1-(5) 新総司令官の名前は? (2/2)
ヌナニア連合は、セレニス星間連合とグランダ帝国という二つの超領域国家が、戦争の結果合一して成立した大宇宙国家なのはすでに幾度も述べているが、この国家統合は、歴代のグランダ皇帝の悲願だった。
理由は、星系間にまたがる超領域国家の皇帝に、唯一欠けるのが軍事的業績。それだけだった。
遡ること地球世紀末期。太陽系で安寧とする時代を終わらせ、天の川銀河を飛びだした人類は、生存権の獲得を戦争に頼ることをやめていた。
というよりは宇宙開拓は、戦争を必要としない。新しく入植できる惑星を探し、そこへ入植し、そこからまた新しく入植できる惑星を探す。この繰り返しで、人類はラケニア超銀河団全体に生存域を広げたのだ。
もちろんこの過程には、幾度のも超技術革新が存在したわけだが、それはまた別の機会に語るべき話だ。
当初の人類は、宇宙に点で広がり、そこを拠点に本来あまり入植に向かない地域を開発し資源採掘し、最初に入植した惑星を中心に宇宙国家として広がった。
宇宙のそこかしこで、同じことが行われ何万という宇宙国家が入植した惑星を中心に膨張した。そして広がり続ける宇宙国家同士の領域がぶつかることで、『戦争』とはならなかった。
領域の拡大は、そのまま経済圏の拡張となる。領域を接したといっても開発のゆき届かない末端部で、国境線は曖昧だった。この曖昧な国境線を経済は、あっさり越える。
経済の交わりがあれば外交を行い共通のルールを設けさらに交流し、自然の流れとして、ある段階で宇宙国家は統合される。これが宇宙暦一千年に発表された『宇宙人類進化論』だった。
別々の国でいるより一つの国家として取りまとめたほうがつごうがいい。この段階での人類にとって、無人の宇宙を開拓するより、すでに人のいる宇宙のほうが、経済的魅力が大きかった。宇宙は、住処と資源を提供してくれても物を買ってはくれない。
この時期のスペースノイドは、きわめて理性的であり、宇宙を共通の敵として認識していたともいえる。地球で発生した生物は、宇宙空間で生身では生きてはいけない。スペースノイドは喧嘩せず。争って共倒れするより、手を取り合って新しい宇宙を開拓する。真に理想的行動を行った。
話が長くなってしまったが、傲慢なグランダ皇帝が望んだのは、穏便な国家統合ではなく武力統一。宇宙ひろしといえどもこの偉業を成しえたものは少ない。なにもそれを加えなくともと思いもしないが、とにかくグランダ皇帝はそれを強く望んだ。
その皇帝の切なる願いを『軍隊があるんだからやれるだろ』とぐらいの感覚で、やってのけた男がいたのだが、何故かその男は皇帝の逆鱗に触れて経歴抹殺刑。死刑は免れたが、世の中からは抹殺されたのだった。
六川も星守も目の前の新総司令官が、経歴抹殺刑をうけた詳しい事情をしらなかった。
名前をいえと迫ったら、むしろ逆になんで前がいえない状況になったのかと責められてしまった新総司令官。ムムッと困った顔をしたが、すぐに気づいた。
――論点を逸らされた。
いまは、そうじゃない。名前をいえ、それが本題だ。
「そう。経歴抹殺刑だ……。それがいまは晴れてヌナニア星系軍総司令官。俺は、名前を口にできないあの人から一足飛びに軍人の頂点に返り咲きてわけだ!」
新総司令官は、そう勢いよくいうと星守へ迫った。強気な彼女がたじろぐほどに新総司令官の〝いえ〟の圧は強い。
「おい星守、私の名前をいってみろ。」
だが、ほら、もういっていいんだぞ、という新総司令官の満面の顔が、むしろ星守に余裕を生んでしまっていた。
――なによバカバカしい!
と星守は、心中で唱えた勢いで、
「は?」
とゴミを見るような目で拒絶した。
まったく取り付く島がないとはこのことだ。新総司令官はくるりと一回転、六川を見た。新総司令官からして星守をこのまま攻めてもらちがあかないのは明白。このまま星守へ無理強いするより、もっとあっさりいってくれそうな別の人間を攻めるべきだ。
つまりは、六川というわけだ。
こいつは見た目通りのド真面目だが、ユーモアがないわけじゃない。それに星守は、上司としても人間としても六川を尊敬しているので、六川が俺の名前をいえば、星守だって俺の名をいわざるをえないというか、俺は誰かが一言名前をいってくれりゃあ満足なんだ。六川はめんどくさいのが嫌いだからあっさりいうだろう。それで俺は満足。
最短、極めて妥協的な解決策を選んだ新総司令官だったが、六川は……。
「……総司令おふざけはよしてください。」
六川は、よしてくれとばかりのジェスチャーまでして拒絶した。真面目な彼からすれば、いまの状況は茶番だ。まったくバカバカしいかぎりなのだ。
「相変わらずかたいな六川はよ。」
仕方ない。六川はもっと無理だったか。やっぱり星守だ、と新総司令官はあっさり目標を変更した。
「ほら星守、俺の名前を!」
が、この目標変更は、星守からすれば予想の範囲内だ。彼女は、口元には笑み、そして目にはとびっきりの侮蔑を込めて新総司令官を睨みつけてから。
「汚い色相。」
「はあ? 違うだろ。名前がある。おい二人ともどうした変だぞ。いいだろこれぐらい。」
だが、二人は応じずにしばらく進んでから、六川が、
「もう到着しました。」
といって、高級木材を模した特別なデザインの扉を指さした。扉の上には『総司令官室』の文字。習字というやつで達筆だ。
国軍旗艦瑞鶴は、その名前の由来から総司令官室のような一部の重要施設の入り口の名称は、艦の名称のルーツとなった文化の文字で書かれている。これは装飾的な意味が強い。なお、漢字をまったく見慣れていないクルーは、あの変な文字が書かれた豪華なプレートが飾ってあるところが総司令官室ぐらいの認識である。
結局、名前を呼んでもらえずに目的地に到着してしまった新総司令官だったが、気を取り直して、
「……そうか。まあ、二人ともよってくだろ。色々話したいこともある。」
と二人を誘ったが……。
「いえ、僕は早急に新総司令官のイメージ改善の手立てを打つ必要があります。すぐに総司令部に戻って取り掛かりますので、今日はこれで失礼させて頂きます。」
六川の行動は素早い。新総司令官がなにかをいうまをあたえず、さっさと敬礼して踵を返して去ってしまった。残された星守も。
「あ、そうそう私も新総司令官がいかにいいやつかって嘘を、軍内に吹聴しなきゃならないんで、忙しいんですよね。この世で一番汚い色相をピュアカラーと言い張るだなんて、うわー気が重い。でも勝つためですし、新総司令官のためなのだから急いでやらなきゃいけませんね。あー、忙しい忙しい。さようならー。」
が、その星守の手の手首を、新総司令官が逃さんとばかりに掴んでいた。
お前は逃さん! というわけだが、星守は、空いていた手でペシリと新総司令官の手の甲を叩き振りほどくと、
「無駄話は、白い壁にでも向かって、一人でやってください。」
そうきっぱり断り、六川を追いかけていった。
哀れ新総司令官は、一人扉の前に残される羽目となったのだった。
「ひどい……。」
ぽつんと残された新総司令官は、ボヤきつつ電子キーを解除。部屋のなかに足を踏み入れたが、ボヤキはとまらない。
「チッ。なんだってんだ六川も星守も久しぶりに会ったんだから、もっとこうあるだろ。思い出話とか、いまのヌナニア軍の状況とか。いろいろ話題はあるだろ。それを逃げるようにいっちまうだなんてさ。」
二人の旧交を温めるという感じも、再開の喜びもなかった。二人の冷たい態度は正直、新総司令官はこたえた。
新総司令官からすれば、経歴抹殺刑を解除され軍に復帰してみれば、軍の雰囲気はがらりとかわっていたうえに、しった顔はなく周囲にはヌナニア新兵ばかり。
新総司令官は、軍の地上施設で、
――偉い人なのだろうけど誰?
というよそよそしい雰囲気のなか軌道エレベーター利用の手続きを済ませ宇宙へでて、移動用の護衛艦に乗り込み、瑞鶴に乗艦して着任式という流れで瑞鶴に着任したのだが、瑞鶴に到着してもやはり見知った顔はなし。
当然、瑞鶴のクルーも新総司令官をよくしらない。お互いよくわからない相手とあって、瑞鶴に乗り込んでも新総司令官というよりは、お客さん扱い。新総司令官は、クルーたちとの距離を感じつつ、そんななかやっと知った顔を見つけたかと思ったら、この冷たい扱いなのだから悲壮感は否めない。
だが、そんな扱いでも総司令官室は立派だ。個室とはとは思えない広いスペースは、木造を思わせるデザインを基本として、壁は白塗り、床には不燃性のペルシャ・カーペット。もちろん室内灯などの装飾は豪華で、執務机やベッドの他に三人がけのソファーが二脚も置いてあり、来客用のスペースまである。備え付けの専用冷蔵庫。戸棚のなかには酒だってある。これらは伝統なのだ。
「ちぇッ。俺の名前をいえってんだ。」
広い部屋に新総司令官の小さな声が虚しく響いた。
「……天儀。」
それはあまりに自然な応じだった。それに、その言葉は望んでいたものでもあったから新総司令官は、疑問より前に納得した。
――おうおう、そうそう。わかってんじゃないか俺の名前をよ。
たっく、いまみたいにすぐに一言いえばすむのによ。天儀総司令ってな。それが六川も星守もいけずだぜ。
が、新総司令官、いや天儀は、すぐにそのおかしさに気がついた。ここはヌナニア星系軍総司令官室。軍のトップの執務室兼プライベートスペースだ。ここに入れる人間はかぎられる。
たしかに、ハウスキーパーよろしく下士官が、着任したての総司令官のために部屋を掃除している可能性はありうる。
予定では天儀が戻ってくる前に掃除を終わらせてでていくはずが、アクシデントが重なり間に合わなかったなど、本来、誰もいないはずのこの部屋に人がいるという理由はいくらかあるが、いま、天儀へ向けられた声色には感情がまったくのっていなかったのだ。だいたい掃除のために入室していた下士官なら、総司令官の名前を呼び捨てにはしない。
天儀は、声のしたほうを見た。そこには将校と思しき片目隠れの青年がいた。
鋭い目つきに、服の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体。隙がなく、かつ動的な佇まい。
この片目隠れの青年が次の行動に移るのにコンマ秒も必要としないだろう。そして片目隠れの青年将校が、その身から醸しだしているのは軍人としての、いや暗殺者独特の雰囲気。そして、その右手がおかれたさきは柄であり――。
――刀?! いや、脇差しだと!?
と天儀は、驚く間もない。
天儀は、すぐに自身の置かれた状況を理解した。片目隠れの青年将校から自身へ向けられている視線には、むきだしの殺意しかない。それは心底ゾッとするようなもので、とても肯定的に捉えることはできない。そして、まだ抜かれていない刀が閃けば一巻の終わりだ。
「誰だてめえっ!」
ぞっとし身構えつつも、なんとか天儀は叫んだ。
片目隠れの青年将校の口が動いた。いまの天儀には、その動きはえらくゆっくりに見える。
「俺は……
……お前の死だ――!」
より殺気を先鋭化させた片目隠れの青年将校が素早く、そして音もなく天儀へ向けて突進した。青年将校の前髪が流れるように舞った。髪の毛の間から覗いたその双眸が、死神を映していた。