1-(56) 起動・総司令部!
静寂きわまるパラス・アテネ宙域。
ヌナニア軍は、三時間一〇分二秒で、特別艦隊の集結を完了。
甲号会議終わったとたんに、ヌナニア軍の一大本拠地は、上から下までひっくり返すような慌ただしい状況となったが、そんな人間たちの騒乱も宇宙に音を響かせることはなく、静謐をたもつなか準備は完了した。
総司令官の天儀といえば、国軍旗艦瑞鶴の総司令部区画で、現地、つまりはトートゥゾネへ到着したあとの行動について、司令部員にいくつかの提案をおこなっている真っ最中だったが、そこへ軍官房長の六川が、部下の星守を連れて登場。
六川の気配にすぐに気づいた天儀へ、六川は敬礼し、
「整いました。」
と援軍のための艦隊の集結が完了したことを報告した。
天儀は、腕時計を確認。上出来だな、と一言いって六川を見て。
「発進の音頭か?」
「はい。お願いします。」
「わかった。任せておけ。」
そういって、すぐさまブリッジへむかおうとする天儀の前に、星守が立ちはだかった。
星守は、鼻息荒く腕を組み仁王立ちのとおせんぼ。けれど天儀は、なさされるがままにした。星守の意図をなんとなく理解したからだ。
「早くやって。」
という星守の言葉とともに、彼女の背後から三人が飛びだした。
飛びだした三人は、生真面目な軍服姿にもかかわらず一人ひとりが、なかなかの身だしなみだ。三人とも規定通りベーシックな制服なのだが、不思議と見栄えが際立っている。お洒落とは、こういうことをいうのだろう。
そんなお洒落軍人の三人が、素早く天儀を囲んだ。
大きな鏡を手にした一人は、天儀に前で鏡をかまえ。そして、別の一人がメイク用のケープを天儀に素早く装着。残る一人は、肩からさげていたコスメ道具一式を手早く開き天儀の顔に挑みかかった。
天儀が、なにか口走ろうとしたが、
「喋らないで。時間ないです!」
とメイク担当がピシャリ。天儀は、抗議の表情を見せはしたが黙って従った。
メイク人形と化した天儀へ、星守が、
「艦隊発進のようすを収録し、配信します。汚い格好でやられたら困るんです。」
と手厳しい一言。天儀は、ハイハイ、というように両手を体の横で振った。首からうえでリアクションしようものなら、また叱責が飛んでくること間違いなしでは、こうするよりしかたない。
そう。これは、たとえ天儀がかまわなくてもヌナニア軍の沽券にかかわる。今回の出撃は、記録映像として残すので映像班が全面的に参加している。
くわえて出撃のようすを泊地パラス・アテネへ放送することで、士気高揚を狙うのだ。記録した映像は、メディア発表にも活用できるし、官邸への報告にもつかえる。軍の公式動画チャンネルにもすぐにアップロードする予定だ。
こういった動画配信は、必ずやることでもないが、天儀もこういった〝儀式〟の重要性は心得ている。たしかに状況的に、今回は絶好の機会だろう。味方の窮地を救いにいくため総司令官自ら出撃するのだ画にはなる。
なお、こんなときは気の利いた演説をしてもいいが、配信サイトやインフェスなどのSNSへの映像の投稿を意識するなら短いほうがいい。むしろ長台詞は嫌われるぐらいで、『作戦開始!』と、決め顔でいっておけばいいのだ。軍の持つ統計資料では、長すぎる演説は士気へ逆効果。全校集会での校長先生の長話は、いつでも誰でもへきえきというわけだ。
そして、あとは記録映像を作る映像班がうまいこと編集してくれる。彼らは、元々は民間の放送局で働いていた映像制作のプロだ。任せておけばいい。
五分とたたずメイクは完了し、天儀を囲んでいた三人は敬礼してから、そそくさと退散。入れ変わるように六川が、天儀の正面に立ち天儀へメモを手渡した。今回の出撃で読みあげる内容が記されている紙だ。短くともいまからやることはスピーチだ。原稿は必須だ。
天儀は、黙ってうけとり一読。原稿を乱暴にポケットに突っ込んだ。
すぐに天儀は、六川と星守を引き連れるかたちでブリッジへ。その途中で天儀は、六川たちと短い会話をした。
「艦隊名を決めておいた。総司令部機動部隊にする。」
「よいと思います。」
「あと気になることがある。総司令部で、指揮を取れる高官が不足しているな。」
「李飛龍艦隊と、合流すれば解決される問題です。」
「じゃあ、それまで手伝えよ。」
六川は、一瞬沈黙。そのメガのしたの表情こそ変えなかったが、頬に一筋に汗を垂らすような面持ちで、
「……はい。」
と一言だけ重い返事。六川の横にいる星守も表情を固くした。
踏み込んでいえば天儀は、戦いになったら艦隊の指揮を手伝えといったのだ。
大規模会戦においてヌナニア軍は、超巨大な艦隊を状況と規模応じて、いくつかのセクションにわけて管理する。最終的に戦場の全部隊は、天儀に統括されているが、すべての部隊を天儀が一つ一つ動かせるわけがない。総司令部では、天儀がいくつかの中核部を担当し、他のセクションは信頼の置ける指揮官が担当することになる。
任命された指揮官は、天儀と連携しながら部隊を指揮することになるわけだが……。
たとえばだ。全軍が連携して攻勢を仕掛けるとなった場合、攻撃開始のその瞬間がきて、
「なんだ。そっちは、まだ準備できていないのか。チッ。待ってやる。なんとかしとくから早くやれよ。」
などと天儀からいわれでもしたらお終いだ。そうなった場合、未来永劫、指揮ベタ軍人として軍内で語り継がれるハメになる。
天儀の指揮についていくのは大変だ。六川も星守もそれをよく承知している。必死に食らいついていかないと足を引っ張る。
そして、ついに天儀が、ブリッジに足を踏み入れた。
とたんに拍手が沸き起こり、喝采が飛んだ。天儀は、口元に笑み、体貌には勇ましさをまとってブリッジ内を進んだ。天儀の背後には、六川と星守がつづいている。
映像班のなかなかの演出だった。敬礼は、堅苦しいと判断されたのだろう。軍の形式をかなぐりすてた演出は大成功だ。映像は、一見して士気の高さが目に飛び込み、華々しく出撃していくという雰囲気がよくつたわってくるものとなっている。
総司令官指揮座。
今回の天儀の終着駅はそこだ。
進む天儀の前に、まるでフランス人形に軍服を着せたようなアーニャ・レッジドラクルニヤが登場。彼女は、持ち前の金髪を軽やかに揺らし、すぐさま天儀へ敬礼。天儀も立ちどまり答礼。そして、間髪おかずに歩みだした。アーニャも天儀に従って進んだ。
列に加わったアーニャは一言。
「私を二度と失望させるな天儀。約束は守ってもらうぞ。」
そう鋭く天儀へ注文した。天儀はおおように頷いてみせた。
列に加わってきたアーニャへ、星守が視線を送ったが、アーニャはプイっとそっぽをむいて、顔をむけたさきでバラの花のように微笑んだ。もちろんアーニャのむいたさきに、記録映像班のカメラがあったからだ。
――軍服を着た天使。
幼女先輩ことアーニャは、この映像でちょっとした有名人になる。
そして、ついに、いきついたさきは総司令官指揮座。




