1-(31) 義成がいうには
「本官は、現段階において議論を熱くするのは尚早と考えます。星守副官房に報告と状況の説明を続けて頂きたい。そのうえで――。」
「おい! 四十七番!」
「落ち着けアーサス大尉。貴官は、状況をかなり正確に把握しているのだろうが、ここに集められた人間の大半は違う。いまの段階では、李飛龍艦隊とトートゥゾネ戦線は危機ということしかわからない。本官が見るところ大尉には、秘策があるようだ。だが、その秘策が支持にたるものの場合、状況認識の一致があってこそ真価を発揮する。貴官の秘策が如何に優れていようと、ここにいる高官たちの半信半疑の支持を得ても、うまくはいかないぞ。」
お行儀よくいう義成に、アーサスが白けた視線をむけた。なにがオレが相手によって態度を変えるクズだ。お前もじゃネーか。だが、もちろん義成からすれば、こんなものはTPOにすぎない。時と場所と場合は、わきまえるべきだ。大人ならそうだ。
ただ、たしかに議論を熱くとは、まったくものはいいようだ。アーサスと星守は低次元な言葉の応酬をしていただけだ。それはともかく、義成の言葉は正論で、ここにいる誰もが会議をここのまま停滞させておくことは望んでいなかった。
だが、惜しい。参月義成、逆効果。義成が参戦してしまったことで、事態は収拾されるどころかむしろ火に油注いだ。しゃしゃりでてきた義成へアーサスは、猛烈に反発。厳しい視線で刺しただけでなく、きわめて鋭い言葉を吐き。さらに義成を黙らせよとアーサスは、目一杯に息を吸った。だが、アーサスの加速する怒りは、その吸い込んだ息とともに火炎となって吐かれることはなかった。
ある人物が挙手したからだ。
その人物は、とても大人とは思えないが、貫禄は抜群だった。証拠に、挙手一つで場の空気を支配し、あのアーサスが動かそうとしていた口をつぐんだのだ。
彼女……、まあ、生物学的性別からこの人物については、彼女と呼ぼう。彼女の名は、アーニャ・レッジドラクルニヤ。可愛らしい名前に、少女のような顔立ちと体格の特徴から推察される生物学的性別は女性だが、装いと本人がかもしだす空気から、それは否定されていた。彼女が周囲に与える印象は、性別不明。女ではないが、かといって男でもない。本人も男だとは絶対に認めない。概念的中性。ジェンダー・フリーが当たり前となりこの手の人種は、ままいるものだった。
性別中性のアーニャ・レッジドラクルニヤは、統合参謀本部少佐。色気なくまきあげられた長い金髪。大きな瞳に、大きな口。唇はぶあつくしっかりしている。顔立ちとそのしなやかな肢体は可愛らしい少女のようだが、その特徴的な大きな瞳は可憐さより貫禄がただよい視線は、人を射殺しそうなほど鋭い。
アーニャ少佐の席は、最前列の中央。彼女の斜めうしろにアーサスがおり、さらにそこから幾人かはさむと花ノ美とアバノアがいる。
発言こそとめたが、着席しようとしないアーサスに、アーニャの静かだがナイフのような声が飛んだ。
「アーサス大尉。座れ……。」
少女そのもの声帯から発せられた声は、地獄の底からわきあがったような音色で、多くのものが肝を冷やしたが、アーサスは白けた態度で無視し、直接の上官のほうを見もしなかった。その態度に、今度こそアーニャは、容赦しなかった。
「座れといっている! しれものがァッ!」
その怒号、部屋が鰓裂せんばかり。その異名、悪魔。ドラクル・アーニャ。統合参謀本部の悪魔といわれるアーニャの一喝に、ついにアーサスは、承不承という感じではあったが着席した。
アーニャは、アーサスが着席したのを確認すると、星守へ視線をむけ、
「星守副官房殿。しつけが悪く失礼した。どうぞ続けていただきたい。」
といったが。態度は、慇懃。
応じる星守も、
「ご助力感謝いたします少佐。」
とは口にしたが、まったく表面上のものだ。
統合参謀本部と軍官房部の仲の悪さを体現したようなやりとりだったが、アーニャのほうはかわまず言葉を継いだ。
「状況は、末期的といえる。ここで、こじらせて、またなにも決まらないのは、統合参謀本部としても本意ではない。これは、ここにいる全員の意思とも考えたので、失礼を承知で発言させていただいた。」
表情をピクリともさせずいったアーニャに対し、星守も冷たい表情で会釈した。
室内の空気がアーニャの発言に同調した。
――まったくそのとおり!
という声なき声。甲号音は破滅の秒読み。第六戦線トートゥゾネが喪失されれば、さきの奪還作戦の失敗どころのはなしではない。戦争そのものをしくじる。それなのに、軍官房部は頼りにならない。副官房殿は、若者一人黙らせられない。それがアーニャ少佐はどうだ。一撃だった。いまは、周囲を見下し酷烈な態度からつけられた悪魔という異名も頼もしい。
星守の心中いかにといったところだが、状況はたしかに統合参謀本部とやりあっている場合ではない。星守は、淡々とした態度で中断されていた説明を再開した。
説明が再開されるなかアーニャは、正面をむいたまま小声で、
「おい、アーサス大尉。ガキのおもりも大変だということもわかれ。私に、あまり面倒をかけさせるな。私もいたずらに、貴官らの逸脱行動を議長代理殿へ報告したくないのだ。」
そう斜めうしろにいるアーサスへ注意したが、アーサスは面倒くさそうに、
「さーせん」
と、一言。もちろんこの態度では、終わるわけがない。いや、終わるものも終わらない。
「音に聞こえたヌナニア星系軍士官学校も謝罪の仕方は教えんようだな。私は貴様へ謝罪のやり方をレクチャーする必要がるのか?」
という言葉とともに、今度こそアーニャは、アーサスをギロリと睨みつけた。
アーサスは、ため息一つ。
「はぁー。申し訳ございませんでしたァ。」
と、あごに手を付きながらも謝罪。
アーサスの謝罪に、アーニャは応じもせず、それ以上言葉を与えなかった。
ところで、義成といえば、アーサスがアーニャから最初に注意された時点で、しれっと着席していた。こういう場合には、機敏に空気を読むのが義成だ。ただ、義成からいわせれば、アーサスを黙らせ、会議を進行させるという目的は達成されているのだから当然の行動だ。
影となって席に腰をおろす義成は、問題ない。と、心のなかでつぶやいた。
そして、着席しつつアーサスを鋭くたしなめる貫禄抜群の女子をそれとなく見た。
――あれが噂の幼女先輩か。
有名だった。統合参謀本部に子供のような軍人がいると。
たしかに、いま、義成が観察の視線をむける相手は、短身痩躯、まさに外見は子供のよう。されど外見に騙されるなかれ。優秀揃いの統合参謀本部のなかでも抜群の切れもので、議長代理の覚えもめでたい。性格は一言で言えば酷烈な合理主義者。したへの態度は居丈高で、言動は威圧的。けれど、外見は先述のとおり幼女。いつしか、ついたあだ名は『幼女先輩』。もちろん本人の前で口走れば死刑間違いなし。なお、いまだ誰も死刑になったものはいない。
この幼女先輩、どれぐらい軍内で浸透しているかといえば……。アーニャから怒号をうけるアーサスを見た花ノ美とアバノアがした会話からうかがいしれよう。
「ザマアないわねアーサス。また幼女先輩に怒られてる。」
「とーぜんですの花ノ美お姉さま。いつでもどこでも、でしゃばりすぎですのスレッドバーンさんは。あんな態度では、幼女先輩から目をつけられて当然ですの。」
「いえてる。」
「まったく、あのかた弾除けとしては最適かと。最近は、でしゃばりスレッドバーンさんが、幼女先輩のヘイトを引き付けてくれるおかげで、わたくしたちへの風当たりが多少は和らぎましたの。」
「ま、とばっちりで私たちまで、幼女先輩に怒られることあるけどね。」
哀れ。この本人だけが、まだしらないあだ名は、ほぼ軍全域に広まっていた……。
悪魔あらため、幼女先輩は、アヘッド・セブンのお目付け役だった。そう。統合参謀本部は、身の丈小さき悪魔に、アヘッド・セブンの管理と教育を任せて戦場へ送りつけたのだ。
はっきりいって、統合参謀本部は、優秀すぎるアヘッド・セブンを持て余していた。軍内での新人の獲得競争で、他を押しのけ強引に獲得したまではよかったが、アヘッド・セブンは全員が全員、超個性的性格。統合参謀本部議長代理は、アーサスらの着任初日の挨拶から、たった一ヶ月で胃を破壊され、たまりかねて彼らをアーニャに引率させ戦場へ放逐という顛末があった。
話が逸れた。本題は、トートゥゾネの戦況だ。いまの李飛龍艦隊の状況は、アーサスのいったとおり四倍の敵からの挟撃の危機。だが、ことはそれだけでは終わらない。
「問題のトートゥゾネ宙域は、いま、太聖銀河帝国軍の大規模通信遮断工作が実施されています。敵は、ナノサット、キューブサットサイズの偵察衛星もしらみつぶし。いま、我が総司令部は、トートゥゾネ戦線との通信もままならない状況です。」
この星守からもたらされた新たな情報に、大会議室はまたも色めき立った。これは当然だ。ナノサットは、ナノサット衛星のことで、10kg以下の超小型衛星だ。キューブサット衛星はさらに小さく10センチキューブの数kgの超々小型衛星をいう。宇宙の戦場には、これらの超小型衛星が、莫大な数ばらまかれている。それがしらみつぶしにされたとなればよほどの大事だ。
宇宙での通信途絶は、地上以上に命取りというだけではない。たしかに、急な突出で連絡線構築が遅れ、通信も補給も脆弱ということはある。そんなときは、通信は途切れがち、補給は遅れる。そんなこともある。
だが、しっかりと戦線として確立された宙域との通信が遮断されることは通常ありえない。なぜなら繰り返しになるが戦線の支配宙域には、莫大な数の超小型衛星をばら撒くからだ。敵が通信妨害に動こうにも小さな衛星のどれかは生き残っており、その一つ一つを繋いで脆弱ながら通信を維持できる。
ところが今回、敵は、キューブサットクラスの衛星までしらみつぶしにしたという。
「よほど周到に準備したな。」
と誰もが肌で直感した。
完全たる通信途絶。敵が仕掛けてきたのは、間違いなく空前の大規模通信遮断作戦といっていい。そして、この空前の通信遮断作戦の成功が予感させる未来はひとつ……。
多くの高官たちが背をのけぞらせるように微動し、顔を青くするなか、統合参謀本部少佐のアーニャが挙手した。その動作は、室内の静かな動揺を汲み取るように控えめだったが、目つきは鋭い。星守は静かに、どうぞ、と発言を許可した。
「通信がままならないということは、李飛龍艦隊の現状は?」
「不明です。」
「トートゥゾネとの連絡線の回復作業はどうなっている?」
「只今、工作艦部隊を派遣し全力の復旧作業中です。」
「通信回復の見通しは?」
「ありません。」
「本件に対する対応案は?」




