1-(22) 究極の悪党
しかしだ。六川も星守も笑えない。六川は真っ青で、星守も鎮痛の面持ちだ。レイプ未遂事件もレイプ事件も、スキャンダルとしては大差ない。
正式名称、砲戦・強襲両用機動団は、ヌナニア軍の精鋭部隊として軍広報部と情報部がタッグを組んで、国民へむけて大々的に宣伝してしまっている。いまや両用機動団は、ヌナニア軍の顔のような存在で、そんな部隊のスキャンダルは軍にとって致命的だ。
だいたい状況は、未遂とはとても思えない。というのが六川と星守の見立てだった。毛布にくるまれすすり泣く女を一見したところ、毛布の隙間からは無残に破れた衣服がちらつき、毛布の下がどうなっているか、想像すればおぞましい蛮行しか思い浮かばない。
天儀が、さっと手あげると国家親衛隊は瞬時に笑うのをやめ、それまでと打って変わって謹厳な態度となった。見事な野獣の統率。この部屋の主は誰か、室内の誰もが理解せざるをえないものだ。
状況悪し。ついにウラジミール軍曹が、たまらず天儀へ言葉をむけた。六川へいくら言葉を重ねても無駄だ。この部屋の主は、ヌナニア軍の現トップである総司令官の天儀だと認めざるをえない。
ウラジミール軍曹たちも先日の天儀の着任のときは、敗戦処理の人事だと笑い飛ばしたのに……。それが、いまは笑い飛ばした相手に、運命を握られている。不思議な運命の転換といっていい。
「で、ですが総司令官閣下。我々は、暗殺未遂犯を捕まえたんですよ!」
「暗殺だと? しらんな。それは君らの勘違いだろ。」
「は……?」
「私は、暗殺など仕掛けられていないが? 私がここにきたのは、女が暴行されているとの通報を特命係の王仕軍曹からうけたからだ。」
「嘘だ! たしかに暗殺未遂犯をつかまえた。功はあったんです。それで帳消しに。免罪してください。あの女はあなたを殺そうとしたんだ!」
天儀は、毛布にくるまれすすり泣く女を一瞥して……。
「やはり、しらんな。私は、その女とは、この部屋で初めてあった。」
「嘘つきだ! なにがヌナニア軍総司令官だ。とんだ大嘘つきの悪党じゃないか!」
命乞いにしては無礼千万な発言だが、天儀は、怒るどころか困った顔をし、
「ふむ……。どう説明したものか。両用機動団は、文武両道で頭もいいと聞いていたのだが、ずいぶんと物分りが悪いな。眼の前の相手が誰かもわかってないようだ。」
そういって考え込んだかと思ったら、室内に次の問いを発した。
「このなかで人を殺したことが、あるものはいるか?」
天儀の問いかけに、国家親衛隊の全員が手をあげ、そして天儀自身も胸の前で挙手した。義成は挙手しなかった。義成は、ナカノ出身の特殊工作員とはいえ、じつはまだ殺しの経験はない。
「では、カンブロンヌ隊長に問う。挙手したもののなかで、一番殺した人数の多いやつは誰だ?」
「……そいつは、直接的にか、命令も含めてでしょうか。」
「後者も含む。」
「じゃあ、グランジェネラルでしょう。グランジェネラルあなたの一声で、戦艦一隻だ。巨艦が爆沈したら少なくても万単位。それが無数だ。とにかく俺たち一人一人が手にかけた命となれば精々二桁。いってても三桁ですからね。とてもおよびませんよ。」
カンブロンヌが言葉を終えると、カンブロンヌに集まっていた視線が、一気に天儀へ転じた。命令一つで、大勢が死ぬ。敵も味方も。人食い鬼の所以は業が深い。
「ところで両用機動団のお二人は、挙手しなかったようだが?」
天儀から問の言葉をむけられた両用機動団の男二人は、うつむき視線を床に這わせた。
そう。義成相手に二秒で殺すと息巻いていたわりに、両用機動団の男たちには殺しの経験はなかった。これまでの犯行も、殺人までにはいたっていなかった。そもそも両用機動団の隊員全員が、この戦争が初陣で、まだ戦闘配備の経験すらない。
天儀は、ウラジミール軍曹へ、感情のない言葉を継いだ。
「人を殺し、嘘をつき、陥れる。なるほどたしかに私は、君のいうように悪党のようだ。だが、こんな悪党相手に命乞いとは、君は相手を見誤っているのではないか?」
ウラジミール軍曹ともう一人は、顔面蒼白。ガクリと膝をつき、うぅ、うぅ、と伏せて泣きだした。これで自分たちのキャリは終わりだ。卑劣な犯罪者として収監され、軍からは解雇だ。
――戦争で運命が変わった。
軍広報部と情報部がタッグを組んだプロパガンダ活動は、効果てきめん。たちまち両用機動団は、ヌナニア軍を代表する部隊となった。
じつは両用機動団は、軍内で名をしられていても一般世間では無名。しかも軍でも一番厳しいという訓練を日々おこなっても、辛辣な視点に立てば彼らのジャンルは、たんなる歩兵もできる船務科だ。平時では栄光からは程遠いい。
だが、それが街を歩けば握手を求められ、サインをねだられ、居酒屋で飲めば支払いを求めない店主までいた。そして気持ちよく出征した。英雄への道のりだ。だが、戦場で英雄になるはずが、犯罪者となって戻るとは……。どこで道を違えたのか、反省より後悔が、男たちを支配していた。
「六川軍官房長、私は今回の件の結論を決めたぞ。両機団の五名は銃殺刑。本日を以って、両機団には解隊を命じることにする!」
途端に室内には、銃殺は嫌だぁ! 死にたくない! というウラジミール軍曹ともう一人の絶叫と悲鳴が響いた。彼らは床を叩き泣き叫び半狂乱だ。
一方、義成はこの状況を冷たい目で眺めていた。ウラジミール軍曹とその仲間は、
――殺す!
とまで口にし、実際に義成は、両用機動団と死闘を交えたのだ。彼らは自分が敗北して死を迎えるという幕引きを想像しなかったのだろうか? 殺すと息巻いたからには、自身も殺されるという覚悟があると義成は漠然と思っていたが、死を宣告され半狂乱になる彼らを見ると、どうも違うらしく、義成は困惑した。
天儀の審判がくだった。れけど、はい、と承知できないのが六公平という男の立場だった。
「お待ちください天儀総司令!」
六川は、軍官房長として天儀の説得にかかった。いまここですべてを即決してしまうのは悪手だ。敗北への一手といっていい。
両用機動団は、統合参謀本部の実質的なトップである議長代理の肝いりで創設された部隊だった。
たしかにヌナニア星系軍総司令官には、最前線に配置された戦力に対してすべての権限がある。両用機動団を、解散することは権限上可能だろう。
だが、それをすれば本国の統合参謀本部と、総司令官天儀とのあいだに深刻な亀裂を生じさせ、さらには最戦線の諸部隊と本国制服組との対立という最悪の事態に発展しかねない。
この時点で、天儀は六川の想像力を人質に取ったといってい。
六川の想像するさきはこうだ。両用機動団を解隊された統合参謀本部と議長代理は怒り狂うだろう。そうなると、今後の軍事計画への嫌がらせ、具体的にはサボタージュなどをおこなってくることになる。
当然そうなると最前線では、不満がたまる。そしてヌナニア軍は、後方サイドと前線サイドに分裂。両者のあいだで嫌がらせの応酬がつづき、ついには怒り狂って絶望した前線部隊が敵へ寝返り……ぐらいなら生易しい。戦場を退去し本国の統合参謀本部の建物へミサイルを撃ち込みにいきかねない。……まあ、これは想像たくましすぎる結末だが、戦争に負けてしまうという想像は妥当だろう。
ともかく軍の内部分裂からの敗北は、六川には絶対に避けなければならない事態だ。
いまのヌナニア軍は、六川が手塩にかけて作った組織といっていい。旧軍時代にできなかった軍政改革をヌナニア軍で実現した。
――それが、こんなことでふいになる。
敗戦すれば、いまのヌナニア軍はどうなるかわらからない。またも組織はまた改変されるだろう。敗戦という破滅を、血のにじむ努力でチャンスに変え、ほぼ理想的な軍隊を編み上げたのに、それがすべてパーだ。
「なるほど。五名に罰を与えるのはいいでしょう。両用機動団全体にペナルティーを与えるのも仕方ありません。ですが、未遂で銃殺はいかがなものでしょうか。それに両用機動団の解隊は、明らかにやりすぎです。」
頭の回転が速く、弁舌も立つのが利刃六川。次から次へと言葉がでて、ついには両用機動団の弁護を展開することに……。
――僕だってこんなやつらの弁明なんてしたくない。
と思いつつも、ここで天儀に、好き勝手にされると軍が分裂しかねない。軍の分裂は、六川には絶対に避けなければならない事態だ。人道的観点からの量刑の釣り合いや、軍の融和などを必死に説いた。
だが、すがるようなかまえさえ見せ必死になる六川に、むしろ天儀は強烈に不快感をしめし、的確に六川の言葉の矛盾を突いて反論した。それでも六川の知恵はよく回る。論破されぬように、巧みに論点をすり替え抗弁していたが、ついに、
「黙れ六川。こざかしいぞ!」
と、天儀が一喝した。
国軍旗艦瑞鶴の船体が、割れんばかりの怒声だった。必死の六川が、思わず一歩下がるほどの剣幕。星系軍一千万率いて勝利した男の気迫は、想像を超える。六川は顔面にジェット気流をもろにうけ、全身がチリとなって吹き飛んだような感覚をうけた。
だが、六川も引き下がれない。このまま両用機動団を解隊されると、戦争自体がうまくいかなくなる。
「しかし……!」
「旧グランダ軍と旧セレニス連合軍でできたヌナニア軍の半身は、栄えある皇軍と理解すべきだ。私は旧グランダ軍でこのような蛮行を許したことは一度もない。斧鉞権を行使し、全員即刻首切り斧のサビにしてやった!」
「いや、しかし!」
熱くなる天儀と六川。この二人の熱気で室内はサウナのように感じられた。
だが、こんな状況で覚めた男が一人いた。義成だ。総司令官天儀と六川軍官房長のやり取りを眺めていた義成は、
――天儀総司令は皇軍でゴリ押しする気だな
と冷静に思った。いつの時代もご主君様のためは、伝家の宝刀だ。お国のための上を行く感情論の最強兵器。
斧鉞権とは、ようは軍規違反者の処罰の権限だ。軍を統率するために、皇帝から与えられる特権。義成は、星系軍士官学校の教官から、旧グランダ軍で天儀将軍は軍人相手なら裁判なしの処刑の権限を持っていた、と聞いたことがあったので、義成は言葉の意味にすぐに思い当たった。首切り斧のサビにしてやったは、比喩だろう。軍規違反者は、見逃さずあまさず処罰したというのを格好つけていっただけだ。
それにしても天儀総司令は役者だ、と義成は思う。適度に旧グランダ軍時代の語彙をチョイスして、軍隊の格式という問題を前面に押しだしている。
そう。旧グランダ軍とかグランダ軍とか呼称されることが多いが、
――グランダ帝国軍
といっても正しいのだ。非民主的ということで、意図的に避けられているだけだ。それが、あえて避けられている帝国軍色を、いま、前面に押しだしているのは、なかなか効果的に見えた。遠回しに、恥を知れ、という責めになっている。公正無私という六川軍官房長の性質を考えれば、かなりの効いているように義成は思う。
そして、あの六川軍官房長が、論戦で完全に後手に回り、やられっぱなしという状況に、義成は驚きだけでなく、感動すら覚えている自分を自覚し不快だった。人格と知性を兼ね備えた男が、悪人に手玉に取られているように感じるのだ。
天儀相手に、必死の説得を続ける六川だったが、天儀はまったく聞く耳を持たない。
「私は、総司令官権限の行使を宣言する。本日を以て両用機動団の解散を命じる! これは正式な総司令官命令だ。おい、義成、法務部長をよべ! ここで簡易裁判をおこない、ただちに銃殺刑を執行する。カンブロンヌお前は、マスケットを五丁準備しろ!」
怒涛と状況は、進み始めた。濁流となって進み始めたときは、最早誰にもとめようがない。天儀の性急さは、台風や津波のように襲いくる自然災害すら思わせる。いま、天儀という災害が、荒れ狂い。いま、ヌナニア軍を破壊しようとしている。
「あぁあ゛あ゛ー!」
と叫んで六川が頭を抱えた。
マスケットとは、宇宙船内で使用できるように火薬の量を極限まで調整した火器の俗称だ。様々呼びかたはあるが、簡易な作りのものは銃器黎明期の前装式の銃になぞらえてマスケットと呼ばれることが多い。
宇宙船内で火器全般は、よほど特別の場合にしか使用されない。艦内に侵入した敵兵と戦闘するなど……、いや、それでも火薬製の武器はつかわれないだろう。危険すぎるのだ。宇宙空間の施設内での戦闘は、それ専用の武器がある。宇宙船内での火器の使用は想像もつかないレアケースといっていい。それこそ処刑など――。
いま、マスケットを使用すると宣言した天儀総司令は本気だ、と義成も固唾をのんだ。
――神父もよべ!
という指示も飛んだ。処刑前に懺悔させるのだろうと義成は思った。
天儀は、神父といったが、正しくは『従軍聖職者』といい大きな艦には、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教、仏教、このあたりの資格を持った聖職者が一人から二人ほど乗艦している。インド系のクルーが多い場合には、シク教の資格を持った従軍聖職者が乗艦していることもある。
彼らは、任務に支障のない範囲で、礼拝などの宗教行事を取り仕切り、最後の言葉を聞き届けるのも彼らの重要な役割の一つだ。
人類が宇宙に生活圏を広げるには、ニュートンから始まる近代科学の蓄積が不可欠である。基礎科学がなければ、ロケットどころか飛行機すら飛ばない。表現を変えれば、宇宙に生活圏を広げた人類は、アイザック・ニュートンの名を絶対に忘れることはできない。ニュートンを忘れなかった人類が、どうして歴史や宗教など、それ以外のことをすべて忘れてしまうのだろうか? あまりに現実味がない。
我々は所詮、ニュートンを始祖とした科学の信奉者にすぎない。とは大宇宙時代に、科学界からでた知の巨人の言葉だった。




