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1-(9) 特命係

 総司令官付き特命係室長。

 

 側近となった参月義成みかづきよしなりへ与えられたこの肩書の役割をまともに考えれば、義成の仕事は、情報収集や軍内の監視だろうが……。

 

 現実は、雑務係。どうして気づかなかったのか後悔しかないが、義成は、取り敢えずポジティブに捉えることにした。天儀が間違えば、助言していい権利が与えられているのは間違いないし、作戦へ影響を与えられる参謀的な立場なのも事実だろう。なにせ側近なのだから。

 

 そして、総司令官側近と決まれば話は早かった。

 

 義成の目の前で、総司令官天儀、軍官房長六川、副官房の星守が話しあいを開始。義成の処遇、つまり、特命係についての話が決まっていった。

 

 義成は、自分のことながら傍観者に徹するしかなかったが、

 ――特命係参月義成

 うん。悪くない、と思った。


「あと、義成には、諜報活動と私の身辺警護もやってもらいたいと思ってる。」

「諜報活動と、身辺警護ですか?」

「ふふ、そうだ星守副官房。個人的な専属の諜報員だ。ずっと欲しかったんだこれがさ。それに義成は、ボディーガードには最強だと断言できる。」

「ふーん最強ねぇ。まあ、いいですけどぉ。それってもろに他の部隊の縄張り荒らしてますよ。諜報活動のほうは、私と六川さんで、第二部(情報部)を説得できますけど、身辺警護のほうは、本来この役をもらってる部隊の説得。ご自分でやってくださいね。」


「ああ、わかってる。」

 と二つ返事の天儀。この即答。やる気が、まったくないと解すには十分だ。星守は、義成を見て、

「はぁー。義成くんこれは自己責任ね。自分でなんとかしなさいよ。」

 と同情の視線をむけた。

 

 だが、義成は、半信半疑だ。星守からの同情の視線の意味がわからない。どう考えても大丈夫だろう。身辺警護を本来担当している部隊と話し合えばいいだけだ。なにせ、他ならぬ天儀が、義成にやらせたいといっている。トラブルに発展すること事態考えにくい。

 

 そんな義成の様子を見た星守が、

「マジでピュアカラー……。」

 と呆れと同情が混ざったふうでぼやいたが、義成は気にもとめなかった。


 とにかく義成の特命係についてまだまだ詰める話があるが、そんななか六川が、

「天儀総司令そろそろ時間です。この後はブリッジスタッフとの顔合わせがありますので、そろそろ移動を始めないと。あと、そのあとに総司令部の主だった面々から現状報告をうけてもらいます。まだまだ忙しいですよ。」

 といって天儀をうながした。


「では続きは明日にするか。明日、特命係の具体的な処遇を決めよう。」

「そうですね。昼頃に時間があるはずです。」


 そういって椅子から腰をあげた天儀の袖が引っ張られた。

 

 六川だった。六川は、次の予定があるといいながら天儀の袖を手でつかみ、

「どうぞ。」

 といって天儀へ、星守へなにかをいうようにうながした。

 

 天儀は、怪訝な顔になった。が、天儀もそれほど恥知らずではなく、六川という男をよく承知していて、身に覚えも多い。すぐに、いま、自分がなにをなすべきか、六川が自分へなにを望んでいるか察知した。


「星守副官房。私はさきほど、君へひどい暴言を吐いた。申し訳ございませんでしたあ!」


 あの、〝一度ならず二度も負けたいとは、見上げた負け犬根性だなお前はッ〝の暴言だ。義成が天儀の敗北と判定したあの言葉を、六川公平という男が看過するはずがない。天儀は、素知らぬ顔ですませようとしたが、六川はそうはさせなかったのだ。

 

 はっきりいって、この場面を目撃した義成は、感動すら覚えた。こんなことがあるのか、あの件はすっかり忘れられて、星守副官房が涙をのみ、場末の酒場で酔いつぶれて愚痴るだけとすら諦めていたのだ。実際、星守がそんな親父臭いことをするかは不明だが、ともかく星守が割を食うと思っていた。それが、謝罪を要求する男がいて、謝罪した男もいた。

 

 けれど、謝罪された当人からすれば全然違う。こうも素直に謝られても逆効果。理由は明らかに過ぎた。

 

「はあ!? いまさら! しかも全然心がこもってません!」

 

 真摯に謝罪していないと怒る星守に、六川が、

「でも謝罪した。」

 と、なだめに入ったが、これも逆効果だった。


「違います。これはポーズだけ。私が欲しいのは、し・ん・し・な謝罪!」


 すかさず天儀が、ごめんなさい! と大声でいって、頭をさげた。その低頭の角度は、九十度。だが、ますます星守は怒り心頭だ。飲み込んで押さえつけていた怒りが、積年の恨みとともにぶり返せば、その怒りは大噴火。怒髪天を衝く勢いだ。星守は、我を忘れたかのように天儀をなじった。天儀は、謝罪の一辺倒となった。

 

 こんな場面を目撃するはめになった義成は、つい、また正義の心がカッとなった。あやまった。なのに星守副官房の態度は、あんまりだ。謝罪されるべき立場をかざして、天儀総司令をいじめているようにしか見えない! 

 

 そんな義成の衝動を見透かしたのか六川が、義成の肩にポンと手をおいてから、星守を見た。キッと星守が、六川の目を見て。


「心がこもってない! ちゃんと謝罪させてくださいよ!」

 

 目に涙すら浮かべて訴える星守に、六川はむごいほど冷静だった。


「それは無理だ。彼には心がない。」


 星守は、自分の心が一気に冷えるの感じ、思わず六川から視線を外していた。六川の一言は致命的だ。場は凍りついたが、天儀は怒るどころか、恐ろしい笑みを浮かべ、そして。


「ああ、そうだ。六川は、わかってるな。俺には心がない。だから強い……!」


 そういったかと思ったら、一人すたすたと総司令官をでていってしまったのだった。


 六川も星守も総司令官をでていた。天儀を追いかけるというわけではないが、ブリッジにいく必要がある。天儀は、一人でも平気で、とびきりの笑顔で、ブリッジのクルーたちへ挨拶するだろうが、一人ブリッジにあらわれた総司令官に、クルーたちは困惑するだろう。


 六川と星守からして、自分たちが同行して天儀へ箔をつけてやる必要がある。そして、天儀もそれは承知で、ブリッジの入口で二人を待っているだろう。なお、天儀としては、しばらく待って、六川と星守が現れなければ、自分の不徳を抱いて一人ブリッジへ入るだけだ。それが勝つためには必要だ。


 通路を進む六川と星守。六川はいつもと変わらずだが、星守はしょぼくれている。


「すみません……。」

「君が謝罪することじゃあない。」

「……でも、天儀総司令は傷ついたと思います。私がわがままいったから、六川さんはああいまでいうしかなかった。」

「そうじゃない。それに、あの人なら大丈夫だ。」

「心が、ないからですか?」


 けれど星守の言葉に、六川は取り合わなかった。いまは全てが変わる必要があるそれだけだ。いちいち口にすることじゃない。

 

 ただ、かといって沈黙がつづくのも六川としてもいただけない。黙っていれば星守は、自分を責めてしまうだろう。すべては天儀の暴言が原因なのに。だから六川は、かわりにというわけでもないが、別の話題を口にすることにした。


「僕が天儀総司令に、義成くんとのどこで出会ったか聞いたら、彼は〝着任式典後に総司令官室ここに戻ったら、義成こいつが待ってて、熱烈に自薦された〟といっていた。これはどういう意味だろうか。」

「どういう意味って……。」


 そりゃあ、そのままの意味でしょ。と星守は、鼻をすすりながら思った。上司の六川は、探偵のような謎掛け癖がある。警察官僚出身という異色の軍人のせいだろうか。まあ、自分も一般大学卒で、若さだけでなく軍高官としては異色である。この異色同士の組み合わせは、旧セレニス星間連合時代からで、星守と六川は旧軍時代から上司と部下だ。


 そんな長い付き合い二人だが、星守には六川が、いま、なにを問題にしたいのかわからない。取り敢えず星守は、当たり障りなく答えることにした。


「すごいですよね。黄金の二期生(ゴールデンズ)って、私も自分が厚かましくて、押しが強いって思ってますけど、いち兵士の身分で総司令官室へ出向いて直談判なんてとてもやろうと思いません。」


 この応じに、六川は沈黙してしまった。これは、そういうことを答えてほしいわけじゃないという反応だ。星守は、ため息一つ。


「はぁ。降参です。わかりません。六川さんはなにがいいたいんですか?」

「そうだね。僕が疑問なのは、義成くんは、どうやって総司令官室へ入ったんだろうかということだよ。」

「あ……。たしかに……。」


 艦内には、許可パスがないと入れない施設がいくつかるが。総司令官室はそれにあたる。総司令官は、内側から開けられるか、パスがないと入れない。緊急用の解錠機能は備わっているが、そんなもの作動させてなかに入れば警備部やダメージコントロール班などに緊急連絡がいって大騒動なっているはずだ。


「そしてもう一つ。どう見ても僕らの目の前にいた天儀総司令は、ゾンビでも幽霊でもなかった。それが問題だ。」

「はい?」


 六川が、また変なことをいったので星守はキョトンとしてしまった。けれど話についていけない星守を置いて六川はさらに言葉を発した。

 

「ところで星守りくんは、黄金の二期生(ゴールデンズ)が士官学校卒業後にいった先は知っているかい?」

「あ、え? はい。知ってますよ。星系軍アカデミーですよね。国家の軍事研究の最高峰。若いのに生意気ですよね。あそこいけるのって普通は、早くても三十代ですよ。異例に早かった私だって三年の実務経験してからやっと入学許されたんですから、それが卒業後すぐってねぇ。十代ですよ十代のアカデミー生って信じられます?」

「で、その生意気な黄金の二期生の人数は48人だ。」

「そうですね。」

「だが、星系軍アカデミーに進んだのは47人だった。」

 

 ――とんだ落ちこぼれがいたもんですね。

 とは星守はいわなかった。もしかして……、という直感が星守あかりの脳裏に走ったのだ。理由は義成の独特の雰囲気だ。ひと目見て、

 ――まともな軍人じゃないわね

 と星守だって思ったのだ。だが、特殊部隊の精鋭にもない不気味な鋭利さ。こんな独特の雰囲気を備えることができる軍のカリキュラムはかぎられる。


「僕は、その一人がどこへいったのか非常に興味があるね。天儀総司令は、総司令官室に入ったら義成くんが待っていて自薦されたといった。この言葉を、そのままの意味でうけとれば、僕は天儀総司令の図太さに心底感心するよ。」

 

 こともなげにいう六川に、星守は背筋が寒くなった。星守には、いまの六川のいいかたは、自身の直感の的中を意味しているように感じられた。

 

 ――ナカノ教育所

 世間では存在しないとされているその場所を口にするのは、はばかられる。ヌナニア軍、いや、ヌナニア連合内でもごくかぎられた人間しらないのがナカノ教育所だが、ヌナニア軍官房長の副官房は、間違いなくそのかぎられた人間にカウントされる。そして、あそこはおぞましい場所だ。軍人ですらゾッとするような殺しの教育がなされているというまことしやかな噂があるのだ。

 

「嘘ぉ。初めて見たあそこ出身の人。へぇー。義成くんってあそこの出身なんだ……。」

「僕もだよ。そういえば半年前に、総大官アーチビショップから報告があったんだ。敵の総旗艦そうきかんにカーボンナイフ一つ持たせて潜入させれば、全員殺せるような傑作ができたとね。」


 冗談にしか聞こえない内容だが、ありうる話だった。それの傑作が、黄金の二期生の一人だったらと考えればなおさらだ。

 

 たしかに、そんな傑作なら勝手に総司令官室のセキュリティを解除して待っていることだって可能だろう。だが、こんな強引な自薦を、総司令官天儀は了解したことになる。規律もなにもあったものではない。こんなやりかたで自薦するほうも、受けるほうも問題がある。


「じゃあ生意気な義成少尉ピュアカラーは、黄金の二期生で一人だけという自分の特別な経歴を売り込んで、天儀総司令の側近にしてもらったってことですかね。セキュリティ解除して待ってて、ほらすごいでしょ? みたいな。」

「そうだね。でも、その待っていた理由は、はたして自薦のためだろうか、というのが僕の一番の疑問だねぇ。」

「えぇ!?」

「そして僕は、ただ忍び込んで自薦しただけとは思えないなぁ。」

「え、それってどういう意味ですか!?」

「さあね。」

「ちょっと、六川さん。それが本当なら大問題じゃないですか!」


 翌日、国軍艦瑞鶴こくぐんずいかくで、辞令が掲示された。


 それは誰もが驚くような内容だった。総司令部の二部の課長職の内定を蹴って、総司令官の側近を選んだという人事だ。どうみても賢い選択肢には思えない。だが、そんな道を選んだのは、何を隠そうあの黄金の二期生(ゴールデンズ)。参月義成というらしい。

 

 義成の特命係の拝命で、艦内には、これはなにかが変わるかもしれない、という空気が生まれ、義成はちょっとした注目の的となった。

 

 なお、義成本人は、

「……気まずいな。」

 と仏頂面で漏らした。特殊工作員の彼は、基本的には目立つことを嫌っている。いままでの義成の行動と矛盾するが、義成本人は基本的に目立つことしないよう心がけているつもりなのだ。


 ――義を成すものなり。

 

 天儀は、参月義成の側近任命をこれだけで形容した。わかりやすく短い。この日から天儀という男のヌナニア軍内での評判は、少し変わり始めたのだった。

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