1-(2) 国軍旗艦
ヌナニア軍の国軍旗艦は『瑞鶴』という。
軍艦が複数集まってできるのが艦隊で、その艦隊が二個以上数集まってできる編成を連合艦隊という。
いまの時代その連合艦隊を、十指程度は抱えるのが一端の超領域国家で、ヌナニア星系軍もその例にもれない。
そして、すべての連合艦隊を束ねる存在が、国軍旗艦である。
当然、国軍旗艦に乗り込むクルーたちは、選りすぐりで優秀揃い。だが、そんな優秀揃いばかりの瑞鶴には珍しく、いま、艦内はざわめきに包まれていた。ざわめきの理由は、困惑と不審、そこに少しの期待だ。
艦内は、新総司令官の着任式が終わった直後から、ある噂話で持ちきりとなったのだ。
――あの新総司令官は誰だったの?
だが、個人的なものを含め通信端末の使用は制限されていないが、艦内の通信はすべて電子戦科が管理している。うっかり、
「すごい人らしいけど、誰だったあの人?」
なんてチャットで不躾に聞けば、その履歴が、またたく間に新総司令官にしられかねない。当然、こうなれば査定に響く。つまり出世が遅れる。エリートは息をするように打算するものだ。
だからこそのひそひそ話。場所にもよるが、会話だけなら履歴には残らないというかお目こぼしされる。
艦内にある食堂の一つで、あるグループも新総司令官の噂話でもちきりだった。食堂の片隅で、展開される彼らの噂話のお題は、もちろん新総司令官様は誰ぞや? というものだ。
「俺の横にいた旧軍の出身の先輩は、〝マジかよ。勝ちたいならなんでもアリかよ……。〟って絶望顔で口走ってたぜ。」
「へえ。じゃあ、その人は、あの新総司令官について知っているってことね。新総司令官は、優秀なの? 私はその点に一番興味あるんだけど。」
「知らないけど前の戦争の英雄らしい。」
「英雄っていうからには、おそらく優秀な方に分類されるわけね。」
「お前さあ、その旧軍出身の先輩に、どんな人か教えてもらえなかったのかよ。」
「そりゃあ聞いたさ。聞いたけど青い顔して首振っただけで、なんも教えてくれなかったんだよ。」
「なんだよ知らぬは、俺たちヌナニア新兵ばかりってか。結局、新総司令官は、どんなやつなんだよ。」
「ちょっといい二人とも。私の情報筋ではね。」
「お、でた。統合参謀本部の友達か?」
「ええ、その子が言うには、首相の切り札らしいわよ。」
「いまの首相は、旧セレニス星間連合の出身だよな?」
「つまり旧セレニス軍出身の軍人かぁ。」
「ところが違うらしいの。統合参謀本部の友達がいうには、新総司令官の選任には外務大臣が絡んでいるらしいわ。」
「いまの外務大臣は、国子僑……。旧グランダ系の政治家だな。」
「じゃあ旧グランダ系の軍人か。」
「旧グランダ系軍人で、前の戦争の有名人で、この戦争にまだ未参加となると……。」
ここで会話が止まってしまった。だが、それは仕方ないことだろう情報が足りなさすぎるのだ。けれど、ここで聡いものは、気づいた。いや、気づいたというより予感を覚えた。もちろん悪い予感だ。
このタイミングで、近くにいても噂話には参加せず端末をいじっていた男が、手にしている端末の画面を戦友たちに見えるようにかざした。
仲間たちの注目を集めたその画面には、ウエーブ記事。その記事は、メジャーな報道機関のもといえばそうだが……。
「なによ。官製通信じゃない。」
そう。画面に表示されていたのは、官製通信とか官製新聞とやゆされる悪い意味で有名な三流報道機関のウエーブ記事だった。政府や企業の発表をそのまま記事にするだけのウエーブニュースサイトで、酷いと著名人のSNSでの発言を裏取りもせず本人に無許可で、そのまま記事に仕立てるという、いわゆる『こたつ記事』でも有名な新聞社だ。
「だから記事の見出しだ。ちゃんと見てみろ。」
と端末をかざしている男がいった。全員が、あらためて画面へ見入り、そして一人がつぶやいた。
「約一ヶ月前の記事だな……。タイトルは『史上最悪の凶悪犯、出獄!』か。相変わらず見出しだけは目を引くな。でも、これがどうした?」
疑問をつぶやいたものだけでなく、画面に見入る誰もが、この記事と今日の新総司令官の着任との因果関係がわからないが、端末の画面をかざしていた男は一度、端末をかざすのをやめから指先で手早く画面を操作。ウエーブ新聞内を〝あるワード〟で検索し、ここ一ヶ月の関連記事だけを抽出。端末の画面には、あるワードで検索したここ一ヶ月の記事のタイトルが四つほど並んだ。男は、その状態で、ふたたび携帯端末の画面を戦友たちへむけた。
『史上最悪の凶悪犯、出獄!』
というさきほど見せられた一番古い記事のタイトルに、つづき並んでいたのは……。
『人食い鬼、首相官邸へ!』
『怪物、宇宙へでる』
この二つで、そして、最後に並ぶのは、ほんの十八時間ほど前に投稿された最新の記事で、そのタイトルは……。
『処刑人、泊地パラス・アテネへ到着』
完全に全員の目の動きが停止した。いや、停止したのは、記事の文字を追っていた目の動きだけではない。目で取り込んだ情報を、脳で処理したとたんに体も硬直した。誰もが、さきほどの悪い予感が的中しまったと感じたのだ。
どう考えてもあいつだ。と誰もが思った。だが、信じられない。それだけは、ないはずだった。けれど、前の戦争の有名人で、まだ今回の戦争に未参加という条件で、かつ一連の記事のタイトルから連想される人物は、ただ一人!
しばらくすると噂話のグループないから、
「もしかして……。」
という不安の言葉があがったのをきっかけに、誰もが堰を切ったように、自身の心のざわめきを音にした。
音となった彼らの心のざわめきは、波紋となり瑞鶴のすみずみまで広がり、やがて止んだ。艦内のそこかしこで、似たような噂話をしていて、どのグループも同じような結論にいたっていたのだった。