1-(39) トートゥゾネの危機
この様子を目撃したアーニャは、心中で細く微笑んでいた。天儀の厳重な心の梱包をとかずに透視。その真意を見抜いた統合参謀本部少佐は、いま、
――ザマアない。
とは、大はしゃぎだ。
まったくアーニャは、いま、楽しくて仕方ない。そんなアーニャが、断定した天儀の真意とは、
『李飛龍艦隊への攻撃命令!』
つまり、単独決戦だ。いま、誰もが回避したい李飛龍艦隊のみの戦い。絶対拒否のもっともありえない選択肢。
だが、なるほど、これは確かに逆説的だ。四倍の敵からの水も漏らさぬ包囲網。いたずらに逃げ回るより、真っ向突っ込んだほうが、勝機がある。……かもしれない。アーニャとしても、いまは、さすがに情報が少なすぎ、まだその戦いの像は、ぼんやりとしているが、交戦を命じれば、もしかしたら敵の包囲網を突破できるか可能性があることは認めざるをえない。敵の二つの艦隊の位置が遠く、事実上はまだ包囲網は閉じていないとか。色々材料はあるだろう。
甲号音が鳴る前に、情報が少ないなか確定事項から作りあげたアーニャの悪魔のフローチャート。そこに〝交戦を命じる〟というこれまで影も形もなかった選択肢を、出だしに一つ追加してみたらどうなったか? これまでにない膨大な可能性が見いだされた。もちろん進んださきには、大量の敗北という終局も待っているが、それ以外もある。決戦回避だけのフローチャートより、格段に勝機は増えたのだ。なるほど。グランダの人食い鬼は、勝利にどこまでも貪欲だ。ここまで考えるか。
だがしかし――!
それを、いま、命じることを宣言できるか天儀? ハハ、無理だろう。そうだろう。どうも、お前は、私を説得することで、全員を説得できると考えていたようだが、そんなものは皮算用だ。お前は、話を婉曲に進めすぎたのだ。ここにいる高官たちは、お前の考えがわかっていないゾ。誰もが、お前の決意を聞くには心の準備がたりなさすぎる。
集まっている高官たちの頭は、まだ『決戦回避』が大前提だ。お前の発想は、誰にとっても想定外すぎるんだよ。いま、この会議に敵が参加していても、お前の真意を悟るものは増えない。それほどに、お前の考えは非常識で、人でなしだ! 残念だったな天儀よ。高官たちの誰もが、いま、話の着地点が見えていない。天儀お前が、なにをしたいのか誰もわかっていない! ザマア! ザマア! ザマア!
アーニャ。天儀に散々にやり込められただけに、いまはとっても楽しい気分。困りはてている天儀を見るのは、まったく愉快痛快だ。
そして、事実、天儀は、いま、高官たちの無垢な視線が痛い。
――ねえ、総司令官そろそろ答えを教えてよ。
そんなふうにいわれているようにいしか思えない。うるせえ、子供か。わかれよそれぐらい。自分で考えろ。序盤から全部俺任せとか、ちっとはお前らも働け! と怒鳴り散らせれば楽なものだが、そうはいかない。
六名の重要な軍人と義成をくわえた七名から賛同を得たものの、この七名以外が全員反対してしまえばお終い。もちろんこれは極論だが、軍官房部の代表の六川、そして統合参謀本部派のアーニャが、天儀へ賛同しているのは現状にすぎない。ここで発言を間違えれば、すべてがご破産。とくにアーニャは、会議の潮流が変われば、簡単に寝返るだろう。
衆の注目集める天儀は、顔の前で手を組み沈黙。一見して落ち着き払った貫禄のある将軍だが、その心中は白目をむきそうなほど焦っていた。
やりたいことは、一人ではできない。勝ちたいなら、ここにいる全員のクソのついた靴底を舐めてでもやる必要があるが。
――だが、どする!?
天儀からして自分の真意は、それに気づいた図太く冷酷なアーニャが、『正気か!?』といって驚いたほどだ。このままいえば、高官たちは驚きをこえて絶望し、拒絶を示す可能性が高いのではないか?
天儀は、わからない。旧軍で、手にとるようにわかった部下たちの気持ちも考えもわからない。本当にこれっぽっちも、まるでわからない。だって、ここはヌナニア軍で、国民軍で、そして自分はブランクをもつ過去の遺物。まるで俺は異邦人だ。と天儀は思った。部下は全員言葉もつうじない外国人。これで、お気持ちをさっせよなど、神智があるにひとしい。……つまり、部下たちも天儀へ対して同じ気持ちなのだ。
進退窮まった天儀の頬を一筋の冷たい汗がつたったそのときだった。
ついに、その一報が入った。
「トートゥゾネとの通信開がきました!」
という一報だ。声を発したのは、六川公平。その手には、携帯端末が握られていた。ブリッジの司令部区画の部下からの直接の連絡だろう。六川は、ブリッジを離れるときに、通信が回復次第一番に報告するように命じていだのだ。
「遠慮はいらない。すぐに僕に報告して、通信を大会議室へ回してくれ。」
と命じられた通信長は、力強くうなづいた。なお、通信長は、国軍旗艦運用部に属す高官で、この緊急会議に参加する権利があったが、会議へは参加せず通信回復のための作業の直接指揮を取っていた。
天儀は、ガタリと立ちあがり、六川を見た。沈着な六川に似つかわしくなく、少し興奮気味だ。気持ちその天然パーマが膨らんだようにすら思う。だが、それも当然だろう。通信の回復は、絶望的だったのだ。それが、これほど早く回復するとは。その六川が、天儀の視線に応じて答えた。
「戦線旗艦扶桑。李飛龍戦線総監からの直接の通信です!」
聞いた天儀は、
「でかした!」
と叫んだ。
「よくやってくれた。通信をこちらに回してくれ。」
と六川が、手にしている携帯端末へむけいうと、通信長からは、通信を安定させるのには、まだ時間が必要で、
「五分ください。絶対に安定させてみせますから!」
という応じが返ってきた。
通信長のうわずった声を、携帯端末の小さなスピーカーから聞いた天儀は、
「心して、しばし待て。諸君は、よろしく李飛龍が戦場にいる意味を推察することになるだろう。」
そう自信満々に放ったのだった。




