1-(48) 魔法使い
会議は、一年後増援論派が糾合。彼らは立ちあがって、意見を代表していっていた男へ賛同の態度を示した。いや、次々に天儀へ増援を待つべきで、トートゥゾネへの援軍がいかに意義の薄いことか口々に主張し始めたのだ。
天儀は、まるでなすすべなく彼らにいわれるがままだ。
これには、花ノ美もアバノアも驚いた。一年後増援論派は、基本弱腰の日陰者集団。そんな彼らが、ここまでするとは予想外にすぎる事態だ。一年後増援論派でない高官たちも色めき立ち事態は異様さを増した。
「あらあら、これはとんだ窮地ですの。総司令官さまったらどうなさるのかしら。」
「まあ、間に合わないにしても、援軍するっきゃないんだけどね。」
そう。間に合わないかもしれない。そんなことは、誰だって承知していたのだ。それを織り込み済みって、トートゥゾネへの援軍を決めようとしていたのに……。
一年後増援論派は、無駄に、そして無秩序に乱した。まったく計画なしの暴挙だ。花ノ美はからの目的が見えない。気持ち悪い。よくわからない連中。あれは虫だと、花ノ美は思った。頭にたかる羽虫。なのに天儀総司令は、どうしてだが、そんな気持ち悪い羽虫を振り払わない。たかられるがまま。
だが、気持ち悪い羽虫。もといい一年後増援論派より、不可解な存在が、いまの花ノ美にはいた。
――なぜこの性別女の生物は、動かないのか?
そう思って、花ノ美は、視界の隅でアーニャ・レッジドラクルニヤをとらえた。
はっきりって、いま、トートゥゾネへ援軍をしないという選択肢はない。それなのに、幼女先輩ことアーニャは沈黙している。花ノ美だって、アーニャに、天儀へ全面賛同しろとはいわないが……。
だけどさ。幼女先輩。そろそろ動いてもいいんじゃない? 花ノ美は、アーニャが、一年後増援論派に迎合して、天儀へ激烈に反対してくれたほうがまだスッキリとすらおもったが、いまのアーニャには、それすらないのだ。
――マジで? この人そういう人なの?
ガッカリだった。性格は極悪の悪魔だが、優秀だとは認めていた。だが、幼女先輩は、このごにおよんで、統合参謀本部議長代理の顔色うかがいを優先するのか? だが、それにしたって、この沈黙はあまりに不可解すぎて、あまりにも無責任に思えた。
花ノ美が失望を覚えるなか、天儀がやっと動いた。
「わかった。落ち着け。わかったから。」
といった天儀は一見して弱気で、一年後増援論派は、天儀が譲歩を見せると思い天儀の言葉に従って代表者以外は粛々と着席した。
「なるほど。わかった。君らが問題視しているのは、集結時間の問題と、移動時間の問題なんだな?」
「はい!」
と代表者の男が返事した。勢いよく強く。大声で押し切る。そんな返事だ。
「なるほど。わかった。」
「わかってくださいましたか総司令官殿。」
代表者の男もそれに賛同していたものたちも勝利を確信。おくせずに、意見をいってみるものだ。天儀はついに折れたのだ。
そして、徒党のない総司令官とはこうも弱いものか。と、つい先程まで忙しく意見を吐いていた口中で、勝利の味を楽しんだ。
派閥を頼めない男は、数に無力だ。そうだ。戦いは数。自分たちは軍人でそれをもっともよくしっているではないか。天儀は一人で、自分たちは会議の中では少数派かもしれないが、一人の天儀と比べれば圧倒的に多数派。天儀は、孤独に戦うしかないが、自分たちには仲間がいる。
孤高の化け物は倒れるのだ。人食い鬼といえども数には無力!
「ああ、理解した。」
「よかった。では、とりあえず援軍を編成しトートゥゾネへ送るという形だけは見せましょう。李飛龍艦隊を完全に見捨てたと政府や、兵士たちに思われてはまずいですからね。とりあえず瑞鶴は、援軍の編成から外し――。」
が、つらつら喋る代表者を、天儀はガン無視。自らの言葉を挟んだ。この言葉は、先程までと打って変わって力強かった。
「つまり、きみらは、時が止まり、距離が縮まれば、私に従うということでいいのだな?」
この様子を目撃した花ノ美やアバノアは、驚きもしたが、最高のエンターテイメントの視聴者でもあった。いまの彼女たち、いや、天儀と一年後増援論派以外の者は傍観者といっていい。不謹慎にいえば、傍観者たちは、観劇を楽しむ客。まったく気軽に、エンディングを想像しながら楽しむだけだ。
「花ノ美お姉さま、いまの聞きまして?」
「……聞いたけど。私たちがしらない能力者っているのかしら。」
アバノアは、さあ? というように、かぶりをふってから。
「それにしても花ノ美お姉さま、ヌナニア軍には魔法使いとか神仙がいたとは、わたくし存じ上げませんでしたの。」
「まー。ヌナニアは広くて、星系軍って数だけは多いから、探せば魔法使いの一人や二人いるかもねー。」
「ふふ、ご冗談を。」
「まあ、能力ってそういうもんじゃないからね。」
「ええ、アヘッドセブンにも、やれることと、やれないことがある。魔法と見分けのつかない科学でも、それは例外ではないですの。」
「でも、もし彼が時を止めて、地を縮めたら……。」
「まさか。そんなことできませんの。」
「どうかしら。」
花ノ美が見るに、天儀の言葉は中身のないような薄っぺらいものではない。それは、きっと単純で、それだけに確実な方策持っている。けれど、それがなにかは、わからない。集結に必要な二十四時間は、絶対に縮まらない。トートゥゾネまでの航路は絶対に短くならない。
「はてさて、わたくしたちの大魔術師さんは、どうしてくださるのでしょうか。花ノ美お姉さまこれは、とても見ものですの。」
そして、強引に言葉を遮られた代表者は、天儀の言葉に驚きもしたが、
「ええ、そんなことができるならばね。」
と、余裕たっぷりで応じた。代表者だけではない。一年後増援論派全体が、天儀を見くびった。天儀の言葉は、苦し紛れに過ぎない。と断定した。
科学は魔法ではない。物理的な成約は、如何ともし難い。この宇宙では誰もがニュートンの系譜に属するのだ。それ以外の存在は、フィクションでしかない。
天儀が、自身の携帯端末をとりだし、六川へかざした。これは、六川のもつタブレット型の端末にデータを送信することを意味していた。六川は、天儀の突然の行動に、面食らいはしたが要求されるままにデータを受け取り、
「いま、渡したファイルの中の一番上のデータを、スクリーンに表示しろ。」
という天儀の言葉に従った。
ほどなくスクリーンには、天儀の渡したデータが表示され、そこには艦艇の名前がずらり。これには、会議室全体が息を呑んだといっていい。これには一年後増援論派も絶句だ。
「これが、いますぐ、ただちに動ける艦一〇〇隻だ。乗員の泊地パラス・アテネからの移動の段取りも作ってある。こいつを使えば、あっというまに集結は完了だ。」
これは六川もしらないデータだった。六川が、思わず驚いて天儀を見ると、
「作っといた。どうせこんなことになるとわかっていたからな。」
と応じられた。
なるほど。と六川は納得した。李飛龍からの増派の要求は、一ヶ月ほど続いていたのだ。六川は、それを天儀に報告した覚えがある。天儀は、あのちょっとした報告をないがしろにせず自身で段取りを組んだのだ。なんと涙ぐましい努力か。甲号音前のトートゥゾネへの増派は、星守は絶対拒絶の案件。つまり、この地味な作業を軍官房部は、やってくれない。だから天儀は自分でやった。
「え、これはつまり……。」
とアバノアがうめき、それに応じるように花ノ美が、
「時を止めた!」
そう叫んでいた。声は、部屋中に響いて、高官たちの心をよく打った。
「え、つまり、あなたは魔法使いさん?」
と、アバノアは、天儀を直視。まさかまさかの展開。アバノアは、ちょっと、いや、かなり心のなかで天儀を下げて評価していただけに、驚きはひとしおだ。
そんなアバノアの驚きに天儀は、彼女好みによく応じた。
「うむ。そのようだ。私も今日しった。自分が、そんなものの使い手だとな。」




