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1-(4) 新総司令官の名前は? (1/2)

 参月少尉みかづきしょういが音もなく扉の中へ消えたころ、ときを同じくして木目調の通路を進む一団があった。一団といっても三人だが、この通路に入るまではぞろぞろと連れていたのだ。

 

 青の三本線のエリアが終わるころ、一団を率いるように先頭を進んでいたいかにも軍幹部といったいでたちの男が、

「もういいぞ。君たちはだって暇じゃないだろ。デスクワークが残っているものは、持ち場へ戻ることを許可する。」

 と一声したら、二人以外は蜘蛛の子を散らすように消えたのだ。


 そう蜘蛛の子を散らすように……。部下を思いやって声を発した男は、自らいいだしたこととはいえ情けないやら悲しいやら、とにかく悲惨な面持ちだ。


「信じられん。総司令官のお供だぞ。しかも着任初日の……。」


 そういって絶句する男に、

「彼らはヌナニア新兵です。噂でしか貴方を知らないのです。」

 と、いたわりの言葉をかけたのは、三十代の短くも長くもない天然パーマの黒髪に、黒縁メガネの六川公平ろくかわこうへいという男だ。


「それにしたって六川、もう少しこうあるだろ。気をつかって嘘でも部屋までついてきたい的な素振りとか、なんといっても俺は着任初日だぞ。部屋までついてこれば色々ありつけるのに。」

 

 そう。普通は、部下たちからすれば喜んで同行したい状況だった。着任初日の総司令官、総司令官でなくとも艦長クラスなど大所帯の長となれば、初日は部下を自室に呼んで親交を深めるものだ。

 

 お呼ばれたした部下も、上司のつまらない武勇伝に内心うんざりしつつも振る舞われる酒やフルーツの魅力にはあらがえない。宇宙では生鮮食品、とくに果物は高級品だ。そしてさらに気の利いた上司なら、部下へ配るための高級什器こうきゅうじゅうき(文房具)などを準備しているものなのだ。もちろん最前線では難しいが、ここは後方基地で、戦況不利といえども慣例通りやる余裕がある。

 

経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエがいけませんね。軍内では悪い噂ばかりが独り歩きした。」

「ヌナニア新兵のなかで、俺は血も涙もない人食い鬼か。」

「はい。肯定します。率直に言って彼らは貴方を恐れている。悪い意味でです。」

 

 そういう六川公平は、無表情。彼としては淡々と事実を述べただけだが、総司令官は苦い顔になった。


「今日はクリスマスだから俺は、でっかい箱いっぱいに準備してきたのに。」

「クリスマスだからこそ。さっさと去りたかったのだと考えます。人食い鬼の部屋より、恋人や家族とのプライベート通信。今日は、勤務の終了時間が一年で一番待ち遠しい日ですから。」

 

 そういう六川公平の顔はやはり無表情。なお、彼としては気をつかっていったのだろうが、着任直後の総司令官にとっては無情な現実だ。


「くそ。悪手だった。黙ってついてこさせて、プレゼントを配れば奴らの俺への偏見がいくぶんかは薄れたはずだ。本当にしまった。」


 うなだれていう総司令官に、

「いえ、優れた一手でした。」

 と声をかけたのは、この場に残っていたもう一人。黒髪のおかっぱ頭の前髪パッツンの二十代と思しき女子。思しきとは彼女は童顔なのだ。だが、きりりとした眉に厳しい目つきをしている。この見るからに正確のきつそうな女子は、星守ほしもりあかり。六川公平の部下だ。


 どう考えても皮肉たっぷりの言葉を向けられた総司令官は思わず、

「どこがだっ。」

 と叫んでいた。


「新総司令官様に置かれましては、ご自身に人望がないということを、ご認識していただけたと思いますので、私としては良い一手を打たれたと考えます。濁った色相。よくない色。誰だって見抜きます。」


 星守は、あくまで強気。そして着任してきた総司令官が気に入らないという感情を隠そうともしない。だが、こんなネガティブな感情を露骨にできるのも、総司令官が度量の大きな人物であるからこそ。証拠に、これだけいわれても総司令官本人は、現実は厳しい、ともらしてため息するだけで、星守

 へ苦言を呈すことすらしない。

 

 なお加えて、六川公平と星守あかりは、この着任してきた総司令官と旧軍次代すでに上司と部下としてチームを組んだことがある。なんのかんのいってもお互い気心はしれているのだ。


「どんなに凄い経歴をお持ちか存じ上げませんがぁ。兵士たちの目に映るあなたの存在は、アンラッキーカラー。ご自身が、経歴抹殺刑という身の上をお忘れなきようお願いしますね。昔のように〝俺は偉い〟って顔で、艦内を闊歩かっぽされても、だーれも新総司令官のことしりませんからね。いまの新兵の子の新総司令官のイメージは近寄りたくないやつですから、無計画に出歩けば威圧行為。パワハラにだってなりかねませんよ。」


 経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエ。度々出てきたこの言葉はいかなるものか。これは極刑の一つである。この刑が確定したものは、その名前が公文書はおろか、ネット上からの削除も徹底される。名前が消されるということは、もちろん積み立てた功績も成し得た業績も一切が『なかったこと』にされる。

 

 もちろんこれはデータ上のことで、人々の記憶には残るが、名前を口にすることも禁じられるのが、この刑罰の特徴だ。民間人が口にするぐらいなら問題ないが、公務員や公で立場のあるものが口にするのはまずい。とくにこの新総司令官の場合は、軍人だったためヌナニア軍人が彼の名や噂話を口にすることは超厳禁。タブー中のタブーだった。

 

 普通なら死刑とワンセットの極刑を、経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエのみを食らったレアケースの男が世間に復帰したから困ったもので、ヌナニア軍ではその対応に手間取っていた。

 

 話がそれた。とにかく、いまのヌナニア軍で、着任してきた新総司令官の人なりがしれておらず、変な噂話ばかりが出回っているのは、この経歴抹殺刑のためだった。

 

 そう。瑞鶴艦内での新総司令官のイメージは悲惨だ。噂話に尾ひれはひれはつきもので、人食い鬼というワードからの連想ゲームの結果、新総司令官はパワハラの権化のような男だとヌナニア新兵たちの間では認識されていた。なるほど。そう思えば新総司令官のお供をしていたヌナニア新兵たちの態度も納得だ。触らぬ神に祟りなし。パワハラ上司には、近づかないことが最もよい。


「星守お前は、俺を悪党のようにいうな。」

「事実でしょう。あなたの色相は濁ってる。悪党色です。」


 星守は、人を色で形容する癖がある。彼女には、人が体貌たいぼうから放つオーラのようなものが感じられる……らしい。本人談である。そのことは天儀も六川も承知しているが、ともかく星守からいわせれば、天儀の色相は、嫌悪感で吐きそうになるほど最悪らしい。


「まあそうだ。だが、誰も知らないってことはないだろ。さっき盛大に着任式をしたんだぞ。だいたい経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエが解除されたから俺はここにいる。」

「あらそうですか。だったらどうしてあの子達は、逃げるように去ってったんでしょうねー。不思議ですねー。」

 

 新総司令官を何者か知っていたら逃げない。偉大な功績と、抜群の軍事的能力、そんな男となれば軍人なら誰もがお近づきになりたい、その視界に入りたい。いかに恐ろしいパワハラ上司でもだ。とくに国軍旗艦に配置されるような優秀で出世欲の強い軍人達ならそうだ。

 

 だが、彼らは逃げた。何故か。新総司令官をしらないから、つまりあなどったから。

 

 ヌナニア新兵だけでなく国軍旗艦に配置されているものたちの多くが、早くも新総司令官の着任を敗戦処理のための人事だと心中で断定していた。

 

 よくない戦況、劣勢な戦力比。なんのことはない。つまるところ新総司令官は、負けるためにやってきた。敗軍の将を請け負う代わりに、経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエが解除される。そういうカラクリだ。負け戦の総司令官なんて誰もやりたくない。だから、こいつが選ばれた。そういうことだ。そんなやつに近寄って、巻き添えを食ったらたまらない。

 

 星守の手厳しい言葉に、さすがの総司令官もムっとした面持ちとなったが、しばらくして不敵な笑みを浮かべた。

 

「……なるほど。」

「ちょっとヤニヤして気持ち悪いんですけど。新総司令官さん知ってます? いまは不気味な雰囲気を部下へ向けるのもハラスメントなんですけど。」

「いやいや、星守お前の論によるとだ。逃げなかったやつがいた場合、俺の実力を認めてるってことになるよな。お前ふうにいえば、俺は悪徳色といっても、悪一色ではなくキラリと輝くラメ色が混ざっているというわけだ。」

「まあ、そうなりますけど……。実力はね。それは否定し難い。そうですね……。」

「ふふ、つまり星守、お前は俺が優秀なのをしっているからこの場を去らなかったってことだな。やはり中々いいやつだなお前は。」

「ちょっと! そういうわけじゃないです。立場上去るわけにはいかないというか、六川さんが残ってる以上私も残らざるを得なかったというだけでですね。」

「いい、わかってる、わかってる。お前は口ではなんのかんのいっても、ちゃんと仕事はやってくれるし。俺が何したかよーくしってるもんな。よく見える位置で見てたわけだし。」


 勝ち誇る新総司令官に、顔を真っ赤にして食い下がる星守。そんな二人を見て、六川は、やれやれやれと眺めていたが一安心もした。

 

 六川のしる昔の彼は、まさに羅刹天らせつてん。他人を睥睨へいげいするような話ぶりと、気構えていないと押しつぶされてしまいそうな威圧感を与えてくる男だったが……。

 

 ――この人は昔と少し変わったな。

 

 そんな感想を持ちつつ六川は、そろそろ口を開くことにした。ここらあたりで介入しないと部下の星守が、新総司令官におちょくられつづけたすえに、返す言葉がなくなり泣きだしかねない。

 

 新総司令官は、これでいて弁が立つし、星守くんは、しっかりしているようで案外幼いからな。そう思ったが早いか六川は、それぐらいにするんだ、と星守をたしなめてから新総司令官を見た。


「いまの貴方のイメージの悪さは、士気に直結します。軍官房部ぐんかんぼうぶとしては、早急に総司令官のイメージ改善のキャンペーンを打ちたいと思います。」


 六川は淡々といったが、六川としてもよろしくない状況だった。恐れられるといことは畏怖いふということであり、トップのありかたとして悪くない形の一つだが、いまの総司令官は恐れられかたが不味い。畏怖からはほど遠く、はっきりいって侮られている。帰っていいぞと言われた部下が、これ幸いとさっさと帰ってしまうのは、そうとしか考えられない。


「しかし、軍官房部か。よく作ったものだな。」

 と新総司令官がつぶやいた。

 

 軍官房部は、まったくの新規の組織で旧軍にはなかったものだ。ヌナニア軍で、最前線の作戦指揮を統括する総司令部の中枢組織で、旧グランダ軍でいえば統合参謀本部。旧セレニス星間連合軍では軍令部だったが、どちらも旧弊と化していたため軍組織の改革の実務を任された六川はその両方を廃止。軍官房部を新たに組織した。これぞ世にいう『六川改革』の大胆不敵の一つ。


 具体的な軍官房部の役割は、ヌナニアの総司令官を輔弼ほひつするための組織で、第一部から第四部からなる最前線の作戦と人事を一手に担う組織である。


 けれど六川は、新総司令官の言葉に少し声のトーンを落とし、

「……ですが、かなめの部分が中途半端な形となりました。これは異型の組織です。」

 そう応じた。六川としては、そんな異型の状態で開戦となってしまったことにも慙愧の念がたえない。


 そう。統合参謀本部を、解体したといったがあれは正確ではない。じつは統合参謀本部は存続していた。過去にも未来にも宇宙でも守株のやからとはいるもので、伝統ある両旧軍の作戦中枢部は、その解体に猛烈に反発。結局、二つの組織を一旦解体したあとに統合するということで手打ちに……。結局、意思決定組織としては形骸化していた二つの組織は、ヌナニア軍でも『統合参謀本部』として残されることとなった。つまり六川は、軍官房部による統帥権の独占に失敗していた。


「そうだろうか。物事は、六割か八割で満足すべきというしな。よくやったじゃないか。」


 新総司令官が見るに、六川改革とよばれるこの軍事改革は、八割の成功を確保している。まさに上出来といっていい。

 

 なぜなら12星系19惑星を領域にする国家は、その軍組織も巨大で複雑怪奇。あたまの部隊の由来をさかのぼれば、これまた各星系、各宇宙自治体の伝統ある諸部隊。

 

 一つの星系軍でも組織体系は、まさにゴルディアスの結び目。それを断ち切った六川の優秀さは疑いようがない。と新総司令官は評価しているのだが……。

 

 ともかく。新総司令官の高く評価する六川は、軍官房部のトップである軍官房長。そして新総司令官に冷たい態度の星守あかりは、六川の部下で副官房。

 

 利刃りじんと異名を取る六川軍と、女鬼めきと異名を取るのが星守のコンビは旧軍時代から。利刃とは、よく切れる刃物をいう。ただ、利刃六川の〝利〟には利益とか理路整然という意味が込められている。一方の星守副官房の女鬼はそのままだ。彼女は、年上から見ても年下から見てもおっかない女子なのだ。

 

 そんな二人を新総司令官は物いいたげに見たが、軍官房長の六川は無表情で歩みつづけ、福官房の星守にいたってはプイっとそっぽを向く始末。

 

 ――どうかしましたか?

 というようなリアクションを期待していた新総司令官としては、部下二人から突きつけられた塩対応はつらすぎるが、これぐらいでへこたれていては一千万の星系軍のトップには立てない。新総司令官は、わざとらしくコホンと咳払いしてから、

「ところで二人とも俺の名前を言わないよな。」

 と本題を切りだした。


 星守が「あ……!」という顔をした。声をかけられたら無視できないというより、そういえばと気づいたという感じだ。六川も確かに、という顔をした。


「これは失礼しました。もう、経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエは解除されている。たしかに名前をいってもいい。」

「でも一昨日ぐらいまで名前を言うのは、タブーでしたからね。私も脳内では、この人をよぶときは、汚い色相のあの人でしたからそれにすっかり慣れちゃってて。」

「たしかに、タブーだった。だから名前をいわずに済ますことに慣れすぎた。だが、僕としたことがしまったな。着任式も〝新総司令官殿〟で通してしまった。僕たちは新総司令官を、名前を口にせずに呼ぶことが当たり前になりすぎていたようだ。」

「ま、軍に居ない人の名前が、話題にでることってないですから困んないんですけどねー。」

 

 辛辣しんらつな星守の感想だが、新総司令官はむしろニヤリと笑った。


「そうか。だが、もう違うな。」

 

 どうぞ、というような素振りで新総司令官は二人へ催促した。もう経歴抹殺刑は解除されたのだ。堂々と名前を口にできる。問題ないのだ。

 

 だが、二人は……。さあいえ、という新総司令官に対して困惑した様子だ。こうも正面切ってあらためて名前をいえと催促されてもむず痒いし、必要性もないのに他人の名前を口にするのは、

「気持ち悪いから嫌です。」

 と星守がきっぱり断っていた。


「はあっ!?」

「星守くんいいすぎだ。気持ちはわかるけれど、言葉にする表現は、もっと配慮するべきだと思う。」

「おい、六川!?」


 新総司令官としては、六川軍にまでこうもあっさり〝気持ち悪い〟を肯定されてはたまらない。いくらなんでもそれはないだろ、と非難の言葉を継ごうとしたが、それを星守が制して先に発言した。

 

「だいたいですよ。経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエなんてどうやったらうけられるんですか?」

「それです。僕も寝耳に水だった。グランダ皇帝の不興を買ったとの噂でしたが、経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエは、裁判過程も、刑をくらった理由も抹殺されてしまうので、僕らはある日突然、貴方の名前を口にすることができなくなった状況でした。軍高官の僕らは立場上検索ワードにだって貴方の名前を入れられない。利用履歴を調べられたら一発アウトですからね。かといって軍で立場ある僕らが聞いて回るのも無理だった。そんなことをすればすぐに軍警に嗅ぎつけられて終わりだ。」

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