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1-(36) 特大に動揺していた

 ところで、ここまでの事態を静観していた義成といえば……。


 ――こ、これが民主主義!?

 と、特大に動揺していた。義成、期待していただけに、その反動は大きい。

 

 天儀は、意見を聞くといって、聞いた端からバッサバッサと斬り伏せて、プランを提案したものはけちょんけちょん。完膚なきまでに叩きのめして黙らせた。


 これが民主主義なのか? そうなのか? わからない。俺は、天儀総司令がわからない。平和と協調が民主主義なのではないのか。それが、この男、攻撃を加えて撃沈したぞ。

 

 天儀が披露した論戦は、平和を唱えて核をぶっ放したとか、念仏口ずさみ竹槍で突撃したというような衝撃を義成へ与えていた。

 

  衝撃をうけたのは、義成だけではない。聞きしに勝るは、天儀の舌鋒ぜっぽう。居並ぶ高官たちへの印象は強烈だ。


 統合参謀本部派で論客となっていのは、アーサスだった。それを天儀は、アーサスを叩き潰したかと思ったら、まだ戦いの準備も整っていないアーニャへ襲いかかり、またたくまに撃破。しかも論点ずらしという戦術を取ったアーニャを、すばやく、しつこく追いかけ反撃の余地を与えず叩いた。

 

 完全に、会議自体が萎縮した。誰も天儀に逆らえない。ただ一人の存在が、大会議を圧殺している。

 

 ――マズい空気だ。

 と義成は思った。たしかに、ここまで徹底的に論破すれば、統合参謀本部派も反対はしにくい。というかアーニャ少佐は、完全に意欲をくじかれたろう。だが、あわせて統合参謀本部派以外の高官たちも気を削がれてしまっている。これでは、天儀が思うとおりの作戦を採用できてもうまくいくかわからない。士気の低い軍隊に栄光はともなわない。

 

「他に意見はないのか?」

 と天儀が室内に問いかけた。思いのほか柔らかい声だったが、沈黙は保たれた。自ら圧殺した室内の空気を天儀は意に介さず、発言がないことを確認すると言葉を開始した。


「二つの異なる作戦プランがでた。」


 でたからなんなのだ。と居並ぶ高官たちは間髪入れず心中で反駁はんばくした。その二つの意見を、天儀あなたは叩き潰した。どちらも気に入らないということはわかるが、総司令官殿もっと大人になるべきだ。

 

 たしかに高官たちからして、どちらも完璧な作戦ではなかったとおもう。少なくとも欠点の一つや二つ普段作戦会議へ参加しないような事務方だって指摘できた。だが、あの二つ以上の案が思い浮かばないのも事実。多少アーサスプランのほうがマシに思えるが……、ともかく少なくとも天儀は、総司令官として、ここはどちらかで妥協すべきだったのだ。そんな反感を抱えながら高官たちは、天儀の言葉に傾注した。

 

「かつ悪いことに、私はどちらの作戦プランとも意見とはことにするというは諸君も、すでに認識するところだろう――。」

 

 室内に失望の色が広がった。想像どおりの不調和。わかってはいたが、ここにきて第三の意見の宣告。二つでもどちらかに決めるのに難儀しそうだったのに、三つ目のご登場とは絶望的だ。三者三様で、相容れない。会議は、ますます、まとまらないだろう。しかし、次の天儀の言葉は会議室の空気を一変させることとなった。


「だが、共通点も見いだせた。一つの点において我々は、すでに完全に合意できている。」


 重く雰囲気が少し和らいだ。統合参謀本部派と、軍官房部という水と油の存在に共通の意見があったというのは僥倖ぎょうこうといえる。しかも、それは二つのプランに対して強烈な難色をしめした天儀とも同じ意見だという。


 ――可能性がある!

 と会議室にぱっと明るい光が灯った。三者間で、完全合意できる一点。その一点をきっかけに、作戦を決められる可能性がある。一つでも意見を同じくすれば、お互い妥協点をみいだせるし、問題点を棚上げにするにしても方針を決定できる。

 

 いまは、なにかを決めることが重要なのだ。なにも決められないまま会議が終われば戦争そのものが終わり、そのまま敗戦を迎える。最悪の最悪といえる。


「この戦いにおいて、李飛龍艦隊の存続が絶対条件であるという点だ。私もこれについては同意見だ。」

 

 天儀の言葉を聞いて星守が鼻を鳴らした。

『私のプランは、李飛龍艦隊がいなくても機能する。』

 と星守は、豪語こそしたものの彼女のプランも李飛龍艦隊の存続ありきだった。なぜなら李飛龍艦隊をつかって、敵を牽制しているあいだに新戦線を構築しようというのが星守プランの実態で、新戦線を作る前に李飛龍が失われてしまえば、新戦線は作れないからだ。

 

 仏頂面で天儀の話を聞いていた星守は、腹立たしいが天儀のいう合意できる一点については納得せざるをえなかった。

 

 そうよ。結局のところ新戦線を作るには、アーサス大尉のプランと同様に、李飛龍艦隊に単独決戦を回避させる必要がある。さすが天儀……総司令。ええ、くやしいけど、あなたは、よく見て、よく聞いて、完全に理解している。そうね。私としては、逃げ延びた李飛龍艦隊をつかい、かつ最大限傷つけずに敵を牽制し……! と、ここまで思考を高速回転させた星守は、ハッとした。そして、天儀をおもわずギロリと見ていた。

 

 ――まさかこの男!?

 と驚いて天儀を見た星守に気づいたのは六川だ。

 

 六川は、正面をむいたまま小声で鋭く、

「彼の意見は、おそらく正しい。」

 と声をかけた。星守は、驚き少し体を揺らしたが、それでも表むきの平静さだけは、とりつくろって正面をむいたまま小声で応じた。


「ですけど……!」

「それじゃあ、星守くんは、なにも決められないほうを選ぶわけだね。」


 そういって六川は、反感一色といった感じの星守を一瞬だけ見た。

 

 六川の視線は鋭く、星守は、ギクリとした。ほんの束の間だけ自分にむけられた視線だったが、その視線に込められていた色はスカンジナビア・ブルー。つまり失望の色。星守には、

「僕は、星守くんは合理的で、私情捨てられる人だと思っていたよ。残念だ。」

 と、いわれているように思えた。けれど、それでも星守は、納得できない。天儀のやろうとしていることが想像どおりなら、あまりに自分と、いや、統合参謀本部派もふくめたこの会議全体の考えとも真逆だ。これが逆説的というのだろうか……? とも思ったが、それにしても、天儀の考えは絶対ありえない選択肢といえる。

 

 それでも星守は、覚悟を決めた。六川は、軍官房部のトップ。彼がそうするとというなら部下の自分も従うという忠誠心やら、反対すればいたずらに場を混乱させるだけという合理的な理屈もあるが、なにより星守は、

 ――なにがあっても六川公平先輩に従う。

 という遠い昔にたてた誓いを忘れてはいなかった。

 

 旧軍で若くして抜擢され、旧セレニス軍トップのスタッフに迎えられた星守あかり。けれど、優秀さが先走って、じつのところ昔から失敗ばかり。そんな自分を一貫してかばってくれたのが、当時から上司だった六川公平。あのときも、あのときも、そしてあのときも……。そう。思いだせばきりがない。

 

 星守が、旧軍トップのスタッフになって与えられた仕事は、統制強化と汚職撲滅。けれど正論正義と、正しいばかりで突っ走り行き詰まるばかり。そんなときに決まって登場する六川は、とても不思議な男で、彼の一言ですべての事態が好転した。結果、星守は、ほぼ失点しらずの優秀な軍人として、トントン拍子で出世。すぐに当時、敵だった旧グランダ軍の特務部隊の暗殺者目録デスノートにも名前が加えられた。つまり、敵からも、いますぐ死んで欲しい優秀な軍人と評価されたわけだ。

 

 星守は、今度は落ち着いた調子で、

「勝算は?」

 と六川に問いかけた。もちろん正面をむいたままで。


「なければやらないだろうね。」

 

 応じられた星守は、言葉を発した六川ではなく、天儀を見た。そんな星守へ六川は補うように言葉を継いだ。


「……そうだね。彼流にいえば〝負けるつもり戦うのかこの野郎〟ということだろうか。」

 

 なるほど、と思った星守は、不敵に笑う自分を自覚し、天儀へむけていた視線を切った。もうやるしかない。そう思った。そんな星守りへ、六川が、

「僕は、天儀総司令に乗る。それ以外にない。」

 という言葉をかけてきたが、それは彼自身の決意表明だったろう。


 もとより同意。すでに煩悩は消え去り、白色の地平線に立つ面持ちの星守は、六川の言葉に力強くうなづいたのだった。

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