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1-(47) 第三極

 ともかく事態は、ここにきて軍官房部派でもなく、統合参謀本部派でもない一年後増援論派という第三極の登場となった。そんなか天儀は、増援論者の男へ落ち着いて問い返した。

 

「ふむ。謎多き事態だ。わけがわからんが、トートゥゾネへの援軍が不可能という根拠を聞かせてくれ。」

「不可能というより無意味ですね。トートゥゾネへの援軍は無意味です。」

「なるほど。やはり、わけがわからんが、それだけに、その理由を聞かせてくれ。」

「はい。本官が考えるに、トートゥゾネへの援軍には、二つの技術的問題が存在します。失礼ですが、総司令官殿は、それを考慮されておいででしょうか?」


 天儀は、どうぞというようなジェスチャーで、増援論者の男に発言のつづきを催促した。男は、咳払い一つつらつらと開始した。


「では、失礼して。問題点一。艦隊の集結時間です。」

「なるほど。援軍といっても送ると決めたら即出発とはいかないか。」


 途端に、それまで愁眉という形容が相応しかった増援論者の男の眉が開いた。天儀、理解力ありというわけだ。もちろん、男からして、いまの天儀の応じだけで、天儀の心が、自分たちに寄ってきたと断定するのは早計だとはおもうが、まったく取り付く島がないわけではなさそうだと感じたのだ。


 これは発言をしていた男だけではない。一年後増援論派全体が俄然勢いづいた。その勢いをかって、いまや一年後増援論派の者代表者となった男は言葉を発した。


「ええ、そうです。いまから泊地パラス・アテネ中から艦艇を、かき集めて初めて援軍は完成します。つまり援軍用の戦力が集結するのに、それなりの時間が必要。そうですね所要時間は、ざっと……。」


 そこで言葉を切った男は、一考する素振りを見せたあと花ノ美を見て。


「失礼ですが、統合参謀本部のお方。そうですね。花ノ美中尉などは、戦力の集結にどれほど時間がかかるとお考えですか? できましたらお聞かせ願いたい。」


 突然の振りに花ノ美は、表情こそ変えなかったが満身不快。

 ――なによこいつ。キモ。

 花ノ美からして、この男の考えは見え透いている。

 

 ようは自分たちに側に、統合参謀本部派を巻き込もうという魂胆で、発言を求めてきたのだ。

 

 しかもさ。こいつ戦力の集結には時間がかかるって思っただけで、実際の時間の算出できてないでしょ。と花ノ美は見透かしていたが、露骨に邪険にするわけにもいかずボスの顔、つまりはアーニャの顔色をうかがった。花ノ美の発言権は、アーニャが握っている。

 

 アーニャも花ノ美と、同様の感想を持っていようで、あきれた調子で、

「答えてやれ。」

 と花ノ美の発言を許可した。

 

 このとき花ノ美は、嫌な気分がした。アーニャの態度には、お洒落バカなお前でもこれぐらいはわかるだろ。というような侮蔑が感じられたからだ。

 

 ともかく花ノ美は、

「ざっと二十四時間ですね。」

 と、男の求めに応じた。


「なんと!? 二十四時間ですか!」


 わざとらしく驚く男は、最高に癇に障るが、花ノ美は根気よく付き合った。


「はい。いまから稼働可能な船の洗い出しが必要で、かつ動ける船に人員を配置する必要もあります。援軍の有効性を考えると、最低でも編成は一〇〇隻規模。こなると泊地パラス・アテネ内からの人員の大規模移動が発生しますので、最低でもこれぐらいは必要です。」


「なるほど。本官の推定でもそれぐらいでしたが、やはり統合参謀本部の試算でもそれぐらいかかると?」


 この間抜けな確認に、花ノ美、不快感ゲージMAX。人生で最高に苛つく瞬間の到来だ。

 ――なにが本官の推定でもよ!

 あんた私の言葉をそのままなぞっただけでしょアホらし。しかも、この時間でやれるのって、統合参謀本部内でも一握りだけなんだけど? あとは、星守副官房あたりは、やれるかもね。天儀ではとても無理。それが本官の推定でもですって! あんたは、そもそも集結時間の算出にまる一日かかる。で、鈍亀のあんたが集結の指揮したら、まる二日ってところかしらね。

 

 最高に苛つくが、けれど花ノ美は、表情を氷のようにしただけで、

「はい。」

 と応じた。さっさと、こいつとの会話を終わらせたい。その一心だ。

 

 が、男からすれば氷の表情などおかまいなしだ。ようは、自分の望む答えがあればいいのだ。花ノ美の言葉を、聞いた男は最早、天儀を見ずに室内全体に言葉を撒き散らし始めた。


「皆さん。いま、戦力の集結に、なんと二十四時間もかかることが判明しました。」


 室内がざわめいた。もちろん一年後増援論派を中心にだ。

 

 一年後増援論派のあいだでは、

「そんなにかかったらトートゥゾネの李飛龍艦隊は、壊滅してしまっているのではないか?」

 という言葉が飛び飛び交い、それにより心にもたげた、

「間に合わないのに、援軍を送る意味はあるのか?」

 という思いは、室内の空気をよく乱した。頭のうえをかけるは迷いの言葉。戦わなければならないとわかっていても、戦いたくないというのも事実。だって死にたくない。考えてもみればトートゥゾネは、他人事だ。自分たちが矢面に立つことはない。室内には、一年後増援論派を中心に、退廃的な空気が生じていた。

 

 このとき義成は、微妙な天儀の顔色の変化を見逃さなかった。ただ、義成は、それを目撃した瞬間、天儀を直視できず恐怖を感じて目を背けていた。

 

 まったく天儀の怒りは、よく目を焼いた。太陽より強烈なその光と熱に、自分以外は気づかないのか? と義成はむしろ不思議なぐらいだ。

 

 そして、いま、義成には、天儀の心中が手にとるようによくわかった。天儀は、

「まるで、お前らにとってトートゥゾネ他人事だというか。ああ、そうだろうよ。お前らは、トートゥゾネにいない。一・五倍という度し難い困難に直面しているのは、現場にいるものたちだけだ。だが、割を食う人間の身になれないのか。トートゥゾネの李飛龍とその艦隊は、フライヤベルクという戦場全体のために、死んでいいといってくれたのだ。それを、あいつらが勝手にそういったから、やらせておけ。自分たちは、別の選択肢に走る。なんと虫酸が走る。なんと、つごうのいい考えか。」

 こう怒っているのだろう。


 けれど、義成以外者もからすれば天儀は、まったくの平静で、むしろ落ち着いて見えていた。証拠に、一年後増援論派の代表は、

「しかも問題は、これだけではありません。もう一つ問題があるんですよ。」

 と、したり顔で、さらに問題点を口にし始めた。

 

 このとき義成は、

 ――この男殺されるのでは?

 と本気で思って、天儀をとめるために身構えた。天儀の心中を洞察しすぎた義成は、いまにも天儀がこの男に飛びかかり、くびり殺さないか気が気でなかった。怒り心頭、旧軍の意匠の斧鉞ふえつを振りかざした天儀が、男の頭をかち割るそのさまがよく目に浮かぶ。だが、現実はそうはならなかった。

 

 天儀は、その心中こそ不明だが、ただ冷静に、どうぞ、というように発言を許可するジェスチャーをした。またも、なされるがままだ。天儀は、男へもう一つの問題を提示することをあっさり許してしまった。

 

 義成は、我が目を疑う気分だった。いまは、どうしかして一年後増援論派の発言をとめるべきなのだ。これ以上彼らに話させても利益は皆無。だが、現実は無慈悲だ。義成の目の前では、すでに一年後増援論派の代表が喋り始めていた。

 

「トートゥゾネまでの所要時間です。この問題も無視できません。」

「つまり、航路ルートの問題というわけだな?」

「はい。現在使用している泊地パラスアテネ・トートゥゾネ間の航路を、一〇〇隻の艦隊で通過する時間を計算いたしますと……。そのまた統合参謀本部の方お願いできませんか?」


 そういって男が見たさきは、花ノ美だった。またも発言を求められた花ノ美は、気分が悪い。聞けば答える便利な機械。まるで自分が一番統合参謀本部で下っ端という扱い。

 

 大体あんたね。それぐらい把握しておきなさいよ。所要時間の算出なんて、距離と船の数を公式にあてはめるだけじゃない。

 

 もちろん厳密な所要時間の算出には、艦艇の大小や、その他の要素を込み込みで計算することが必要だが、ざっくりとした所要時間は、参加艦艇の数と距離から簡単に求められる。それを、わざわざ統合参謀本部に聞くか? 花ノ美でなくともうんざりする。

 

 そんな花ノ美の下り坂一方の気分を察していただけたのか、男は下手な調子で、

「重要な会議です。本官より専門的な知識があるものからの正確な数字を聞かないと。」

 といった。本人は気の利いたことをいったつもりなのだろうが、花ノ美はガン萎え。

 

 そして花ノ美の発言権を握る上司のアーニャは、こちらもこれまた、うんざりした顔でため息をついてから、

「こーたーえーてーさしあげろ。花ノ美中尉。」

 と命じた。花ノ美は、心を氷にして静かに命じられるがままにした。


「はい。そうですね。移動に要する時間は、急ぎに急いで、ざっと十七時間といったところでしょうか。」

「なんと十七時間ですか! 先程の二十四時間と足して、四十一時間もかかるじゃないですか!」


 ぶん殴ってやりたいほど、わざとらしく驚いて見せる男を見て、花ノ美は、前髪をかきあげつつ思った。へー。十七と二十四を足すことは、できんのね。私はてっきりそれすらできないかと思って答えを準備してたんだけど。


 そんな花ノ美へ、アバノアが、

「あの程度の計算は、できるようですの。」

 と、ささやいた。


「よかったわよ。次に聞かれた私、とびっきりの嫌味を付け加えと思う。」

「ふふ、よく忍耐なさいましたの。これからどうなるかショータイム本番といったところでしょうから。」

「楽しんでんじゃないわよ。」

 

 けれど、花ノ美もそれは思っていた。天儀は、この脳足りんそのもの一年後増援論派を説得するのか。いや、切り捨てるのか。花ノ美が、感じるに会議室全体が、一年後増援論派にうんざりしはいじめている。

 

 もちろん花ノ美も、一年後増援論の噂話は承知していた。それがくだらない妄想というのもだ。花ノ美からいわせれば、あれは陰謀論に近い。不十分な根拠や思い込みで断定しているに過ぎない。


 ――ただ、それを信じちゃうほど戦局が悪いってのが問題だけどね。

 とも思った。花ノ美からしても天儀の着任は、中継ぎのそのもの。一年後に新しい総司令官とともに本国から増援がやってくると考えたくもなるのも事実。

 

 そして、一年後増援論派。全体の三割といえば多い気もするが、中核を叩き潰せば終わりという義成と同じ考えを、花ノ美も持っていた。さて、天儀総司令どんなやり口で効果的に解任をなさるんです? 花ノ美は、少し楽しみだ。やりかたによっては、士気が下がる。けれど、やりかたによっては、士気は天上を叩くほどに上がるはずだ。

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