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1-(34) それは何者なのか

「ふふ、わかってないな義成。少数派の意見を議会で通す。これが民主主義の本質だ。」


 意味がわからない。と義成は、完全に思考が停止した。


 多数決が民主主義ではないのか。皆が良いと思うから民主主義。少数の意見を押し通せばそれは独裁だ。


 いま、統合参謀本部派を残したまま行動の是非を問えば、統合参謀本部派は確実に反対する。なにも決めさせない。それが、この場の民意だ。多数決とは、必ずしも最良の選択をもたらさないというのが弱点ではないのか。


 だが、天儀の意見は、まったく違うようだ。見えている世界が違うのか? 


 義成の天儀の発言への印象は、薄っぺらいものではなかった。それだけに、義成は混乱した。あまりに答えが見えない。いや、考えが読めない。


「いけません。決められないと敗戦です。最前線特権を発動すべきです。」

「なるほど。やっと意見を言ったな義成。いいぞ。」

「冗談ではありません。反対者を予め解任してから――。」


 だが、義成はみなまでいえなかった。天儀の手が、義成のその口を封じるように動いたからだ。


「だが、そいつは独裁者のやりかただ。」

 

 ――なにをいっている!?

 と義成は、ますます混乱した。


 全会一致が難しければ、決を採る前に反対者を予め排除するというのは、最後に残された、いわば抜け道だ。星系軍士官学校でもそう習った。

 

 これはルールに則ったやりかで、効率的なやりかたでもある。だいたい意見の合わない者を残してどうするのか? 仮に方針が決まっても、不承不承つきあわされることになったものたちは、やる気がなく戦いで足を引っ張るだろう。


「しかし!」

 と食い下がる義成へ、天儀は思いのほか柔和な表情を見せたが、義成には、それが揺るがない山ように見えた。


「義成ぃ。いかんなぁ。結果ばかり追いかけると本質を失うぞ。」

 

 義成は、抗弁を断念した。だが、口惜しい。なにを決めように、絶対に反対される。それが、この場の民意だ。それを、どうしたら転じられるのか。

 

 一部の人間の恣意的な判断が優越する場所。それが戦場だ。独裁的だが、正しいことをしたいのであれば仕方ないのではないのか。

 

 義成のそんな考えを天儀は、見透かしたように、

「ただ、それには忍耐が必要だ。取り敢えず諸将の意見を聞いてやるか。ヌナニア軍は国民軍。それがいいさ。聞いた上で、衆に私の考えを託そうじゃないか。」

 といって居並ぶ軍高官たちを見すえた。


「参月特命。ご苦労だった。だいたい状況は把握した。」

 

 この言葉に、室内の注目は、発言した総司令官の天儀ではなく義成へと集まった。


 ――あの若い情報将校は、総司令官になにを報告したのだ!? 

 

 やっと登場した総司令官は、席に腰をおろすと一番に義成へ声をかけ、そのままひそひそ話。


 特命係に抜擢された義成の存在は、すでに艦内ではそれなりに有名だった。高官たち間で、義成の存在が浸透していくと同時に、義成の原隊が秘密情報部というのもあわせてしれわった。もちろん義成が、ナカノ教育所出身とはではしらないが、かの有名な黄金の二期生(ゴールデンズ)というだけで、義成の優秀さを警戒するには十分な材料だ。

 

 もっぱら国軍旗艦瑞鶴こくぐんきかんずいかくで働く高官たちの義成への認識は、総司令官のスパイといっていい。特命の義成は、総司令官天儀のために内情を嗅ぎ回る番犬。なにかよからぬことを吹き込んだか? と誰もが警戒した。

 

「いま、私の特命からどんな意見があったか聞いたが、それでも私は本人たちから直接聞くべきだと考える。二度目となるものもいると思うが、意見のあるものは聞かせてくれ。」


 という天儀の言葉に、ほっとした雰囲気が広がった。


なんだ。特命殿は、我々の態度の悪さや、問題行動を報告していたわけではないのか。この場合の問題行動とは、アーサスのような横柄な態度もそうだが、なにも意見がいえずうつむいていたというのをふくまれる。


 会議室内の空気の変化に、義成は、

 ――ダシにつかわれたな。

 と思った。自分は、どんな作戦があったかには具体的な内容には、なにひとつ言及していない。ただ、悪い気はしなかった。


 座したまま軍高官たちへ発言をうながす天儀。それを見守る義成は、いいでしょう。天儀総司令のいう民主主義。それを見せてもらいます。そんな挑戦的な気分で、ことの進捗を見ていた。


 総司令官天儀の言葉に、いの一番に挙手したのは、二人。軍官房部代表といえる星守あかり。そして統合参謀本部派代表のアーサス・スレッドバーン。

 

 天儀は、まず星守に発言するように命じた。

 

 とたんにアーサスが表情を険しくしたが、

「ちゃんと聞くから、そう怖い顔をするな。同時だった。年功序列で喋ってもらう。」

 と天儀がいった。


「ケッ。悠長なことだなァ。」

「なんだ不満か。では、ジャンケンでもして決めるか。私はかまわんが、全部記録に残るんだぞ。この難局に統合参謀本部は、ジャンケンで発言の順序を決めるように要求したとな。」

「ハァア。アホらしい。イーよ。意見をいわせた途端に、総司令官権限で採用ってクソ汚いパターンを警戒しただけだァ。」

 

 そういってアーサスは、この男にはめずらしくがなり立てず大人しく着席した。そんなようすを、アーニャは、奇異として見守った。彼の引率者のアーニャとしては、また鋭くアーサスをたしなめる必要性を感じ、今度はどう怒鳴りつけるか準備に入っていたのだ。


「第六戦線トートゥゾネを放棄し、トートゥゾネと泊地パラス・アテネの間に新たな戦線を構築することを提案します。」


 星守が、そう高らかに宣言すると統合参謀本部派からは失笑が漏れた。そんな反感の失笑を天儀は、意に介さず星守へ問うた。


「李飛龍はどうする? やつ一人なら上手く逃げおおせるだろうが、やつには連合艦隊くっついてる。いまも艦隊とは連絡がつかんのだろ。」

「全力を挙げて連絡線の修復作業中です。通信が復旧次第、李飛龍戦線総監には、泊地パラス・アテネ方面への退避を命じます。」


 このやり取りを見守っていた統合参謀本部以外の面々は、最終的には星守が採用されるだろうなと見通した。理由は簡単だ。これは〝軍官房部〟の〝副官房〟の意見だからだ。つまり、星守の発言は、軍官房部の公式見解と理解できる。


 そして、軍官房部の意見を、総司令官である天儀は絶対に無視できない。軍官房部は、総司令官を支えるための組織で、いわば一番近い身内だ。天儀は、落下傘的に戦場に現れた。味方は少ない。その少ない味方が、軍官房部なのだ。

 

 そう考えれば、副官房の星守が意見をいって、それが採用されないというのは考えにくい。あとは、天儀が統合参謀本部をどう説得するか。これが見ものだ。


 誰もが、天儀のかんばしい応じを想像した。

 

 が――。天儀は。


「は? それだけか。わけのわからん作戦だな。その新線戦とやらを作って、きみはどうしたいんだ。」


 完全な無理解も露骨に、星守へ問いただした。


 これには、統合参謀本部派もふくめ全員が色めき立った。統合参謀本部派も、天儀は軍官房部の意見を採用したいだろうと見ていて、そうはさせじと身構えていたのだが……。

 

 この究極の塩対応に、アーサスはケラケラと笑い。花ノ美やアバノアは冷笑を浮かべ。統合参謀本部派の代表のアーニャも、やれやれとばかりに首を振った。


 だが、天儀の拒絶、そして惨めにも冷ややかな笑いの対象とされても、そんなことで動じる星守ではない。

 

『どうせこの人は、へそ曲がり。意地悪な質問をするんでしょね。』

 と天儀が、すぐに承諾してくれないのは織り込み済みだ。いまの質問だって意味がない。たんなる意地悪。戦いを継続するために新線戦作るのだ。愚問にひとしい。


「新線戦で、敵の艦隊を迎え撃つもよし、敵が他の戦線へ戦力を回したら、そこを突いてトートゥゾネを奪還するもよし。いいえ、新たに出現した戦線に太聖銀河帝国軍は進撃を諦め撤収する公算もありますね。そうなれば、これぞ戦わずして勝つ!」


 この応じに、総司令官天儀は、不満の色こそ見せなかったが、星守を一顧だにせずに、その目はすでに軍官房長の六川を見ていた。


「六川軍官房長は、どう思う?」

「妥当なプランだと思います。白眉と言えます。」

「……ほう。君は、これを支持するかのか。」

「はい。前提条件が揃っていればの話ですが。」

「なるほど。では、その前提条件とやらは揃っているのか?」

「揃っておりません。」


 無常六川。一番信頼する部下相手でも容赦がない。ここまで沈黙を守っていた男は、星守プランは、妥当性が高いが、現実性は乏しいと冷徹に判定をくだしていた。


 残念、星守あかりの意見は、軍官房部の公式ではなかった……。これにより星守の新線構築プラン急速に支持を失った。まさかまさかのただの個人プランという落ちに、統合参謀本部派も驚きだ。

 

 そして哀れかな星守。彼女は顔真っ赤にして、バンッ! と両手で机を叩いて着席。そのまま席で肩を震わせた。

 

「なんだ話にならんじゃないか。他には、なにかないか。」


 天儀の声にアーサスが、

「まさかの極個人のお一人様プランかよ。ケッ。まともに相手したのがバカじゃネーか。」

 とボヤき、頭をかきながら起立した。

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