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1-(6) スターダスト・ハーフマン

 参月少尉みかづきしょういは、ヌナニア軍の秘密情報部の特殊工作員。そのなかでも特別な学校の出身のかぎられたエリートだった。

 

『ナカノ教育所』

 

 それが、参月少尉がヌナニアの星系軍士官学校を卒業して進んだ秘匿機関である。そこはヌナニア軍でもごくかぎられた人間しかしらない特殊工作員養成所で、世間では存在さえ認められていない学校だった。

 

 ナカノ教育所での特殊工作員としての教育は多岐にわたるが、そのなかでも参月少尉の専門は、破壊工作と後方撹乱。そして、

 ――要人暗殺。

 

 栄光なき裏方仕事といっていいが、この手の工作員に暗殺対象ターゲットにされた側としてはたまらない。部屋に実行役が居た時点で、これはもう成すすべがない。まな板の上の鯉よろしく、有効な抵抗など一切できずに調理もといい殺されるだけだ。

 

 とくにナカノ出身者の暗殺計画は『確殺』である。確実に殺す故に確殺。暗殺計画が実行に移された時点で対象者の運命は決定づけられたも同然……! のはずだった。

 

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 総司令官室で、六川公平軍官房長ろくかわこうへいぐんかんぼうちょう星守ほしもりあかり副官房は困惑していた。

 

 なぜなら二人は、突然、総司令官の天儀から呼び出されたと思ったら、

「二人に紹介しておく。彼は、さんげつ義成よしなり少尉だ。彼には今日から私の側近をやってもらうことにした。」

 と、片目隠れの青年将校を紹介されたからだ。


 新しい側近を紹介する天儀は上機嫌で、紹介された当人である義成少尉はピクリとも表情を変えなかった。生真面目な軍人と見ることもできるが、側近としてはふてぶてしい態度に見えた。

 

 取り敢えず六川は、態度を保留したが、六川の横に控える星守などは、この若い少尉へ不信感いっぱいの視線をむけた。


 そんな折に〝さんげつ〟と紹介された片目隠れの少尉が、

「み・か・づ・きです!」

 と鋭く訂正したのものだから、ますます二人は、義成少尉へ疑いの目をむけることとなった。

 

 側近に任命しようというものの名前を間違えるだろうか? 怪しい。怪しすぎる。

 

 そもそも総司令官の裁量による人事。これはありうることだが、いまのヌナニア軍と天儀という男の置かれた立場を考えるとこれは困ったことだった。


 やれやれ、どう説明したものか。と六川は、天儀と義成少尉を交互に見た。〝側近をやってもらうことにした〟といわれても、はいそうですか、とうけいれるわけにはいかないのが六川の立場である。

 

 もちろん星守の反応も芳しくない。こちらは、さっそくワガママをいってきた、という表情も露骨だ。

 

 思案する六川を見て星守は意を決した。彼女は、義成を一瞥して、

「ふ~ん。この新兵ニュービーくんを側近にねぇ。」

 といってから、天儀へむけ一歩踏みでるようして、

「側近ですって? 総司令官の周りの人事はすでに決定してますよ。今更そこになにかを差し挟む余地なんてありませんけど。」

 と冷たくいった。

 

 これは、まったくの事実だった。総司令官といっても天儀は、前総司令官の解任により落下傘的に、最前線登場した男にすぎない。司令官総司令官の直属として働く軍官房部の人事は、天儀の着任前からすでに決まっているし、天儀の身の回りのことをするスタッフの配置も決定済み。それどころか軍の当面の行動も決定済みだ。

 

 たしかに天儀は、さきの戦争で、六個連合艦隊を率い八個連合艦隊を撃破したという経歴だけ切って取れば輝かしい。しかも、それが戦争終結に直結した。人類史、数多の名将あれど終局作戦をなし得たものは一握りだが……。


 星守は、六川と違い率直にものをいいたいタイプ。そして、無駄な時間を過ごす趣味もない。

 

「コホン。特大の失礼を承知で申しあげます。天儀総司令、貴方はやる気満々で着任されたようですが、それこそ軍にとっては迷惑千万。私たち軍が、ヌナニア軍装司令官の座にあるものに求めているのは、軍トップの座にあって相応しい経歴だけ。計画の立案や、準備中の作戦への助言ではありません。」


 そう星守からすれば欲しいのは、天儀へ望むのは輝かしい経歴だけ。天儀には、ヌナニア軍総司令官として威厳ある顔をして黙って座っていてもらえれば十分。はっきりいって、あれこれ口をだされても困る。


 あまりに率直すぎるものいいに対する天儀の応答はといえば。


「ふむ。長くて、いいたいことがよくわからんなぁ。短く要約しろ。つまり、なにがいいたい。」

 

 星守りは、早くも苛立った。これだけはっきりいって、わからないとは、不機嫌になってくれるほうが、まだ可愛げがあるというもので、わかっていてすっとぼけるところが、最高に腹が立つ。

 

 そう、この天儀という男、挑発するのは大得意だ。

 

 一方の星守は、感情のボルテージがあがるそのままに、はっきりいってやることにした。お望みどおりにだ。


「黙って座ってろ。」

「こりゃ手厳しい。直言だな。」

 

 天儀は、気分を害したふうもなく頭をかいた。ここまで率直にいわれては、腹も立たないというものか。それに天儀からして、星守の言葉は理解できる。戦争が始まって半年もたってのこのこ前線に現れたやつに、いま決まっている段取りを無茶苦茶にされても困るだろうが……。


「私は、首相から直々に命令をうけてきた。閣議決定という形だが、私の総司令官就任は、議会でも追認されている。」


 天儀は、星守へ少し態度を改めろと言外にいったわけだ。だが、星守からすれば究極のパワハラでしかない。


「ふ~ん。虎の威を借る狐ってところですか。首相といえば私がビビるとでも?」

「違う。私の着任は民意だ。」


 とたんに星守は、ブフッと盛大に吹き出した。六川も義成少尉も表情こそ微動だにさせなかったが、場は微妙な空気となった。理由は明白だ。天儀という男が、民意とは片腹痛すぎるからだ。過去の天儀は、グランダ皇帝の寵愛をたのみに星間戦争を戦った。


 必要のない戦争をして勝利し、そして勝ち誇った男。誰が、国家の武力統合など望んだのか? 皇帝と、そして天儀だけだ。民意に従えば、あんな戦争はなかった。

 

 まずい空気に、気まずい沈黙。全方位敵。わかっていたことだが、天儀はため息をつくしかない。

 

 思いだしてみれば天儀としても、この着任には状況に流されたとしかいいようがない側面があった。ヌナニア軍内では、天儀は喜び勇んで総司令官の打診に飛びついたように思われているようだが、天儀からすればそれは少し違った。


 さかのぼること一ヶ月前……。

 

 支給された作業着二着のローテション。朝四時半起床。夜十時頃帰宅という日々を送っていた天儀の前に現れた二人組。乗るようにいわれた黒い高級車。わけもわからずいざなわれたさきは首相官邸。黒塗りの車から降りたときに全身で感じたのは、深夜の冷たい空気。鼻孔に心地よい冷気を感じる天儀は、ついに運命の終局を予感した。

 

 処刑される。

 

 天儀は、そう断定した。本来、経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエとは極刑で、死と抱き合わせだ。片方だけだと、聞かされていたが、ほとぼりが冷めたら秘密に殺してしまうというのはあることだ。

 

 一応、最後を法務大臣ないしは、首相から申し渡されるのだろう。と天儀は思った。いまの時代に、過去の遺物といっていい自分にそれだけの価値があるかわからないが、内閣にグランダ系のしかも皇帝を親愛するものがいることはしっていたので、自分へ敬意のある最後を与えろと主張してくれたのかもしれない。それが誰かといえば、天儀の胸に一つ爽やかな立ち姿が現れた。


「外務卿なら悪くはない。」


 そういった天儀の心には、なぜか不思議と恐怖はなく。希望があった。


 そのまま二人組にいざなわれ官邸内へ入った天儀。進みながら天儀は、あつかいがよい、と感じた。二人組は、目の前に現れてからいままでも一言たりとも発せず黙ったままだったが、この二人組からは、なにかと自分に対する敬意を感じる。


 だが、このときもまだ天儀は、自分が死ぬとしか思っていない。


 天儀の目の前に大きな両開きの扉があらわれた。以前この扉をくぐったときは、立派な軍服姿で自信満々。肩で風きって進み、なかにいたものどもを睥睨へいげいしたものだ。


 だが、いまはどうか。いや、まったくどうして因果応報だ。最後を申し渡されるのが、よりにもよって、こことは……。天儀は、完全に観念した。


 そして二人組によって二枚の扉が同時に開かれた。二人は、扉を開くと同時にお辞儀をしていたが、天儀はまっすぐ前だけを見て進んだ。


 部屋は、高い天井。分厚いカーテン。靴が沈み込むような絨毯。この重厚な作りのひろい部屋にぽつんと一つ幹部用の軍服を着せられたソルトーが置かれていた。

 

 この瞬間、天儀は自身の運命の転換を予感した。自分は、いま、細い、そしてボロい木の橋を渡ろうとしている。走り抜けるしかない! と天儀は思った。

 

 渡る前でもわたり始めたあとでも、ちゅうちょすれば橋は崩れ落ちる。可能性は閉じられ、希望は夕日となって沈むだろう。次、太陽が登るのがいつかは不明だ。

 

 幹部用の軍服を着せられたソルトー。それが誰のために準備されたものなのか、わからないほど天儀は鈍感ではい。しかも軍服には、プラチナ製の大小の章が付けられ、ベースとよばれる足元には綺羅びやかなじょうが立てかけられている……。

 

 軍服のデザインは洗練されており、旧軍の意匠ではない。軍服に付けられている章も、そして立てかけられている綺羅びやかな杖も今日のために、わざわざ特注したことがうかがえる。

 

 そしてソルトーの近くのソファーには、首相が座っていた。

 

 立ちあがった首相は、にこやかにこういった。


「星間戦争の勝利者に頼みたいことがある。」

 

 そして天儀は、首相とともに部屋の革製のソファーかけた。首相の天儀への応接はねんごろだ。首相は、天儀の対面ではなく隣に座り、しかも首相の太ももは天儀の太ももにすれんばかり。


「少し失敗したが、状況は我軍が圧倒的に有利だ。ただ、だ。さきのフライヤ・フリューゲ奪還作戦が不発の花火のような結果になったのは心配だ。私から見て軍はまとまりを欠いているように思う。そこで実績のある男に戦場の重石になってもらいたい。」

 

 短い世間話のあとにくりだされた首相の言葉に、天儀は確信した。こいつらしくじって、どうしよもなくなったから俺へ丸投げする気だなと。


 状況が好転すればよし、しなければ全部天儀という男の責任にして処理する。これが、今回の呼び出しの本質だ。

 

 だが、駆け抜けるしかない。これは、やはり細い橋だ。木製の橋を走り抜けたさきには栄光がある。ボロいから、価値がないから、それをしないというのは愚かだ。走り抜けることが重要だ。そうすれば、いずれそれは伝説の橋となる。

 

 天儀の心はすでに決まっていたが、首相からは追加の一言が放たれた。


「軍の総司令官を引き受けてくれんかね。このとおりだ。」

 

 首相すれば勝ってくれとは、いわない。せめて引き受けてくれさえすればいいが、戦いはリスクの大きい仕事だ。いくら戦況を虚飾しても天儀が、引き受けてくれるかわからず気が気でない。

 

 つい先日あったワールドカップでもそうだった。一度優勝したことのあるチームの代表選手達は、今後の競技生活を優先して試合に熱が入っていなかった。首相からすれば、天儀はすでに栄光を手にしている優勝者だ。

 

 そう。引き受ければ負ける可能があるのだ。経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエという究極のしくじりしているこの男が、いまさら大きなリスクをともなう戦争に参加してくれるだろうか? なにより場合によっては死ぬ可能性だってある。死ぬぐらいなら断るだろう。だって、経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエでは死なない。

 

 だが、天儀は、

「つまりは、お困りですか?」

 と、首相の想像していたどれとも違う言葉で応じてきた。しかも態度は静としか形容し難いおちつきぶりで。

 

 首相は一瞬の沈黙し、きっぱりとうなづいた。


 首相としても総司令官一人の人選で、すべてがくつがえるなどと楽観はもってはいない。ただ、願うのは、これ以上悪化しないこと。できれば少しの好転。半歩刻みでも戦況を良くしてほしい。そして、なにより引き受けて欲しい。


「では、勝利がお望みと解釈してよろしいのでしょうか?」

 

 この瞬間、首相は、

 ――決まった!

 と確信し心も身も一躍した。


「おお! もちろんだ、そうなれば最も良い。」

「わかりました。では、駆け抜けましょう。それだけだ。」

「駆け抜けるか。」

「ええ、勝つ――!」


 この天儀の言葉に、天儀のかんばしくない応じの想像だけでで、心がいっぱいだった首相は、とびきり破顔し、天儀の手を取り、ありがとう、ありがとう、と繰り返した。

 

 だが、このあと首相は、天儀に戦場の真実を語らなかった。

 

 天儀は、それをいとも簡単に、かつ自然に見越していた。だって馬鹿でもわかる。最初に感じたとおりだ。状況が有利なら経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエの自分が呼び出されるはずはない! まったく直感とは恐ろしいものだ。最初に抱いた印象は、結論となって天儀の心に落ち、すっかり心の熱を奪っていた。けれど天儀は、それが悪とは思わない。政治とはこういうものだ。

 

 結局のところ決定打は最初の一言だ。首相の言葉にあった〝少し失敗したが〟というワードは、天儀の脳裏に深く突き刺さって抜けない棘となっていた。政治家は、失敗を安易に認めない。首相という立場にあるものが、それを消極的にとはいえ口にしたということは、この場合だいぶ、いや、致命的な大失敗を犯したということでしかない。

 

 その異能が発揮されるのは戦場のみ。そう思われている天儀には、戦場以外の二つのことで、世間が思っているより未来予知といっていいほどの深い洞察力がある。


 だが、天儀とは真逆に、首相の総身は熱を帯びていた。だってそうだろう。急に、最前線の総司令官をやってくれといわれて二つ返事で、承諾するだろうか? 普通は固辞する。

 

 じつのところ首相は、この交渉には多少の困難を予想しており、いくつか作を用意していたぐらいで、切り札として隣の部屋に、天儀と縁の深い外務卿を待機させていたのだが……。


 それが目の前の男は、やってくれるという。あまりに拍子抜けだ。戦況が有利だとつたえたのもよかったのだろう。きっとそうだ。

 

 だが、戦況は極まって最悪だ。それが、勝つといった! この男はそういった。誰もが打つ手なし、あんに勝てまいとまでいう戦争を、勝つといった! 首相は自身が天儀ヘ与えた言葉をそっちのけで、その言葉に絶大な信頼をおいた。

 

 そして天儀は、噂通りの戦争狂だ。とも首相は断じたが、いまは、それが頼もしくもある。この世の誰もが望まなくても勝つ男。昔は、裁定の鉄鞭てつべん。それが転じて勝利の聖剣。そして、いま、その勝利の聖剣を手にしたのは、

 ――わしだ!

 と首相は心中で雄叫びをあげた。


 けれど、このとき誰が思っただろうか、国家を燃やす失火の原因は不誠実だと。

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