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1-(15) ダーティーレジェンド

 ――再投入リエントリー

 地上から宇宙へ飛び立つことを大気圏突入エントリーといい、地上へ戻ることを大気圏再突入リエントリーという。軌道エレベーターが完備されたいまの時代少なくなった行為だったが、なくなる技術ではない。


 大規模な入植惑星だって最初から軌道エレベーターが、生えているわけじゃない。惑星入植には、衛星軌道上に基地をまず整備し、そこから地上へ物資を地上へ投下し、地上に繁栄の足場を作るのだ。


 そして、もう一つ再突入として有名な行為がある。

 

 ――惑星強襲!

 

 いまの時代の戦争は、衛星軌道を制圧してしまえばそれで勝負がつく。衛星軌道を確保してしまえば宇宙から地上の重要施設を攻撃したい放題だからだ。そして、地上でなにをしていよう宇宙うえからは丸見えなのはいうまでもない。


 だが、これも理論上のことだ。もし惑星側が、断固たる意志で抵抗の決意を固めれば戦争続行される。地上で起死回生を狙う側は、地に穴を掘りモグラのように耐え忍ぶ。攻撃側としても宇宙からは丸見えとはいえ、地下化した拠点をしらみつぶしにするのは大変な労力になる。

 

 軌道エレベーターを通じての戦力の降下は、侵入ルートが限定されるうえに、まとまった兵力を地上へ展開するのに時間がかかる。そもそも軌道エレベーターの再整備のコストを考えれば、ここを戦場にするのは避けたいところだ。

 

 そこで電撃的に、素早く惑星を制圧する方法として、『再突入作戦リエントリー』が、あらゆる国の軍事作戦として準備されていた。

 

 だが、これはあくまで準備だ。実行されることはまずない机上作戦。理由は、これまで述べたとおり、全面戦争自体がめずらしいし、惑星は衛星軌道を制圧されると、それがすなわち敗北といえるからだ。

 

 惑星再突入作戦リエントリー。この極めて難易度の高い軍事作戦を成功させたことがあるのは、宇宙広しといえども天儀の指揮した旧グランダ軍の再突入部隊リエントーズだけ。いまは、国家親衛隊インペリアルとよばれる男たち。

 

 そして、作戦の実行難易度と稀有さから考えれば国家親衛隊インペリアルは、宇宙最強の歩兵部隊といっても差し支えなかった。

 

 その国家親衛隊インペリアルが、三人ほど国軍旗艦瑞鶴の通路で気を失い転がっていた。義成と火水風を背後から襲った三人だ。ヒゲと縫い傷で顔をデコレーションした男たちが白目をむいて床で伸びている。

 

 いま、義成は、青い顔の火水風を背後にかばい。残るカンブロンヌをふくめた国家親衛隊インペリアルを三人と対峙。さすがの義成も肩で息をしている。

 

 国家親衛隊インペリアルは、宇宙最強の歩兵部隊。白兵戦、つまりつかみ合いの殴り合いは宇宙最強クラスだ。それが背後から同時に三人も襲ってきた。義成は、素早く身を翻し、むしろ進んで迎え撃った。伸びてきた腕の一本を瞬時に決めて、そのまま腕の持ち主のあごを蹴りあげた。コンマ秒の早業で、大男が床に一人が転がった。

 

 が、もう一人いる。二人が同時に義成へ突進してきていたのだ。

 

 男たちはプロだ。一人づつだなんて愚は犯さない。二人が同時に義成に襲いかかったのだ。どちらに対処しても、片方の攻撃は成功する。数の利を生かすことに長けた兵士らしい格闘戦の様相といっていい。

 

 義成へ突進してくる男は、一人が倒されたことなど気にもとめない。訓練されているのは、肉体だけではない。精神も鍛え抜かれている。戦友が真横で肉片になろうと止まらないのが、国家親衛隊インペリアルの男たちだ。

 

 義成は、かわそうにも、もう間に合わない。一人目に対処したことで、二人目の攻撃は回避不能。そういう作りなのだ。そして男のチョイスした攻撃タックルは愚直だが、単純なだけに威力も抜群である。

 

 義成と男には体格差がある。義成は、その太い腕に絡め取られれば一巻の終わりだ。インパクトした瞬間に、衝撃で体が浮き、脳が揺れ、そうしているあいだに床に叩きつけられ、叩きつけられた瞬間に追撃で顔面へ乱暴なグーパンが降ってくるだろう。一撃で顔がひしゃげるのは間違いない。

 

 いま、義成をまさに掴まんとする男の顔は、

 ――打撃は通用しないぜ!

 という勝利の確信で満ちている。

 

 たしかにボクシングのカウンター要領で、突進してくる男のあごを殴りつけても蚊の刺したほどの効果もないだろう。一人目は、針の穴を通すように、隙きをついただけだ。いま、義成を掴まんとしている男は、義成が打撃で迎え撃つことを想定しているだろう。仲間がいまそこで、そうされたのだ。そうなると常人なら骨も砕ける打撃だろうと威力は半減だ。まして国家親衛隊インペリアル相手では……。

 

 だが、男の腕が義成に掴む前に、義成の体が低く沈んだ。男の手が空を切った。

 ――消えた!?

 と男は驚いた。自分はこのちっこい青瓢箪相手に、かなり姿勢を低くしてタックルを仕掛けたのだ。横へさけようとすれば腕を広げれば簡単に絡め取れる。まさか上に飛ぶなんてことがあれば、足を掴んでそのまま床に叩きつければいい。

 ――つまり!

 と男が気づいたときには遅かった。男の真下から義成の手が伸びてきて襟首を掴まれていた。同時に男の腹が蹴り上げられた。そう巴投げだ。男の体が盛大に宙を舞った。

 

 が、義成は特殊工作員で容赦はない。だいたい男は、ただ投げただけでは受け身を取るだろう。体が浮きあがって男が慌てた一瞬を義成は利用した。義成は、掴んでいる襟を、まるでハンドルを扱うようにして、宙を舞う男の体を操作した。男が顔面から床に叩きつけられた。襟をうまく引っ張ることで、男が受け身を取れないようにしたのだ。

 

 義成は、二人目の常態を確認する暇もない。跳ね起きて三人目と対峙した。背後から襲ってきた男三人は、二人が義成で、一人が火水風。冷静な戦力の配分といえる。

 

 なお、白兵戦の実力からすれば、まだ義成が不利だ。だいたい火水風は、すでに三人目の腕のなかに捕らえられ悲鳴をあげているありさまだ。

 

 だが、状況は平等だ。五秒とたたず仲間が二人沈んだことに三人目は少なからず動揺していた。

 

「バカが!」

 と三人目が悪態をついた。義成が、一歩踏みだした。男が下がった。義成はこの瞬間、

 ――いける!

 と確信した。確信がそのまま行動となり、義成は低い姿勢で男へ肉薄。男も迎え撃とうとしたが、そこで火水風が男の腕をガブリ! 思わぬ一撃だ。火水風は、男の腕から乱暴に放り出さて床に転がるハメになったが大戦果だ。

 

「最後に思いっきりグイって歯を食いしばってやったんですよ!」

 と、のちに火水風が鼻の穴を膨らませ興奮して語る渾身の噛みつき。噛みつかれた国家親衛隊インペリアルの口から思わず悲鳴が飛びでたほどだ。義成からすれば想定外のラッキー。義成は、火水風を完全に戦力から除外していたのだ。

 

 それでも国家親衛隊インペリアルは、義成を果敢にも迎え撃ったが、火水風の噛みつきで戦意の半減は否めない。

 

 男が防御姿勢となった。そう。義成と男との間には体格差という解決しがたい戦力の差がある。いま、これを生かすとすれば防御だ。義成の攻撃を数発防ぐあいだに形勢は変わる。攻撃に転じた義成が、連続技を仕掛けてこれば息があがるかもしれない。いや、そうなるだろう。いまは、義成にとって最大のチャンスだ。ここで仕留めにくるだろう。だが、全力で連打を繰りだせばあっというまに酸欠となる。

 ――そこを慎重に仕留めれば終わる。

 と男が計画した瞬間、義成が男の脇をすり抜けていた。

 

「やっちゃえ義成!」

 

 火水風の力いっぱいの願いが通路に鳴った。火水風だって状況の不利は十分承知している。敵意むき出しの大男たちと対峙したときは腰が砕けそうなほどの恐怖が襲ってきて、まさに絶体絶命だった。

 ――それが私の義成さんは!

 あっというまに大男たちをなぎ倒し、サムライ映画や漫画の主人公そのもの活躍。いま、目の前で目撃している義成の姿は、どうみても正義の味方(リアルヒーロー)。展開は子供の頃に遊園地で観たヒーローショーも顔負けの大逆転。

 

 義成の動きを追って、男は慌てて振り向こうとしたがもう遅い。義成は、完全に敵の背後を取っていた。男の背後に回った義成は、そのまま壁を蹴って飛びあがり、男の背へと飛びつき、そのまま背後から男の首を絞めあげた。義成の腕が、男の首にガッチリと巻き付くこと六秒。その間、男はうめき、もがいたが、最後には膝を屈して失神した。

 

 ――まだ三人も残っている。

 これが三人を倒し、残る国家親衛隊インペリアルと対峙した義成の危機感だ。たいしてカンブロンヌと、左右の二人は、仲間三があっというまに倒されたというのに平然としている。少なくとも外見上はそうだ。

 

「へぇー。やるねえ。」

 とカンブロンヌがあごをさすりながらいった。口角が微妙にあがり少し楽しげだ。


「三人同時に、俺を襲うべきだったな。」


 あえて義成は、もっともやられたくなかったことを口にした。もうこれ以上戦うとなると、敗北を覚悟して戦うことになるだろう。だが、幸い退路を確保しているのでおそらくは火水風を連れてでも逃げ切れる。最悪、火水風だけ逃して、自分が三人の相手をする。時間をかけやれば状況は変わるはずだ。瑞鶴には、他に多くのクルーが存在するのだ。艦内での友軍同士の白兵戦。いや、正しくは殺し合いにかぎりなく近い喧嘩か。この異常な光景を目撃したクルーは、間違いなく軍警なりに通報する。


「ま、そうかもな。だが、結果はこうだ。」

 とカンブロンヌはいういと、左右の二人に失神している国家親衛隊インペリアルの手当を命じた。手当といっても手荒なもので、古来からの活法で、意識を取り戻させるだけだが。


「合格だ義成少尉くそがき。まあせいぜい頑張れよ。」

 といってカンブロンヌが、義成へ手を差しだしてきた。義成は困惑した。まるでもう仲間だというような振る舞いのカンブロンヌの態度は、はっきりいって不快だ。


 ――こいつらは間違いなく殺す気で、俺と火水風に襲いかかってきた。

 

 実際殺すまでやるかどうかは別として、本気の本気、叩き潰すという気概だったのは間違いない。


 カンブロンヌは、差しだした手を引っ込めずに、強引に義成の手を取って握手を済ませた。義成は、拒絶しようにも無理だった。カンブロンヌの体術は、見事の一言につきる。義成はこんな男と握手したくなかったが、さけることもできずにあっというまに手を握られていた。


「なにをいってるってつらだな義成少尉。わからんでもないぜ。だがなグランジェネラルの警護は、俺たち国家親衛隊インペリアルに権利がある。それが、どこぞのガキが任されたっていうから、務まるかどうかためしてやったんだよ。」

「ためしただと? 腹が立つから潰しにきただけじゃないのか。」


「あたりめーだろ。クソなお前を病院船送りにしちまえば、グランジェネラルの警護の話は流れるからな。」

 とカンブロンヌが悪びれず応じた。

 

 なお、グランジェネラルとは、総司令官天儀の旧グランダ軍時代の肩書だ。一部の旧軍出身者は、尊敬の念を込めて、いまだに総司令官天儀を『グランジェネラル』とよぶ。とくに旧軍時代から国家親衛隊インペリアルの栄光は、天儀とともにある。天儀ためなら命を惜しまない男たちの集団というのが国家親衛隊インペリアルだ。


「だが、結果はこうだ。三人を秒殺。十分だ。驚いたよ。俺たちは現場やるだけによくしってる。二対一は、二が勝つ。少し想像するだけでわかる。自分と同じ実力の兵士が、目の前に二人いたらどうなるかな。いや、素人でもだな。なにもない平原で、武装した二人組と一人でスポーツよろしく〝よ~いどん〟で戦うはめになったらどうなるか。たとえ素人の二人組が相手でも絶望的状況だぜ。それがどうだ。いま、義成少尉が披露してくれた芸当は、まさにこれに近い。素手とはいえ国家親衛隊インペリアル。肉体だって武器だ。認めざるを得ないぜ。あんたは、すげえぜ。」

 

 こう臆面もなく称賛されると義成としても拒絶の言葉がでなかった。そもそも、こうやって称賛してくれる相手は、控えめいって生きた英雄レジェンドだ。それほど惑星再突入作戦リエントリーというのは難しく、旧軍時代に実行された再突入作戦は神格化すらされている。その隊員となれば、誰もが一目置かざるを得ない。ただし、これは功績だけ見ればの話だ。

 

 国家親衛隊インペリアルは、もうわかるだろうが非常に素行が悪くヌナニア軍内の評判は、その功績と同じぐらい悪い。列への横入りは当たり前、恫喝などのハラスメントの数々。そして、ついたあだ名は、

 ――宇宙ゴリラ。

 

 もちろん蔑称だ。ゴリラに失礼だろ。と義成は思うが、とにかく国家親衛隊インペリアルの通称は、宇宙ゴリラ。宇宙ゴリラは、恐れられ、やっかまれこそすれ、尊敬などすでにされていないのが実態だ。

 

 そんな反感は、義成の背後に隠れる火水風にだって当然ある。


「ちょっとちょっと、なにいってんるですか。襲って返り討ちですよねこれって。しかもいまの発言って、負けを認めたんですよね。だったら早くごめんなさいしてください。そうしたら許してあげないでもないですよ。」

 と火水風がカンブロンヌへむけて言葉で噛み付いたが。


「死にてえのか、くそったれが!」


 カンブロンヌの怒声は、床や壁を割らんばかり。とたんに火水風は義成の背中に引っ込んだ。義成としては、なんとも気まずい状況だが、そこにコール音が響いた。音は短く三回。国家親衛隊インペリアル全員の端末から音がした。国家親衛隊インペリアルの一人が携帯端末の画面を確認すると、

「連隊長!」

 といってカンブロンヌに近づき耳打ちした。すぐにカンブロンヌの顔色が変わり、

「……マジか。くそったれが!」

 と叫んだ。

 

 ――よほどの事態か

 と義成が状況を見守るなか、慌ただしく国家親衛隊インペリアル三人が駆けだした。さっきまで気を失っていた三人だ。


「義成少尉お前もくるんだろ。」

 とカンブロンヌが義成と火水風へ乱暴に声をかけた。急展開に、いまいち状況が飲み込めない義成と火水風だが、行動をともにしてくれという誘いなのはわかる。


 義成たちに迷う暇ない。カンブロンヌふくめた国家親衛隊インペリアル三人は、すでに通路を進み始めている。義成と火水風は、慌てて追った。


 義成は、カンブロンヌの横に並んで進んだ。カンブロンヌの表情は少し固い。

 

「どうやらグランジェネラルが襲われたらしい。暗殺未遂だ。いま、俺たちの仲間が犯人を追っている。」

「またか――!」

 

 義成は思わず叫び、火水風は〝うげー……〟という擬音がぴったりの苦い表情となったのだった。

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