1-(18) 戦場の闇(1/2)
――たすけて
誰へむけていったのか。頼みの人は、もうこの世にはいないに。女のかすれた声は、五人の男たちの欲情した会話に消されることとなった。
「おい、生はまずい。これを使え。」
差しだされたのは、コンドーム。ことを前にして、とめられたものからすれば苛立たしいが、たしかにこれは重要だ。差しだされた男は、
「お前こんなもの持ち歩いてるのか。」
と呆れはしたものの恩に着るとばかりにうけとった。
「俺にも貸してくれ。」
「ああ、いいぜ。どうせ一人一回が精々だろ。」
「早くやれ。洗濯屋が戻ってくるまで三十分ぐらいだ。」
「全員回すには一人六分か……。じっくりと楽しみたいところだが仕方ないな。」
「そうだぞ。ありつけるだけで役得だ。」
「というか待て。なんでお前が最初なんだ。」
「わかった。ジャンケンだ。早く決めるぞ。」
最高のお楽しみの直前。興奮しきった男たちの会話も外には漏れない。明かりの落とされた部屋には、ゴウンゴウンと洗濯音が鳴り響いている。祭りの嬌声をかき消すには、絶好のカムフラージュだ。そう、これから始まるのは祭り。女が生贄の男だけの祭り。
ここは国軍旗艦瑞鶴の洗濯室。ベースシップ機能を持つ瑞鶴その巨大さに見合った大きな洗濯室があり、プロのクリーニング屋まで乗艦していた。あつかうのは、軍服だけでなく宇宙服やリネンの類まで。高官の軍服は、特殊でお高い素材が使われていたりするため専門技術を持つクリーニングのプロが起用されている。彼らは、もちろん民間人。アメニティ部門に所属し、洗濯係や洗濯屋とよばれているが、正式には洗濯用人といいヌナニア軍では医療部、衛生科の管轄だ。
洗濯係は、いまの時間帯は休憩時間。簡単な衣服は洗濯機へ放り込みボタンを一つ押すだけ。乾燥が終わるころに戻ってきて、洗ったもののアイロンなどの次の作業に取り掛かる。いまは男たちにとっては、まったく好都合の無人の部屋だ。
乱雑に積みあがった毛布うえにぐったりと横たわる女は、長身でスタイル抜群。足首までありそうな長い髪の毛は無残に散らばり、厚く引かれたルージュは抵抗したときに乱れて頬まで伸びてしまっているが、むしろそれが妖艶だ。女の豊かな胸が呼吸とともに上下し、それが、女が死体でないことをしめしている。
体格の抜群の男五人からの殴る蹴る。女は腕に覚えがあったが、相手があまりに悪すぎた。水色と白を基調とした軍服に銀の飾緒。この軍服を身につけた男たちは選りすぐり兵士である両用機動団だ。
この世で、両用機動団相手と戦って有効な反撃をできる人間はかぎられる。むなしくも女の抵抗は、男たちのなかの一人のメガネを跳ねあげたぐらいが精々で、そのメガネが床に落ちるころには、女は制圧されていた。
よく見れば女の顔には、すでに打撲傷と思われるアザが浮かんでいる。しばらくすれば、殴られた顔は無残に腫れ上がってくるかもしれない。だが、そんな痛々しい女の姿も、欲情のまみれ興奮した男たちからすれば、興奮をさらに高めてくれるオプションにすぎない。
「へへ、じゃあ俺からだな。」
一番目を勝ち取った男が、本能のままに乱暴に女の衣服をはぎにかかった。
――中身が見たい!
それだけだ。洗濯機の音に、女の小さな悲鳴と布の裂ける音が混じった。
――とても楽しい。
こんなに楽しいことが、この世にあるのだろうか。猛る欲情と、はやくしたいという焦燥感が混ざり、いままで経験したことのない最高の興奮が男の全身を包んでいる。
男は力任せに上着をはぎ、上着の袖が飛び、シャツをブラジャーごと引きちぎった。
女はけなげに抵抗し腕で身を抱いたが、果実のような真っ白な肌が暗がりにボロリと落ちるのは防げない。男たちの目に入ってきたのは、熟れた実が、地に転がったような光景だった。最高に食べどきの果実。
男たちの視線は、胸の膨らみに釘付けとなった。十分過ぎるサイズと、男性には絶対にない柔らかな曲線美。これを、いますぐ心ゆくままになぶりたい。男たち目がギラギラとした。
「はは……。最高の上玉だ。こんなの高級店いっても出会えないぞ。」
男の分厚い手が、女の乳房に迫った。
――たすけて
女の震える唇がかすかに動いたが、声にでない。最初は持っていた怒りも闘志も、いまは恐怖に、すっかり塗り変えられてしまっている。悲鳴さえ絞りだせない。
だが、弱者の願いなど何時も虚しいものだ。強者に搾取され、涙を流し、歯を食いしばって生きるだけだ。正義の味方など現れない。そして虐げる側は、恣で、虐げられるに理由があると豪語してはばからない。相手に、虐待されるだけの理由がるというわけだ。
――扇情的なお前が悪い。
だから俺は気持ちを爆発させ満足させた。俺を興奮させたお前に責任がある。
はたして、このような道理があるのだろうか? けれど非道まかりとおるのが人の世の常。宇宙世紀もしょせんは業深き人の産物。世の中で踏みつけられる人間がつきることない。
男の手が女に乳房にかかった。男の表情が狂喜に満ちた。まるで明かりをつけたように周囲が明るく感じられる。それほど尊いものに触れた、とすら勘違いするほど男は興奮していた。が、次の瞬間、男の首がくの字曲がり、
「グヘッ!」
と不気味な息を口から吹いて、そのまま壁際まで吹き飛んだ。男の首に鋭い飛び蹴りが突き刺さったのだ。
「おい!?」
と驚いて女を襲っていた残る四人が見たさきには、ざんばら髪に片目隠れ。参月義成だった。
義成は、いま、自分が真っ赤な怒りに燃えていることを自覚していた。戦いには冷静さが必要だ。だが、心の底から湧いてくる感情は抑えがたい。扉を開けた瞬間に、状況は一瞬で理解できていた。通路からの明かりで照らされたそこには、男たちに取り囲まれた女。男たちの下卑た顔つきが、そこでなにがおこなわれているか雄弁に語っていた。
――軍人にあるまじき! それも国家の精鋭がッ!
参月義成は、軍を正義の執行者と信じている。たとえ実態が、そうでなくとも、そうあるべきだとかたく願っている。そんな義成からすれば、目の前の光景は悪夢だ。
義成は、黒い旋風となった。
「心即理!」
と義成は抑えがたい感情を口から吐いて、一人へ突進。
驚き動揺する両機団の男たちに対し義成の動きは素早く、まるで黒い影のようだ。最初の攻撃対象となった男は、義成が打撃による攻撃を狙っていると判断し、反射的に顎や目といった急所をガードしたが、義成の狙いはそこではない。
男の口から悲鳴が飛び、耳も飛んだ。義成は容赦ない。普通なら耳が千切れれば重症だが、兵士は違う。まして、いま、対峙している男たちは、白兵戦を範疇にした訓練を日々おこなっているエリート部隊の両用機動団。耳程度では、戦意低下が低下するだけ。つまり気持ちの問題。我慢すれば十分戦闘を継続できる男たち。
だが、耳を抑えて叫び声をあげた男は、次の瞬間には両目を抑えて床を転げ回った。
義成が野獣のように男に飛びかかり、男の眼底をえぐるように親指を突っ込んだのだ。支点は、男の耳の穴だ。義成は、男の耳の穴に中指を突っ込み、手を固定、容赦なく親指を男の目に付き入れたのだ。
義成は、ナカノ出身の特殊工作員。体格差のある相手との戦いは心得たものだ。国家親衛隊とのいざこざは喧嘩の延長線上。まさか耳を引きちぎって、眼球を潰すまではやりすぎだ。
だが――!
今回は違う。義成の心には、正義という燃料が叩き込まれ激しく燃えている。
「うお!? なんだお前はー!」
義成の登場は、両用機動団の男たちからしたら闖入以外のなにものでもなかった。ま抜けた驚き声も当然。彼らは、この部屋には、しばらくのあいだ誰も来ないと思いこんでいたのだ。だからこそ、ここをお楽しみの現場に選んだのだ。
そう。彼らからすれば、義成の登場は不思議ですらある。
室内は、決定的な状況だ。現場を抑えられてしまった両用機動団は、狼狽するどころか、残った三人は目配せを交わすと、なづきあった。
そう。状況は、両用機動団とってまだ有利だ。不意を突かれて二人も潰されたが、正義のヒーローのように乱入してきた男は、自分たちと比べれば相手は小兵。この正義のヒーローのような男が、かなり厳しい肉体的な訓練をうけていて、実力も相当のも間違いないだろう。だが、自分たちは白兵戦の最精鋭で、肉弾戦において精兵だ。非武装の男一人など、冷静に対処すれば二秒でカタがつく。
両用機動団の男たちの顔つきがかわり、義成へ鋭い視線を向けた。覚悟が決まればこんなものだ。状況は、戦闘へと発展している。いや、そもそも、もうここはとっくに戦場だ。戦場での迷いは、命取りでしかない。
「……どうしてここがわかった?」
と中央のリーダー格と思しきメガネの男が義成へ問いかけた。
「簡単なからくりだ。事件発生から約20分。この時間で総司令官室から移動できる距離などしれている。総司令官室を中心に20分で移動できる範囲を抽出し、隠れられるような部屋に目星をつけて当たりをつけただけだ。」
なお、すべて電子戦科の火水風の仕事だ。火水風の同行は、護衛の仕事が増えたどころか役立っていた。というかむしろ義成は、最初からそのつもりだった。電子戦科の火水風は、犯人を隠した奴らの居場所の特定に大いに役に立つと。
くわえて義成は、暗殺未遂犯が見つからないとしった時点で、暗殺未遂犯を捕まえ隠してしまった人間にあたりをつけていたのだ。
この騒動で義成が、総司令官室に到着するまでに出会ったのは、国家親衛隊、両用機動団、三つの二足機隊の合計五個の部隊員。
そして20分で犯人を捕まえると宣言して総司令官室をでた義成は、すぐに火水風をいざない艦内の通路の各所に設置されている休憩スペース入ってしまった。
義成の行動に、火水風は疑問顔となった。だが、いまは一刻を争う。義成は火水風の感情など無視し、
「やって欲しいことがある。」
と、やや強引さをもって指示したが、火水風は、素直に応じてはくれなかった。
「その前に、義成さん。暗殺未遂犯が、捕まらない理由を教えてださい。」
そんなこと……、と義成は思った。20分というタイムリミットは、ナカノ出身の義成にとっても、かなり無理のあるアイムアタックだ。黙って指示に従ってもらいたいが……。
「もう捕まっているからだ。捕まっているやつを捕まえようとするから見つからないという理屈だな今の状況は。」
「え!? なんでですか。捕まえたら大手柄。天儀総司令じゃなくても軍警なりに早く突き出せばいいじゃないですか。」
「捕まえた奴らは、値踏みしてるのさ。誰が、犯人を一番高く買ってくれるかをな。」
義成の断言に、
「なるほど!」
と火水風の目は輝いたが、直後に続いた
「それか他になにか目的があるとか。そうだな。例えば誰かが犯人をかくまっているという可能性もある。」
という付け加えに輝いた目は、一瞬にして真顔へと変貌した。
「えー、それって結局わからないってことじゃないですかー。」
「当然だ。まだ情報が少なすぎる。万事が、推測の域をでない。」
そういって義成は、火水風へ総司令官室に到着するまでにすれ違った五つの部隊に所属する隊員の個人IDを、瑞鶴のサーバーから抜き取るように命じた。
「え……。ハッキングですよ?」
「大丈夫だ問題ない。」
実際は、大丈夫でもないし大問題だが、いまは結果がすべてを帳消しにしてくれる。ここは後方基地パラス・アテネといっても戦場だ。戦闘地域としてラインが引かれた区域内。戦場は、過程が無視される最も顕著な場所といっていい。義成は、結果を優先した。
火水風といえば、義成の言葉にすぐに表情を明るくした。黄金の二期生で、しかも義成さんがいうんだから間違いないです。と、とくに疑うこともしなかった。器用にタブレットを操作し、瑞鶴のサーバーに対し軍規違反ド直球のアクセスを開始。