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1-(54) 噂の出どころ(2/2)

 天儀の態度に、義成は軽い失望感を覚えつつも天儀に言動に正しさも導きだしてもいた。


 そう。悔しいが、天儀総司令は一貫している。と義成は気づいていたのだ。戦いは数。天儀は、この原理に忠実に動いているだけなのだ。そして、それはつまるところ効率主義でもある。


 この人は、両用機動団オールラウンダーズのことも不問にした。たしかに、あれは同時に、鬼美笑姉を救った。だが、義成の価値観からすれば、あんなやつらをそのままにしておくことは不正義そのもの。ありえない。


 けれど、天儀総司令からすれば、あんな奴らも数のうちなのだろう……。と義成は、天儀の筋の通った一貫性を呪った。そうだ。たしかに、戦いでは彼らは役に立つ。両用機動団オールラウンダーズは、まごうことなき精鋭部隊。だから罰するより、戦場いてもらう。


 なるほど――。

 

 自分は、頑なになりすぎているのかもしれない。と義成は考え直した。いまは氷のように冷静であるべきなのだ。ヌナニア軍は、敗北寸前といえる。この状況を覆すには、どんな手だってつかう。たしかに、それは正しいことなのかもしれない。


 すべては勝つために。天儀は、その一点に集中している。そいうことだ。正義とは最も対局にいる男。それが天儀。勝つためにはなんだってする天儀。これは、はじめからわかっていたことだ。天儀の言動に対して、正義・不正義で煩悶はんもんするとは、今更といば今更すぎる。


 切り替えの速さを見せた義成は、顔をあげてさっぱりした声で、

「わかりました。」

 と承服の態度をしめしたが。


「わかっただと?」


 思いのほかあっさり意見をくつがえした義成に、天儀は怪訝な顔はしてそういった。


「ええ、戦場は事の善悪が反転する。それだけのことです。」


 天儀は、義成の言葉に、悩ましく首を振ったが、義成はかまわずつぎの言葉を吐くことにした。

 

 煩悶は深くとも、行動は素早く。解任については、自分と天儀総司令は意見が違う。それだけのことだ。結論はでた。なら片付いた話題を、悶々と考えていても無駄だ。義成は、いま、自身のやるべきことがわかっていた。

 

 そう、義成の助言は、解任の提案だけではない。そのさきがある。こちらのほうが義成にとっては重要だ。

 

 つまり、一年後増援論。その出処だ。

 

 一年後増援論者は、間違いなく誰かが、意図的に流布した情報だ。最初のネット上で書き込みをしたものなど、詐欺集団でいえば受け子にすぎない。黒幕が誰なのか、その目的がなんなのか、はっきりさせる必要がある。そして、今回それを最大限に、利用する。義成としては、これはチャンスとすらいえた。


「一年後増援論の噂の出どころを調査するべきです。」


 そう力強くいった義成へ、

「はあ?」

 と天儀は、究極の呆れ顔で、超塩対応してきた。だが、義成はくじけない。


「フライヤ・ネットは、軍に完璧に管理された空間です。そこであのような噂が許されていたとなれば。」

「敵の情報工作といいたいのか?」

「違います。」


 でしょうね。というように天儀が面倒くさそうにため息。それだけではない。天儀は、やめろ面倒くさい、それ以上いうなというように両手で耳をふさいだ。だが、義成は容赦ない。


「十中八九、国内からの情報工作です。」


 天儀が、すかさず言葉を吐こうと動いた。大方、黙れとでもいおうとしたのだろうが、義成は、それを許さず矢継ぎ早に言葉を吐いた。


「フライヤ・ネットの管理は、電子戦司令局がおこなっています。」


 つまり、この噂には、ヌナニアの軍の電子戦司令局も絡んでいるというわけだ。

 

 義成としては、あらゆる観点から、彼らがミスを犯したとは考えにくい。なにせ、いまの局のトップは、優秀などという形容だけではたりないぐらいの人物。そういうなれば、仮想空間版の天儀。

 

 ――いや、彼女は。

 

 それ以上といっていいだろう。さきの大戦で、圧倒的に不利だった仮想空間の戦局をくつがえして、勝利のきっかけを作った女。それがフェードアウト・ガール。彼女なしに、天儀はなく、あの天神といわれる李紫龍も存在し得ない。

 

 そう。星間戦争で旧グランダ軍は、旧セレニスの仮想空間防御を突破できなければ、そもそも戦いにならなかったといっていい。

 

 神域仮想空間防御網天盾ツクヨミシステムを破壊した女。そんな人間が、自身の管理する仮想空間上で、敵の情報工作を許すだろうか? ありえないと断言できる。そして。

 

「国内からでもフェードアウト・ガールの感知しないところで、フライヤ・ネット内で情報工作を行えるとは思えません。電子戦司令局の局長は、この件に間違いなく絡んでいます。」

 

 核心をついた義成。だが、天儀は、まったくかんばしく表情を見せたが、義成は強く、とても強く、

「あの司令局長を調べるべきです。」

 と迫った。


 そして、電子戦司令局の局長を逮捕すべきだ。と義成は思う。


 これはパワーバランス問題だ。いまのヌナニア軍は、大きくわけて三つ組織が権力を握っている。

 

 一つは、軍官房部。六川や星守がいて、天儀の味方といえる組織だ。そして、もう一つ。統合参謀本部。アーニャやアヘッド・セブンたちがいる組織で、これは天儀と敵対軸といえる。

 

 そしてもう一つ。三つ目が、いま、話題にあがった電子戦司令局だ。

 

 義成の考えは、この機会に、電子戦司令局のトップを逮捕し解任に追い込み、電子戦司令局を天儀の強い影響下に置いてしまおうという計画だった。いや、義成の真意は、もっと大胆だ。電子戦司令局を天儀の直接の支配下に置く。これだ。

 

 これで天儀は、軍の三分の二を支配することとなり、あとは統合参謀本部を片付けるだけとなる。

 

「三分の二を手にして、三分の一に当たるのです。必ず勝てます。この機会に、軍の意思統一をはかるべきです!」


 きわめて単純な数の原理だ。天儀好みで。単純に数の多いほうが勝つ。それだけだ。


 けれど、天儀、唖然。それこそ、またバカなことをいいだしたなお前さん、という顔で義成を見たが、その意中は、まったく義成にはつたわらない。というか、この忠犬といえる側近は、天儀の心をガン無視だ。

 

 たしかに、秘密情報部の特殊工作員という義成の立場に立ってみれば、今回の提案は、至極もっともであり、正論そのもの。そもそも天儀は、落下傘的に軍に降り立ったにすぎず、まったく権力の基盤を欠いている。だが、ここで電子戦司令局を手に入れれば、天儀は強大な力を手にできる。

 

 だが、天儀は……。


「……やめろ。絶対にダメだ。」

「何故ですか?」


 不機嫌に黙り込む天儀に、義成は沈黙を許さなかった。


「彼女が、元側近だからですか?」

「違う。」


「では、フェードアウト・ガールが――。」

 と追求の舌鋒を緩めようとしない義成へ、天儀が、もうこの話は終わりだ、とばかりに乱暴にそっぽをむいたので、義成は天儀への追求をやめ、言葉を転じることにした。誰にでも話したくない話題はある。義成は、手ひどく相手のナイーブな部分を攻撃して良しとするたちではない。話したくないならいいさ。ならば話題の方向性を追求から要求へ変えるまでだ。と天儀へ迫った。


「でしたら一年後増援論の真の出処を調べてよろしいですね?」

「やめろ最悪クラスの時間の無駄だ。頼むからやめてくれ。本当に。」

「時間の無駄? なぜですか。」

「ッ――。いいか義成。俺の仕事を増やすな。調べれば、きっと俺の仕事が増える。目の前の敵と戦うだけでも大変なのに、余計なことをするな。絶対にだ。」

「意味がわかりません。お命じくだされば自分が一人で、いえ、火水風ひみか鬼美笑きみえ姉にも手伝ってもらい特命係だけですぐに尻尾を掴みます。確実に、フェードアウト・ガールを逮捕までもっていくだけの情報を掴んでみせます。」


 鬼美笑だけでなく、すでに火水風も優秀な工作員といえる。国軍旗艦の総司令官室への潜入に成功したという一点だけ見ても二人の優秀さは疑いようがない。

 

 三人で迅速に調べ、察知される前に素早くフェードアウト・ガールを逮捕する。

 

 暗く狭い部屋に閉じ込められた女は、どうにもできないだろう。義成のよくしる手で説得する。ナカノ仕込の手だ。さしものフェードアウト・ガールも暗がりでおびえながら、司令局長を解任されることを承諾するしかないだろう。解任と引き換えに、放免してやるといえば絶対にうまくいく。そして天儀総司令は、電子戦司令局を手に入れる。イージーゲーム。容易い取引だ。


 天儀も、義成のいわんとすることは完璧に理解できている。だが、それだけに。


「絶対に、やめろ。そいつに着手した瞬間に、俺もお前も未来永劫、預金口座の残高が消えてなくなるぞ。」

「望むところではありませんか。それこそフェードアウト・ガールの不正の証拠となります。」

「はあ? イヤだよ。俺は、せっかく電子決済できる身分になったんだぞ。それを簡単に言いやがる。明日、売店で電子決済できなくなっててみろ、義成、ぶん殴るぐらいじゃすまさんからな!」


 支払いできず売店で立ち往生する総司令官の自分。困惑する売り子。情けなすぎる。天儀は、想像するだけで死ぬほど恥ずかしい。フェードアウト・ガールからすれば、預金残高をゼロにすることも、口座を凍結することも一指動かすより容易いことだ。天儀は、そのことをもっともよくしっている一人といえる。

 

 だが、義成も負けてはいない。

 

「天儀総司令!」

 と、叫んで天儀の座るデスクを両手で、バン! と叩いて、決断を迫った。

 

 だが、天儀は、

 ――絶対マジやめろよ!

 と、頭ごなしに命じてきただけで、義成の提案に取り合ってはくれなかった。それどころか、そのまま座を蹴るようにして立つと、部屋をでていってしまったのだ。


 ――なぜだ!

 と、一人残された義成は心中で悲嘆した。この仕事は、義成がもっとも得意とすることの一つ。そして、天儀の軍内の権力を、素早く飛躍的に強化できる最強の一手といえるのに!


 このとき義成は、心に一生で五指に入る苦々しさを抱えながら部屋をあとにするしかなかったのだった。そして、顛末としては、不機嫌そのものの義成は、花ノ美とアバノアと邂逅して――。というわけだった。

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