1-(17) よくあること (2/2)
義成とカンブロンヌが総司令官室に到着すると、天儀は事態の収拾の指揮の真っ只中だった。
義成の目に飛び込んできたのは、同情したくなるほど焦りまくる天儀。理由は明白。義成とカンブロンヌが危惧したとおりだ。暗殺未遂がおおやけになると、とんでもない不祥事に発展しかねない。それこそ天儀解任という最悪の事態になる。
誰だって着任早々に、身内から暗殺されそうになる軍総司令官なんて嫌だ。首相は、
「天儀はダメだ。あまりに人望がない。」
と切り捨てにかかるだろう。
そう。ことはヌナニア軍星系軍人によるヌナニア星系軍総司令官を狙った暗殺未遂事件。まったくどう見ても軍全体の不祥事だし、首相の任命責任すら問われかねない。
――人望のないやつをどうして任命した?
と議会で野党議員から糾弾されるのは目に見えている。首相は、保身に走るだろう。まず天儀を切り、それでもダメなら防衛大臣を切り捨てる。
「俺は勝つまでは、やめれんのだよ。」
というのが、事態の収拾をはかる総司令官天儀の必死さの理由だ。
大男揃いの国家親衛隊に囲まれた総司令官天儀は、烈火のごとく彼らに指示をだしているが、状況はかんばしくないようだ。
傍目から見ても天儀は思うように動かない国家親衛隊に苛立っているのがわかるし、国家親衛隊も難しいオーダーに額に汗して弱ったようすだ。
けしてまともな状況といい難いのに、義成は、むしろ目の前に展開した光景にある種の感動を覚えていた。
なぜなら天儀の身長は160センチ台だが、国家親衛隊へ指示するその姿はまさに巨人。天儀の周囲を囲む国家親衛隊は、天儀より20センチは大きいはずなのに、まるで彼らほうが小人に見えるぐらい天儀の存在感が圧倒的だ。
――これを人の格というのだろうか
と義成は目の前の光景に驚いていた。
けれど驚きのなかでも義成の観察眼は冷静だ。
天儀総司令の命令は、国家親衛隊には難しいのでは? と思った。
天儀総司令は、国家親衛隊に事態の隠蔽にかんすることまで命じているようだが、彼らにそれは難しいだろう。たしかに星系軍人というだけで、平均より高い知能がある。宇宙ゴリラという蔑称は、優秀な星系軍人のなかで、バカというだけのレッテルで、世間一般に見れば国家親衛隊もお勉強ができ、機転の効く優秀な人材だ。だが、やはり物事には、向き不向きがある。国家親衛隊が得意なのは、白兵戦で情報工作じゃない。
天儀は、部屋に入ってきた義成とカンブロンヌに気づくと表情を明るくした。
「カンブロンヌか。お、義成もいるな。」
天儀は、まずカンブロンヌへ国家親衛隊の指揮を命じた。ただその言葉は、
「配置をやれ!」
というだけのものだったが、カンブロンヌは心得たもので、
「勝手に動き出した諸部隊を持ち場に戻します。隊員を各所に配置し、物理的に情報の流れを遮断します。」
これは、まさに天儀の意を得た行動だ。
「おう!」
と満足げに即答する天儀へ、さらにカンブロンヌは、
「勝手に動き回ってる奴らを配置に戻す手段は、俺らの得意な方法でよろしいですかね。」
と問うと、天儀はこれもすぐさま承諾した。
――つまり力づくか……
と義成は、いま艦内を駆け回っている連中の運命をあわれんだ。怒鳴り散らされるならまだいい。殴る蹴るで、持ち場に戻るはめになるものも多いだろう。
そして、義成とカンブロンヌの顔を見た天儀は落ち着いたのか。指示に冴えを見せ始めた。次に天儀から発せられた指示は、義成もなかなかのものだと思う。
「軍警部の部長に繋げ。軍警部長からクルーたちへ持ち場保持を命じさせる。理由は何でもいい。そうだ。持ち物検査だ。不正な私物を持ち込んでいないか抜き打ち検査をやる!」
義成は、非常にうまい手だと驚いた。古典的な手段だが、これで勝手に動き回っているクルーたちの動きを封じられるだけでなく、SNSなどのネット上の交流サービスをかいして、おきているネット上の騒乱も沈静化できると思ったからだ。
事実、いま、クルーたちのあいだではSNSをかいして、
『艦内が騒がしいのは、総司令官がテロリストに襲撃されたためだって(しらんけど)。』
という噂が飛び交っていた。もちろんオープンの場ではない。いまのところ個人間やグループ内での会話で終止しているが、放置すれば、そのうち噂が外部にあふれだすのは火を見るより明らか。瑞鶴の電子戦科は、そうならないようにすでに待機しているだろうが、この不祥事がオープン空間に飛びでてしまえば、ことはどう転ぶかわからない。
だが、軍警部長から抜き打ちの持ち物検査が発表されれば、クルーたちはすぐに自重するだろう。箝口令が、でたと察するからだ。そこに国家親衛隊が急展開すれば、まず間違いなくネット上の騒動も沈静化する。
持ち物検査が発表と、国家親衛隊の急展開の合せ技は、なにより総司令官がこの騒動の拡大を望んでいないとしめすのに効果抜群だからだ。
データ通信はログが残る。クルーたちのやりとりはすべて電子戦科が管理している。国軍旗艦への配置は、非常な栄誉であり厚生福利での待遇もよい。誰だって、そんな優遇された地位を、興味本位で打ったチャット一つで失いたくない。
だが、天儀の冴えもここまでだった。カンブロンヌへの指示を終えた天儀は、
「義成!」
と叫んだ。
叫びを聞いた義成は、悲惨だ。悲鳴に近い、と感じた。
ともかく義成は、天儀のよびかけに待ってましたとばかりに機敏な返事で応じた。
義成の考えでは、この混乱した状況を収集するのは国家親衛隊より、自分のほうが得意であるのは明らか。いま、やるべきは犯人確保と隠蔽工作だからだ。だが、焦る天儀総司令は、どうすればいいのかわかっていない。自分にすがってくるだろう。
「暗殺未遂が、六川軍官房長にバレるとまずい。俺はどうすればいい?」
「この騒動です。もうバレてると考えます。」
義成は、あえて冷たいぐらいの冷静な言葉で応じた。
「うるせえ! そんな事はわかってんだよ。俺は、お前に六川軍官房長へ筋の通る言い訳を準備しろといってるんだ!」
なかなかの剣幕だが、義成はむしろ心が踊った。天儀総司令は、焦っておられ、俺はおそらくその焦りを解決できる。そんな自信が胸中に広がり、愉快で仕方ない。そして、なにより天儀総司令のオーダーはわかりやすい。普通はここまではっきりいえないだろう。義成は、天儀の言動に、みっともなさではく、むしろ器量の大きさを感じた。
天儀は、義成の肩に手を回し抱き寄せ、声のトーンを落とし耳元でささやいた。
「おそらく想像するに、今回の俺の総司令官の任命は、軍官房部の意向も大だ。首相は、軍のことはまったくわからん。そんな首相が総司令官をかえるにあたって、六川軍官房長の意見を、大いに参考にしたのは間違いない。その六川軍官房長が、今回の件を知って首相に通報すれば、俺は解任されかねん。」
焦りまくる天儀の言葉に、義成は、そうだろうな、と思った。着任数日で、部下から暗殺を仕掛けられる総司令官など不安しかない。まったく信用できないだろう。解任するに十分すぎる理由だ。
焦りまくる天儀からは言葉がつづく。
「六川は間違っても俺の敵ではないが、信者でもない。やつはルールを厳守するし、首相と俺のどちらが偉いかも間違えない。いいか、無理でもなんでも筋の通る言い訳を準備しろ。六川が納得するつじつまが合う言い訳をだッ。」
そして、
「いいな。やれよ!」
と声をあらげていって義成から離れた。焦りが音となってでたような声だったが、天儀の焦りは、むしろ義成の余裕となった。
「ならば犯人を我々で確保するのが先決でしょう。」
という義成にたいして、先程までの強引さから一転転。天儀は、弱りきったようすで。
「それができるなら苦労はしないさ。さっきから国家親衛隊に探させているがまったく見つからん。」
「それは困りました。国家親衛隊以外のものが犯人を捕まえれば、軍警へ差し出すでしょう。軍警は、犯人の身柄を天儀総司令ではなく、六川軍官房長に引き渡すと思いますよ。六川軍官房長が取り調べたら間違いなく、首相まで情報が行くでしょうね。それに犯人が、洗いざらい六川軍官房長に喋ってしまったら隠蔽工作は難しいでしょう。」
「ちくしょうめ。いつから瑞鶴の艦内はこんな広くなった!」
天儀は、頭を抱えてしまった。国家親衛隊を展開し、軍警部長から持ち物検査を発表させても、すでに犯人探しで艦内散ってしまっている連中を止めるのは難しい。
――総司令官暗殺未遂の犯人の確保。
これは、なによりの大義名分だ。持ち物検査などより、暗殺未遂犯の確保のほうが優先されると判断したといえば、持ち物検査を無視した理由としては十分だ。そしてベースシップ機能を備える瑞鶴の艦内は広大だ。国家親衛隊なら、力づくで犯人探しをしている連中を持ち場に戻すことは可能だろう。だが、犯人探しをしている連中は艦内を動き回っている。全員を、すぐさま持ち場へ戻すのは物理的な問題で無理だ。
状況は切迫している。いま、天儀の手駒として動いているのは、国家親衛隊だけだ。だが、その国家親衛隊が、犯人を捕まえてきてくれる見通しはない。
「わかりました。自分が捕まえてきます。」
と義成が静かにいった。天儀が、顔をあげて義成を直視した。まるで、すがるような視線だ。義成は小気味よさを覚えた自分がいることを自覚した。
「ええ、20分で確保してきますよ。」
天儀は、驚くばかりだ。その反応に義成は、天儀の表情を心で楽しみながら踵を返し、総司令官室をでた。
「ちょっと、ちょっと義成さぁん。待ってくださいよぉ~。」
声の主は、王仕火水風。颯爽と総司令官室をでてしまった義成。おいてけぼりをくらいそうになった火水風は、慌てて通路に飛びだしたのだ。
「火水風、君は総司令官室で待っていろ。」
「いいえ、足手まといにはなりませんよ。私だって特命係の一員ですからね。どこまでも特命係室長の義成さんに従うんですから。」
「……任務は難易度が高いほうが、やりがいはあるか。」
義成の皮肉に、火水風は気づかず、
「そうですよ。頑張りましょう!」
とファイトのポーズ。やる気満々。察して同行を辞退するという方向にはならなかった。
これで暗殺未遂の犯人確保だけでなく、火水風のガードも義成の仕事に加わったというわけだ。仮想空間でなら火水風は抜群の戦力だろうが、フィールドがリアルとなれば期待薄だ。さらに肉弾戦となると完全に戦力にならないだろう。
「それにしても義成さんはすごいですね。自分が犯人を捕まえてくるって断言しちゃうだなんて、めっちゃカッコよかったですよ。あれって、つまりもう犯人の居所がわかってるってことですよね。」
「いや、まったくわからないな。当てずっぽうだ。」
「ふぁ!? じゃあ20分で捕まえるっていうのは!?」
「当然、まったく確証はない。適当にいった。」
「えぇ……。私でも引きますよそれ……。」
「だが、それぐらいで見つけないと、おそらく暗殺未遂犯は軍警か、六川軍官房長へ引き渡されるだろう。状況的に考えて、20分がタイムリミットだ。」
「なるほど、だから20分と見栄を切ったと。」
「ああ、そして暗殺未遂犯が捕まらない理由はわかっている。」
「え、本当ですかそれ!?」
一緒に犯人を捕まえる、と意気込み義成を追って部屋をとびでた火水風だったが、義成の発言に驚きの連続となったのだった。