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1-(35) 秒殺

「では、アーサス大尉。意見を聞かせてもらおう。期待しているぞ。アヘッド・セブン筆頭。私は強くて、生意気なやつが大好きだ。」


 天儀がニコニコしていうと、アーサスも満更でもないふうで、

「へー、わかってんじゃないか。そういうのキライじゃないぜェ。」

 といった。どうもこの二人波長があうようだ。


 なお、義成はこのようすに軽い驚きと、ちょっとした失望を覚えていた。アーサスは、誰相手にも反抗する狂犬だ。いつもなら、こんな発言をされれば、嫌悪感もあらわに噛みつくはずだ。それがなかったどころか、嬉しそうにしたのは驚きだ。

 

 そして、天儀が心中でどうおもっているかはともかく、アーサスへ肯定的な態度を見せたことに、義成は、なぜかいらついた。いや、わかっている。嫉妬だ。やはり優秀さはすべてを魅了する。

 

 対して自分は、特殊工作員。アヘッド・セブンでもなんでもない。ただの星系軍士官学校の二期生にすぎない。天儀の視界に、どちらが至宝と映るのか。自分は、彼にとって砂粒ほどの価値があるのかすら疑わしい……。

 

 沈む義成の心に対して、アーサスは絶好調だ。普段の彼ににつかわしくない言葉づかいで、お行儀よくつらつらと発言を開始。


「本官の考えでは、李飛龍艦隊に決戦を回避させ、天括てんかつ方面への移動をめぃ――。」


 けれど、アーサスの好調もここまでだった。時間にして数秒もない。なぜなら、究極の呆れ顔をした天儀が、

「なんだ。結局お前も逃げるのか。」

 と、いい放ったからだ。


 きわめつけは、もう話すな。黙れ。というように手を振る天儀のジェスチャー。

 

 怒髪天を突くは、アーサス。頭上のヘイローは、天井へむけて跳びあがらんばかり。怒りで過呼吸気味となり、天儀を激烈に睨みつけた。

 

 いやはや、これは、まったくの恥さらしだ。あれだけ自信満々だったに、意見をいえた時間は、星守の半分もない。


 問題ありといえども有能。協調性に難あり、されど、それを補って余りある才能。在学中も評価は一貫して一番優秀な二期生。星系軍士官学校卒業後は、そのまま軍アカデミーへ進学。そこでも優秀さを疑われたことがない。

 

 いまの上司のアーニャもアーサスを厳しくたしなめこそすれ、意見そのものは認めざるをないのだ。

 

 軍アカデミー時代の討論でも反論してくるものはいても、アーサスの論そのものを、頭ごなしに真っ向否定できたものはいなかった。そんなことは、兵学的に無理だからだ。だが、それをいまされた……!

 

 このようすを目撃したアーニャも、

「正気か……。」

 と、目を見開いてつぶやいた。天儀は、このつぶやきを見逃さなかった。

 

「レッジドラクルニヤ。意見を言え。」

 

 突然標的にされアーニャは、狐につままれたような顔となった。だが、天儀は容赦ない。


「私は、統合参謀本部の意見を聞きたいと言っている。ルーキーの個人プランなどしらん。統合参謀本部の意見だ。」

 

 突如、強く迫ってくる天儀に、アーニャは、動揺した。たったいま、天儀が話にならんとバッサり切り捨てたプランが、統合参謀本部の公式見解だ。それを天儀は、

「まさか、こんなくだらん意見が、統合参謀本部の全体の意見じゃないよなぁ?」

 とばかりに圧をかけてきている。


 ――くそ……!

 と、アーニャは焦った。

 

 突然襲いくるのが危機。甲号音と一緒だ。アーニャとしては、アーサスのプランが最良としかいえなかった。アーサスの作戦は、アーニャの真意にもそっていたし、それに時間的にも他のプランを検討せる余地がなかった。花ノ美、アバノアらが意見をいいたそうにしていたが、睨みつけて黙らせ、アーサスのプランの詰めの作業をさせた。

 

 他に意見をいえだと? なにもないぞ。と思っても黙っているわけにはいかない。


「なるほど。総司令官殿は、統合参謀本部の少佐ごときは呼び捨てか。私は身の丈もこのように小さい。ま、見くびられても仕方ないな。」


 アーニャの論点ずらしに、

「それは聞いた。」

 と天儀は即応してきたが、アーニャは天儀の話が見えない。アーニャは、天儀に対してさっきの発言は初めてした。それを聞いたと切り捨てるとは、これいかに? 意味がわからない。アーニャだけではない。室内に居る誰もが、天儀の発言の意図がわからなかったので、このやり取りは注目された。

 

 衆目を集めたアーニャは、脈拍を数えるようにして慎重に応じることにした。ここで、しくじるとマズい! そう直感したのだ。これは、なんだかわからないが、確実に攻撃だ。天儀は、私に正体不明の攻撃仕掛けている。


「ど、どういう意味か?」


 だが、残念。この応じは、天儀のおもうつぼだった。焦りは、やはり凡庸な答えしか産まないものだ。


「過去に私の問に、貴官の上司である槇島まきしまクンも私へ同じことをいったのだよ。呼び捨てがドーノ、コーノとくだらないな。やつは戦いをしらん。きみは違うと思ったのだがなぁ。」


 途端に会議室の空気が、アーニャへのあざけりの笑いで揺れた。


 ――くそ! ハメられた!

 アーニャは顔真っ赤だ。統合参謀本部の現トップである槇島の戦下手は、統合参謀本部内でも薄々しられていたし、軍全体でも同様だ。それは、統合参謀本部議長代理の日頃の言動からだけでなく、なにより過去の天儀との問答が理由だった。

 

「いま、統合参謀本部のトップとして、軍内で君臨する槇島岶秋まきしまはくしゅうは、昔、いくさの議論で天儀に徹底的に論破されたことがある。あの才槌頭さいずちあたまが、メガネを曇らせ震える姿は見ものだった。」


 天儀の経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエで、忘れ去られた事件だったが、朝臣天儀。グランダ朝廷で、いじめ抜かれ、鍛え抜かれた舌鋒を、前の戦争直後のあるときに、槇島岶秋へむけていた。理論派の槇島は、脳筋の代表(バーサーカー)と思われた天儀に、言葉で一刀両断されたあとに、完膚なきまでに切り刻まれ崩れ落ちていた。


 されど、動揺しても敗北を認める訳にはいかない。いまのアーニャの立場は、統合参謀本部を代表しているといってい。ここまで、こけにされて黙っていれば統合参謀本部の恥部となる。恥をかけば槇島議長代理は、自分に失望するだろう。アーニャは、取り澄まして反撃にかかった。槇島の過去の恥部などしらん。自分とはなんの関係もない。そう自身を鼓舞して。

 

「ま、呼び捨ては、親愛の現れとうけとります。ところで、総司令官殿、一ついいか。」

「なんだ。」

「私もあなたを呼び捨てにしてよろしいのか?」


 アーニャは、チクリと刺した。規律は守るべきで、とくにこういう公式の場ではそうだし、下の者を軽んじる行為はいただけないと責めたのだ。


「いいよ。むろんだ。」

「ほう、それは度量が広いことですね。」

「ああ、私と同等の武勲か、いや、それは酷だな。私が心腹せざるをえない戦果でいい。あとは、私と階級が同格なになれば好きに呼んでくれてかまわない。」


 アーニャは、またも度肝を抜かれる黙るハメとなった。

 ――貴様と同じ武勲だと!?

 これは、難しいなんてものじゃない。目立つものだけとっても天儀の武勲は、八個連合艦隊の撃破。しかも戦力差は一・五倍で、敵のほうが多かったのだ。敵軍を率いていた指揮官も優秀だった。マグヌスとよばれ、敗れ去ったいまでも、やはり彼が宇宙一だったのでは? と語り草の男だった。

 

 そんな武勲を持つ天儀が、認めざるをえない戦果など……。それこそ、いまのトートゥゾネの危機を脱するぐらいの作戦、いや、むしろトートゥゾネの敵を一掃してしまうぐらいのことをやってのけなければならないだろう。

 

 動揺のるつぼに叩き込まれたアーニャを一人残し、会議室内の空気が引いていく。頼もしいとおもっていた統合参謀本部の悪魔ドラクルは、じつは理屈だけで、本当の戦いは苦手らしい。

 

 浜辺から潮が引くように、無派閥層の心は、完全にアーニャから離れた。そう。統合参謀本部少佐のアーニャはしくじったのだ。

 

 天儀は、一人寂れた浜辺に残されてしまい動揺のるつぼにいるアーニャへ、

「統合参謀本部の悪魔か。その異名を内ではなく、外へ発揮すれば絶大な武勲も容易かろう。戦場は、チャンスに満ち栄光にもっとも近い場所だ。とくに今回の戦場はそうだ。貴官が、本領を発揮すれば望むものが、望むがままだ。確約しよう。」

 と、言葉をぶつけた。


 けれどアーニャは、赤面して振るえ、それ以上抗弁不能となっていた。プライドの牙城を破壊されたいま、むき出しの心に天儀の言葉はあまりに突き刺さった。

 ――内ではなく外へだと!?

 こうもはっきり切り込まれたのは痛い。証拠に、室内にはいい気味だと思っているものも少なくない。統合参謀本部は傲慢で、ここでのアーニャはその筆頭格だ。

 

 完全沈黙してしまったアーニャを、天儀は捨てて、

「私を呼び捨ての権利。旧軍でも何人かは、それを許可していたな。ヌナニア軍でもそうすることにする。さすが統合参謀本部は、良い提案をしてくれた。特大の戦功をあげたら私を好きに呼べ。」

 と、会議室内へ放った。


 完全に皮肉にしか聞こえないが、当事者意識のない一部の統合参謀本部派からは好評。つまり花ノ美とアバノアだ。彼女たちは、頭上のヘイローを楽しげに揺らし、お互い白い歯を見せ。


「アバノア、私たちならさ階級ならいけるんじゃない?」

「ええ、花ノ美お姉さま。わたくしたちなら、ちょっと頑張れば、すぐに総司令官さまを呼び捨ての権利をゲット。あの総司令官さまは、面白いですの。」

 

 なにせ彼女たちの出世は、約束されている。ゆくゆくは星系軍大将。その駆けあがる足どりは軽く早い。彼女たちは、確実に、かつ普通より早く軍の最高階級となるのだ。この戦争で武勲をたてれば、さらにその進みは加速する。

 

 だが、そんな部下のキラついた軽口は、傷心のアーニャを激しくいら立たせた。

 

 アーニャは、これまでで一番手厳しく、

「黙れ、誰が貴様たちの発言を許可したッ。」

 と一喝。花ノ美もアバノアも途端に苦い顔をして黙り込んだ。

 

 なにもしらんのかこいつらは! おめでたい。天儀と同等の階級だと? 不可能だ。絶対になッ。


 けれど、意気消沈から一転し、怒声を放ったアーニャも、もはや彼女たちと同様の苦い顔で黙り込しかなかった。


 無念、アーニャ・レッジドラクルニヤ。天儀との論戦は秒殺の撃沈。会議の主導権は、完全に天儀の手中へと落ちた。

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