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1-(49) 神仙

 Oh……。アバノア絶句。言葉もないとはこのことだが、まあ、これはいい意味でだが。そんななか花ノ美は、とびきり興奮したようすで、

「では、次は地を縮めるんですね?」

 と天儀へ食いつくように発言。


「ああ、そうなるな。私は、トートゥゾネまでの新航路の設定を宣言する!」

 

 天儀の大宣言に、驚いたのは天文観測部だ。天文観測部は、測量班を抱える。もちろん測量班の主たる仕事は、戦場となる宙域のマッピング。

 

 そんな彼らからすれば、どだい天儀の発言は荒唐無稽。新航路の設定には、本格的で大規模な測量が不可欠。軍は戦況劣勢で、トートゥゾネで、まともなマッピングをおこなえていない。

 

 いや、それはフライヤ・ベルク全体でもそうだ。新航路を設定するほどの大規模測量には時間がかかることはいうまでもない。

 

 そう。専門家からいわせれば、新たな航路をすぐに設定するなど現実的に考えて不可能!

 

 そして慌てふためく天文観測部に変わって、

「ですが、航路開拓には、新規の測量が不可欠ですけれど?」

 とアバノアが、天儀へ問うた。アバノアは、戦場のマッピングの進捗率をよく承知していた。


 ヌナニア軍は、中核部のマッピングこそ終了していたが、その他は後回しで、アバノアのしるかぎり、泊地パラス・アテネとトートゥゾネ間のマップは、既存の航路周辺以外は、真っ黒。つまり、未測量……。


 けれど天儀は、心地よい笑み一つ。彼は、足元に置いてあった黒い筒を拾いあげて、花ノ美へむけて放り投げてきた。中々のノーコンぶりだったが、花ノ美は、机から身を乗り出しそれをキャッチ。

 

 花ノ美は、

「開けてみろ。」

 とう天儀の言葉に従い開封し、中身を取りとりだした。中に入っていたのはA1大のマイラー図面。それを横から覗き込むアバノア。


 なお、この黒い筒は、天儀が大会議室に登場したときに手にしていたあの黒い筒だ。この筒は、図面や絵を納めるための収納容器だったのだ。

 

「諸君は、トートゥゾネへ至る航路が一つだけだと思っているようだが、それは違う。宇宙は、自由気ままというほどにはいかないが、地上より道の選定の自由がある。」


 衆目は、発言する天儀へではなく、図面を開く花ノ美とアバノアへ集まった。花ノ美は、すぐに注目へ応じた。


「古いけど、図面です。泊地パラス・アテネとトートゥゾネ間が網羅されたマップです! 新航路の選定は可能です! 移動時間は、劇的に短縮されますよ!」

 

 室内には、歓声ともため息とも判別できない驚きの音が響いた。たしかに、筒が放り投げられた時点で、多くのものが予感していたが、これはまったくの驚きだ。どうして、どこにこんなものがあったのか。そもそも、いままで、でてこなかったのも摩訶不思議。奇っ怪極まる。これほど重要な情報を、いままで見落としていただなんて……。


 そんな誰もが抱いた疑問を、

「はて、これは一体どこに?」

 とアバノアが代表して口走った。


「そりゃあ、お国のデータベースさ。」

「あら、国庫に?」

「ああ、そうだ。」

「それは、つまりアレキサンドリア・アーカイブス?」

 

 アレキサンドリア・アーカイブスは、ヌナニアの国会図書館のことだ。旧グランダ時代と旧セレニス時代の重要文章が納められた叡智の書庫。

 

 だが、不思議だ。ここは資料集めに、まっさきに調べられるはずだ。いまさらアレキサンドリア・アーカイブスに、こんな新たな資料が眠っていたとは考えられにくいが、アレキサンドリア・アーカイブス以外に、こんなものがあるとも考えられない。


「いや、残念そこじゃあない。旧セレニスの法務省の倉庫だ。」

「なるほど、そんなところに。いままで見つからなくて当然ですの……。」

 

 つまりこのマップ情報は、旧国時代の官公庁の閉鎖情報。これは、とてもまともな軍人では、思いつかない。そして同時に納得した。そんなところなら、こんなとんでもないお宝情報が埋もれていてもおかしくはない。


「私が、フライヤ・ベルク宙域の経歴を調べたら六十年前に、旧セレニス星間連合のスーパー・ゼネコンから大規模開発申請がなされていることが判明した。」


 ただ、そういわれてもほとんどのものは、わからない。いまの天儀の言葉の意味を、ただちに理解できたのは、法務部門の人間か、会議室に姿はないが測量班の人間だけだったろう。


 もちろんアバノアもわからない側の一人だ。困惑顔のアバノアへ天儀はつづけた。

 

「開発申請をおこなうには、事前調査が必要だ。資源のない宇宙を開発するのは無駄だからな。つまり申請にあたって、スーパー・ゼネコンは、資源の探索のために事前調査をしたはずだ。それにはまず測量だろ。ある程度状況がわかっていないと、宙域調査のための宇宙船が飛ばせん」

「なるほど……。」

 

 このアバノアの、なるほどは、この世に自分の知らない事があるだなんて、という自省と驚きがないまぜになった言葉といえる。人間誰でも困難に直面しなければ、しらずに己を過信するものだ。アバノアは、優秀だっただけに、過信も人一倍だったのだろうと反省した。そう、アバノアからして、困難のない人生なんてない。だが、そうは思っていても、自分の心におごりがなかったかといえば否だ。


「申請があったなら、どこかで確実に広域の大規模測量をかけていると考えるのが自然だ。国は、六十年前のデータを持っている。では、国内のどこにあるのか? 法務局だ。スーパー・ゼネコンが開発するとなれば、そこは新国土として登記するという選択肢がでるからな。私は、旧セレニス星間連合時代の資料がないか法務省に問い合わせた。」

 

 ――ウルウトラ・コスモ・リソース・地帯フィールド・フライヤ・ベルク。

 そもそもの戦争の発端は、両国のあいだの緩衝地帯ともいえる領有権が曖昧な宙域で、莫大な資源が見つかったことが理由だった。

 

 フライヤ・ベルク宙域は、人類が宇宙でいとなみをつぐには、まことにつごうのいい物質の滞留する神々の丘。精密機器に必須なレアマテリアル、ガス資源などの多種なエネルギー資源、そして人が生きていくには不可欠な大量の水。つまり氷岩群。

 

 放射状に広がったこの資源地帯の広さは、ざっと水星から火星まで。誰だって欲しい宇宙資源。しかも優良となれば、是が非でも欲しいというものだ。

 

 ヌナニア側は、旧セレニス星間連合時代から調査の手を入れており、対して太聖銀河帝国は、約百年にもおよぶ熾烈な内戦を終えたばかりで、経済活性化のため是が非でも欲しい宙域だった。

 

 ともかく、それなりに昔からわかっていた資源の山の存在。ヌナニア連合が誕生して、国家挙げての大開発事業が始まるまで、フィールド・フライヤベルクの存在は、知る人ぞ知るという状態ではあったが、まったくの未知というわけではなかったのだ。


「ま、じつは最初に、フライヤ・ベルク宙域の管轄を引き継いだ地方法務局に連絡をしたら、就業時間回ってやがって連絡がつかなかった。しょうがないから法務大臣に鬼電してやったんだけどな。」

「は、法務大臣……? 直電? 嘘、ご冗談を。え、本当に?」


 ヌナニアでは、国務大臣といち軍人とあいだには、巨大な格差が存在する。天儀のように、最前線を統括する軍人でも大臣に直接連絡を取ることは、はばかられる。電話したところで、まともに相手にされないとすらいっていいだろう。

 

 いまのヌナニア軍に、大臣と、しかも防衛大臣以外と直接やり取りができる軍人なんていない。だが、目の前にいた。グランダの人食い鬼は、その昔、国務大臣より、その位をうえにおいたものだ。なるほど、天儀はならありうる。やれる。というか、そんなルール違反をやっちゃう気がする。

 

 いま、ヌナニア宇宙とよばれるグランダ宇宙と、セレニス宇宙の武力統一は、歴代皇帝の悲願。勝てば何でも許された男ともいえる天儀は、目的を達成するためには国務大臣を馬車馬にしてつかうこともいとわなかったろうし、あの武張った皇帝はそれを許したろう。そんな思いが、高官たちの脳裏をよぎった。


「ああ、本当だ。進むも〝退く〟も大臣のご英断一つです。といってやったら、法務大臣もこころよくやってくれたよ。結果、彼らは優秀だったな。資料の所在をすぐに見当をつけて、探し始めた。法務省の官僚が、懐中電灯片手に倉庫を調べたそうだ。」

 

 この言葉に一部の高官たちは、感心するよりゾッとした。……なるほど天儀は鬼だ。いや、怖いもの知らずだ。なんのことはない。天儀は、法務大臣を恫喝したのだ。いま、俺の要求にこたえなければ責任問題になるぞと。これは、あまりに危うすぎる力技といっていい。

 

 天儀は、トートゥゾネでしくじれば豪然というだろう。負けたのは大臣がサボったからだ! あのときマップ情報を真剣に探していれば勝てたのに! と……。

 

 天儀、噂通り。本当に戦うためならなんでもする無法者。

 

 だが――。

 

 いまは、それがとてつもなく頼もしいのも事実!

 

 そして、その瞬間、やっと全員が、

 ――大遅刻の原因はそれか!

 と理解した。天儀が最初会議にいなかったのは、宙域情報を漁っていたから。なるほど、あの大遅刻の理由は、じつは多くのものが推測していた自身の重要さを演出などというくだらないものではなく、許されて然るべき理由だったというわけだ。


 高官たちの天儀を見る目が完全に変わっていた。


 新たなマップデータの所在は、旧国時代の官公庁の閉鎖情報。わかってみればくだらないことだったが、当たり前のことを、当たり前にやってのけられることが凄いのはいうまでもない。それを天儀は、甲号音がなるという非常事態のなか、冷静にやってのけた。これは、彼らにとって瞠目どうもくすべきことだ。

 

 花ノ美は、頭上ヘイローを揺らし、手を打って、

「地を縮めましたね。神仙ですね!」

 と叫んだ。花ノ美は、このときの自分が、とびきり破顔していると自覚していた。だが、そんな顔をしても恥ずかしくないほど、天儀という男あまりに面白い。


「ああ、そうだな。となれば今後はかすみを食って生きるのか。まったく難儀な人生と言えるな。だが、食い慣れてるともいえる。これから食う霞は、懲罰の時代に食った霞よりうまいだろうよ。」


 この冗談に部屋には、心地よく笑いが発生し、質のよい空気が満ちた。戦えるかもしれない。いや、やれる。間に合う! 間に合わずとも援軍を、と半ば投げやりだったものたちも、その目に可能性を映しだし、心には勇気が満ちた。


 いま、誰もが、この心の転換を快感として受け入れていた。会議が始まったときには考えられなかったメンタル状況といえる。


 天儀は、そんな室内のようすを確認すると、花ノ美とアバノへ、

「で、これをつかえば、どれほどでトートゥゾネへ到着できる?」

 と問いかけた。けれど問われても花ノ美もアバノアもさすがにそれなんことはすぐにはわからない。


 優秀とはいえ、答えられることと答えられないことはある。というかわからないことを、わからないと、はっきりいえるのが専門家だ。素人は、むしろ、わからないこと無理に答えるものだ。


 花ノ美もアバノも天儀の提示した二つのデータを使えば、集結時間は大幅に短縮され、トートゥゾネまでの移動も劇的に早くなることは、わかっても具体的な所要時間となると、それは資料を精査し、計画を作らなければわからない。

 

 だが、この難題を、いま、ちょっとしめされた資料を、ひと目見ただけでやってのけられる男が、この会議室にはいた。大がつくとはいえ、こんなごうのいい人材がいるだなんて、まったくこの会議室は広大といっていい。

 

「九時間!」

 という声が響いた。それは、黒いヘイローを頭上で揺らす男。アーサス・スレッドバーン。


 天儀が目をむけたアーサスの瞳は、らんらんと輝いていた。その熱気、体からは湯気が立つほどという形容がふさわしいほどで、背中に背負った悪の一字は力強い。いま、アーサスは全身で戦いを望んでいる。


「ああ、認めるあんたはやってのけた。集結三時間。進軍に六時間だ。これは、やれるゼ。いこう!! トートゥゾネへいこう!」


 ――トートゥゾネは勝てる!

 という空気が高官たちのあいだで満ちた。いや、これはまだやはり強がりだ。事実、誰の心にも不安はある。正直、まだ、わからないことは多い。けれど、可能性が極限に増大したことだけは間違いない。あと李飛龍と艦隊が耐えてくれさえすれば、すべてが好転する可能性がある。


 だが、熱くなる室内の空気に逆行して、一年後増援論派の心は冷えあがり、ますます自身の考えに固執することとなった。

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