1-(19) 戦場の闇(2/2)
「えへへ。前からこうのってやってみたかったんですよねぇ~。スパイ映画みたいですよね。電子戦科っていっても後方基地じゃ防諜とかデータの検閲とか地味なお仕事ばかりで退屈で、退屈で、なんか特命係に移動してよかったかも。」
火水風は優秀で、五分で情報を抜き取った。義成は、火水風にさらに命じた。
「次は、瑞鶴のクルーたちの位置情報をマップに表示させてくれ。」
「うわー。ID抜くよりは簡単ですけど、こんな状況じゃなきゃ完全にアウトな行為ですね。クルーの位置情報ってパス与えられている権限ある人じゃないと見れないんですよ。」
「難しいか?」
「ええ、そこそこね。でも私にはできます。クルーの位置情報を扱ってるのってブリッジなんですけど、手っ取り早くしりたいなら、あそこより軍警の警務室ですね。」
「そうなのか?」
「ええ、たとえば艦内で事件がおきて犯人が艦内を逃げ回ってる場合、軍警の人は艦内移動しながら、犯人の追跡することになるじゃないですか。」
「なるほど。瑞鶴艦内に散っている軍警が、瑞鶴クルーの位置情報にアクセスできるようになっているのか。」
「御名答です。瑞鶴艦内からに限定されてますけど、軍警のサーバーは外部からのアクセスに対応した作りになってるわけです。」
そういって火水風は、一分もしないうちにタブレットの画面に瑞鶴クルーの位置情報を表示させた。タブレットの画面に表示されていたマップが丸で埋めつくされた。この丸の一つ一つが瑞鶴クルーの艦内での位置を示している。
「でました。うわぁ画面が小さいからよくわかりませんねぇ。」
「そこに先程抽出した隊員のIDだけを表示してくれ。」
「はい。」
途端に画面から丸の数が減った。
「さらに総司令官室から徒歩20分で移動できる範囲を抽出し、重ね合わせて欲しい。やってくれ。」
「なるほどー。義成さんやりますねぇ。総司令官室から20分の範囲内にいるIDの持ち主がかぎりなく黒ってわけですね。」
「ああそうだ。」
すぐに画面に義成の指定した情報が表示された。総司令官室に大量に丸が重なっているが、これは天儀総司令を守る国家親衛隊だろう。義成は、何度かマップを切り替えた。艦は立体構造だ。義成は、10秒で各階の平面図の確認を終えた。
「ここだ。」
と義成は一言。洗濯室を特定し、急いでむかったという顛末だった。
洗濯室に、表示されていたIDは五個。洗濯室に、両用機動団がいるのはおかしい。エリート意識の高い彼らは、洗濯室に洗い物を自ら持ち込むことはしない。洗濯物は取りにこさせ、そして洗い終わったものを届けさせる。
そして洗濯室の扉を開けて入ってみれば驚きの光景。両用機動団と対峙となったわけだ。
「まさか。犯人を隠匿した目的が、その他だったとはな。見下げはてた下衆どもめ。」
と義成は、冷たい視線を男たちへむけた。
義成は、暗殺未遂の犯人が見つからない理由を、誰に犯人を引き渡したら自分たちに有利になるかとか、犯人と犯人を見つけた人間が友人関係だったなどの理由から、犯人がかくまわれている可能性を考えていた。
つまり、犯人が隠された理由は、出世や恩賞目的、それが違うなら犯人への同情だ。だが、人間の悪辣さとは、義成の想像に外にありすぎた。
対して、義成から種を明かされた男たちは、一様に驚いていた。わかってしまえばくだらないが、混沌とする状況で冷静にそれをやってのけたことを考えれば、やはり義成の行動は称賛に値するだろう。事実、自分たちは見つかってしまったのだ。しかも、これから、お楽しみというところで。
リーダー格と思しきメガネの男が、義成を気に入らなさそうに激しくにらみつけた。
「チッ……。どこぞの私立探偵かよお前はよ……。めんどくさい賢さしやがって。お前は何者だ?」
「特命係の参月義成だ。」
「参月特命か……。聞いたことがある。ここんとこ噂になってる黄金の二期生だな。」
メガネの両用機動団員の男は、むしろ義成が、あの黄金の二期生であることをしって納得した。あの優秀と評判の黄金の二期生なら探偵のまねごとだってやってのけるだろう。
「ウラジミール軍曹及びその他四名へ降伏を勧告する。この状況はごまかしきれないと考えるべきだ。」
「チッ。もう名前までわかってるってか。」
だが、悪態とは裏腹にメガネの両用機動団の男あらためウラジミール軍曹は安堵していた。相手の出自がわかれば、実力もしれるというもの。黄金の二期生という経歴は、たしかに宇宙歩兵エリートとされる両用機動団すらおよびもしない非の打ち所ない真のエリート中のエリート。だが、殴り合いの実力はしれている。黄金の二期生ごときにあっというまに、二人も倒されたのは不覚といっていいが、つい先程のできごとは偶然と不運がなせた技だと、ウラジミール軍曹は確信した。
「ところで特命殿。賢さとバカは髪の一重なのか?」
ウラジミール軍曹がいうと、他の二人の両用機動団員も、その言葉に同意するように失笑した。
女が襲われていれば憤るだろう。わかる感情の発露だ。だが、それがお前になんの関係があるんだ。賢いなら少しは、その先を考えろ。俺たちのお楽しみをぶちこわし、二人もボコって、お前はまったくの邪魔者だ。だが――。
「正義に逸って部屋のなかに乱入したが、お前は運のつきだ。」
室内に女の悲鳴が響いた。ウラジミール軍曹ふくめ三人とも自分たちが、いまやるべきことがわかっている。
「時間がない早く殺れ!」
という指示がウラジミール軍曹から飛んだ。そしてウラジミール軍曹当人は、義成へむけて余裕の笑み。
「間抜けめ。証拠を殺せばそれで終わりだ。」
メガネを光らせ言葉を吐いたウラジミール軍曹。口元は、ニヤついている。対して義成の心は激しく燃えた。ウラジミール軍曹から吐かれた決定的な発言に、義成の心に正義という燃料が叩き込まれ、心は一瞬で真っ赤をとおりこし、真っ白な光熱を放っていた。
「貴様ら。最初から暗殺未遂犯人をレイプしたら殺すつもりだったなッ!」
義成の言葉に、ウラジミール軍曹の口角が、小馬鹿にしたようにあがった。当然だ。お楽しみのあとに、殺してから暗殺未遂犯を引き渡す。自分たちを一番評価してくれる相手へ。これがもっともベストだ。
「ま、死人に口なしというからな。」
「仮に貴様らのおぞましい行為が計画どおり進んでも、軍警は丹念に調べるぞ。この部屋も死体もだ。」
「笑える。ここをどこだと思ってる。国軍旗艦の衣類を一手に引き受ける洗濯室だぞ。誰のDNAが落ちていようとおかしくはないんだよなぁ。」
「バカを言うな。死体の体内からでた貴様らのDNAは言い訳不可避だ。」
「いやいや、特命係さんは、物を知らないようだ。犯人の取り押さえ方は色々だ。それに、俺たちは、くんずほぐれつの、とても激しい格闘戦の末に犯人を捕まえたんだ。うっかり犯人の中に、DNAが入ってしまっても仕方ないだろぉ。」
このいいぶんと、言葉を口にするウラジミール軍曹の表情に、義成の心は、正義の熱波で洗われたようになった。すでに真っ白に白熱していた義成の心はさらに猛った。心という炉は激しく火を吹き、身が蒸発しそうなほど熱く燃えている。恒星が光とともに放つ熱すら、いまの義成の心の熱と比べれば生ぬるいものだろう。
「おっと、特命さんは、お怒りのようだ。お怒りのお前に、残念な情報を付け加えといてやる。俺たちには、信用がある。」
そう、信用がある。そもそも部隊発足のコンセプトの一つが、品行方正で、かつ選りすぐりの新の精鋭だ。これは明らかに宇宙ゴリラとやゆされる国家親衛隊を意識している。いうことを聞かない宇宙ゴリラとは違い信用できる宇宙歩兵戦の精鋭部隊。それが両用機動団。王国家親衛隊が信用できないから、両用機動団がある。いいかたを変えれば、両用機動団は、信用されているのだ。
そう、世間的な人気もあいまって、取り調べの担当官は、自分たちの言葉を疑えないだろう。いや、疑っても処罰は難しい。両用機動団のバックは強力だ。
「信用というか下衆どもめ。貴様らに最も似つかわしくない言葉だ。」
この言葉に、ウラジミール軍曹は今度こそ明確に小馬鹿にして笑った。
「特命殿は、誰が両用機動団を作ったか知らないらしいな。」
両用機動団は、統合参謀本部肝いりの部隊。しかも統合参謀本部議長代理の。ウラジミールたちが考えるに、結果主義の彼は、また事件をもみ消すだろう。新米の義成特命とやらは、しらなくても無理はないが、これは、いたってこれまでどおりなのだ。
両用機動団の実用性と、スキャンダルを天秤にかければ自明の理だ。ようはストーリーさえあればいいのだ。矛盾のない釈明を用意し、疑惑を真っ向否定すれば、物的証拠も不思議と闇へ消える。
とびきり肉欲をそそる暗殺未遂犯。こんな幸運があるのだろうか? この宇宙で千載一遇の好機。ありえない幸運。総司令官の暗殺未遂は、軍で最高峰の凶悪犯罪といっていい。これまでのお楽しみでは、できなかったことも許される……。
ウラジミール軍曹が、身の毛もようだつような仕草で身をぶるりと震わせた。想像したのだ。本来やろうとしていたことを。女をもてあそんだあと、本来どうするつもりだったかを。
まず暗殺未遂犯を、普段の厳しく激しい訓練で培った体力で、短い時間の許すかぎりなぶりたおす。そして、これまた普段の厳しく激しい訓練でつちかった腕力で、美しい顔を原型がわからないぐらい叩き潰す。何度も、何度も、激しく。これが、たまらない。股間が熱い。
体もグチャグする。スラリと細い長い手足、柳のような腰。それらをサブミッションの技術で破壊する。へし折り、あの関節がポクンと関節が外れ靭帯が異音をあげる瞬間たまらない。今回は、あの豊かで白い乳房を、手で力任せに掴み引きちぎろうと思っていた。実際そんなことができるかはわからないが、やってみたい。普通の女どころか商売女相手にも、絶対にできない行為をリアルでやってみたい。
そう。ウラジミール軍曹たちにとって、ここでの行為は、時間は短いが二度楽しめる祭りだったのだ。
なお、不気味に身を震わせるウラジミール軍曹を目にするはめになった義成は、彼へ侮蔑の視線をおくった。義成は、見せられたものが、なにかよくわからなかったが、いま、とても気分が悪い。いや、明確に気持ち悪かった。
義成は、ウラジミール軍曹が、その脳内で、どれほどおぞましい想像をしていたか想像だにできなかったが、絶対に宇宙でもっともろくでもないことを考えている。それだけはわかった。
そんななかウラジミール軍曹が口を開いた。
「これは仕方ないことだった。俺たちは暗殺未遂の犯人を確保しようとしたら、激しく抵抗されたので仕方なく殺した。総司令官の暗殺未遂と聞いて俺たちは、ちょっと熱くなってた。激しい乱闘戦となり、死体はグチャグチャ。俺たちのDNAが、死体のどこからかでたらしいが、激しい乱闘戦で死体はグチャグチャだから仕方ない。ああ、暗殺未遂犯を殺してしまったのは、たしかに落ち度かもしれないが仕方ない。けど、俺たちも凶悪犯罪と対峙して必死だったんだ。なにせヌナニア軍総司令官を殺そうってやつだ。女とはいえ油断できない。いや、最大限の力で戦うべきだ。そんなところにお前が現れ、どうしてか俺たちに襲いかかってきた。仕方ないので、俺たちはお前も制圧したが、こちらも手違いで殺してしまった。筋書きはこれでいいな。」
しょーもない長台詞。義成は、怒りをとおりこし、激しい言葉をぶつけてやるのも虚しく黙って聞いていたが、ウラジミール軍曹の口の動きが止まったのを確認すると、侮蔑の視線とともに侮蔑の気持ちを率直に吐いた。
「……仕方ないづくしか。その仕方ないの盛り合わせでできたような言い訳が、とおる見込みがあると考えるとは、ずいぶんとお粗末な脳をしているようだな。」
「へッ。どちらがお粗末な脳だか。状況は一対三だ。参月特命殿……。」
みなまでいわずに言葉を切ったウラジミール軍曹は、不敵に笑った。他二人の両用機動団も不敵に笑っている。そして、ウラジミール軍曹が言葉を継いだ。
「ご冥福をお祈り申し上げます!」
が、そんな悪人の声は、義成にはもう聞こえない。義成には、
『たすけて――!』
という女の悲痛な心の叫びだけが心に突き刺さっていた。