでいるような。目のあたりはペンキでぐちゃぐちゃに塗りつぶされ、目から出た線が頬を通り顎まで伝う。輪郭から看板の端に向かって、幅の異なる線が飛び出す。いや、逆かもしれない。顔になにかが刺さった様子を示すのだろうか。周囲を見渡すと、ヒトがやけに多い。この棚の周りは、店内でヒトが最も密集するようだ。棚の近くに止まった客は眉間にシワを寄せて、棚を睨む。監視するようにじっとりと見つめる。棚を囲ってヒトが輪になる。彼らと同じように私も棚を観察した。瞳が鈍く痛む。



 ふいに、ひとりがその輪を飛び出した。帽子を目深に被り、真っ黒いサングラスをかけたヒトが棚に駆け寄る。帽子のヒトは棚の奥に手を伸ばす。棚を掃くように腕を大きく動かした。必死になって商品を探す。棚からちりが舞う。ヒトビトにどよめきが起こる。



「こいつ! まあぬけぬけと!」


「信じられないわ!」


「ちょっとアンタ!」


「許せない!」



 大勢に囲まれた帽子のヒトは、客から容赦なく叩かれた。店にいた他の客がはやし立てる。帽子のヒトはなんとか脱出し、ふらふらと店を出て行った。途中、そのヒトは一番端の棚を何度も振り返った。


 ヒトビトはまた輪になって、一番端の棚をじっと監視する。輪に入らないまでも、そばを通過する客も眉をひそめ、むっと口を結んだ表情になる。棚を調べたいが、無策に飛び出しても帽子のヒトの二の舞になるだけだ。私は一度、店を去ることにした。



   * * *


 


 深夜、私はスーパーマーケットに戻った。辺りが真っ暗な中、スーパーだけがあかあかと光る。店の前に差し掛かり、私は驚いた。大勢のヒトが不機嫌そうな顔で地べたに座る。彼らを刺激しないよう、足早に店内に入った。買い物客は二組ほど。会計の最中と、会計待ち。どちらもそろそろ店を去るだろう。私は、例の棚へ近づいた。



「ふう、これで誰も寄り付かないだろう」



 店長らしきヒトが、首に巻いたタオルで額の汗を拭う。昼間と打って変わり、立ち入り禁止のテープが棚の周囲に張り巡らされていた。事件現場さながらの様子だ。困った。棚に近づけそうにない。じっと棚を見つめると、瞳にわずかな痛みが走る。棚を奥から手前、上から下まですみずみまで確認する。一点、痛みが強くなる場所があった。あまりに凝視していたせいか、そのヒトはこちらに振り向いた。首に提げた名札に”店長”とあった。



「あ、あなたもですか。困ります。もう入荷はしませんからと何度も説明したじゃないですか」



 棚自体の様子は昼と変わらず、どの段もカラだ。商品はひとつも無い。



「製造会社なら、とっくに倒産しましたよ」


「そうなんですか」


「一応、棚に説明を掲示してるんですが……、読んでくれるお客様があまりいないみたいで、朝も昼も夜もこの棚の周りはヒトが集まるんですよ」



 店長は各段の前方のレールを指す。通常なら値札が貼ってある部分だ。が、値札の代わりに ”入荷予定なし ※製造会社 倒産のため”とレールの左から右まで、赤く目立つ文字が書いてあった。



「あまり強硬な手段は避けたかったんですが、ほかのお客様とのイザコザも増えてきて、それで立ち入り禁止のテープに頼ろうかと……」



 疲労の色を濃く浮かべ、店長は深いため息をつく。



「というわけで、申し訳ないのですが、別の商品をお買い上げいただくか、お引き取り願えないですかね」


「あの、ほんとうに商品は無いんですか?」


「ですから、先ほどからそう言ってるじゃありませんか」


「おそらくですが、残ってますよ」


「えっ!?」



 表情が一変し、店長が動揺しだす。



「多分、あそこ……」



 のあたりですよ、と告げようとしたがコトバが止まる。店長が慌てて私の口に手を被せた。店長はそのまま、店内を見渡す。直後、最後の買い物客が店を出て行った。店内に残るのは、私と店長と数名の店員だけだ。それでも、店長は入口の方を気にして、小声でつぶやく。



「こ、困ります。やっと過激な方たちを追い出せたのに、残っているなんて知られたら、また騒動に発展します。それに、ほ、ホントなんですか? 嘘八百で、棚を確認して、もし商品が残ってたらもらっちゃおうって魂胆なんじゃ」



 口を覆う店長の手を軽く叩き、手を口から外させた。私も店長に倣い、声の音量を最小にする。



「でしたら、私が指示を出しますから、店長さんが棚を探ってください」


「わ、わかりました……」


 


 ふたりで規制線のテープを潜り、なるべく音を立てないよう棚に近づく。棚に寄ると、わずかだった瞳の痛みが増加した。顔を動かし、さきほど強く痛みを感じた場所を探す。私は店長に向かって、棚の隙間、床の近くを指した。



「ここです」


「ホントかなあ……よいせっ」



 ぐっと手を隙間に差し込んで、店長は腕を動かす。どれだけの間カラの状態が続いたのか、大量のほこりが宙に舞う。



「あっ」



 恐る恐る、店長が手を引っ込める。ボロボロになった商品がひとつ取り出された。商品の表面には、昼間確認したお菓子と似た写真が印刷してあった。



「あなたの言うとおりです。ひとつだけ残ってました」


「みたいですね」


「なんでわかったんですか?」


「ええと、勘、ですかね」


「へえ、あなたは勘が鋭いんですね。ああ、もし、ワタシが直接取り出してなかったら……考えるだけでも恐ろしい……」



 ふるふると店長が震える。商品は激しく擦れたのか、包装に細かい穴がいくつも存在する。それから、店長が袋を揺らす度、さらさらと滑らかな音が鳴る。中身も無事ではないようだ。 



「かなり状態が悪いですね」


「この棚はよく振動してましたから。それが原因でしょうね」


「棚が安定していなかったんですか?」


「違うんです。お客さんがね、よく揺らしてたんですよ」


「へえ」


「入荷する度、大騒動だったんです。それにしても、コレどうしよう。困ったな……。そうだ。あなたが見つけてくださったので、あげますよ」



 念のため店長は周囲を見渡す。客がいないのを確かめてから、私に差し出した。私は素直に受け取った。



「ありがとうございます」


「あ、でもくれぐれも、ほかのヒトにバレないようにお願いしますね。絶対、誰の目にも入れちゃだめです。喧嘩になっちゃいますので」



 おかげで調査が円滑に進みそうだ。ボロボロの商品を見つめる。瞳がツキンと鋭く痛む。裏面を確認した。思った通りだ。看板のおどろおどろしさに見合う原材料が、裏面に並ぶ。 



「そういえば、どうして製造会社は倒産したんですか。業績不調ですか」


「えっ、違いますよ」



 目を見開き、びっくりした表情で店長はこう続けた。



「その逆ですよ。商品が入荷する度、棚を揺らしての大争奪戦! 大々大人気商品でしたよ」


「そのうち、生産が追い付かなくなって倒産してしまいました。なんでも、従業員の方がいなくなったそうで」


「甘くて甘くてとろけるような味って、大好評だったんですけどね」



 商品を見ると瞳が痛む。その痛みに耐えながら、原材料を手帳に記した。



 物理的原材料一覧: 小麦粉 x%、水 x%、塩 x%、油 x%、 以上。


 精神的原材料一覧: xxさんの悲しみ xx%、xxさんの痛み xx%、xxさんの苦しみ xx%、xxさんの不幸 xx%、……



 包装の端の端まで原材料が示してある。印刷面ギリギリの文字量だ。記し終えたところで、私は商品を表に返す。ほっと一息ついた。あっ、と思い出したように店長が呟く。ちょっと待ってくださいと私に告げ、店長は店の奥に走った。



「いやー危ない危ない。いつも配ってたのに忘れるところでした。はい、これで原材料は全てですよ。法で決まってますから。全部、知りたいですもんね」



 数回折った紙を受け取った。紙を広げる。原材料の続きがあった。 



 精神的原材料一覧: xxxさんの悲しみ xx%、xxxxさんの悲しみ xx%、xxxさんの痛み xx%、xxxさんの苦しみ xx%、……




 文字は延々と続いた。



不可思議定数x 第八話 「原材料完全表示法」 【終】

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