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1-(14) カンブロンヌ

 王仕火水風おうじひみかは、

 ――思いもよらないんでしょうね

 と思っていた。あの船に唐大公とうたいこう以外の人間が乗っていたことも、その一人一人に家族がいることも、全員が悲しむ人がいることも、天儀てんぎという名の悪魔には思いもよらない。

 

 皇帝のためとか国のためとかいって、自分以外の命を軽んじる。そして些細な犠牲だと豪語する。けれど口では立派なことをいえばいうほど、本心が透けて見える。

 

 大事なのは皇帝じゃなくて自分。大好きなのは国じゃなくて、名誉と出世。忠誠だといってやることの本心は、これが目的。つまり自分のため。自分だけのため。じつは他人のことはどうでもいい。

 

 そんなやつへ、巻き添えをくらった遺族だと名乗って糾弾しても、

 ――だからどうした。

 と平然というに決まっている。そんな態度は許せない。いや、違う。耐えられない。もしそんな機会があって、思いの丈をぶちまけて、謝罪と真逆の言葉をぶつけられたら自分の心が砕けてしまう。だから名乗らず、理由も告げず、殺そうと思った。

 

 ――なのにあいつは……!

 

 あいつは、どうしてそんなに悲しい顔ができるのかというほどの悲しい表情で、すべてを受け入れてしまった顔で、私に謝罪した。信じられなかった。

 

 ――すまなかった。

 は、私が絶対にありえないと思っていた言葉だった。理由がわからない。あいつが謝った理由が私はしりたい。そう思った。


「でも私が思うに、聞いても教えてくれないと思うんですよね。いえ、本人でも言葉にするのは難しいかも。だから自分で理由を見つけようって思ったんです。人食い鬼の心中にどんな変化あったのか。」


 参月義成みかづきよしなりは、通路を進みながら王仕火水風おうじひみかから思いの丈を聞かされていた。火水風の口からは祖父が死んだときの悲しみから始まり、ついさっき起きたことへの驚きが語られ、それは怒りと悲しみから始まり、最後に許しがちょっぴり混じった言葉だった。

 

 まるで止まっていたときが動き出したように喋りまくる火水風。

 

 義成の目に映る火水風は饒舌で、子供の頃ように一生懸命口を動かしている。どうやら火水風は、幼馴染の義成との思わぬ再開に興奮冷めやらぬようで、それは義成も同じだった。

 

 ――俺も色々話したいことがあったはずだが。

 

 義成は、火水風の話を聞いているうちに、お互いの再開までの空白の時間をすっかり語り尽くしたという不思議な気分になっていた。いまは、火水風の話を聞いているだけで充足感がある。

 

 そして火水風が義成を見て口元に自信をにじませかかと思ったら、

「心に暗証場号コードはない……!」

 といって決め顔。義成は思わず吹きだした。火水風も笑った。

 

 ――心に暗証番号コードはない

 これは電脳化業界からでた名言だった。仮想空間を戦場とする電子戦科は、脳を直接電子機器に接続しおこなう任務も多く電脳化技術と密接に関係している兵科だ。そんな電子専科のなかでもウィザードとよばれるような凄腕ですら他人の心のなかに入り込んで、心の内側を盗み見るのは不可能ということだ。


 電脳化技術という電子機器と脳を繋ぐ技術を手入れた人類も運動や単純な感情は脳から読み取れるが、心の深淵までとてもわからない。つまり、女性を見て下卑たことを考えているまではわかっても、その下卑た想像が裸体を想像しているのかその先まで進んでいるかはではわからないのだ。まあ、妄想を映像化するぐらいは二一世紀の時点でやってのけたが、それはいまでも本人に強くかつ明確にイメージさせることが要求される。

 

 セキュリティは、暗証番号コードを盗みだし入力すれば突破できる。秘密の部屋に入り、情報を持ちされる。もしくはそのセキュリティ自体を解体してしまえばいい。だが、心はそうはいかない。心には、暗証番号がなく、心を解体してしまえば、本心を知ることはできない。いや、そもそも扉自体がない、というのが、この宇宙で最高峰と名高い電子戦科の女の考えだ。


「でも、おじいちゃまは、しっていたんですね。乗っていた船が攻撃されることも、自分が死ぬことも……。そうなると、おじいちゃまは天儀を信じてたって事になると私は思います。天儀って若者なら、皇帝の威光を笠に着て好き勝手やっている唐大公の排除を成功させてくれるはずって。だから命は惜しくないって……。だからあえて唐大公と同じ船に乗った。そう私、思うんですよね。」

「あ、なるほど! 唐大公は、皇帝の大事な家臣である王仕徳会が自分の船に乗っているから船もろとも撃沈されることはないと高をくくっていた。だから天儀総司令の攻撃に、唐大公は為す術もなく倒された。唐大公は、王仕徳会が船にいることで油断していた……!」


 思わず叫んでしまった義成だが、これには理由があった。天儀は、義成と火水を見送るときに、

「私は知らなかったが、ご老人はすべてを知っておられた。真の勇者だ。」

 と、いったのだ。事件には一般的な知識しかない義成とって謎めいた言葉だったが、いまの火水風の話で合点がいった。


 ――そうか。天儀総司令は、知らなかったのか。

 

 あの船に王仕徳会おうじとくかいが乗っていることを。対して王仕徳会は、天儀総司令の計画しっていた。秘密裏のといっても所詮は若輩の過激派将校の計画。おそらく皇帝直属の情報機関は、計画を察知したというのは想像にかたくない。だが、

「出航に不吉がある。乗艦を見合わせよ。」

 という皇帝からの忠告を王仕徳会は拒否し、

「いまの情勢、そしてこの段になってわたくしが、乗艦を見合わせれば、唐公は大いに怪しむでしょう。怪しめば彼らの義挙が台無しになる。わたくしがあえて同乗すれば、唐公は油断し事は必ず成るでしょう。」

 と応じたろうというのは、簡単に推測できる。


 義成の驚きの言葉に、火水風が頷いた。


「……はい。お母さんや、おばあちゃまがいってました。おじいちゃまは、ずっと唐大公の専横に頭を悩ませてたって。このままだと王朝が、唐大公に乗っ取られるって苦しんでいたそうです。」


 王仕徳会は、唐大公の専横の阻止にあらゆる手を打ったが、その全てが失敗した。あとは短刀を抱いて、唐大公に体当りするしかない。式典などでチャンスがあるだろう。そこまで覚悟したとき王仕徳会は、天儀の秘密の計画をしったのだ。皇帝直属の諜報機関を舐めてはいけない。天儀の悪事は、実行前に皇帝と政府すじには察知されていた。


「おじいちゃまは、お母さんや、おばあちゃまに、なんども皇帝のために死ぬ機会があれば躊躇ちゅうちょしないので、そのときは悪く思うが、恨まんでくれっていっていたそうです。」

 

 黙ってうなづきつつ義成はこう思った。この〝恨むな〟とは、家族を顧みずに死ぬ王仕徳会自身のことではなく、皇帝や天儀総司令のような存在のことだろうと。だが、義成の目に映る火水風は、許すということを躊躇しているように見える。ときは動きだしても、傷ついた心はすぐには癒えない。

 

 ――他人の犠牲を積みあげた上に立つ男

 おそらく火水風の天儀総司令のイメージはこれだと義成は思った。なんのことはない自分も同じイメージだ。結果主義の最たるところが軍人で、実力主義の最たるものが資本主義経済だとするなら、天儀総司令はその両方の申し子だ。

 

 ――星間会戦バトル・オブ・スターゾーン

 という大規模宇宙会戦で大勝利したという結果。実力を行使して旧セレニス政府へ国家統合を承諾させた。この二つで、天儀という男が併せ持っていた罪は帳消しにされた。

 

 ここで詳細は語らないが、開戦するために法外な手をつかい、国家統合を押し進めるために国際法を無視した。これが星間会戦バトル・オブ・スターゾーンという功績とともに併せて必ず語られる天儀の闇だった。

 

 ――ま、もっとも

 俺がヌナニア星系軍士官学校にいたころの天儀総司令は、経歴抹殺刑ダムナティオ・メモリアエの真っ最中で名前のいえないあの人。教官たちの口伝てで聞かされるだけだったがな。

 

 軍人は、その名を口にすることも禁止というルールが徹底されていたが、ヌナニア星系軍士官学校というのは少し特別だった。

 

 なぜならヌナニア連合成立のきっかけとなった戦いを当事国が無視するのは滑稽だ。そして、その会戦の首謀者は戦いを語る上で無視できない。しかも会戦に集結した戦力は、軍用宇宙船だけで一〇〇〇隻数以上だ。この規模の宇宙会戦は、ラニアケア超銀河団全体で見ても稀有といっていい。

 

 宇宙での人類は、倫理を重視した。問題が宇宙戦争へもつれ込むことは例外的で、しかも全面戦争まで発展することは超がつくような例外だ。その超例外の当事国がヌナニア連合。いや、教官たちの幾人かは当事者ですらあった。星間会戦に指揮官として参加した教官もいたのだ。資料も充実し、教材としては格好な戦いといえた。

 そして教官たちは、名前の言えないあの人だった天儀のことを、

 ――戦いは強い。

 と、皮肉を込めつつも口を揃えていっていたが、義成は疑問が大きかった。強いのはわかったが、それがどういった強さなのかまるでわからない。当時の義成の周囲には優秀で、強いやつだらけだ。それ以上に強いというのだから想像し難い。

 

 義成は、この疑問の対する答えを、ナカノへいったときに当時まだ学校長で、いまの情報系組織の大ボスである総大官アーチビショップから聞かされることになる。


『戦場に対する理解力が極めて高い。』


 これが総大官アーチビショップの赤いルージュの引かれた唇から発せられた言葉で、そのあとに、あの人は戦いに関するすべてのことに完璧な理解を示す。と付け加えられた。


 義成は、あの鬼畜無比の総大官アーチビショップが、他人をここまで褒めたのを始めて見たので印象深かった。なお、この場合の極めてとは、神智とか天才的という形容に等しく、完璧とは必ず勝利に結びつけるという類の言葉と思っていい。

 

 ……話を瑞鶴に戻そう。暗殺未遂という凶悪重大事件を起こした火水風が、なぜこうして団欒だんらんよろしく義成と国軍旗艦の通路を歩めているかというと……。

 

「さいわい王仕軍曹、君の計画はここに入るまでは完璧なものだった。」


 天儀は、どのような処分が、とかしこまる義成と火水風へそう告げた。二人は顔を見合わせた。


 ――それだけで終わり?

 

 二人には信じがたい。ことは総司令官の暗殺未遂だ。それが、おとがめなしというのだろうか。


「そうだな。義成特命には、今後王仕軍曹の監視を命じる。また悪い気を起こされてはたまらんからな。王仕が、私の殺害に成功する可能性は限りなくゼロに近いだろう。だが、百万分の一の可能性が、次に炸裂する可能性はある。戦争に勝つまでは、悪いが死ねん。よっしそうだ。王仕二等軍曹には、特命係室への移動を命じる!」


 ――これで監視しやすいだろ?

 というように見てくる天儀に、義成は喜々として敬礼で応じた。


「とういうか王仕お前が、移動願いをだせ。それを私が受理するという形にする。それが一番スムーズにいく絶対だせよ。」


 火水風は、返事とともに敬礼したものの目をパチクリした。総司令官なら、いち電子戦要員の自分など簡単に動できるはずだ。だが、事の次第をしっている義成は、

 ――やっぱり本人の異動願いがないと動かせないのか……。

 と苦い感想を持った。

 

 電子戦科の軍曹一人自由にできない。これが天儀の現実。義成の想像していた強くたくましいヌナニア軍総司令官のイメージとはかけ離れている。だが、幻滅はしまい。天儀総司令は、火水風を許すといってくれているのだ。


「ふふ、やったぜ。労せず特命係室の人員をゲットしたぞ。うむ。思わぬところで拾えるものだな。」

 

 まるで今回の顛末がラッキーだったというような様子の天儀。

 

 ――すごく変な人だ。

 と義成は心中で率直に困惑した。殺されそうになってラッキーも糞もあるのだろうか。絶対に成功しない暗殺計画だったと断言できるとはいえ、天儀本人がいったとおり万が一もある。もし睡眠中だったのなら、やはり危なかったろう。

 

 そんな義成の横で、火水風はやはりなんのことかわからないといった顔だった。とにかく暗転から一転、火水風の運命は救われたのだった。


 他愛もない話をして進む義成と火水風だったが、しばらくして通路の空気が一変したことに義成は気づいた。火水風は、気づいていないようで、相変わらず楽しそうに話していたが、肝心の義成から応答がなくなってしまったので異変に気づいた。ただ、火水風の場合は、

 ――義成さんトイレにでも行きたいのかな?

 と不審げに義成の顔を覗き込んだかけだが。

 

「囲まれたな。」

 と義成が突然足を止めていった。火水風には意味がわからない。その大きな瞳をパチクリさせるだけだ。


「総司令官室を出て、しばらくしてから三人につけられていた。」

「え、うそ!?」

「俺も最初は、気のせいかと思っていたが違うようだ。」


 いうと同時に義成が正面を睨みつけた。火水風もつられてそちらを見ると、そこには体格のいいこれぞまさに軍人といった髭面のいかつい男が三人こちらへむかって進んできている。

 

 真ん中の黒髪の一人がとくに怖い。剣呑な目で義成と火水風を睨みつけてきている。敵意があるのは明白だ。

 

 そして左右の二人が、通路の脇のちょっとした休憩スペースでくつろいでいたクルー数人へむけ「どけじゃまだ」と威嚇し、「消えろ!」と吠えた。

 

 吠えられたクルーたちは、あっという間に退散だ。相手が悪すぎるのだ。野獣のような男たちの身につけている金の飾緒しょくちょで飾られたトリコロールカラーの軍服は、彼らがたんなる野蛮人ではなく特別な存在であることを意味していた。


 目の前から敵意むきだしの三人。背後からも同質の敵意がむけられていることに義成は気づいていた。

 

 なお、背後の人数も三人だ。そんなことは見なくてもわかる。義成はナカノで教育をうけた特殊工作員だ。だが、そんな義成を艦内の通路とはいえ、あっさり包囲した男たちは相当な手練れといっていい。

 

 正面に三人。背後に三人。左右には、通路の壁。退路はない。そして、いま、義成と火水風の目の前には巨人の山脈ができあがっていた。三体の巨人の険悪な視線は、しっかりと義成と火水風をとらえている。


「俺の名はカンブロンヌ。国家親衛隊インペリアルのカンブロンヌだ。くそったれ覚えとけ!」

 

 中央にそびえる山が不敵に吠えたが、これはおとりだ。中央の男がカンブロンヌと名乗った瞬間に、義成と火水風の背後の男たちが素早く動いたのだ。火水風の悲鳴が通路に響いた。義成は体勢をめぐらしたが、丸太のように太い男たちの腕がそれを阻んだ。


 義成の脳裏に、星守副官房ほしもりふくかんぼうの同情の表情が、よぎったのだった。

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