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1-(30) 大会議室は

 荒れに荒れていた。会議は、もはや収拾不能とすら見える。

 

 甲号音で緊急招集された総司令部高官たちへ与えられた課題は、急激に悪化してしまった第六戦線トートゥゾネへの処置だった。だが、これは無理難題であったからだ。

 

 トートゥゾネに、どのような困難があるかを説明する前に、ヌナニア連合軍と太聖銀河帝国軍が基盤とし駒を配置したフライヤベルク大戦線帯という戦場と、戦争の推移をかいつまんで説明しておこう。

 

 フライヤベルクにおいて奇襲的な先制攻撃を受けたヌナニア軍は、完全な劣勢に陥るなか、なんとかフライヤベルクという宙域にしがみつき、ここを戦場とすること成功した。


 戦争序盤は、フライヤ・フリューゲという戦場の重心点の争奪戦から始まり、状況が膠着こうちゃくすると双方ともに回り込みを期して展開。

 

 お互いが相手の回り込みを阻止するなか、戦場はフライヤ・フリューゲを中心に急速に楕円形状に広がっていった。だが、戦力とは数えられるものである以上かぎりがある。

 

 展開の限界まで達した両軍は、以下の七つの戦線で睨み合いを続けることとなった。

 

 第一戦線、フライヤ・フリューゲ。

 第二戦線、珊瑚洋(さんごうよう)

 第三戦線、マラカ帯

 第四戦線、フラム・ロウランド

 第五戦線、ヒメル・シュトラーソ

 第七戦線、天括球てんかつきゅう

 

 そして、いま問題となっている第六戦線トートゥゾネだ。


 ヌナニア軍が先手を取って、戦場を七つに分けたことは、劣勢のなかの苦肉の策といってよかったが、太聖銀河帝国軍のフライヤベルクの完全な支配と、戦線の突破阻止には成功にはつながった。これは不幸中の幸い。いや、奇跡的な行幸といっていい。

 

 そして問題の第六戦線トートゥゾネだ。

 

 トートゥゾネ宙域を持ち場としているのは、第六戦線総監部だいろくせんせんそうかんぶで、通称、トートゥゾネ総監部。

 

 戦線総監せんせんそうかんは、

 ――李飛龍りひりゅう

 そう。以前に少し話題になったあの第六戦線で、あの問題児の李飛龍が責任者の戦場だ。

 

 トートゥゾネに配置された戦力は、一七〇隻規模のベーシックな連合艦隊で、李飛龍艦隊とかトートゥゾネ艦隊とか呼称されている。

 

 義成の目の前では、総司令官である天儀が不在のまま会議が始まっていた。義成が、天儀が少し遅れることを軍官房長の六川公平と、副官房の星守あかりへ告げると、それなら……とばかりに星守が、さっさと会議を開始してしまっていた。六川も星守の行動をとめなかった。

 

 会議は、星守が仕切る形で、ここまでの経緯を、つらつらと説明。手際のよい彼女らしい仕切りだ、と義成は思った。童顔と女性らしい身長がコンプレックスの星守は、多くのものが動揺するなか、軍時代につちかった優秀を発揮してくれている。

 

 義成は、会議が天儀不在で始まってしまったことに少し慌てたが、これは天儀が登場する前に前提情報の共有を済ませておくという段取りだと考えれば効率的だと感じた。

 

 そう。ここに招集されたのは、立場上権利はあっても作戦会議などには普段は顔をださない事務方の面々もふくまれている。そもそも義成もそうだが、第六戦線トートゥゾネが危機に陥っていると、大会議室のスクリーンを見ればわかったが、それがどういった危機なのか具体的な内容は、まだ六川や星守などの一部の高官しかしらないのだ。集まった高官たちへ基本的な状況を説明し、認識を共有しておくのは大事だ。

 

 もちろん天儀は、星守が説明したようなことはすでにしっている。そもそも甲号音を鳴らすように指示したのは、どう考えても天儀だ。天儀は、第六戦線トートゥゾネの危機の報告をうけて、そうしたのだ。


「李飛龍は、皆さんご存知のとおり旧グランダ系軍人です。そして戦線総監といってもまだ二十代前半。」


 大会議室内に静かなどよめきが広がった。しってはいたが、あらためて耳にしてみれば驚きというやつだ。二十代前半で戦線総監とは、異例中の異例の若さといっていい。李飛龍。彼もまたヌナニア軍において特別な存在だった。

 

 そして、悪いことにトートゥゾネ総監の若さは、大会議室へ集まった高官たちにとって、もちろん懸念種となった。戦場は、経験が物をいう。あまりに若い戦線総監は、不安しか想像させないが、そこは星守だ。


「つまり生意気なガキってわけですね。」

 と不敵に放って笑いを誘い、室内に広がったどよめきをおさめてから言葉を継いだ。


「今回、この李飛龍戦線総監から、緊急の通報があり私たち軍官房部は、トートゥゾネ戦線は致命的な危機に至っていると判断。天儀総司令は、甲号音の発動を決断しました。」


「で、具体的には、どんな危機だァ?」

 と発言したのは、アーサスだった。形ばかりの雑な挙手だけで勝手に発言したアーサス。星守は、当然気に入らないが、そこは年上お姉さんだ。


「あら、ゼロが六つ並んだような黒々してるあなたは、誰さんかしら。発言する前に、所属と名前をいう。これルールね。」

 

 星守は、声色に少し棘をふくみつつも冷静にアーサスをたしなめたが、アーサスは無視。勝手に起立して高官たちへむけて発言を開始した。


「李飛龍の艦隊は、いま、四倍の戦力からの挟撃の危機に晒されている。敵の第一一軍と第七軍が動いたというのが、李飛龍からの通報の内容だ。この二つの軍は、それぞれ二個連合艦隊規模だ。ご存知のとおり李飛龍の手持ちは、一個連合艦隊。その戦力差ざっと見積もって四倍差! 戦力差歴然、足りなすぎるのは明白だァ。だが、安心しろオレには――。」


 つらつらと喋るアーサスの発言は、ここまで。星守の掣肘が入ったのだ。なお、すでに星守は、怒り心頭という面持ちだ。


「ちょっとシックスゼロのあなた!」

「アァ?」

「勝手に発言しない、仕切らない!」

「……アー。いや、アンタが自己紹介から始めろとか間の抜けたこというから、状況を知らネーのかと思ってなァ。ならオレが説明して、進行もやって差し上げようって気づかいだったんだがァ。」

「ハァア? 生意気の生意気! 黙りなさい。シックスゼロあなたのやってることは進行妨害よ!」

「オイオイ。天下の副官房が、顔真っ赤の赤猿じゃネーか。いいから落ち着けよ。状況は、切羽詰まってんだ。甲号音鳴らした本人たちがそれでどうすんだよ。」


 この状況を見ていた義成は、嘆息した。会議が開始されものの十分でこれだ。たったこれだけの時間で、すでにアーサスと星守との主導権争いが勃発。一致団結して、ことに当たるなどという雰囲気からは程遠い。

 

 義成は、チラリと花ノ美・タイガーベルと、アバノア・S・ジャサクの座るほうを見た。いまのところおとなしい二人は、すまし顔で座っている。だが、義成が見るに、この二人も会議の主導権を握るために色々と画策してくるだろう。

 

 なお、義成が座る席は、上座中央。総司令官天儀の斜めうしろ。総司令官の側近で、特殊工作員という義成にふさわしい、まさに天儀の影のような席。けれど日陰者の席と、さげすむことなかれ。なぜなら、いま、義成の目の前には壮観たる光景が広がっていた。

 

 天儀の不在が理由だ。そう、天儀のうしろの席で、その天儀が遅刻で不在となれば、目の前にさえぎるものはなく、ちょっとした総司令官気分が味わえる。


 一段高いここからの眺めは、本来軍人の最高峰にのぼりつめなければ見ることができないもの。義成の目の前には、ヌナニア軍内で重責を担う高官たちがずらり。まさに連峰を形成している。ただ、残念ながら、いまは、その堂々たる高官たちの連峰には、巨大な雲がかかっていた。目に映る高官たちの表情はどれも曇りがち。山頂から見る勝景も雲が立ち込めてしまっては台無しだ。本来なら圧倒されるであろう軍人連峰は、いまは、まったく影も失せている。


 なお、この会議で重要な役割を担っている軍官房部の六川と星守の席は、天儀の席の右手側で、六川と星守という順で並んでいる。


 早くもアーサスと星守とが主導権争いで火花を散らすのをよそに、室内は意気消沈し、どんよりとした空気に包まれていた。

 

 ――四倍差とは……。

 と高官たちからは血の気が失せ、誰もが心中で絶望。


 覚悟はしていたが、状況が悪すぎる。トートゥゾネの李飛龍が撃破されるということは、ヌナニア軍にとってトートゥゾネの喪失を意味する。そして、トートゥゾネ喪失は、すなわちこの戦争の敗北を意味する……!

 

 これはどうしても、なにがなんでも阻止しなければならない事態。だが、四倍の敵からの挟撃の危機。李飛龍艦隊へ、どういった包囲が展開されているかわからないが、李飛龍艦隊による単独決戦不可避となれば李飛龍艦隊が、この宇宙から消え去ることだけは明白だ。つまり、やはり遠からず確実な敗戦がやってくる……。

 

 そして、なおこの状況が悪いのは、第六戦線トートゥゾネが失われると、トートゥゾネから泊地パラス・アテネまでの間に、ヌナニア軍は、まともな防衛線を持たないということだった。

 

 本拠地丸裸。しかもヌナニア軍が、本拠地の防御を固めれば、敵はこれを好機とトートゥゾネから他の戦線へ自由に戦力を送り込んで、一つ一つ戦線を手に入れていくだろう。そして、いずれヌナニア軍は、すべての戦線を失う。


 アーサスが暴力的に突きつけた現実は、大会議室内を絶望のどん底へ叩き落としていた。室内は、意気軒昂いきけんこうな軍人たちが意見を交わす激論などという様相などとは程遠く、重苦しい沈黙が支配している。高官たちの多くがうつむき気味だ。

 

 与えられた課題があまりに難しすぎた。いま、集まったものたちへ突きつけられた課題を、別のものに例えるなら瀕死の重傷者を治療しろではなく、死者を蘇らせろに近い。どんな名医も死体を前にしては無力だ。


 そう。状況は、すでに医者ではなく葬儀屋の出番といっていい。すなわち戦局は、すでに殺しあいから外交交渉への過渡期、はっきりいえば敗戦処理へと移行していくターニング・ポイントにあると考えられた……。

 

 高官たちが絶望するなか、アーサスと星守の言葉の応酬はつづいていた。出だしの段階ですでに遅々として進まない会議。対立する副官房と統合参謀本部のアーサス。

 

 会議が始まる前から誰もが、嫌な予感はしていた。なにも決められないのではないかという予感だ。前回のフライヤ・フリューゲ奪還作戦のときのように、具体的なことはなにも決まらず時間だけが経過し、タイム・アウトする。


 義成は、チラリと六川を見た。天儀不在の、いま、この場で一番発言力があるのは軍官房長である彼だが……。

 

 天然パーマに精悍な目つき、作りのよい顔に無精ひげをのっけた口元には動の兆候は見られない。つまり、六川の口は、アーサスと星守の仲裁どころか会議を進行させるためには動くこともなさそうだ、と判断した義成は影から表にでることを決意した。

 

 本来なら特殊工作員は軍の影だ。目立つことを避け、影響力をおよぼしたいならば物陰から、こんな大会議での積極的な発言は、立場上も好ましくないが……。


「はい!」

 

 義成は、大会議室いっぱいに響く大音声で挙手した。

 

 果敢に日陰から飛びだした義成に、室内の注目が一気に集まり、アーサスも星守も口を忙しくするのをやめて義成を見た。


「自分は、特命係の参月義成中尉であります。星守副官房。自分が、発言してよろしいでしょうか。」


 許可を求められた星守は、フフンと口元に笑みを見せ義成の発言を許した。ほら見たことか。アヘッドセブン序列一だか、統合参謀本部のホープかなんだかしらないけれど、統合参謀本部より軍官房部のほうがうえ。戦略企画部の平社員のアンタより副官房である私のほうが偉いの。証拠に義成くんは私に発言の許可を求めてきたじゃない。というわけだ。


 星守が、気をよくするなか義成の発言を開始していた。

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