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第六話 「一方通行の交差点」

 誰もいない交差点、幼い少年の声が聞こえる。



「だめだよ。きみはこっちにきちゃだめ」 


「よるはここはあぶないよ」 


「ほら、はやくいくんだ」 


「ぼくみたいになっちゃうよ」 



   * * *



 私は研究所の自席で、報告書と向き合っていた。ううん、と頭を悩ませながらペンを動かす。ああ、また間違えた。腹立ち紛れに手をぐるぐると動かせば、紙の上に黒い物体ができあがる。私は、こういうショルイシゴトは苦手だ。新しい紙を取ろうと引き出しに手を伸ばした瞬間、


「じゃあん」


 部長が私に封筒を差し出した。次の調査案件だ。私は封筒を受け取る。


「マトウくんにぴったりの案件だよ」


「どうも」


「夜な夜な、ユーレイの声が聞こえるアブナイ交差点、だって」


 封筒を裏返し、玉紐をほどく。中身の書類に目を通す。日が落ちると、幼い少年の声が聞こえる不思議な交差点。少年はx年前に交通事故で亡くなった後、ユーレイになって交差点に住み着いた。太陽が沈んでから昇るまでの間、交差点に近づくと少年が語りかけてくる。そして、そのまま交差点に留まると、体に傷を負うらしい。


 少年が喋るコトバについても記載があった。少年は夜に交差点を訪れるヒトに対し、同じコトバを囁き続けるという。部長は自分の席に戻ると頬に手をついて、


「その少年のさ、コトバだけど、どう解釈すればいいんだろうね」


 と言った。



   * * *



 次元遷移を経て、現地に到着した。交差点近くの路地裏に送られたようだ。カバンから地図を取り出し、それを頼りに交差点に向かう。すぐに交差点は見つかった。視界に入れた瞬間、瞳が僅かに痛む。目を少し細める。連動して口角が上がった。私は交差点を見渡す。狭くて曲がった道、加えて見通しが極度に悪い。交差点の周りは建物が密集している。住宅ではなく、ほとんどが店だ。他にも、交差点には事故を誘発する要素がいくつも見受けられた。信号機の根元に花が供えてある。まだ新しい。包装紙が風に揺れている。信号機の隣には、大きな看板。”道路工事 日程調整中。諸々の事情のため、工事を延期しております。……夜間は迂回を強くお勧めします。……何が起こっても責任はとれません。”


 


 この交差点が”不思議”になった背景はこうだ。


 x年前、悲しい事故が起こった。被害者は幼い少年。目撃者は少年の弟。夜、夏のxxxの帰り、兄は弟の小さな手を引き横断歩道を渡っていた。歩行者用信号は青だった。しかし、信号無視の車が猛スピードで駆けてきた。兄はとっさに弟を突き飛ばす。弟は助かったが、兄は無残な結果となった。 


 数日経って、ハンニンは自首し逮捕された。ハンニンが捕まった後、兄はユーレイになって交差点に現れた。


 兄は夜な夜な、交差点を通るヒトに話しかける。兄のコトバが聞こえているのに、交差点を去らないニンゲンは痛い目にあう。誰の姿も見えないのに、体のどこかに傷がつく。事故が起こってから、ここは”不思議”で恐ろしい交差点になった。x年経った今でも、少年はユーレイになって夜毎交差点に出現する。



 まだ昼だからか、交通量がかなり多い。狭い道路を絶え間なく車が行き交う。交差点に立っても、今はなにも聞こえない。ヒトビトも車もただただ交差点を通り過ぎる。ときおり、花に向かって弔意を示すヒトがいた。少年が現れるのは夜だ。それまでに情報を集める。少年のコトバを解釈する手がかりを探そう。



 交差点から離れる。子どものはしゃぐ声が聞こえた。交差点の近くに広場がある。三角形の小さな土地に、少数の遊具と少しの緑。土地が足りない中、申し訳程度になんとか作りましたという印象を受けた。広場で子どもたちが遊びまわる。すぐそばを車が通る。もし、子どもがボールでも夢中に追いかけて道路に飛び出してしまえば、少年の二の舞になりそうだ。親たちは広場を囲うようにして立ち、子どもたちの様子を見守っていた。私は、親のうちのひとりに交差点の少年について尋ねた。




 解釈その一・近所の主婦



 教えてくれてるのよ。悲しい事故に逢う子が、もうこれ以上でないように。他の子が同じ目に逢わないよう、教えてくれてるの。『よるはここはあぶないよ』っていうのはね、夜に交差点にいると危ないよって意味よ。『きみはこっちにきちゃだめ』、なんて……、なんて良い子なの。ほかの子どもがあっちに行かないように、もう二度と、事故が起きないように教えてくれてるのね。それに、他の子が事故に逢わないか心配で、交差点から離れられないのよ。そうに決まってるわ。



 前からね、わたしらはあそこの交差点は危ないから工事してくれ、って頼んでたの。もっと早く工事すればよかったのよ。それにしても、弟さんも気の毒だったわね。まだとても小さかったから。毎日、交差点に来て、お兄さんの姿を探してるんだって。でもね、声しか聞こえないのよ。お兄さんとそっくりの弟さんよ。もう大分背も大きくなって……。本当、悲惨な出来事だったわ。絶対に繰り返しちゃいけないわ。



 さ、暗くなる前に帰るわよ。まだ遊びたい? あんた! あの子が今でもあんたたちを心配してるっていうのに! ほら帰るよ! 





 主婦は、我が子の手をひっぱり帰っていった。だんだんと日が暮れる。他の子どもたちも、まだ遊び足りないと駄々をこね、不満げな表情だったが、親に連れられ去っていく。広場から子どもが消えた。


 改めて交差点を観察する。道が狭く、曲がりくねっている。信号機も古く、視認性が良くない。金属部分は錆で赤茶に変色していた。小さな交差点にしては標識、看板が多い。そのどれもが事故の注意を促す内容だった。


 太陽が沈むにつれ、車の数は激減した。事故の起こりようがないほどに減った。ヒトの姿も無い。みな、少年を怖がってこの交差点を避けているらしい。日が完全に落ちてから、また交差点を訪れよう。私は、いったん宿に向かった。





 交差点から一本奥に入った道を歩く。宿に行く途中、交差点周りの店の前を通ったが、どこも早々に店を閉めていた。少年のせいで、車もヒトも来ないので店を開けていても意味がないのだろう。細い道を数分進んだ先に、古ぼけたホテルがあった。外壁がくすみ、ヒビが入っている。辺りではこのホテルだけが営業中で、玄関のガラス戸から蛍光灯の明かりが漏れ、夕闇にポツンと、淡く光っていた。


 玄関の戸を手で押して開ける。ギギギとわざとらしい音が鳴った。静かで薄暗い受付。カウンターにひとり従業員の姿が見える。従業員は私に気づくと、口を大きく開けてあくびをした。受付の天井、蛍光灯が点滅する。鉢植えの、枯れかけた観葉植物がいくつか壁沿いに置いてある。長椅子が数点。座面に、やけに綺麗に穴が開いていた。受付の横、通路の奥に食堂が見える。まだ夕食には早いのか、食堂は真っ暗だ。食事を用意する音がうっすら聞こえる。全体的に重苦しい雰囲気だ。経営状況がよろしくないか、それとも別の理由か。従業員は私に向かって、


「雰囲気が出るだろ?」


と高らかに宣言した。


「雰囲気……」


「あんたも交差点が目当てだと思ったけど。まあいいや、これに記入してくれる?」


と書類を差し出した。ペンを動かす間、従業員に少年のコトバの意味を聞いた。




 解釈その二・ホテルの従業員



 寂しいんじゃないの。そりゃだって、小さいときにいきなり死んじゃったんでしょ? まだまだ遊びたかっただろうね。寂しいに決まってるよ。ハンニンはすぐ捕まったけど、その子が生き返るなんて無理じゃない。だから誰かの気を引いてる。誰かをちょこっとでも傷つけたら、みんな注目するでしょ。でも夜しか出てこれないんでしょ? それ以外の時間はひとりぼっちなわけだ。そりゃ寂しいでしょ。まあこんなことが続いてると、週刊誌とか、いろんなとこでずーっと事故が特集されてるからオカルト好きの客が絶えなくて。うちはありがたいけど。まぁ、そういう意味では寂しくなくなったかもね。 


 弟? ああ、学校が終わってから、交差点に毎日来てるよ。何年も経って、成長して大きくなったよね。うちのお客さんとけっこう喧嘩してるよ。早く帰れ! って面白半分の見物客を追い返してるみたい。 




「で、やっぱりあんたもそれ目当て?」


「まあ、一応は」


「ふうん。あの事故があってから、あんたみたいなオカルトマニアとか、肝試し野郎にうちのホテルは大好評よ。で、受付もね、雰囲気が出るように改造したの」


「はあ」


 


 手続きが終わり部屋に向かう。部屋の奥、窓から外を覗くとちょうど交差点が見えた。車もヒトもいない。しかし、これだけ離れていても、瞳が反応した。少年のxxは思いのほか強力らしい。目がほんの少しだけ痛む。完全に日が落ちるまで、まだわずかだが時間がある。英気を養っておこう。私は手帳に情報を軽くまとめた後、ベッドに寝転がった。





 夜が訪れた。太陽は丸々沈み、すべてが真っ暗だ。少々寝すぎたかもしれない。一階に降りると、”雰囲気”のある受付が私を出迎える。誰もいない。”休憩中 ご用の方は鳴らしてください”と札が置いてあった。札の横に呼び鈴とプラスチックのカゴ。カゴの中身は消毒液と絆創膏だ。私は玄関のガラス戸を押し、外に出る。まっすぐ交差点に向かう。エンジン音も、足音も、話し声も、なにひとつ聞こえなかった。遠くの物音が少々耳に入るぐらいだ。



 交差点に着いた。街灯は少なく、まともな光源は信号機ぐらい。信号機の古い電球が交差点の一部を頼りなく照らす。それ以外は真っ黒だ。広場のわずかな木々が、風で葉をこすりあわせる音が耳に届く。私は信号機の近く、お供えの花の脇に立った。カバンから手帳を取り出し、精神を集中させる。交差点の方々へ視線を向ける。瞳が痛む。横断歩道の真ん中を見つめた。激しい痛みを感じる。昼間の比ではない。ここにはひときわ強いxxがある。そのとき、声が聞こえた。


 


『……だめだよ。きみはこっちにきちゃだめ』


 幼い少年の声だ。とてもか細い声。注意を払っていないと聞き逃してしまいそうだ。瞳の痛みが増大し、眼球を突き抜けて後頭部まで抜ける錯覚がする。激痛に耐えながら、周囲を見渡す。誰もいない。


『よるはここはあぶないよ』


「いてっ」


 暗闇の中、赤い線が腕に走る。三センチほどの長さだ。皮膚が浅く切れている。傷口に血がにじむ。瞳とは別の、じくじくとした痛みを感じた。


『ほら、はやくいくんだ』


 少年の声は穏やかだ。怒っているようでも、悲しんでいるようでも、からかっているようでもない。真意が読めない。交差点に留まっていると、傷が増えていった。徐々に傷の程度がひどくなる。傷口がより深く、より長くなる。


 


『ぼくみたいになっちゃうよ』


「教えてくれ。君は……」


 私が少年に問いただそうとした瞬間、腕を強く引っ張られた。


「おいアンタ! 何やってんだ!」


 振り返ると、フードを被った短髪の青年が私を睨んでいる。


「死にたいのか!」


「いや、私は、少年に聞きたいことがあって……」


『だめだよ。きみはこっちにきちゃだめ』


 抑揚のない幼い声。どこか舌足らずな少年の声。


『よるはここはあぶないよ』


 少年は同じコトバを繰り返す。攻撃はさらに激しさを増す。私も青年も、体に傷が増えていく。瞳が破裂しそうなほど痛む。顔を動かし、目で少年の位置を探ろうとするが、青年に腕を引っ張られ、なかなか位置が特定できない。傷口から垂れた血が腕や足を伝い、地面に落ちる。


『ほら、はやくいくんだ』


「兄ちゃん! こいつを殺しちゃダメだ!」


 青年は空を見上げ叫ぶ。


『ぼくみたいになっちゃうよ』


「それは、どういう意味で……」


「おいアンタ! いいからこっちに来い!」


  


 


 


 青年に引きずられ、私は交差点を後にする。距離にして十数メートルほど移動した。交差点から離れるにつれ、目の痛みは治まった。私と青年は道路脇に座り込んだ。交差点を遠目に見ることはできるものの、少年の声は全く聞こえない。血が垂れ、道路にぽたぽたとシミを作る。体中に大小さまざまな傷を負った。さんざんなありさまだ。


 交差点を遠くから眺める。少年は交差点から去ったヒトを追いかけたりはしないようだ。少年が活動できる範囲が限られているのかもしれない。短髪の青年は、背負っていたリュックを地面に下ろすと、消毒液、ガーゼ、絆創膏を取り出した。青年は消毒液をガーゼに垂らし、私に近づける。先に君の手当を、と言ったのだが、彼は首を縦に振らない。私を手当てしてから、自分の傷を処置すると譲らなかった。


「沁みるぞ」


「……すまない」 


 


 老朽化した照明灯が、彼を照らす。彼の体は絆創膏だらけだ。青年は私の処置を終えると、自らの手当を済ませた。短髪の青年は、少年を”兄ちゃん”と呼んだ。おそらく、彼は少年の弟だろう。あまり目立たない恰好をして、彼はフードを目深に被っている。


「アンタ、これでわかっただろ。死にたくなかったら夜に交差点へ近づくな」


 リュックを背負いなおすと、その場に立ち上がり、青年は交差点に向かって歩く。私も彼に続く。手帳を開き、ついさっきの出来事を詳細に書き留める。


「ついてくるなよ」


「君が、交差点の少年の弟?」


「……そうだが。いや、だからアンタもう帰れよ。危ないって言ってるだろ」


「私は少年に聞きたいことがあるんだ」


 青年は私を振り返る。私の手帳を見て、


「アンタ、どこかの記者か? それともただのオカルトマニアか」


 と興味を示した。


「まあ、そんなとこだ」


「ふうん。記者だったらありがたいけど」 


 交差点から少し離れた位置で、青年はピタリと止まる。私は、彼を追い抜き交差点に近づこうとした、が。


「おい。それ以上近づくな」


 肩を強い力で掴まれる。どうやら、少年の影響が及ぶ範囲はここまでのようだ。青年は範囲ギリギリで、交差点を監視する。無謀にも交差点に近づくヒトがいないかどうか見張っているらしい。


「アンタが記事を書きたいのなら俺が協力してやる。なんでも答えてやる。だから、命が惜しかったら、夜に交差点に近づくな」



「俺は、兄ちゃんになんの罪も無いひとを殺してほしくないんだ。頼むから、兄ちゃんを悪者にしないでくれ」


 


   * * *


 


 青年の必死なお願いに、私はひとまずホテルに戻った。夜が明けた。交差点を訪れたが、なんの声も聞こえない。瞳はほんの少し痛むだけ。夜になれば、少年がまた現れるだろう。日が暮れるまでの間、情報収集をして過ごす。まず、信号機隣の大きな看板が目についた。道路工事の延期を知らせる看板だ。下部に、工事業者の連絡先が載っている。手帳に記した。


 交差点の隅にもうひとつ看板が。連続無事故日数を知らせる看板だ。けっこうな日数、無事故を達成しているらしい。日が落ちてから昇るまで、そもそも車もヒトもほとんど交差点を通らないから、余計に事故が起こりにくいのだろう。看板の前を通り過ぎた主婦が、あの少年のおかげね、と呟いた。広場を横目に、業者へ向かう。広場は昨日同様、子どもたちで賑わっていた。夜とは打って変わり、子どもたちの元気な声が交差点まで響く。


 工事業者までの道すがら、いろいろな媒体が目に入ったが、そのうちのいくつかにあの交差点が登場していた。事故の悲惨さを訴えるものだったり、はたまたオカルト色が強い感じだったり。弟君が映像に登場することもあった。ハンニンが捕まり、x年経った今でも、ヒトビトの興味を引き、記憶に根強く残っているようだ。そうこうしているうちに、目的地に着いた。




 解釈その三・工事関係者


 


 邪魔をしてるんだよ。そりゃあ、恨んでいるんじゃないのかな。自分は事故に遭って、その、死んじゃったのにさ。工事で道路が安全になれば、他のヒトは事故に逢わなくなる。うらめしいだろう。だから工事の邪魔をしてるんだ。……弟さんには言えないけどね、本当に困ってるんだよ。なんたって工事が進まないし、うん、夜に作業していたやつがケガをしたんだよ。ああ、少年のせいでね。それに、一部地元民の反対があるんだよ。あの少年が住み着いている交差点を壊すのか!……ってね。はあ……。そういう専門家を呼ぼうにも、抗議の声が強くてね。だから、いろんな理由でずっと工事が延期になってるんだ。でもね、『よるはここはあぶないよ』って、少年が言ってるだろう? たしかに危ないんだよ。あそこ、事故がもともとすごく多かったから。


 ああ、弟さん? 良い子だよ。丁寧な子。『兄のことですみません。きっといつか落ち着きますから、もうちょっと待ってください』っていつもワシらに頭を下げてるんだよ。そうそう。ハンニンといえば、最近刑務所から出てきたんだって。一度でいいから少年に謝ってくれないかなあ。それで少年の怒りが消えれば、工事が進むのに。弟さんだって、謝罪を望んでるんじゃないかな。





 工事業者に礼を言い、次に警察署へ向かう。途中、ヒトビトとすれ違う。交差点の少年について噂話が聞こえる。みな、口々に自分の解釈を言う。私はそれぞれの解釈を手帳に書き留めた。警察署に到着した。


 


 


 


 解釈その四・警察官



 何かを隠しているような気がします。……、あの、僕が喋ったと誰にも言わないでくださいよ。たしかに、あの事故はハンニンのすぐの自首で解決しました。しかし、捜査が不十分なところがあったのです。奇妙な点がいくつか……。少年が警察にも牙を剥くので、調査ができず、不明点がそのままになっています。謎を解明する機会をうかがっていますが、見通しが立っていません。もしかして、知られたらマズイなにかがあるのではないでしょうか。それを隠すために、夜な夜なあの交差点でヒトを襲っているのです。いいえ。子どもだからといってわかりませんよ。何か隠したいことがあるのかも。だから、『ほら、はやくいくんだ』と言っているのでは。つまり、なにかが明るみになったら困るから、はやくどこかに行け、と少年は急かしているのでは。


 弟さんですか。ええ、捜査にいろいろと協力していただき、感謝しています。彼は当時、ハンニンを絶対に捕まえたい、と泣いていました。責任を感じているのでしょう。新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、さまざまな媒体に協力してたみたいです。その甲斐もあってか、ハンニンはすぐに自首しました。最近、刑務所から出てきましたよ。今でも弟さんは、積極的に取材に協力しているそうです。弟さんなりに、事故を風化させたくないのかもしれません。


 


 


 


 警察署を出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。少年が現れる頃合いだ。私は交差点に向かった。


 弟君がすでに交差点の近くに立っていた。誰かが迷い込んでこないよう、物陰からしっかりと見張る。昨日と同じような格好だ。派手ではない服装に、フードを深く被り、リュックを背負う。私は彼に声をかけた。


「やあ」


「アンタ、昨日のオカルトマニア記者! ここには来るなっていっただろ!」


 私は別にオカルトマニアでも、記者でもないが特に訂正はせず、弟君の近くに立つ。耳をすませても、少年の声は聞こえない。


「私は少年について調べているんだ。だから来るなと言われても困る」


「けっ。どいつもこいつも勝手なやつだ。俺の兄ちゃんで適当なことを。はぁ、わかったよ。俺が知ってることなら喋るから、だから早くどっかに行ってくれ」


 おコトバに甘え、弟君に数点質問をした。



 まず、事故について。x年前の夏、xxxに行った日の夜だった。弟君はお兄さんと手をつないで帰っていた。例の交差点で、歩行者信号が青になったのを確認し、左右を見て、横断歩道を渡ろうとした。しかし、信号無視の車が全速力で横断歩道に突っ込んできた。お兄さんは弟君の体を押し、弟君を助けた。お兄さんは車に轢かれ、xxxxになった。ハンニンは救護もせず、そのままの速度で現場を去った。目撃者が弟君以外誰もいない。捜査は難航した。迷宮入りするかと思われた数日後、ハンニンが突然自首した。天涯孤独のハンニンだった。ハンニンは、自分がやりました、とだけ喋り、後は黙秘を貫いた。凶器の車も結局見つからなかった。いくら尋問されても、ハンニンは何も語らなかった。


「この間出所したらしいけど。ここには来ないでほしいよ」


 と弟君が呟く。



 次に、お兄さんについて。弟君曰く、自慢のお兄さんだったそうだ。泣き虫な弟の世話を焼く、とても優しいお兄さん。弟君はどこに行くにもお兄さんの後をついていき、ふたり仲良く、いつも一緒だった。ハンニンが自首し、その少し後、お兄さんはユーレイになって交差点に現れた。日が落ちてから交差点に近づくヒトを、無差別に傷つけるようになってしまった。弟君やご両親、他の親しかったヒトがいくら語りかけても、無駄だった。ユーレイになったお兄さんはかつての大切なヒトまでも傷つけてしまう。x年たっても、声は当時のまま、幼い少年のままだった。


 


 最後に、弟君について。弟君はお兄さんのために、毎夜交差点を見張る。地元のニンゲンなら、日が沈んでから、交差点に決して近づかない。けれども、オカルト好きなヒトビトや、どこかから噂を聞きつけた記者、向こう見ずな肝試し野郎、引っ越してきたばかりで何も知らないヒト。さまざまなヒトが、たまにこの交差点を訪れる。弟君はそれらのヒトを、体を張って交差点から引きはがす。弟君は満身創痍だ。何か所かは傷が完全に治らず、痕になっていた。


 


「君、けっこう無茶しているんだな」


「だって俺、兄ちゃんのこと好きだもん。兄ちゃんが、全然罪のないひとを殺しちゃったらタイヘンじゃないか。ハンニンと一緒のとこまで堕ちちゃうよ」


「もう一度、君から説得をしてみるのはどうだろうか。これ以上、ひとを傷つけないように」


「……実は今でも、たまに話しかけるんだけどね。……無理なんだ」


「そうか」


「兄ちゃんとは、ユーレイになった直後、少しだけ会話みたいなのができたけど、攻撃を止めるのは無理だった。会話っぽいのができたのは、ほんと少しの間だけ。それ以外は、ろくに意思疎通できてないんだ」


 彼の語尾がだんだんと小さくなる。


「そうか、色々と答えてくれてありがとう。辛いことを聞いてすまなかった」


「良いよ別に。もう慣れたから。アンタのほかにもたくさん取材は受けてきたし」




 私は手帳を広げ、これまでの情報を書き留めた。


「で、アンタのとこの雑誌さあ、どれくらいの部数なの? 多いの? 少ないの?」


 不思議だ。弟君は雑誌の名前よりも”部数”を訪ねてきた。雑誌名を聞かれると、ごまかしがより必要なので私としても困るのだが、何故部数なんだろう。私は本当は記者ではないので、テキトーに答えるしかない。


「ええと。……多い」


「へえ、良かった。あのさ俺の記事さ、大々的に宣伝してよ。こういう悲惨な事件は風化させちゃダメなんだ」 


 彼は交差点の方を向いて、顔を左右に動かす。お兄さんを探しているのか、しかし、誰の姿も見えない。辺りは暗く、しんと静まり返る。



 私は、手帳の新しいページを開く。さて、本題に入る。


「で、お兄さんのコトバの意味だけど」


「待って、誰か来た」 


 コツンコツン、と足音が微かに聞こえる。交差点の向こうからだ。ヒトの影が暗闇から浮かび上がる。誰かが背を丸め、ふらふらと頼りなく歩く。両手で、小さな花束を抱えていた。


「あのひと……」


 弟君は、目を丸くする。 


「知り合いか?」


「あのひと、ハンニンだ。最近出所した……どうしてここに、何しに来たんだよ」



 ハンニンは涙を流し、迷いもせず、交差点に直進する。少年の影響範囲に入ったようで、ハンニンの体に傷がつく。ハンニンはそれでも進み、ちょうど、横断歩道の真ん中で立ち止まった。体勢を崩し、地面に両膝をついた。ハンニンは大声で叫ぶ。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 彼の体が赤く染まっていく。


「まずい、止めないと! おいマニア! アンタも手伝え!」


 弟君は全力で走る。私もついていく。少年の声が聞こえる。瞳が痛い。激痛に思わず目を瞑りそうになるが、なんとか目を見開く。


 


「兄ちゃん! こいつを殺しちゃダメだ!」


『だめだよ。きみはこっちにきちゃだめ』


「わたしのせいで、君はここに残っているんでしょう!」


 ハンニン、弟君、私の皮膚が次々に刻まれる。鉄の匂いが広がる。私と弟君で、ハンニンの両腕を掴むが、ハンニンは交差点を離れようとしない。私たちの血と、それからハンニンの涙が地面に染みこむ。ハンニンは怪我など微塵も気にせず、頭を振り乱し、少年を探す。少年の姿は一切見えない。


「わたし、警察に言えなかったんです。嘘をついたんです!」  


『よるはここはあぶないよ』


「しょうがなかったんです!」


『ほら、はやくいくんだ』


「ごめんなさい……、ごめんなさい!」


『ぼくみたいになっちゃうよ』




 涙を流し謝罪を続けるハンニン。少年はハンニンに対しても穏やかな声で、いつものコトバをずっと繰り返す。声の平静さに反し、傷の程度は過激さを増していく。そろそろ、命があぶない。


「頼む! 償いになるのなら、わたしをそちらへ連れて行って!」


『だめだよ。きみはこっちにきちゃだめ』


「なに馬鹿なこと言ってるんだ! 兄ちゃんはそれを望んでねえよ!」


 ふたりがかりでやっとハンニンを範囲外まで連れ出せた。みな、全身血だらけだ。ハンニンは道路脇でうずくまったまま、嗚咽する。私と弟君で手分けをして、全員の処置を済ませた。


「あんた、どうしてここに来たんだ」


 弟君がハンニンに問いかける。


「うう、うう……」


 ハンニンは、手にぐしゃぐしゃの花束を握りしめたまま、ぽつりぽつりと喋りだした。


 


 


 


 解釈その五・ハンニン


 


 少年は、わたしを思いやってくれてるんだ。わたしごときの命で償いになるのなら、となんとか決心したが、少年のあのコトバ。『きみはこっちにきちゃだめ』、なんて……ああ、わたしが代わりにそっちにいけるのなら、どれだけいいか。優しい子だ。本当に申し訳ない。あのとき、わたしの行動は間違っていた。少年はきっと、無念で、わたしを憎んでいるだろう……。


 君は、あの時の……弟さん、だよね。ずっとこの交差点で、他のヒトを守ってるって聞いたよ。ごめんなさい。本当にごめんなさい。



 号泣しながら、何度も何度も謝るハンニン。弟君はハンニンの手から花束を取り上げた。


「あんたの言いたいこと、兄ちゃんはわかってるから」


「え」


「あんたはもう、どこか別の、遠い場所で、幸せに暮らしてくれ」 


「し、しかし。まだわたしは……罪を償えてない」


「いいんだ。だから」



「もう、ここには近寄らないでくれ。頼むから、それが兄ちゃんのためなんだ」


  


   * * *


  


 日が昇る。昨夜、弟君に説得され、ハンニンは去った。最後まで、ハンニンは謝罪のコトバを口にしていた。名残惜しそうに、幾度も交差点を振り返り、重い足取りで暗闇に消えた。


 交差点の信号機の根元に、ぐしゃぐしゃの、少ししおれた花束が供えてあった。近くの広場では、子どもたちが元気よく遊ぶ。甲高い声が交差点まで響く。念のためだ。彼らにも話を聞いた。


 


 


 解釈その六・広場で遊ぶ子ども


  


 独り占めしてるんだよ! イヤなやつ! ユーレイになってさ、広場や道路を独り占めしてるんだ! おれたちだってもっと遊びたいのに。ママやパパは危ないから早く帰りなさいって。ふん! あのユーレイも言ってるじゃん。『ほら、はやくいくんだ』って。それってはやくどっか行け、って意味でしょ! ふん! ランボウなやつ。うっかり夜にここを通った友達がケガしてから、ママたちはもっときびしくなったんだ!


 弟? あのでっかいお兄ちゃんのこと? 怖いよ! めちゃくちゃ怖い! ユーレイと同じぐらいね! ママとパパにナイショで、ちょっとでもおそく遊んでると、すっごく怒ってくるんだ!


 


 


 子どもは友達に呼ばれ、遊具へ駆けて行く。広場の木に背を預け、情報を整理する。少年について、それぞれの解釈をまとめる。



 主婦は、”危険を教えてくれている。”


 ホテルの従業員は、”寂しがっている。”


 工事関係者は、”工事の邪魔をしている。”


 警察官は、”何かを隠してる。”


 ハンニンは、”ハンニンを思いやっている。”


 子どもは、”広場や道路を独り占めしている。”



 うーん。解釈がてんでバラバラだ。手帳のページをめくり、昨日、警察署に向かう途中にすれ違ったヒトビトの解釈も確認する。まあどれもが、見事にバラバラである。正解があるのかないのか。少年に直接質問ができればいいのだが、実の弟君ですら難しい。次の一手を考え込んでいると、いつしか夕方になっていた。子どもたちは家に帰り、広場には誰もいない。車の交通量が減る。



「あれ」


 交差点、信号機の近くに弟君の姿があった。黒い学生服に身を包み、隣に誰か立っている。その誰かは私と同じように手帳を手に持ち、弟君と話をする。数分ののち、彼らは解散した。



「さっきのヒトは?」


「ああ。アンタと同じようなヒト。兄ちゃんの事件を記事にしたいんだって」


「へえ」


「ただ、ちょっと雑誌の規模が小さいみたい」


 弟君は不満げな表情を浮かべる。警察官が言っていた通り、弟君はお兄さん絡みであれば、取材に極めて協力的なようだ。


「アンタもちゃんとした記事に仕上げてよ」


「え、ああ。心配するな」


「じゃ。俺、家に帰ってちょっと寝てくるから。準備もあるし」


「ああ」


 彼は足早に去っていった。私も一度ホテルに戻り、仮眠をとった。


 


 


 


 夜。真っ暗闇な交差点、信号機の明かりが横断歩道をほのかに照らす。弟君は地味で目立たない服装に着替え、リュックを背負い、交差点近くに立つ。彼は今日も、交差点を監視する。


「一昨日はアンタ、昨日は……。はあ。今日はもう、誰も来ないで欲しいよ」


 弟君はため息をついた。彼の体には、絆創膏が多数貼りつく。弟君に本題を切り出そうと口を開いた。ブロロロロとけたたましい走行音が辺りに響く。耳と頭が痛い。手で耳を覆い振り返ると、相当派手な色の車が我々の背後に止まった。車のライトがギラギラと過剰に光る。まぶしい。光は我々を通り越して、交差点をあかあかと輝かす。


 


 一連の様子に、弟君はこれでもかとしかめっ面を作った。騒々しい車をキッと睨みつける。運転席と助手席から、誰かが降りてきた。逆光でよく見えないが、ひとりは、帽子を被りサングラスをかけた地味な服装のヒトだ。もうひとりは、風変わりな恰好だ。なにかの骨をたくさん括り付けた縄で、頭をぐるりと囲んでいる。白い髪はぼうぼうに長い。色とりどりの布を体に巻き付け、大股で歩く。両手に、長い木の棒を持つ。棒の先端に金色の丸い部品が多数くっつき、その金色の下に紐が何本かプラプラとはためく。風変わりな方が動く度、丸い部品が不思議な金属音を奏でた。


 


 ふたりはこちらに向かって、まっすぐ歩いてきた。


「あの、あなたたちは?」


 私がサングラスに問いかけた。が、サングラスは私を無視し弟君に話しかける。


「君が、交差点のユーレイの弟ですね」


「……そうだけど」


 弟君はふたりを警戒し、上から下までジロジロと眺めた。


「君、よくいろんなところに出演してますよね。ワタシ、いつもこの事故について目にしますよ」


 サングラスと弟君の横を通り、風変わりなやつが交差点に近づこうとする。


「ちょっとあんた! 交差点には近寄らないでください! 危ないので!」


 慌てて弟君が手を伸ばし、風変わりなやつの腕を掴む。サングラスがふたりの間に立ち、弟君の腕をゆっくりと剥がした。サングラスは言う。


「とっても危ないのは知っています。このままでは安心できません。だからワタシが、その道の専門家を呼んできました」


 風変わりなやつ、もとい専門家は、目をかっぴらき交差点をまじまじと見つめる。両手の棒を高く掲げ、ぐるぐる回す。不思議な音がうるさく鳴り響いた。



「むむむむ。感じる。感じるぞ。この世への未練と……」


「ワタシが苦労して専門家を探したんですよ。これで、ユーレイは綺麗さっぱり消えるでしょう」


「なにを勝手なことを、そんなの誰も頼んでない!」


 声を上げる弟君を、サングラスがなだめる。


「いいからいいから。お代は心配しなくてよろしい。もちろんワタシが払いますから。ほら、専門家さん。一思いにどうぞ」


「むむむむ。任せなさい」


「ちょっと! 待って!」



 サングラスと専門家は、弟君の制止を振り切り駆けだした。私と弟君は彼らを追いかける。瞳に激痛が走る。思わず目を押さえ、その場にがくりと膝をついた。


「おい、マニア、大丈夫かよ! マニア!」


 弟君は私を心配し、駆け寄ってくる。この次元にやってきて一番激しい痛みだ。視界が歪み、頭が揺れる。意識が遠のく。


『だめだよ。きみはこっちにきちゃだめ』


 少年の声が聞こえる。どうやら範囲に入っていたらしい。体に傷がつく。今までよりもずっと速く。なんとか立ち上がり、サングラスと専門家の方へ移動する。彼らは横断歩道の上でウロウロしていた。時折、腕や足を押さえる。少年の攻撃は、無差別にヒトを襲う。


「むむむむ。ユーレイはここにいる!」


 専門家が飾りのついた棒を宙に掲げ、ある方向を指す。そして、狂ったように振り回す。


「ま、まずい兄ちゃんが! 兄ちゃんが!」


「……あいつ、ニセモノだな」


「えっ、そ、そうなのか?」


「ああ」


 私の瞳が、交差点のある一点に強く反応する。全く異なる場所に向かい、専門家は棒を振る。専門家の腕に赤い線が増えていく。いつの間にか、サングラスは専門家を置き去りにし、自分だけ範囲外まで離れていた。交差点の向こう、サングラスは安全地帯から専門家の行方を見守る。


『だめだよ。きみは、きみはこっちにきちゃだめ。きみはだめ』


 少年のコトバがほんの一部変わった。弟君はすぐに走り出し、専門家に掴みかかった。


「おいマニア! 手伝え! 兄ちゃんからニセモノを引き離さないとまずい!」


「わかった」


 ふたりがかりで、なんとか専門家を引きずり出す。途中、怪しげな棒が交差点に落ちた。サングラスが安全圏から叫ぶ。


「君! 邪魔をするな! ユーレイが消えれば安全になるんだ! 専門家を止めないでくれたまえ! 大金を払ったんだぞ!」


「うるさい! 俺は兄ちゃんを止めてるんだ!」


 少年の範囲から、命からがら逃げだせた。専門家の服はもうさらにボロボロで、あらゆる場所に血がにじむ。専門家はうなり声を上げ、地面に転がり、痛がった。弟君は処置をした。専門家は、


「むむむむ。こ、こんなはずじゃ。ここまで獰猛だなんて聞いていません。わたくしは逃げます」


 と、弟君に礼も言わずに退散した。


 派手な車の、いやに眩しいライトが私と弟君を灼くように照らす。弟君は車をじっと眺める。そして彼は目を見開き、息を呑んだ。


 


「クソ! じゃあワタシがやる!」


 サングラスは交差点まで駆ける。棒を拾い、四方八方、乱暴に振り回す。金属が奏でる不気味な音が耳に入る。


「消えろ、消えろ!! いてっ、クソガキが! 今すぐ消えろ!」


 少年の攻撃は、サングラスに集中する。サングラスの体が傷まみれになる。弟君はサングラスに近づいた。私もついていく。しかし、弟君は少年の範囲に一歩入ったところで立ち止まる。弟君も私も傷がどんどん増えていく。瞳も痛いし、全身も痛い。切り刻まれて、バラバラになりそうだ。


『ぼくみたいになっちゃうよ』


「兄ちゃん! こいつが……」


 弟君の叫びと同時に、少年の声がパタリと止んだ。カランと音がする。サングラスが、長い棒を地面に放り出した。


「く、くくくくくく。あーはっははは。やった! あのクソガキ、やっといなくなった!」


「に、兄ちゃん……。本当に……?」


 サングラスは下品な笑い声をあげる。状況が読めない。専門家はニセモノでも、怪しい棒はホンモノだったのだろうか。弟君はグッと両手を握りしめ、震えている。


「おい、マニア。こいつが真ハンニンだよ」


 真ハンニンは横断歩道の真ん中まで歩き、地面に向かって罵詈雑言を吐いた。そして、つらつらと語りだした。


 


 


 


 解釈その七・真ハンニン



 クソガキは、警察にワタシを突き出そうとしてたんだ。クソが。天涯孤独でひとりぼっちだったxxのアイツに罪を擦り付けたはいいものの。ずっと交差点に居座るクソガキと、そこのなんでもペラペラ答えるガキのせいで、いつまでたっても事故は風化しそうにない。こいつらはな、事故を忘れさせないことで、サツにワタシを捕まえさせようとしてるのさ。こざかしい。いいか、ワタシはxxxxだ。xxxxの罪は罪じゃないんだよ。バァーカ!


 そこのガキ、弟か。あのときはあんなに小さかったのに、お兄ちゃんの背も追い越して、大きくなりまちたねえ。そこの車で、お前も轢いておけば完璧だったのかもな! いいか? ワタシは捕まらない。クソガキも消えたしな。お前らが費やした時間は無駄だったんだよ! 間抜け! この大馬鹿が!



「違う」


 本性を見せ醜く喚き散らす真ハンニンに向かい、弟君は静かに告げた。


「なにが違うんだよ。ガキ」


「馬鹿はお前だよ」


『ぼくみたいになっちゃうよ』


 少年の声が聞こえる。宙に向かってひとつ頷いて、弟君は私の腕を強くひき、急いで交差点を離れた。


「情けなく逃げたかぁ~! これだから弱者はさあ! さーて、クソガキは消えたし、あのクソガキをxxした場所で祝杯でもあげるかな。ちょうど、ここらへん、だったよな? 乾杯!」



 背後で、プシュと缶を開ける気配がした。続いて、カコン、と軽い音が響く。鉄の匂いが鼻をつく。後ろを振り返る。ついさっきまで真ハンニンだったものが、交差点いっぱいに散らばった。



『ぼくみたいになっちゃったね』


 少年の声が聞こえた。



   * * *



 もう、少年の声は聞こえない。私と弟君は、交差点にゆっくりと近づいた。酒と血と肉が混じり合った匂い。真ハンニンは細かく切り刻まれていた。横断歩道が赤く染まる。車のライトが、不気味なほどはっきりと、惨状を照らす。瞳の痛みは、少年の声とともに消えた。



「なんか兄ちゃんの力じゃ、ひとりが限界なんだってさ」


「そうなのか」


「まあ、兄ちゃんも真ハンニン以外は興味ないんじゃない。はあ、タイヘンだった。これまでどれだけのヒトがやってきて、追い返したか……」


 弟君は、血だまりの一歩手前ではあと大きくため息を吐いて、座り込んだ。彼はじっと横断歩道を見つめる。


「お兄さん、派手にやったなあ」


「ここらはさ、兄ちゃんのこともあって、多少の血の跡なら警察も気にしないんだけど。これだけ血痕と肉片が広がってたら、さすがに捜査するかもね」


「まあそうだろうね」


 


 私は手帳を開く。真ハンニンなりの解釈も、一応記録する。真ハンニンは、”真ハンニンを警察に突き出そうとしている”。と解釈していた。


「結局、どれが正解だったのか」


「なにが」


「いや」



 私は、少年のコトバに対するみなの解釈を読み上げた。弟君は笑う。


「アハハハハハ」


「なんだそれ! みんな、一方的な解釈だなあ」


「全部、不正解」


 立ち上がると、


「兄ちゃんが言ってたコトバ、覚えてる?」


 と私に尋ねた。


「ああ、手帳に書いてあるが」


「もうさ、記事にしてもらう必要なんかないからさ。これまでの取材のすべてを一切記事にしない、って約束するなら説明してやる。どう?」


「しない」


「おいおい、即答かよ。まあ、その方がありがたいけど」


 


  


 解釈その八・少年の弟


 


 いいか? 兄ちゃんのコトバ、順に説明するぞ。


『真ハンニン以外は、こっちに、交差点に近寄っちゃダメ』


『夜、交差点にいたら、無差別にだれかひとりの命を取っちゃうから危ないよ』


『はやくいかないと、命を取っちゃうよ』


『ぼく、つまり兄ちゃんみたいに――』



 弟君は、交差点のド真ん中を指さす。風が吹き、肉片がころころと転がった。


 


 


「兄ちゃん、とうとう行っちゃったな」


 彼は寂しそうに呟いた。どれだけ耳をすませても、少年の声は一切聞こえない。弟君はしばらく、夜空を眺めていた。



   * * *



 朝だ。交差点で大量の血痕と、それから遺体の破片が多数見つかった。辺りは騒然となった。


 一夜明けた。少年が消えた、とみんなが理解した。辺りは更に騒然となった。



 交差点に、警察や報道陣がごった返す。警察がてんやわんやで現場を調べていた。もちろん野次馬が集まる。主婦、ホテルの従業員、工事関係者、警察官、偽のハンニン、みな自分の意見を好き勝手に述べる。



「これから、どうやって躾をすればいいのかしら。子どもの門限、安全、ああ、言い聞かせるコトバをなにも思いつかないわ!」


「別のところへいったのかな。それなら寂しくないかもね。良かったね」


「よし! これで工事ができるぞ! え? 捜査があるからダメ? そんな! 早く安全な道を!」


「この大量の血痕……。少年に罪をかぶせようと誰かニンゲンがやったに違いない!」


「うう、うう……、きっとわたしが本当のことを言わないから……絶望していなくなっちゃったんだね……ごめんなさい……ごめんなさい」



 子どもは笑う。


「意地悪なユーレイがいなくなった! これから自由に遊べる!」



 少年は完全に消えた。そろそろ、この案件も終了だ。弟君は学生服に身を包み、私とともに交差点の騒ぎを少し離れたところで見つめる。私たちの目の前を親子連れが横切った。親に手を引かれた小さな子がはしゃぐ。彼らは広場に向かっているようだ。とても若い夫婦だ。弟君より、いくらか年が上ぐらいの。彼のお兄さんも生きていたらあるいは、と考えがよぎり、口からコトバが出た。



「えー、それは多分ないと思うけど」


「そうなのか」


「うん。だって」


 


 


 


「だって俺たち双子だし」


 


 


 


 


不可思議定数x 第六話 「一方通行の交差点」 【終】

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