1-(16) よくあること (1/2)
――俺のを含めると三回目!
この短期間に三回。一体どうなってるんだ。義成が驚き、半ば呆れながら通路を進んだ。
カンブロンヌといえば、総司令官天儀襲撃の報をしらされたときの義成と火水風の態度に少し怪訝な表情こそしたが、深くは問い正してこなかった。
――たまによくある。
これが天儀への暗殺計画というものだ。だからこそ国家親衛隊の男たちは、旧軍時代から天儀の周りに張り付いて獰猛に目を光らせている。天儀の周囲は、さながら野獣の園で、こんな野蛮な庭園には暗殺者だって近づきたくはない。だが、稀にうっかりものがいるのだ。そんなやつは餓えた野獣の餌食になるわけだが。
なお、カンブロンヌの話では、天儀は傷一つなく無事らしい。天儀に従っていた国家親衛隊が、その身を呈して守ったとのことだ。
道すがら義成は、カンブロンヌと少し言葉をかわした。
「俺のカンブロンヌは、あだ名だぜ。昔グランジェネラルが俺にくださった。俺がよく〝くそったれ!〟というもんだから――お前は今日からカンブロンヌだ――ってよ。それから俺はずっとカンブロンヌで、みんなもそう呼ぶ。」
「…………意味はしっているのか?」
「いや……。だが、語感がいいから気に入ってるぜ。へへ。」
誇らしげにいうカンブロンヌ。なんのことはない自慢話だ、と義成は国家親衛隊の一面を見た気がして微笑ましくなった。よほど天儀という男からあだ名を与えられたことが嬉しかったのだろう。
「とてもいい〝名〟だと思う。カンブロンヌ隊長。」
と義成が率直な意見を述べると、カンブロンヌはとても嬉しそうに笑った。
義成とカンブロンヌが現場へむかうなか、艦内は騒々しくなっていた。どうも総司令官天儀が襲われたという噂は、早くも広まったらしい。瑞鶴に配位されているいくつかの部隊が動き始めている。
「お喋りがいるな。」
とカンブロンヌ隊長が不機嫌にいった。義成も同様の感情を抱いた。
――はっきりいってこれは不祥事だ。
と思う義成の見立てでは、今回の事件も内部犯。
理由は簡単だ。太聖銀河帝国の放った刺客の襲撃であったのなら、本格的な警戒令がスピーカーから流れ、正式な侵入者排除の総動員が発令されるはずだ。それがなく、いま、静かに各部隊が、スタンドプレー的に動きだしたということは、今回の暗殺未遂も内部犯だと推測できる。
こうなると瑞鶴の警備体制の不始末も問題になるだろうが、それ以上に天儀その人の人望のなさが、確実に問題視されるはずだ。
……というか。一日に二回も襲撃される総司令官とはどういうことだ? と義成は驚き呆れた。
やはりこれは、ヌナニア軍のセキュリティが甘いとか、最早そういう問題じゃない。どう考えても天儀に、あまりに人望がなさすぎる。どんな強固なセキリュティも無敵人間相手には無意味。失うもののない人間ほど恐ろしいものはない。それが転じて、無敵人間。この手の人間の得意技は自爆テロ。片道切符で、死なばもろとも殺しにくる。
そして艦内は、ますます騒がしくなっていた。義成が確認できただけで、軍警部、二足機諸隊の有志、両用機動団が犯人探しに動き始めいる。
軍警部は、艦隊の治安をつかさどる部署だ。本部は艦隊旗艦に置かれることが多い。二足機部隊というのは昔でいう航空戦力と思っていい。宇宙では、単座か二座の人形のマルチロール戦闘機が、制空権確保で重要な役割をはたしている。両用機動団についてはのちに語ろう。
状況は、やはり大事になりすぎている。義成やカンブロンヌの考えでは、天儀の安全を確保したら、秘密裏に犯人を抑えて、事件の情報をどのように扱うかは慎重にすべきなのだ。
――それをここまで騒ぎ立てるとは……。
天儀とヌナニア軍の不祥事を喧伝しているようなもので、カンブロンヌからいわせれば、
「ニセの忠誠だ。くそったれめ!」
ということだった。
軍の治安をつかさどる軍警部はともかく、二足機諸隊の隊員と、両用機動団の動きは不可思議だ。彼らは、総司令官の無事をたしかめるより犯人探しという雰囲気で、手柄を立てたいという下心が透けて見えていた。
そう。彼らからすれば、犯人を捕まえて顕彰してくれるのが天儀でなくともかまわない。手柄第一。むしろ天儀が死んでいいたほうが、犯人を捕まえたときの価値が増すとすらいわんばかりだ。ま、これはうがち過ぎた考えだろうが、彼らの動きはカンブロンヌをより不機嫌にさせた。
両用機動団とすれ違ったときにカンブロンヌが、
「いけすかねー、くそったれなガキどもだ。」
と吐き捨てた。友軍を唾棄する言葉に、義成は驚かなかった。
両用機動団は、短く刈り込んだ頭髪に、綺麗に剃り上げた顔。軍人らしい立派な体格は、清潔感であふれ汗臭さなど感じさせない。水色と白を基調とした軍服は、銀の飾緒で飾られ、見た目はいかにも洗練されたエリート。その印象は、国家親衛隊とは対象的だ。
国家親衛隊が宇宙ゴリラなら、両用機動団はインテリ・ゴリラだなと義成は不謹慎にも思った。
両用機動団。彼らの正式名称は『砲戦・強襲両用機動団』。略して両機団。軍内外では、両用機動団と愛称されている。
両用機動団は、接舷強襲と砲戦の両作戦を同時にこなすエリート部隊。わかりやすくいえば、高齢化した国家親衛隊が退役後の後釜の戦力だ。
宇宙戦争において接舷強襲は、外道の手といっていい。砲雷戦能力が低下し、電子戦防御の突破された艦は、コントロールを奪われ自ずと降伏となる。だが、沈黙した艦内の一室に籠って抵抗を継続するのは不可能ではない。
そうなった場合どうするか?
立て籠もる側は決死だ。死にものぐるいで抵抗するだろう。こんなときに、籠もる部屋の酸素濃度を低下させ酸欠にさせるとか、酸素以外のなにかしらのガスを流し込むなどすれば手っ取り早い。なにせ艦のコントロールは奪っているので、この手の操作は自由自在だ。だが、まさかこんなことはできない。これらの行為は、完全な戦争犯罪で、明確悪だ。宇宙の施設で人間が行き来するエリアの気体の成分は、宇宙世紀の黎明期のいくつかの経験から厳格に規定されている。これは破り難いルールといえる。
戦争は、無秩序な殺しあいではない。今も昔もルールがあり、いつの時代にも作法がある。
つまりごくレアケースだが、電子戦能力まで失っても降伏しない敵へは、敵艦に直接歩兵戦力を送り込み制圧する必要でてくる。この役割は、いままで国家親衛隊のものだったが、天儀不在のヌナニア軍は国家親衛隊を持て余した。旧皇軍としてのエリート意識の高い国家親衛隊は、ヌナニア軍首脳部からすれば、鞭も効かない野獣の群れだ。
だがやはり、ヌナニア軍としては、もしものときのために敵艦へ注入させる戦力は保持していたい。降伏した宇宙施設へ最初に乗り込ませる戦力としても便利。そこで、ヌナニア軍は国家親衛隊に変わる新しい戦力として両用機動団を準備したのだった。
両用機動団の編成は、洗練されている。国家親衛隊の戦訓をもとに、より機動的により攻撃的に。
通常の接舷強襲なり、再突入作戦は、作戦を実行する場合に戦時編成をおこなう必要がある。国家親衛隊は、いわばたんなる普通科歩兵連隊。彼らだけではどちらの作戦も実行できない。両作戦において、国家親衛隊が不可欠なパーツというだけだ。
接舷強襲だけを取っても実行するには、国家親衛隊以外に、彼らを目的地まで載せて運ぶ接舷強襲艇、この接舷強襲艇を守る二足機直掩部隊、これらを作戦地域まで運ぶ艦はもちろんとして、司令塔となる艦も必要だし、輸送などの後方支援部隊や電子戦部隊も別に準備する必要がある。これらが揃って初めて、接舷強襲作戦を実行できるのだ。つまり、それなりに準備と時間を必要とする。
だが、両用機動団は、こんな手間はない。最初から宇宙歩兵戦に必要な準備を備え、かつ戦列に参加して砲戦までおこなえる戦力の集団だった。
――国家親衛隊も気が気でないか。
と義成は思った。両用機動団の存在は、カンブロンヌ隊長たち国家親衛隊にとってはプレッシャー以外のなにものでもないだろう。
義成の考えでは、両用機動団の編成を言葉に転じれば、
「お前たちに代わる部隊を用意した。よって国家親衛隊の諸君は、お払い箱だ。遠慮なく引退してくれ。」
というもので、軍から国家親衛隊へむけての戦力外通告の前触れといっていい。
それが太聖銀河帝国との戦争で、いや、天儀総司令がヌナニア軍に復帰したことで状況は変化した。カンブロンヌ隊長たち国家親衛隊のあいだでは、
「グランジェネラルは、俺たちをまた可愛がってくださる。」
という期待感が広がったし、反対に両用機動団のあいだでは、
「新総司令官の野郎は、必ず宇宙ゴリラを優遇する。作戦準備での多少の手間など問題にせず、本来は両用機動団が投入されるべき作戦を国家親衛隊に命じるだろう。」
という焦燥感が芽生え始めていた。
国家親衛隊と両用機動団は、同様の戦力性質をもっているだけに、お互いに強いライバル意識があり、ここにヌナニア軍が抱える旧軍伝来の戦力と新軍編成部隊との軋轢も混ざって、きわめて仲の悪い間柄だった。